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Imaginary Conversation

Imaginary Conversation

Exploring the World Through Dialogue.

壁の向こうへ ― 村上春樹と日本文学の交差点

April 19, 2025 by Nick Sasaki Leave a Comment

言葉の壁を越えて、物語は呼びかける 

私たちは誰しも、心のどこかに“壁”を持っている。

それは、言葉にできなかった感情、
失われた記憶、
過去の自分との距離、
あるいは、他者との間にある見えない境界線。

村上春樹の長編小説『街とその不確かな壁』は、
その“壁”の向こう側にある静けさと再生を描いた作品である。
40年の時を経て再構築されたこの物語は、
単なる過去の焼き直しではなく、
「語られなかったまま残された物語たち」に
再び光を当てる試みだった。

本シリーズ『壁の向こうへ』は、
そんな“封印と再生”をテーマに、
25人の現代日本作家たちの言葉を集め、
対話という形式でつづられた文学的旅である。

作家たちは、ただ評論するのではなく、
まるで自分自身の“街”や“影”や“記憶”を語るように、
それぞれの場所から言葉を紡いでいく。
対話の中には、交錯、沈黙、同意、ずれ、そして共鳴がある。

この本は、村上春樹の作品を「語る」ことを超えて、
“私たちはなぜ物語を求めるのか”という、
普遍的な問いへの静かな返答でもある。

さあ、ページをめくろう。
きっと、その向こうには、
あなた自身の“街”が待っている。

(本稿に記されている対話はすべて仮想のものであり、実在の人物・発言とは関係ありません。)


Table of Contents
第1章:街とは何か ― 境界と内面風景としての「街」
第2章:影のない人間 ― 喪失、存在、そしてアイデンティティ
第3章:記憶と時間 ― 再構築される過去と心の風景
第4章:夢と現実のあわい ― 世界を創る言葉たち
第5章:40年の封印 ― 創作と再生の意味を問う
後書き ― 境界の向こうに見えたもの

第1章:街とは何か ― 境界と内面風景としての「街」

登場者:村上春樹、川上未映子、吉田修一、古川日出男、松浦理英子

静かな夕暮れの路地。
かすかに灯った外灯の下、五人の作家が静かにベンチに腰を下ろしている。
背後の壁には細かな亀裂が走り、その隙間から淡い光が滲み出ている。
遠くには、蜃気楼のように揺れる街の輪郭。
だれもが、それぞれ違う“街”を見ているようだった。

村上春樹(ゆっくりと語り出す)
「僕が描いた“街”は、現実の風景をなぞったものではありません。
それは、記憶や喪失、夢の断片が沈殿した、心の奥にある風景です。
どこかに本当に存在するかもしれない。でも、誰にも正確な地図は描けない。
その“街”に入るには、必ず“壁”を越えなくてはいけない。
この壁というのは、ある種の通過儀礼のようなもので……
あるいは、自分自身に対する静かな問いかけなのかもしれません。」

川上未映子(頷きながら)
「私にとって“街”は、社会や制度といった外的な構造であると同時に、
私自身の“身体”のようでもあるんです。
どこで誰と何を話したか、どんな匂いがあったか、
そういった記憶が、街という空間を構築していく。
だから“壁”は、外から押し寄せてくるものではなく、
私たち自身が無意識に築いてしまう感覚の境界なのかもしれませんね。」

吉田修一(柔らかく微笑んで)
「僕が描く街は、たとえば『パーク・ライフ』のように、
“人間の感情の迷路”として存在していることが多いです。
東京という大都市の中で、登場人物たちは孤独を抱え、
同時に、見知らぬ誰かとの小さな接点を見つけていく。
その意味で、“街”は人の性格そのものなんですよね。
村上さんの“街”にも、人がいないようでいて、強烈な感情の残滓が染みついている。
無音のように見えて、実は多くの声がこだましているような。」

