
はじめのことば
この前、弟子のひとりが私に聞いたんです。
「一人さん、もし町に“富江”が無限に増えていったら、どうしますか?」ってね。
普通なら震え上がるでしょう? でも私は違います。
「いやぁ~、これだけ同じ顔がそろったら“富江フェスティバル”ができるじゃないか! 記念Tシャツまで売れそうだよ!」って、まずは笑うんです。
人はね、恐怖に巻き込まれると心を失う。でも“笑いと感謝”を持てば、恐怖はただのコントに変わるんです。
この物語は、富江という“呪い”を通して、人間の心が何に支配されるかを試される話なんです。
(本稿に記されている対話はすべて仮想のものであり、実在の人物・発言とは関係ありません。)
場面1:謎めいた少女との出会い

夜の街灯の下、ひとりの少女が立っていた。長い黒髪、白い肌、そして人を惹きつける美しさ。その名は――富江。
彼女がそこに立つだけで、男たちは理性を失い、互いに奪い合い、やがて狂気に陥る。彼女の美は呪いであり、魅了された者の心を食い尽くす毒だった。
その夜も、街角に集まった男たちは、彼女をめぐって口論し、拳を交わし始めていた。ある者は泣き叫び、ある者は彼女にひざまずき、ある者は嫉妬に燃えた目で刃物を握っていた。
「やめて! 私のために争わないで!」富江は叫んだが、その声さえも男たちの狂気を煽るだけだった。
街は一触即発の空気に包まれ、誰もが血に染まる結末を予感した。
その時――まったく場違いな、明るい笑い声が響いた。
「おやおや! なんだいなんだい、まるで“深夜の即興演劇”だね! セリフも動きも迫真だけど、チケット代は取ってないのかい?」
人々が驚いて振り向くと、そこには白い帽子をかぶった男――斉藤一人さんが、にこにこと歩いていた。
「お祭りかと思ったら、焼きそばの屋台も金魚すくいもない。これじゃただの“富江フェスティバル”じゃないか!」
あまりの場違いな軽口に、男たちの動きが一瞬止まった。緊張に張りつめていた空気に、小さな笑いが混じったのだ。
富江は目を見開き、この不思議な男を見つめた。彼女に怯える様子もなく、むしろ楽しそうにしている人間など、今まで一人もいなかった。
一人さんは帽子のつばを軽く下げ、富江に向かって言った。
「君、きれいだねぇ。でもね、美しさってのは、持ってる人を幸せにするためにあるんだよ。周りの人を狂わせるなら、それは“毒”になっちゃう。でも、ありがとうって笑えば、“薬”に変わるんだ」
男たちがざわついた。これまで誰も富江にそんなことを言えなかった。
富江は小さく震え、声を絞り出した。
「私のせいで、みんながおかしくなるの…私なんて、生きているだけで災いを呼ぶの…」
一人さんは大笑いした。
「なに言ってんだい! 生きてるだけで迷惑なんて人はいないよ。いたら、地球はとっくに破裂してる! 大事なのはね、君が『私は幸せでいいんだ』って自分を許すこと。そしたら、君の美しさは人を狂わせるものじゃなく、励ますものに変わるんだよ」
群衆が一斉に息をのんだ。富江の瞳に、初めて涙と共に小さな光が宿った。
男たちの手から刃物が落ち、怒号が静まり、代わりに笑いが広がった。
「ほらね?」と一人さんは言った。「恐怖を撒く美しさより、笑いを呼ぶ美しさのほうが、何倍も価値があるんだ。君が笑えば、町も笑う。君が泣けば、町は狂う。なら、選ぶのは簡単さ!」
富江は涙を流しながらも、震える唇で小さく「ありがとう」とつぶやいた。
その瞬間、街灯の光が彼女を照らし、不気味さよりも儚い美しさが浮かび上がった。
人々はようやく正気を取り戻し、夜の街角には、ほんのり温かい空気が流れ始めたのだった。
場面2:不死の少女の増殖

