
はじめのことば
ある人が私に言いました。
「一人さん、もし自分そっくりの穴を見つけたら、どうしますか?」ってね。
普通なら「これは運命の穴だ!」と吸い込まれていくでしょう。
でも私はね、こう答えます。
「いやぁ~、これカプセルホテルにしてもWi-Fiも大浴場もないんじゃないか! 泊まる意味ないよね!」って。
人間はね、“恐怖や不安の穴”に引き込まれがちです。
でも“ありがとう”を唱えれば、その穴はただの模様に変わる。
この物語は、心の穴とどう向き合うかを教えてくれる話なんです。
(本稿に記されている対話はすべて仮想のものであり、実在の人物・発言とは関係ありません。)
第一幕:穴の山の出現

大地震のあと、山肌に不思議なものが現れた。巨大な断層の壁に、無数の人間の形をした穴が並んでいたのだ。頭から足までぴったりと人の形をしたその穴は、どれも誰かを待っているかのように口を開けていた。
「なんだこれは…?」
「まるで人が埋まっていたみたいだ…」
山を見上げた人々は恐怖と好奇心でざわついた。ある者は目を逸らし、ある者は近づこうとし、またある者は立ち尽くしていた。穴の一つを見つめた男が、突然叫んだ。
「これは…俺の穴だ!」
男は胸を押さえ、穴に引き寄せられるように駆け寄った。周囲の人々は慌てて止めようとしたが、その力はあまりにも強烈で、理性を失ったように穴へ手を伸ばした。
群衆は恐怖に包まれた。
「誰かが入ったらどうなるんだ…?」
「出られないって噂だぞ!」
不安と絶望が広がるその場に、どこか明るい笑い声が響いた。
「いやぁ~、これは見事だね! まるで“巨大なマンガ喫茶のカプセルルーム”みたいじゃないか!」
人々が振り返ると、白い帽子をかぶった斉藤一人さんが、にこにこと歩いてきた。
「でもね、ここはWi-Fiもジュースの飲み放題もないんだろ? だったら入る意味ないじゃないか!」
その場に笑いが起こった。緊張で張り詰めていた空気に、少しだけ温もりが戻った。
一人さんは山肌の穴を見上げて言った。
「人間の形をした穴っていうのはね、実は“人間の不安”を表してるんだよ。みんな心の中に“これは自分のためにある穴だ”っていう錯覚を持つ。でもね、穴に入ったら終わり。大事なのは、穴に引き込まれない心を持つことなんだ」
人々が息をのんで聞き入る。
一人さんはさらに続けた。
「ほら、人生にもいろんな穴があるでしょ。“失敗の穴”“後悔の穴”“不安の穴”。そしてどの穴も『これはあなたのものですよ』って呼びかけてくるんだ。でもね、本当にそうかな? “幸せの穴”“感謝の穴”に入る人はほとんどいない。不思議だよねぇ!」
群衆から笑いが起きた。恐怖に取り憑かれていた人々が、少しずつ表情を和らげていった。
一人さんは、穴に吸い込まれそうになっていた男の肩を軽く叩いて言った。
「君、特別扱いされて喜んじゃダメだよ。『これはお前の穴だ!』って言われても、『いやいや、僕は“温泉の露天風呂”のほうがいいです』って答えればいいんだよ!」
男は思わず吹き出し、我に返ったようにその場に座り込んだ。
「ほらね?」と一人さんはにっこり笑った。「穴は人を飲み込もうとするけど、『ありがとう』って言えば、穴はただの模様に変わるんだ。心に感謝を持てば、どんな断層も“人生のアート”になるんだよ」
人々は一斉に頷き、恐怖に支配されていた心が少しずつ解きほぐされていった。
暗い断層の山は相変わらずそこにあった。無数の穴は不気味に口を開けていたが、もうさっきほど恐ろしいものには見えなかった。
人々の心に響いていたのは、渦でも穴でもなく――白い帽子の男の、軽やかな笑い声と「ありがとう」という言葉だった。
第二幕:運命に引き寄せられる人々