古川日出男(少し前のめりになって)
「僕にとって“街”というのは、単なる場所ではなく、
“物語に入るための装置”です。
あるいは、読者を試す迷宮のようなもの。
壁があるなら、それは読者に“あなたはこの物語に入る覚悟があるか?”と問いかけている。
村上さんが再構築したこの街には、語られなかった物語の層が重なっていて、
それはまさに“再生された物語”の証明でもある。
言葉が時間を超えて再び語られることで、街自体が新たに息を吹き返す。」

松浦理英子(静かに目を伏せながら)
「私は“街”を身体的なものとして捉えています。
それは皮膚の内と外のように、自分と他者との境界を示すもの。
壁に囲まれた街というのは、自分の心が外界から身を守るために作り出した“感覚の領域”でもある。
でもその壁が厚すぎると、影が生まれなくなる。
欲望も痛みも、光も届かない。
“影を持たない”という状態は、痛みも愛も存在しない空虚の中にいるようなものです。
この小説の街には、そうした“過剰な保護”が生み出す不穏さが漂っていて……私はそこにとても惹かれました。」

村上春樹(静かに応じながら)
「“影”のない街を描いたのは、単に幻想的な演出というより、
“人が他者との関係性を失ったときに生まれる静けさ”を表現したかったんです。
街というのは、本来、交差点や通り、カフェのざわめきといった他者の痕跡でできている。
でも、それを一つ一つ取り除いていった先に、
どんな風景が立ち上がるのかを見てみたかった。」

川上未映子がふと、遠くにぼんやりと浮かぶ街並みに目を向けた。

川上:「不思議ですね。
私たち5人がいま同じ方向を見ていても、
そこに見えている“街”は、それぞれまったく違うものなのかもしれません。」

吉田(小さく笑って):「でも、それでいいんですよ。
街は、見る人の記憶や感情のフィルターを通して生まれる。
それが街の魅力でもある。」

古川:「いや、むしろそうでなければ街は“閉じられた装置”になってしまう。
物語における街の役割は、常に揺れていて、
新しい読者が訪れるたびに、姿を変えるべきものなんです。」

松浦:「それはまるで、人間の心そのものですね。
記憶とともに形を変え、
時には“通れなくなった路地”のように封印されていく。」

村上春樹(優しくまとめるように)
「たぶん、僕たちが描こうとしている街は、
“地図に載っていないけれど、確かに存在する場所”なんです。
それは読者一人ひとりの心の中にもあって、
物語を通して、その街に触れることができる。
もしこの小説を通して、それぞれが自分の“街”を思い出してくれるなら、
僕としてはそれが何よりの喜びです。」

路地に風が吹いた。
壁の亀裂からこぼれる光が、
それぞれの顔を淡く照らした。

街はまだ、誰かの中で静かに息をしている。

第2章:影のない人間 ― 喪失、存在、そしてアイデンティティ

登場者:中村文則、小川洋子、堀江敏幸、村田沙耶香、保坂和志

海辺の黄昏。
誰もいない砂浜を、五人の作家が静かに歩いている。
不思議なことに、彼らの足跡は砂に残らず、身体にも影がない。
背後には、何の装飾もない真っ白な壁が、地平線まで続いている。
静かで、どこか非現実的な風景。
そこにいる彼ら自身の存在すら、今は確かではないようだった。

中村文則(低い声で口を開く)
「“影がない”というのは、いわば“他者との関係が断たれている状態”です。
僕の小説には、しばしば過去に罪を犯した者、世界から隔絶された存在が登場します。
彼らは、社会の中で見えない存在として生きている。
その姿は、まさに“影のない人間”そのものです。
光がなければ影は生まれない。でもその光は、いつも外から差し込むもの。
だからこそ、“見られること”“関わること”が、人間にとってどれほど本質的か、常に考えさせられます。」