ある晩、町の裏通りに人だかりができていた。そこには――一人ではなく、何人もの富江がいた。
倒されたはずの富江が、また別の場所で現れ、さらに増えていく。死んでも死んでも、彼女は再生し、分裂し、増殖を繰り返す。やがて街角は、同じ顔をした富江で埋め尽くされ、男たちはさらに混乱していった。
「本物はどれなんだ!?」
「全部だ! 全部が富江だ!」
「もう狂いそうだ!」
男たちの目は血走り、嫉妬と欲望と恐怖が入り混じっていた。
その異様な光景を見て、通りの奥からまたもや朗らかな声が響いた。
「おお、すごいすごい! これはまるで“富江の大バーゲンセール”じゃないか!」
群衆が一斉に振り返ると、白い帽子をかぶった斉藤一人さんが現れた。彼は増え続ける富江たちを見渡し、両手を叩いて大笑いした。
「いやぁ、普通は“分身の術”を見たら忍者だと思うけど、君の場合は“ホラー界のアイドル握手会”だね! こんなに同じ顔が並んでたら、誰にサインもらえばいいか迷っちゃうよ!」
男たちが一瞬固まった後、思わず吹き出した。緊張で張り詰めていた空気に、笑いが少しずつ溶け込んでいった。
富江の一人が、一人さんに近づき、冷たい声で言った。
「あなた、私を怖がらないの?」
一人さんはにっこり笑い、首を振った。
「怖がる理由がないじゃないか。君が何人に増えたって、結局“君”なんだろう? それなら、増えた分だけ“ありがとう”って言えばいい。ひとりで百人分の感謝をもらえるなんて、むしろ得だよ!」
人々からどっと笑い声が上がった。
富江は眉をひそめた。「私は人を狂わせる存在よ。私が増えるほど、この町は壊れていくのよ」
「違うよ」一人さんは軽やかに答えた。「狂わせるのは富江ちゃんじゃない。人の心にある“欲望の渦”さ。君の美しさはただの鏡みたいなもので、その人の心を映し出すだけ。心が欲に支配されていれば狂うし、感謝に満ちていれば笑うんだ」
その言葉に、人々の顔色が変わった。自分たちが富江を責めていたが、実は恐怖と欲に取り憑かれていたのは自分たちだと気づき始めたのだ。
「じゃあ、どうすればいいんですか?」と誰かが問うた。
一人さんは大笑いして答えた。
「簡単だよ! 欲で動くんじゃなくて、感謝で動くんだ。富江ちゃんが百人に増えたら、百人分“ありがとう”って言えばいい。そうすりゃ恐怖の渦じゃなくて、笑いの渦になるんだ」
群衆から「ありがとう!」の声が次々と上がった。
その瞬間、不気味に見えていた富江の群れが、不思議とそこまで恐ろしく感じられなくなった。中にはただ立ち尽くすだけの富江もいて、むしろ寂しそうに見える者もいた。
一人さんは帽子のつばを下げ、静かに言った。
「ほらね? 増えるってことは、必ずしも不幸じゃない。笑いと感謝が増えれば、町はもっと豊かになるんだ。だから“増える”ことを怖がる必要はない。君たちが心に何を増やすか、それが大事なんだよ」
人々は頷き、涙を浮かべながら笑った。
富江の群れも一瞬動きを止め、まるでその言葉に耳を傾けているかのようだった。
町を覆っていた混乱の渦は、少しずつ静まりを取り戻していった。
場面3:美しさに囚われる人々

ある夜、町の外れにある古い屋敷の一室が開かれた。そこは壁一面が鏡で覆われた部屋で、ただ立っているだけで無数の自分の姿が映し出される不気味な空間だった。
その部屋の中央に立っていたのは――富江。だが、鏡に映る彼女は一人ではなかった。鏡の中に無限に増殖する富江が映り込み、どこまでも続くように見える。
部屋に入った者たちは、その光景に理性を失った。
「こんなにいるのか…!」
「本物はどれだ!?」
「どれも欲しい…どれも愛しい…」
男たちは次第に狂気に呑まれ、互いに叫び、殴り合い、やがて泣き叫ぶ者も出た。鏡の中の無数の富江は笑みを浮かべ、人々を弄ぶように見えた。
部屋は狂気の渦に包まれていた。
だがそのとき、場違いな声が響いた。
「おお、これはすごい! まるで“鏡張りのカラオケボックス”だね!」
皆が振り返ると、白い帽子をかぶった斉藤一人さんが、にこにこと部屋に入ってきた。
「だけどね、カラオケなら歌が聞こえてくるはずなのに、ここはみんなが叫んでるだけじゃないか。せっかく鏡がいっぱいあるんだから、笑顔の練習でもしたらどうだい?」
群衆の何人かが思わず吹き出した。緊張に支配された空気に、笑いが割り込んできた。
富江が鋭い声で問うた。
「あなた、私の無限の姿を見ても怖くないの?」
一人さんは首を横に振り、にっこりと笑った。
「怖い? いやいや、むしろ楽しいよ。無限に映る君の姿は、鏡が『あなたは特別だよ』って言ってるだけなんだ。だけどね、怖いのは富江ちゃんが増えることじゃない。人間が“欲”を増やすことなんだよ」
人々がざわついた。
「鏡は真実を映すんだ」と一人さんは続けた。「欲にまみれた人が鏡を覗けば、その欲望が増幅して見える。感謝で満ちた人が覗けば、笑顔が増えて見える。同じ鏡でも、映るものは自分次第なんだ」
ある男が泣きながら叫んだ。
「じゃあ俺たちは、富江に狂わされたんじゃなく、自分の欲に狂ったってことか…?」
一人さんは大笑いした。
「その通り! 君たちは富江ちゃんを“悪魔”にしたんじゃない。自分の欲が鏡に映って膨らんだだけなんだよ。でも大丈夫、欲望も感謝も、自分で選べる。君たちが『ありがとう』って言えば、鏡は一瞬で変わるんだ」
人々は顔を見合わせた。しばらくの沈黙の後、誰かが小さな声で「ありがとう」とつぶやいた。
すると、不思議なことに鏡に映る富江の笑みが弱まり、ただの映像に見え始めた。
別の者も続けて言った。
「ありがとう…!」
部屋のあちこちで「ありがとう」の声が広がり、狂気に包まれていた空気が次第に落ち着いていった。
富江は悔しそうに人々を見回したが、彼女自身も鏡に映る姿に戸惑っていた。鏡の中の富江たちの表情が、ほんの少し柔らかくなったように見えたのだ。
一人さんは帽子のつばを下げ、静かに言った。
「ほらね? 鏡はただの道具。そこに映るのは君たちの心だ。欲を映せば地獄になるし、感謝を映せば天国になる。だから恐れる必要なんてない。君たちは自分の心を映してただけなんだから」
人々の頬に笑みが戻り、涙と共に小さな拍手が湧いた。
鏡の部屋は依然として不気味に広がっていたが、そこに映るのはもう「狂気」ではなく、希望の兆しだった。
場面4:鏡の部屋に映る無数の富江