山肌の無数の穴は、夜になるとさらに不気味さを増していた。風が吹くたびに、穴の奥からかすかなささやきが聞こえるような気がした。人々はその音に怯えながらも、不思議な引力に逆らえず、穴の前に立ち尽くしていた。
「これは…俺の穴なんだ。間違いない」
ひとりの男が、胸を押さえながら叫んだ。彼の顔は陶酔と恐怖で引き裂かれ、理性を失っていた。
「俺もだ!」
「この穴は私を待っている!」
次々と人々が自分の穴を見つけたと主張し始める。その目は狂気に染まり、誰も彼もが「運命に呼ばれている」と信じ込んでいた。
周囲は騒然となり、止めようとする人々の声は届かない。穴の前に立つ者たちは、胸の奥からわきあがる不思議な衝動に取り憑かれていた。
まるで穴がこう囁いているかのようだった。
「ここがお前の居場所だ。ここに入れば安心だ」
絶望的な空気が広がる中、場違いな明るい声が響いた。
「おお、これは大変だ! まるで“予約制のホテル”だね。でもさ、ベッドも布団もない部屋に泊まるなんて、誰が得するんだい?」
振り返ると、白い帽子をかぶった斉藤一人さんが、両手を広げてにこにこと立っていた。
「それにね、このホテルはチェックインはできてもチェックアウトはできない。そんな宿泊プラン、誰が選ぶんだい!」
その場に小さな笑いが生まれた。恐怖で張り詰めていた空気に、わずかな緩みが走った。
穴の前に立っていたひとりの若者が震える声で言った。
「でも…どうしても引き寄せられるんです。ここが自分のための穴だって、心の奥で囁かれるんです!」
一人さんはその肩にそっと手を置き、にこやかに言った。
「わかるよ。人はね、『自分だけの特別な場所がある』って言われると、つい信じたくなるんだ。だって特別扱いは気持ちがいいからね。でもね、特別な場所は“穴”じゃなくて、“今いる場所”なんだよ」
人々は息をのんだ。
一人さんはさらに続けた。
「ほら、人生にはいろんな誘惑があるでしょ。“これこそお前の居場所だ”って言うもの。でも本当にそうかな? 幸せな人はね、『今いる場所こそ最高の居場所だ』って思える人なんだ。穴に入る必要なんかない。笑って『ありがとう』って言えば、そこが一番の特等席になるんだよ」
群衆の中から笑いと拍手が起こった。
「でも…」と別の人が叫んだ。「この引力は本物なんです! 抗えないんです!」
一人さんは大笑いした。
「抗えない? 抗えないのは“欲”や“恐怖”に心を任せちゃうからだよ。でもね、人間には必殺技がある。それは『ありがとう』って言葉さ! これを唱えれば、どんな引力よりも強い。だって感謝の心は、地球の重力よりも強いんだよ!」
その言葉に、人々は一斉に「ありがとう!」と叫び始めた。
「ありがとう!」
「生きてることにありがとう!」
声が広がると、不思議なことに、穴の不気味な引力が少しずつ弱まっていったように感じられた。人々の表情からは狂気が薄れ、代わりに笑顔が戻りつつあった。
一人さんは白い帽子を軽く下げ、にこにこと言った。
「ね? 運命の穴なんてない。あるのは“感謝で満たす心”だけさ。そこにいれば、どんな断層も怖くない。むしろ芸術に見えてくるんだから」
人々は涙を浮かべながらも笑い合い、恐怖の中に希望の光を見出していた。
第三幕:穴に入る者たち

断層の山肌の前には、今や大勢の人が集まっていた。誰もが自分の「形そっくりの穴」を見つけてしまい、その穴に引き込まれるように立ち尽くしていた。
ある若者は震えながら叫んだ。
「ここが…俺の穴だ! 俺はここに入らなきゃいけないんだ!」
彼は制止する声を振り切り、穴の前に立ち、ゆっくりとその中へ体を滑り込ませていった。群衆は悲鳴を上げた。
「やめろ! 戻ってこい!」
「助けろ!」
しかし穴は、まるで彼を吸い込むように閉ざし、彼の姿は二度と見えなくなった。
恐怖と絶望の空気が一気に広がった。誰もが青ざめ、背筋を凍らせた。
だがその時、例の明るい声が響いた。
「おいおい! そんなに慌てて入らなくても、部屋の中に冷暖房はついてないよ! サービスもゼロ、快適さもゼロ、これじゃあただの“極悪カプセルホテル”だ!」
人々が驚いて振り返ると、白い帽子をかぶった斉藤一人さんが、にこにこと立っていた。
「それにさ、もし入るなら最低でも『Wi-Fiありますか?』って聞いてからにしなきゃ!」
群衆から思わず笑いがこぼれた。さっきまで恐怖で凍りついていた空気に、少しずつ温かさが戻っていく。
すると一人の女性が震えながら言った。
「でも…あの人の顔は、まるで安心してるように見えました。穴の中に入れば、何か救われるんじゃないかって…」
一人さんは帽子のつばを軽く押さえ、真剣な口調で言った。
「救われる? 違うよ。穴に入ることは“終わり”であって“救い”じゃない。人間ってのはね、心に不安や寂しさを抱えると、『ここに入れば安心できる』って幻を信じちゃうんだ。でも、安心は外にあるんじゃない。自分の中にある“ありがとう”で作るもんなんだよ」
人々は息をのんで耳を傾けた。
「ほら、穴ってさ、確かに“ピッタリ合う”ように見える。でもね、それは人生の“後悔”や“嫉妬”と同じ。自分の弱さにピッタリ合っちゃうんだ。だから引き込まれる。でも、『ありがとう』って笑えば、その穴はただの模様になる。模様は怖くない。むしろ美しいんだよ」
群衆の何人かが涙を流し、そして小さな声で「ありがとう」とつぶやいた。
すると、不思議なことが起こった。穴の前に立っていた人々が、一瞬足を止めたのだ。まるでその引力が弱まったかのように。
一人さんは声を上げた。
「見たかい? 人を引き込むのは穴じゃない。自分の心にある“恐怖”なんだ。でも恐怖より強いのは感謝だよ。『ありがとう』はどんな引力にも勝つ。だから、みんな声をそろえて言ってごらん!」
人々は一斉に叫んだ。
「ありがとう!」
「生きてるだけでありがとう!」
その声が山全体に響き渡ると、先ほどまで不気味に見えていた穴が、なぜかただの影のように見え始めた。
斉藤一人さんはにこにこと笑い、こう言った。
「ね? 人を飲み込む穴より、感謝に包まれる人生の方が、よっぽど居心地がいいんだよ。だから、入る必要なんてないんだ」
群衆の表情には、恐怖の代わりに笑顔と涙が混ざり始めていた。
第四幕:穴の囁き