小川洋子(目を伏せながら)
「私も、“存在するとはどういうことか”を、小説の中でずっと問い続けてきたように思います。
たとえば、記憶を失った人が、自分が誰かを知るには、
他者の語る自分のエピソードを聞くしかない。
つまり、“私”はいつも、誰かの記憶の中にしか存在しないのかもしれないんです。
影がないというのは、“私”を証明してくれる他者がいないということ。
それは深い孤独であり、同時に、儚い自由でもあります。」

堀江敏幸(海を見つめながら)
「私は、“影”を“気配”として捉えています。
それは視覚的なものではなく、ふとした呼吸の揺れ、
沈黙のなかに差し込む微かな感情、そういったものです。
“影のない人間”とは、“気配を消してしまった人”でもある。
それは必ずしも悲しいことではなく、
むしろ“他者に溶け込む力”として働くこともあると思います。
ただ、それが“生きている実感”と両立できるかどうかが、常に問いになる。」

村田沙耶香(穏やかな口調で)
「私にとって“影がない人間”とは、
“社会的に完全に適合した存在”の象徴です。
たとえば『コンビニ人間』の主人公は、
完璧に社会のルールに従い、“普通”に振る舞うことに成功しています。
でもその結果、彼女自身の“欲望”や“違和感”は外に出てこなくなる。
それは、影が消える状態ととても似ている。
“あなたは誰ですか”と問われたとき、
“社会のパーツ”としてしか答えられないとしたら、
それはアイデンティティの崩壊に近いのかもしれません。」

保坂和志(遠くの壁を見つめながら)
「僕は、“影”を持つということは、“関係を生きる”ということだと思っています。
人間は本来、完全に自立した個ではなく、
常に誰かとの関係のなかで揺れながら存在している。
その揺れがあるからこそ、影が生まれる。
“影のない人間”とは、揺れを拒絶した存在です。
でもその揺れこそが、生きることの豊かさであり、物語の始まりでもある。
だから僕は、登場人物にいつも“揺らぎ”を与えるようにしています。
それが人間の実在感につながるから。」

小川洋子が、足元の海面を見つめてつぶやいた。

小川:「影って、水面に映る“もう一人の私”のようでもありますね。
それがないということは、“鏡”を失うことでもある……」

中村:「鏡のない人生。
それは確かに、恐ろしいほど自由で、同時に苦しい。
誰も“自分”を映してくれないなら、
人はどうやって“ここにいる”ことを確かめられるのか。」

村田:「でも逆に、“影を持ちたくない”と願う人もいると思います。
社会に縛られる影、過去に縛られる影、性別や立場の影。
だからこそ、“影のない人間”という概念は、
“何者にもなりたくない”という、
現代の深層的な願望とも結びついている気がするんです。」

堀江:「“透明になりたい”という願いですね。
でも透明になるということは、見られないということ。
それは、存在しないこととどう違うのか。
物語は、そういう問いを私たちに投げかけ続けます。」

保坂(静かに)
「人間は、影を持つことで不完全さを晒す。
でもその不完全さこそが、共感や愛を生む。
“完璧な人間”には影がない。
でも、それはどこにもいない“虚構の存在”でもある。」

沈みかけた夕陽が、海の彼方をわずかに照らしていた。
白い壁は、変わらず静かに、彼らの背後にそびえている。

彼らの影は、依然として現れなかった。
だが、その語られた言葉の数々が、
代わりに静かな“痕跡”を、世界に残していた。

第3章:記憶と時間 ― 再構築される過去と心の風景

登場者:村上春樹、川上弘美、吉本ばなな、島本理生、辻村深月

漂うような光の中に、五人の作家が佇んでいる。
そこは、どこか現実とも夢ともつかない空間。
浮かんでは消える時計と、風に揺れるように漂う古びた写真たち。
廊下の先には、どこへ続くのかわからない、淡く光る消失点。
誰もが胸に何かを抱いている。
手紙、鏡、鍵、ノート、そして一本の羽――
それはきっと、それぞれが過去に置いてきた何かの象徴なのだろう。