町は完全に富江の影に覆われていた。
どこへ行っても富江。学校にも、病院にも、駅前広場にも、同じ顔の少女が立っていた。誰もが彼女に惹きつけられ、やがて恐怖に押しつぶされていった。
「もうだめだ、この町は狂ってしまった!」
「富江がどんどん増えていく!」
人々の叫び声が通りに響く。中には正気を失い、富江を崇める者もいたし、逆に憎悪に駆られて石を投げる者もいた。だが、富江は何をされても消えず、増え続けるだけだった。
そんな絶望の町の中を、白い帽子の男がのんびり歩いていた。斉藤一人さんだ。
彼は町の様子を見回しながら、にこにこと言った。
「おやおや! 町中が“富江ショッピングモール”になってるね。どの角を曲がっても富江、富江、富江。これじゃあ誰でも目が回っちゃうよ。でもね、これだけ同じ顔が並んでたら、“どれが本物か探すゲーム”として遊んだ方が得だよ!」
あまりの場違いな軽口に、人々から思わず笑いが漏れた。恐怖で固まっていた心に、ちょっとした緩みが生まれた。
そのとき、一人の富江が彼に近づき、冷たい目で問いかけた。
「あなた…どうして私を怖がらないの?」
一人さんは首をかしげ、にっこり笑った。
「怖がる理由がないじゃないか。君は増えてるけど、それはただの“コピー機”みたいなもんだ。コピーが増えても、オリジナルは変わらないんだよ。だから恐れる必要なんてない」
富江は不機嫌そうに唇を噛んだ。
「私は人を狂わせる。男を破滅させ、町を壊すのよ」
一人さんは大笑いした。
「それは君のせいじゃないさ! 狂うのは人の心に“欲”があるからだよ。君はただの引き金で、本当は人間が自分で選んでるんだ。欲を増やすか、感謝を増やすか、それだけのことなんだよ」
人々はその言葉にざわめいた。誰もが「自分たちが狂気に呑まれていたのは、富江のせいじゃなく、自分たちの心の弱さだ」と気づき始めた。
一人さんはさらに続けた。
「君たちね、富江ちゃんを見て『怖い』『狂わされる』って思うけど、本当はチャンスなんだよ。だって、人は追い込まれたときに“自分の心”と向き合うしかなくなるからね。富江ちゃんはその鏡なんだ。だったら、『ありがとう』って言ってごらん。恐怖じゃなく、希望が映るから」
すると、人々の中から一人、二人と「ありがとう」と声を上げる者が出てきた。最初は震える声だったが、やがて大きな声になり、町中に広がっていった。
「ありがとう!」
「生きてるだけでありがとう!」
その声に合わせるように、町を覆っていた不気味な空気が少しずつ和らいでいった。富江の群れも、一瞬動きを止め、まるでその声に戸惑っているかのようだった。
一人さんは白い帽子を軽く下げ、にこにこと言った。
「ね? 恐怖の渦に巻き込まれるより、感謝の渦に巻き込まれた方がずっといいだろう? 人は選べるんだよ。絶望に呑まれるか、笑って希望をつかむか。君たちが選んだ瞬間、町は変わるんだ」
涙を流しながら笑う人々。
その姿は、恐怖に飲み込まれていた町に、小さな光を灯していた。
場面5:町と富江に贈る光