夜が更け、断層の山は月明かりに照らされていた。冷たい風が吹き抜け、穴の中からかすかな声が漏れ聞こえる。
「こっちへ…」
「ここが君の場所だ…」
それは人の耳にしか聞こえないような、低く不気味な囁きだった。穴の前に立つ人々はその声に取り憑かれたように耳を傾け、青ざめた顔で前へ進み出そうとしていた。
「聞こえるか? 俺を呼んでるんだ!」
「私の名前を言った! あの穴が私を待ってる!」
群衆は混乱し、恐怖と魅惑に支配されていた。まるで山そのものが人間を呑み込もうとしているようだった。
その異様な空気の中、明るい声が割り込んだ。
「いやぁ、まるで“深夜ラジオ”だね! DJが『今夜のリクエストは“あなた専用の穴”です!』って言ってるみたいだよ!」
人々が振り返ると、白い帽子をかぶった斉藤一人さんが、笑いながら手をひらひらさせていた。
「でもね、このラジオ、選曲が暗すぎる! せめて『明日はいいことあるよ』って流してくれればいいのに!」
群衆からどっと笑いが起きた。恐怖に固まっていた心が少しだけほぐれた。
だが一人の青年が泣きそうな顔で叫んだ。
「でも本当に聞こえるんです! “ここが君の場所だ”って…! 僕は抗えない…!」
一人さんはにっこりと笑い、青年の肩に手を置いた。
「わかるよ。人間っていうのはね、“自分の居場所”って言われると弱いんだよ。だって安心したいからね。でもね、安心は穴の中にないんだ。自分で『ありがとう』って言った瞬間、そこが居場所になるんだよ」
人々は静まり返り、一人さんの言葉に耳を傾けた。
「囁きに従うのは簡単さ。でもね、それは自分を失う道だよ。本当の自分を守るのは、『私はここにいていい』っていう感謝の心なんだ。穴に行かなくても、君の席はちゃんと用意されてる。しかもVIP席だよ!」
その冗談に再び笑いが起き、青年の顔から緊張が抜けた。
別の女性が震える声で言った。
「でも…囁きはやめてくれないんです。頭の中にずっと響くんです」
一人さんは大笑いして答えた。
「そりゃあ、穴は営業熱心だからね! でもね、営業の声に負けない魔法の言葉があるんだよ。それが『ありがとう』さ。これを何度も唱えてごらん。囁きはだんだん小さくなるから」
その場の人々は試すように口を開いた。
「ありがとう…」
「ありがとう…」
囁きに耳を奪われていた人々が、一斉に感謝の言葉を繰り返すと、不思議なことに穴の声は次第に弱まり、やがて風の音にかき消されていった。
「見たかい?」一人さんはにこにこと言った。
「穴の囁きなんてね、怖いように見えるけど、感謝の声には勝てないんだよ。恐怖は人を縛るけど、感謝は人を自由にする。だから君たちはもう大丈夫さ」
群衆の目に涙が溢れた。誰もが「ありがとう」と唱えることで、恐怖のささやきを振り払えることを知ったのだ。
山の穴は相変わらず不気味に並んでいたが、その夜の空気は確かに変わっていた。恐怖よりも、笑いと安堵の息が広がっていた。
第五幕:断層を超えた感謝の朝