村上春樹(ゆっくりと)
「記憶というのは、思い出そうとした瞬間に、もう変質している気がします。
とても大事だったはずの誰かの声も、場所の色も、
時間が経つにつれて少しずつ曖昧になっていく。
でも、その“曖昧さ”こそが、物語になる。
『街とその不確かな壁』を書き直したとき、
僕は40年前の自分が残した“歪んだ地図”を辿りながら、
いまの自分の言葉で、もう一度その街を歩こうとしたんです。」

川上弘美(微笑みながら)
「記憶って、ガラスの中の気泡みたいに、
ふとした瞬間に浮かび上がってきますよね。
それが喜びだったり、痛みだったりする。
私が小説を書くときは、必ずどこかに“時間の揺らぎ”を入れています。
日常の会話の中に、ふと過去が差し込んでくるような、
そんな“ずれ”を大切にしたいんです。」

吉本ばなな(静かに頷いて)
「私の作品には、“死者との共存”というテーマがよく出てきます。
それは、過去が完全には過ぎ去らないという感覚とつながっていて。
“記憶”というのは、実は“いま”の感情によって上書きされているものなんです。
でも、上書きされるからこそ、
そこに“希望”や“癒し”が生まれる。
過去は変えられないけれど、その“意味”は、
未来から見たときに変わるかもしれないんです。」

島本理生(遠くを見つめながら)
「私が小説に描く記憶は、たいてい傷を伴っています。
とくに、幼少期や思春期の記憶は、
思い出すことそれ自体が痛みを伴う。
でも、それを再構築して“物語”にすることで、
ようやく過去を“抱きしめる”ことができるようになる。
記憶は、ただ残るものではなく、
“受け入れられるために変わっていく”ものなんだと思っています。」

辻村深月(やさしく語りかけるように)
「私が興味を持つのは、“同じ出来事を、複数の人が違うふうに覚えている”ということです。
たとえば家族の中で、“あのときお父さんが言ったこと”を、
兄は“優しかった”と覚えていて、私は“怖かった”と感じている。
記憶って、事実の記録じゃなくて、感情の記録なんですよね。
だから、小説を書くというのは、
“感情の記憶”を一度整理して、
再構築する作業なのかもしれません。」

川上:「再構築って、時間の中で一度“壊す”ことでもありますよね。
思い出をそのまま保存するのではなく、
一度心の中で溶かして、新しいかたちにして受け入れる。
それが物語になる瞬間のような気がします。」

吉本:「だからこそ、物語は過去を浄化する力があるんでしょうね。
ただし、それはすべてを美化するという意味じゃなくて、
“生きてきた意味”を、自分なりに見つけ直すということ。」

島本:「そう思います。
私は小説の中で、過去に立ち返る人物を書くことが多いけど、
それは“過去に戻りたい”という願望というより、
“過去と今の自分を繋ぎ直したい”という気持ちなんです。」

辻村:「読者って、その“繋ぎ直し”の作業を、
登場人物と一緒に体験してくれるんですよね。
だから物語を読むという行為そのものが、
自分自身の記憶の再構築にもつながっていく。」

村上春樹(深くうなずいて)
「再構築というのは、
過去の“意味”をいまの自分が問い直すことです。
40年前に書いた物語を、
いまの僕がもう一度語る。
それは、かつての自分との対話でもあり、
今の読者との静かな交換でもある。
物語は記憶と同じように、
形を変えながら、何度でも蘇るんです。」