町は完全に混乱していた。至る所に富江の姿があり、笑う富江、泣く富江、怒る富江が一度に存在していた。人々はその異様な光景に怯え、絶望の声をあげた。
「もう終わりだ!」
「この町は富江に飲み込まれる!」
誰もがそう叫び、恐怖の渦に巻き込まれていた。
だがその中心に、白い帽子をかぶった男――斉藤一人さんが立っていた。彼はいつものようににこにこと笑い、町の人々と無数の富江をぐるりと見渡した。
「いやぁ、これは見事だね! 町中が“富江の展示会”みたいだ。入場料を取れば、町おこしにだって使えるよ!」
その突拍子もない冗談に、人々からくすくすと笑いが漏れた。恐怖で張り詰めていた空気に、笑いが入り込んだ瞬間だった。
富江のひとりが冷たく言い放った。
「あなたはどうして笑っていられるの? 私がこんなにも人を狂わせ、町を壊しているのに」
一人さんは白い帽子のつばを下げ、ゆったりと答えた。
「壊してるのは君じゃないよ。人の心の“欲”と“恐怖”が、自分で自分を壊してるだけさ。君はただ、その鏡になってるにすぎない。だから本当は感謝すべきなんだよ。だって、富江ちゃんのおかげで、人は自分の心と向き合えるんだから」
人々がざわついた。今まで「富江のせいだ」と叫んでいたのに、一人さんの言葉で「自分の心の弱さ」に気づかされたのだ。
一人さんは両手を広げ、大きな声で言った。
「みんな、今すぐ試してごらん! 『ありがとう』って言うんだよ。恐怖の渦に飲まれるより、感謝の渦に巻き込まれたほうがずっと楽しいんだから!」
最初は戸惑っていた人々も、次第に声を合わせ始めた。
「ありがとう!」
「生きてることにありがとう!」
「富江に出会えたことにありがとう!」
その声が広がると、不思議なことに、町に立ち並んでいた富江の群れが一瞬動きを止めた。鏡のように同じ顔が一斉に人々を見つめ、やがて少しずつ、表情が柔らかくなっていった。
泣いていた富江も、怒っていた富江も、その冷たい笑みを崩し、ほんのわずかだが人間らしい顔に変わっていった。
一人さんはにっこり笑って言った。
「見たかい? 恐怖を映せば地獄になるけど、感謝を映せば天国になる。富江ちゃんは“呪い”じゃない。“心の鏡”なんだよ」
人々の目に涙が溢れた。富江の存在を呪っていたはずの彼らが、今は感謝の言葉を口にしていた。
「ありがとう!」という声はますます大きくなり、その響きが町全体を包み込んだ。
すると、まるでその声に応えるかのように、町を覆っていた不気味な空気が晴れ、黄金色の光が人々を包んだ。
富江たちの姿は徐々に薄れていき、最後に残ったひとりの富江が涙を流しながら小さな声でつぶやいた。
「…ありがとう」
その瞬間、彼女の姿も光に溶けるように消えていった。
町には静けさが戻り、人々は抱き合いながら涙と笑顔でいっぱいになった。
斉藤一人さんは白い帽子を軽く下げ、にこにこと言った。
「ほらね? どんな呪いも『ありがとう』で消えるんだよ。恐怖の渦に巻かれるより、笑いと感謝の渦に巻かれた方が、人生ずっと楽しいんだから」
黄金の光の中で、町は再び息を吹き返した。
むすびのことば

富江は呪いじゃありません。彼女は人間の心を映す鏡なんです。
欲に支配されれば破滅するし、感謝を映せば希望が返ってくる。
「ありがとう」という言葉はね、富江の呪いさえも優しい光に変える魔法なんです。
だから私はこう思います。
――人生でどんな“恐ろしい富江”に出会っても、「ありがとう」と言える人が、一番自由なんだって。
ほらね? 恐怖も感謝で見直せば、もう怖くないんですよ。
Short Bios:
斉藤一人
常に笑いと感謝を説く存在。増殖し続ける富江を「呪い」ではなく「心の鏡」と見抜き、町の人々に感謝の力を伝える。
富江
美しさと妖しさを持つ少女。人々を狂わせ、無限に増殖する存在。彼女は人間の欲望や恐怖を映し出す象徴。
町の住人たち
富江の美貌に惹かれ、狂気に落ちていく人々。彼らの反応を通じて、人間の弱さと欲望が浮き彫りになる。

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