
冒頭のことば:祐一の回想より
祐一(ナレーション)
俺は、ただの青年だった。
国のために、生きたかった。
家族を守るために、誇りを胸に、桜の下を歩いていた。
そのとき、
「自分が誰かを壊す存在になる」とは、
思いもしなかった。
それが命令だと、
そう言えば楽だった。
でも、本当は——
あの扉を開けた瞬間に、俺はもう、
自分を見失っていたのかもしれない。
(Note: This is an imaginary conversation, a creative exploration of an idea, and not a real speech or event.)
第1幕|桜の下で誓ったこと

FADE IN
EXT. 東北の寒村 – 1943年 春 – 朝
舞台奥には低い山とまだ雪の残る畑。
桜が満開。花びらが風に乗って舞っている。
前方では出征式が行われている。
村長(老爺)
「祐一くん、君はこの村の誇りじゃ。
大和魂をもって、国のために尽くしてくれ!」
村人たち(一斉に)
「万歳! 万歳!」
INT. 家の縁側 – 少し前の早朝
母がにぎり飯を布で包みながら、息子の背中を見ている。
母
「…手紙、無理して書かなくてもいいよ。
生きて帰ってくれれば…それだけで。」
祐一(少し背中を向けたまま)
「……うん。
恥ずかしい真似だけはしない。
それだけは、約束する。」
EXT. 村の道 – 出発直前
父が祐一の背を強く叩く。
父
「泣くな。武士の子だろ。
泣きたいのは、母さんのほうだ。」
祐一はこらえながら頭を下げ、背を伸ばす。
妹(10歳)が走ってきて、何かを握らせる。
妹
「桜の花、落ちてきたの拾ったの。
持ってって!」
祐一は小さな花びらを胸にしまう。
汽車の汽笛が鳴る。
EXT. 駅のホーム – 数分後
制服に着替えた祐一がホームに立つ。
手には小さな包みと、妹からの花。
見送る村人たちの中で、母だけが静かに頭を下げている。
祐一は最後に一度だけ、桜の木を見上げる。
祐一(心の声)
「俺は帰ってくる。
桜が散るのは、また来年のことだから。」
INT. 汽車の中 – 移動中
兵士たちが肩を並べて座っている。
誰も口を開かない。
祐一は窓の外の景色をぼんやりと見ている。
遠く、海を越えた先に、彼の運命が待っている。
FADE OUT.
第1幕 終わり
第2幕|命令と正義のあいだで

INT. 新兵訓練所 – 昼
裸足で立たされた祐一。
泥にまみれ、顔にはあざ。
軍曹が怒鳴る。
軍曹
「貴様は誰のものだ!」
祐一(叫ぶ)
「国家のものです!」
軍曹
「誰が命を決める!」
祐一
「大日本帝国です!」
軍曹(怒鳴る)
「感情は捨てろ! 家族も、村も、昨日までの自分もだ!」
INT. 寝台 – 夜
祐一は同じ小隊の兵士たちと並んで横になる。
誰も目を閉じない。
隣の兵士・**田嶋(20)**が低い声で言う。
田嶋
「次の駐屯地には“それ”があるらしいぞ。」
祐一
「“それ”?」
田嶋
「女だよ。慰安所ってやつだ。」
祐一
「……」
田嶋
「順番で通される。拒否した奴は“非国民”だとよ。」
祐一はそれ以上何も聞かず、布団をかぶる。
INT. 駐屯地・到着初日 – 翌日
兵士たちが列を成して行進する。
小さな町の外れに、囲いで覆われた建物がある。
表札には「軍専用施設」とだけ記されている。
外では洗濯物が干され、若い女性たちの影が窓越しに見える。
沈黙と閉鎖的な空気。
祐一はその建物を通り過ぎながら視線を逸らす。
INT. 小隊部屋 – 夜
上官が命令を読み上げる。
上官
「兵の健康管理のため、定期的な衛生管理施設への訪問を命ず。
拒否した場合、命令違反として処分対象とする。」
ざわつく部屋。
祐一はその紙を見つめたまま動かない。
INT. 慰安所・入口前 – 数日後
夜。祐一は列の最後に立っている。
前の兵士たちは冗談を言いながら順番を待っている。
扉の前に立つ兵士が祐一の背中を押す。
田嶋(小声で)
「今さらやめられねぇよ。
“あいつ、女にも触れなかった”って噂、広がったら終わりだぞ。」
祐一の目の前のドアが開く。
暗い廊下の奥に、ジョンスクの背中が見える。
ジョンスクは祐一を見ず、無言で奥の部屋を指差す。
祐一の顔から血の気が引く。
INT. 慰安所・部屋の前 – 続き
ドアの前に立つ祐一。
小さく呼吸を整える。
彼の手には、まだ妹から受け取った桜の花びらが入った袋がある。
それを胸に押し当て、
そっと、扉に手をかける。
FADE OUT.
第2幕 終わり
第3幕|扉の向こうにいた少女