廊下の先、かすかに光る消失点に向かって、
五人は静かに歩き出す。
手に持ったものを、少しだけ胸に近づけて。

時計は止まったままだが、
物語だけが、時を超えて流れていた。

第4章:夢と現実のあわい ― 世界を創る言葉たち

登場者:夢枕獏、村上春樹、円城塔、恩田陸、最果タヒ

深い霧の中、星々が瞬く空間に、五つの書き机が静かに浮かんでいる。
それぞれの机には、誰かが座っている。
空中に浮かぶ光る漢字たちが、机と机のあいだをつなぎ、
時折、その文字たちが橋のように架かっていく。

一つの机は、遠くの月明かりに照らされた森へ傾き、
もう一つは、見えない迷宮の入口へと傾いていた。

誰もが何かを「書こうとしている」――
それは夢か現実か、あるいはその境界線そのものか。

夢枕獏(豪快に笑いながら)
「夢と現実の境界なんて、はなっからあるようでないんだよね。
僕にとって物語ってのは、“この世界じゃないけど、たしかに存在してるもう一つの現実”なんだ。
たとえば『陰陽師』の晴明も、『神々の山嶺』の羽生も、
彼らは僕の頭の中の存在だけど、僕以上に“生きてる”。
彼らが見る夢を、僕が記録してるような感じ。」

村上春樹(静かに頷いて)
「僕も、現実の中に夢が入り込んでくるような物語が好きです。
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』や『海辺のカフカ』なんかは、
現実と幻想の二つの世界が並行して存在している。
だけど、どちらが本物か、という話ではないんですよね。
大事なのは、その“あわい”に立つ感覚です。
現実にしか興味がない人にも、
夢にしか生きられない人にも、
僕の物語は少し居心地が悪いかもしれないけど、
その中間に立ってみたとき、
何かが見えてくる気がするんです。」

円城塔(やや機械的な語り口で)
「私は、言葉自体が“現実生成装置”だと思っています。
ある意味、小説とは“現実のようなもの”を模倣しながら、
言語の操作で別の法則を走らせる構造体です。
夢を夢として描くのではなく、
“夢のように見える現実”や“現実としての夢”を、
言語の構造でいかに成立させるか。
そこに私は関心があります。
なので、“漢字が空中に浮かんでいる”ような構造も、
私の中ではすでに一つの論理体系です。」

恩田陸(目を輝かせて)
「私は、“この世界ではないけれど、もしかしたらあるかもしれない世界”を書くのが好きです。
現実と夢の境界は、音楽や匂い、記憶といった感覚的なきっかけで簡単に揺らぎます。
たとえば、見知らぬ町で道に迷ったとき、
ふと“ここは自分の知っている世界じゃない”って感じることがある。
その瞬間が、“物語の扉”になる。
読者をその扉の向こうへ連れていくために、
私は“現実のような夢”を、細部までリアルに描くようにしています。」

最果タヒ(小さな声で)
「私にとって“夢”というのは、
“言葉にならなかった感情”の集合体のようなものです。
そして、詩を書くというのは、
その輪郭のない感情を、少しずつ言葉に近づけていく行為。
でも、言葉にした瞬間、
その感情はもう“夢”ではなくなってしまう。
だから詩には、
“完全に届かないけれど、かすかに触れる”
くらいの距離感がちょうどいいんです。」

夢枕獏:「その“触れるか触れないか”って感覚、すごくよく分かるよ。
夢って、本当にそう。
明け方に見た夢の余韻って、
その日一日の現実をほんの少しだけずらしてくれる。
小説って、そういう“ずらし”を起こす道具でもあるよね。」

村上春樹:「たとえば、“なぜこの場所にいるのか分からない”という感覚が夢にはあります。
だけどその場所に、なぜか強烈な“意味”があるように思えてくる。
それって、“読まれることを待っている物語”にも似ているんです。
僕たちは夢を見ているのではなく、
夢が僕たちを見ているのかもしれない。
その気配を、小説で拾いたい。」

恩田陸:「私、子どもの頃から、“これは夢かもしれない”って思う瞬間がたくさんあって。
今でも、ふとした場面で“夢の続きにいる”って思うことがあるんです。
そういう“夢の層”がいくつも重なって、
ひとつの物語になっていく気がします。」