長い夜が明け、空に朝日が昇った。山肌に並ぶ無数の人型の穴は相変わらずそこにあったが、夜のような不気味さは少し和らぎ、ただの奇妙な模様のように見えた。
人々は疲れ果てた顔で山の前に立っていた。誰もが「昨夜、自分の心が穴に引き込まれそうになった」ことを思い出し、震えていた。
「どうしてこんなものが現れたんだろう…」
「結局、穴は人を呑み込むだけだ」
重苦しい声があちこちから上がる。希望よりも虚しさの方が大きかった。
しかしそこに、またもや朗らかな声が響いた。
「いやぁ~、いい朝だねぇ! お日さままで“ありがとう”って笑ってるように見えるよ!」
白い帽子の男――斉藤一人さんが、にこにこと山を見上げながら歩いてきた。
「見てごらん。昨日まで“地獄の入り口”に見えてた穴が、朝日で照らされたら“アート作品”みたいじゃないか。これ、世界遺産に登録できるかもしれないよ!」
その突拍子もない冗談に、群衆から小さな笑いが漏れた。
一人さんは真剣な顔になり、続けた。
「でもね、みんな。昨日の夜、君たちは大事なことを体験したんだ。穴が『これはお前の場所だ』って囁いてきても、『ありがとう』って言葉で跳ね返せたろう? あれは幻聴じゃない。君たち自身の“心の声”なんだよ」
人々は静かに頷いた。
「穴はね、人生の不安や恐怖の象徴なんだ。『君の居場所はここだ』と呼びかけてくる。でも本当の居場所は、外の世界にあるんじゃない。自分の心にある“感謝”の中にあるんだよ」
一人の女性が涙を流しながら言った。
「昨夜、私は本当に引き込まれそうでした。でも『ありがとう』と唱えたら、不思議と心が軽くなったんです」
一人さんはにっこりと笑った。
「そうそう! ありがとうって言葉はね、心のガードマンみたいなものなんだよ。恐怖や不安が『入れてくれ!』って押し寄せても、『ありがとう』って一言で、全部追い払ってくれる。だからね、君たちはもう大丈夫。穴がいくらあっても、感謝で満たされた心には何も入り込めないんだ」
人々の顔に笑みが戻り始めた。
一人さんは両手を広げ、朝日に向かって叫んだ。
「ありがとうーっ!!」
その声は山にこだまし、人々も一斉に声を合わせた。
「ありがとう!!」
「生きてるだけでありがとう!!」
その瞬間、断層の山に広がっていた不気味な影が、朝日の光で完全に消え去った。無数の穴は相変わらずそこにあったが、それはもう「恐怖の入り口」ではなく、「人生の教訓を思い出させる模様」にしか見えなかった。
子どもたちが笑いながら穴を指さした。
「なんだか、ただの人形の型に見える!」
「こっちのは、へんてこなポーズしてるみたい!」
大人たちもつられて笑った。昨夜まであれほど恐ろしかった穴が、朝の光と笑いに包まれると、まるで別のものになっていた。
斉藤一人さんは白い帽子のつばを下げ、にこにこと言った。
「ね? 恐怖は“夜の影”にすぎない。感謝と笑いの朝日が差せば、影は自然に消えていくんだよ。だから人生でどんな穴に出会っても、恐れる必要はないんだ。『ありがとう』って言葉があれば、君たちは必ず救われる」
人々は涙と笑顔でいっぱいになり、拍手が山に響き渡った。
その日、アミガラ断層は町にとって「呪いの山」ではなく、「ありがとうを学んだ山」になったのだった。
むすびのことば

断層に並ぶ穴は、人間の不安そのものです。
でもね、「ありがとう」と言った瞬間、それは恐怖の穴じゃなく“学びの模様”に変わるんです。
人は穴に飲まれるんじゃない。自分の恐怖に飲まれるんです。
でも感謝の心を持つ人は、どんな断層に立っても笑っていられる。
だから私はこう思います。
――人生の穴は恐れるものじゃなく、感謝で埋めるものなんだって。
Short Bios:
斉藤一人
恐怖に引き込まれる人々を救う存在。断層の穴を「模様」に変える笑いと「ありがとう」の智慧を示す。
尾崎
断層を訪れた登山者。自分にぴったりの穴を見つけてしまい、抗えない衝動に苦しむ。
吉岡
尾崎と出会う女性。理性を失いかける人々の中で恐怖を共有しつつも、最後まで生き残ろうと必死に抗う。
群衆
断層に引き寄せられる大勢の人々。穴を「自分の運命」と信じ、狂気に陥っていく。

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