INT. 慰安所・廊下 – 夜
祐一の足音だけが響く。
兵士たちの冗談や笑い声は、遠ざかっていく。
ジョンスクが無言で前を歩いている。
廊下の突き当たり、ひとつの扉の前で立ち止まる。
ジョンスク
(低く)
「入れ。終わったら、灯りで知らせろ。」
ジョンスクは背を向けて去る。
祐一はドアノブを握り、深呼吸する。
そして、ゆっくりと扉を開ける。
INT. 慰安所・部屋の中 – 同時刻(ウンヒ視点と重なる)
小さな部屋。
布団と、薄い毛布。
机の上には茶色くなった水の入ったコップ。
その前に、少女(ウンヒ)が座っている。
まだ制服姿のままの祐一が、戸口で立ち尽くす。
少女は視線を合わせない。
膝を抱え、梅の刺繍入りのハンカチを胸元に握っている。
祐一
(声が出ない。喉が詰まる)
ウンヒ
(小さく)
「……入って。」
その声に祐一の肩が震える。
祐一は一歩、二歩と中へ入る。
沈黙。
二人の呼吸だけが聞こえる。
祐一(心の声)
「子どもだ。
俺の妹と変わらない。」
少女の膝には傷がある。
冷たい床の上に座ったまま、少女は静かに目を閉じる。
祐一
(しぼるように)
「……すまない。」
少女は何も言わない。
ただ、ハンカチをぎゅっと握る。
祐一の手が震える。
だが、その手は止まらず、少女の肩へ近づいてしまう。
INT. 廊下 – 数十分後
ジョンスクが部屋の前を歩く。
ドアの隙間から、灯りが揺れているのを見て立ち止まる。
中から、小さなすすり泣きが聞こえる。
INT. 慰安所・部屋 – 終盤
祐一は布団の端に座っている。
少女は壁にもたれて座り直し、顔を上げない。
沈黙のあと、少女がぽつりと言う。
ウンヒ
「泣かなかったの、わたしじゃなくて、
あなたですね。」
祐一は答えられない。
ただ、手のひらを見つめている。
そこには、彼女のハンカチに染みた小さな血の跡が残っている。
FADE OUT.
第3幕 終わり
第4幕|見なかったことにしていた

INT. 慰安所・廊下 – 数週間後の夜
祐一は廊下の壁にもたれかかっている。
近くの部屋からうめき声と布を噛む音が聞こえる。
扉の下には薄く染み出た赤い液体。
祐一はその場を通り過ぎる。
表情は、もう何も映さない。
INT. 慰安所・部屋(別の夜)
祐一が座っている。
対面には、以前と同じ少女——ウンヒがいる。
だが、彼女はもう目を合わせようともしない。
視線は空中を泳ぎ、言葉はない。
祐一は行為のあと、立ち上がらず、ただ黙っている。
祐一(心の声)
「これは…もう、命令じゃない。
俺の中の何かが、壊れてる。」
少女は毛布を自分の体に強く巻きつける。
INT. 食堂 – 翌日
同期の兵士たちが食事を取りながら笑っている。
田嶋
「泣くのがいいんだよ。
あれでグッとくるってやつだろ?」
兵士B
「初物ってのはやっぱ最高だよな。」
笑い声が響く中、祐一は無言で箸を置き、
吐き気をこらえるように席を立つ。
INT. 慰安所裏 – 深夜
雨。
祐一は独りで煙草を吸っている。
吸えないまま、火だけが先に消える。
そのとき、奥の木陰で誰かの叫び声が響く。
女性の声(ミンジャ)
「어머니… 엄마… 떡 줘…… 분홍색…(お母さん、お餅ちょうだい、ピンクのやつ…)」
祐一は振り返るが、誰もいない。
INT. 慰安所・廊下 – 翌朝
誰かの悲鳴。
慌ただしく走る足音。
祐一が駆け寄ると、部屋の前でジョンスクが立ち止まっている。
中を見ると、ミンジャが天井から吊られている。
手にはまだ、破れた紙の人形が握られている。
周囲の兵士たちは沈黙している。
誰も近づこうとしない。
EXT. 慰安所裏庭 – 同日
ミンジャの遺体が毛布に包まれて運ばれていく。
足の先だけが見えている。
祐一は遠くからそれを見つめる。
彼の顔には怒りも、涙も、ない。
ただ、呆然と立ち尽くす。
ポケットからあの日の桜の花びらを取り出す。
それは湿って黒ずんでいる。
祐一(心の声)
「“これは命令だ”と言い聞かせるたびに、
一枚ずつ、心の皮が剥がれていった。
もう、何も感じないんじゃない。
感じたくないんだ。」
INT. 慰安所の部屋 – 夜
祐一は独り、部屋に座っている。
手の中には、ミンジャの落とした紙人形の切れ端。
その裏には、震える筆跡でこう書かれていた。
“나는 꿈을 꾼다(私は夢を見てる)”
祐一は目を閉じる。
FADE OUT.
第4幕 終わり
第5幕|生き残ったのは、語るためではなかった