円城塔:「物語とは、現実に対する“仮説”であり、
夢に対する“構造化”でもあります。
言葉がある限り、
人は夢を見るように、現実を組み立てることができる。」

最果タヒ(そっと目を閉じて)
「たぶん、“世界を創る”っていうのは、
夢に名前をつけることなんだと思う。
でもその名前は、
誰かに届いたときには、また別の夢になっている。」

気づけば、机の間を漂っていた漢字たちが、
一つの文章になって、空にゆっくりと浮かび上がっていく。

それは、誰かの書きかけの詩だったかもしれないし、
まだ語られていない物語のタイトルだったかもしれない。

そしてその文章は、
月明かりの下、静かに消えていった。

第5章:40年の封印 ― 創作と再生の意味を問う

登場者:村上春樹、辻仁成、いしいしんじ、重松清、鴻巣友季子

薄暗い書斎の中。
使い古された木製の引き出しが、誰の手にも触れられず、音もなく、ゆっくりと開いていく。
中から浮かび上がるのは、金色に輝く幾枚もの紙。
そこに書かれた言葉たちは、まだ誰にも読まれていない――けれど、どこか懐かしい。
五人の作家がその光景を囲み、言葉の“蘇生”について語り始める。

村上春樹(ゆっくりと口を開く)
「『街とその不確かな壁』は、僕にとってある意味、
“封印したまま残していた記憶の欠片”のような存在でした。
若い頃に書いた物語の一部を、自分で“見ないようにしていた”。
でも、それが時を経て、“もう一度話しかけてきた”んです。
“いまの自分で書き直せるか?”と。
それは、自分のなかの“過去の自分”との対話でもありました。」

辻仁成(優しく頷いて)
「わかります。
作家って、人生のある時期に“言えなかった言葉”を抱えたまま
書き続けているところがありますよね。
だけど、年月が過ぎると、
その言葉が“いまなら言える”状態になってくる。
僕はそれを“熟成”って呼んでるんです。
当時の感情そのままじゃないけれど、
時間をかけて、言葉の形にやっと落とし込めるようになる。」

いしいしんじ(朗らかに)
「僕は、昔書いたノートを見返すとき、
“これは今の僕に書き直させてくれって言ってるな”って思うことがあります。
物語は、あるとき“熟して落ちてくる果実”みたいに、
向こうからやってくることがある。
ただ、受け止める自分がいないと、それもまた消えてしまう。
だから、あえて寝かせておくというのも、
一つの創作なんだと思います。」

重松清(真摯に)
「“寝かせる”というより、“待つ”という感覚に近いかもしれません。
私は特に、“家族”や“喪失”といったテーマを描くときに、
言葉が足りなかったり、逆に多すぎたりすることがある。
そんなとき、無理に書かずにそのままにしておく。
そして十年後、あるいは二十年後に、
“その時の自分”がやっと出てくる。
物語の再生とは、“いまの自分が過去の感情に追いつく瞬間”なのかもしれません。」

鴻巣友季子(翻訳家としての視点から)
「私は、再執筆や再構築というのは、“翻訳”に近いと思っています。
言語の違いというより、“時間と言葉の翻訳”。
若い頃に書いた文章は、それはそれで真実なんだけれど、
いまの自分が“もう一度訳す”ことで、
より深く、より静かに響く作品になることがある。
言葉は時を超えて届くための船みたいなものなんです。」

村上春樹(頷きながら)
「再構築というのは、
“何を変えるか”ではなく、
“何を変えないか”を見極める作業だった気がします。
若い頃の自分が感じていたことの中には、
たしかに未熟な部分もあるけれど、
そこにしかなかった“直感”もある。
その直感を、いまの文体で、
そっとすくいあげるような作業でした。」

辻仁成:「それってまさに“言葉の再生”ですね。
しかもそれは、作家本人にとってだけじゃなくて、
読者にとっても“いま読む意味”がある。
過去の物語が、“いまの世界”に新しい風を吹き込むこともある。」

いしいしんじ:「うん、物語は変わらないけど、
読む人が変わることで、意味が変わっていく。
だからこそ、“何度でも語りなおす価値”がある。」

重松清:「小説って、過去を変えることはできないけれど、
過去との関係性を変えることはできるんですよね。
たとえば、亡くなった人との記憶とか、
若い自分が選べなかった道とか。
物語を通じて、“もう一度話すチャンス”がもらえる。」

鴻巣友季子:「私たちが書くものも、読むものも、
実はすべて“未完の物語”なのかもしれませんね。
でも、未完だからこそ、
その続きを、また誰かが書ける。
それが文学の“循環”であり、“再生”なのだと思います。」

書斎の外では、
桜の花びらが、ひとひら、またひとひらと
ゆっくりと窓の外を舞っていた。

誰もが、それぞれの言葉を手に取り、
もう一度ページを開こうとしていた。

“封印”ではなかった。
それは、“静かに熟した時間”の果てにあった
再びの始まりだった――

後書き ― 境界の向こうに見えたもの

すべての対話が終わったあと、
不思議な静けさが残った。

それは、誰かに深く触れられたあとのような、
あるいは、ずっと会えなかった記憶と再会したあとのような、
やさしくもどこか切ない余韻だった。

作家たちが語ったのは、
単なる分析や解釈ではない。
それぞれの内にある“言葉にならなかったもの”――
つまり、“影”や“記憶”や“夢”の正体に触れようとする試みだった。

『街とその不確かな壁』という作品は、
村上春樹という作家の時間を超えた対話であると同時に、
読む者ひとりひとりに
“あなた自身の壁の向こうに、何があるか”を問いかけてくる。

このシリーズが、その問いに対する
ひとつの“静かな返歌”になっていれば、
これほど嬉しいことはない。

そしてもし、読者であるあなたが、
どこかでふと、何気ない夕暮れの中に、
あの“街”の輪郭を感じたとしたら――

そのとき、物語はまた、
あなたの中でそっと歩きはじめるのだろう。

Short Bios:

村上春樹(むらかみ・はるき)

1949年京都生まれ。『ノルウェイの森』『1Q84』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』などで国際的な評価を受ける。幻想と現実、喪失と再生をテーマにした文学を展開。

川上未映子(かわかみ・みえこ)

1976年大阪生まれ。詩人として活動を始めたのち、小説家へ。『乳と卵』『夏物語』などでジェンダー、身体性、記憶をテーマに文学を切り拓く。

吉田修一(よしだ・しゅういち)

1968年長崎県生まれ。『パーク・ライフ』『悪人』『横道世之介』など、都市生活と人間関係の揺れを描いた作品で知られる。

古川日出男(ふるかわ・ひでお)

1966年福島県生まれ。『アラビアの夜の種族』『聖家族』『南無ロックンロール二十一部経』など、物語の構造とポストモダン的実験性で高く評価される。

松浦理英子(まつうら・りえこ)

1958年愛媛県生まれ。『親指Pの修業時代』『ナチュラル・ウーマン』『奇貨』など。性、身体、社会の境界を繊細に描く作風が特徴。

中村文則(なかむら・ふみのり)

1977年愛知県生まれ。『土の中の子供』『掏摸(スリ)』『教団X』など、存在の揺らぎと倫理の境界を問う作品で国際的にも高評価を得る。

小川洋子(おがわ・ようこ)

1962年岡山県生まれ。『博士の愛した数式』『ミーナの行進』『薬指の標本』など、記憶、孤独、静けさの中にひそむ物語を描く。

堀江敏幸(ほりえ・としゆき)

1964年岐阜県生まれ。『おぱらばん』『雪沼とその周辺』『未見坂』など、静謐な文体で人と時間の気配を丁寧に描写する作風。

村田沙耶香(むらた・さやか)

1979年千葉県生まれ。『コンビニ人間』『地球星人』など、“普通”や社会規範の違和感を鋭く描く異才の書き手。

保坂和志(ほさか・かずし)

1956年山梨県生まれ。『カンバセイション・ピース』『季節の記憶』『書きあぐねている人のための小説入門』など、対話性と存在の“ゆらぎ”を主題とする。

川上弘美(かわかみ・ひろみ)

1958年東京生まれ。『センセイの鞄』『真鶴』『神様』など、日常と非日常のあわいを詩的に描く文体が特徴。

吉本ばなな(よしもと・ばなな)

1964年東京生まれ。『キッチン』『TUGUMI』『アムリタ』など、死、喪失、癒しを通して“生きること”のやさしさを伝える作品多数。

島本理生(しまもと・りお)

1983年東京生まれ。『ナラタージュ』『Red』『ファーストラヴ』など、恋愛やトラウマ、再生を心理的に丁寧に描く。

辻村深月(つじむら・みづき)

1980年山梨県生まれ。『ツナグ』『かがみの孤城』『冷たい校舎の時は止まる』など、現代の若者や“繋がり”をテーマに物語を紡ぐ。

夢枕獏(ゆめまくら・ばく)

1951年神奈川県生まれ。『陰陽師』『神々の山嶺』『餓狼伝』など、幻想、武術、宗教といったテーマを融合させた大河的物語を多数執筆。

円城塔(えんじょう・とう)

1972年北海道生まれ。『Self-Reference ENGINE』『道化師の蝶』『文字渦』など、言語構造とSF的発想を融合した先鋭的作風で知られる。

恩田陸(おんだ・りく)

1964年宮城県生まれ。『夜のピクニック』『蜜蜂と遠雷』『六番目の小夜子』など、多ジャンルで物語の多層構造を描く人気作家。

最果タヒ(さいはて・たひ)

1986年兵庫県生まれ。詩人・小説家。『グッドモーニング』『夜空はいつでも最高密度の青色だ』『千年後の百人一首』など、鋭く透明な言葉で現代の感情をとらえる。

辻仁成(つじ・ひとなり)

1959年東京生まれ。小説家、ミュージシャン。『白仏』『海峡の光』『父 Mon Père』など、家族・再生・愛をテーマに国内外で活躍。

いしいしんじ

1966年大阪生まれ。『麦ふみクーツェ』『ぶらんこ乗り』『ある一日』など、童話的で柔らかい語りと幻想性を特徴とする。

重松清(しげまつ・きよし)

1963年岡山県生まれ。『ビタミンF』『とんび』『青い鳥』など、家族や子ども、大人の葛藤を温かく描いた作品多数。

鴻巣友季子(こうのす・ゆきこ)

1963年東京生まれ。翻訳家・文芸評論家。『嵐が丘』『カラマーゾフの兄弟』など翻訳多数。文学と翻訳の関係を深く探求しつづけている。

Filed Under: 仮想対談, 作家対話シリーズ Tagged With: いしいしんじ 再生の物語, 中村文則 実存と罪, 保坂和志 他者のまなざし, 円城塔 言葉と夢, 古川日出男 ポストモダン文学, 吉本ばなな 喪失と癒し, 堀江敏幸 気配の文学, 小川洋子 静けさの影, 島本理生 トラウマと回復, 川上弘美 時間の柔らかさ, 川上未映子 街の記憶, 恩田陸 境界の物語, 最果タヒ 詩と非言語の感覚, 村上春樹 街とその不確かな壁, 村田沙耶香 普通の怖さ, 松浦理英子 身体と街, 辻仁成 魂の回復, 辻村深月 記憶のずれ, 重松清 記憶と家族, 鴻巣友季子 小説の翻訳性

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