EXT. 焼け跡の町 – 東京 – 1946年 冬
祐一は焦げ跡の残る小道を歩いている。
手にはボロボロの軍服と小さな風呂敷。
頭を下げ、誰とも目を合わせない。
通りすがりの人々が新聞を読んでいる。
“戦犯裁判はじまる”
“慰安婦証言、韓国から届く”
“名もなき少女の訴え”
祐一の足が止まる。
風の中、彼の持つ桜の花びらが舞い、瓦礫に落ちる。
INT. 空家同然の実家 – 夜
埃をかぶった仏壇。
父母の遺影の前で、祐一は正座している。
妹は嫁ぎ、家には誰もいない。
沈黙の中、彼は一枚の紙を机に広げ、鉛筆を握る。
祐一(ナレーション)
俺は命令に従った。
そう言えば、楽になれる気がした。
けど、それは…
ただの逃げだ。
13歳の少女が、
震える声で「入って」と言った。
俺は、その声を、
一生忘れない。
INT. 書斎の机 – 続き
祐一が手紙を書いている。
文字は震えている。
“あの夜、彼女は泣かなかった。
泣いたのは俺だった。許されることではない。
でも、あの瞬間を黙ったまま消すことも、
それ以上に罪だと思った。”
彼は手紙を封筒に入れ、宛名を書かないまま引き出しにしまう。
INT. 学校の教室 – 現代
女子高校生たちが歴史の授業を受けている。
教科書の写真に、1枚の白黒のハンカチが載っている。
生徒A(ささやき)
「これ…誰の持ち物だったんだろう?」
生徒B
「被害者の人のだよ、たしか…」
先生が語る。
先生
「でも、その向こうに、
その手を汚した者たちも確かにいました。
そして、多くは語らずに死んでいったのです。」
EXT. 桜の木の下 – 春の午後(現在)
年老いた祐一(背中のみ)がベンチに座っている。
前には、満開の桜。
祐一はポケットから、あの古びた桜の花びらを取り出し、
静かに、地面にそっと置く。
風が吹き、花びらが舞い上がる。
祐一(ナレーション)
あの春、
俺は花を見て旅立った。
でも、
花は、
何も知らなかった。
FADE OUT.
字幕:
多くの元兵士は、戦後沈黙のなかで老いていった。
その中には、自らを正当化する者もいれば、
言葉にならない罪を抱え、
最後まで語らなかった者もいた。記録されなかった声は、
もう、聞くことはできない。だが、桜がまた咲くたびに、
私たちは問い直すことができる。それは、なぜ起きたのか。
そして、どうすれば二度と繰り返さないか。
結び:桜が再び咲く前に
祐一(ナレーション)
俺は生き残った。
でも、それは証言者になるためじゃなかった。
沈黙は、楽だった。
けれど夜になると、
あの少女の目が、何度も夢に出てきた。
名前も、声も、思い出せないのに、
その目だけは、
今も、はっきりと焼きついている。
“泣いたのは、私じゃなく、あなたですね。”
あの一言が、
一生、俺の背中から離れなかった。
俺は命令に従った。
でもそれは、
人としてしてはいけないことだった。
だから今、
せめてこの手紙だけは、
誰にも渡さず、
桜の根元に埋めようと思う。
花はまた咲く。
何も知らずに。
それでいい。
でも、俺だけは、忘れない。
Short Bios:
祐一(ゆういち)
東北の寒村出身。素朴でまじめな青年だったが、徴兵により戦地へ送られる。
「国のため」「家族の誇り」の名のもとに命令に従い、慰安婦制度に関与する。
心の中で葛藤しながらも沈黙を選び、戦後は誰にも真実を語らずに老いていく。
語らなかったことにより、重すぎる記憶を背負い続けた“加害者の沈黙”を体現する存在。
ウンヒ(은희)
15歳で「工場で働く」と騙されて慰安所に連れてこられた韓国人少女。
控えめで感受性が強く、母が刺繍してくれた梅の手拭いを大切に持っている。
祐一が最初に接触する相手であり、彼の良心を崩壊させる“まなざし”を持つ。
後に証言者となる韓国側作品《梅は知っていた》の主人公でもある。
ミンジャ(민자)
ウンヒと同世代。元は明るくおしゃべりな少女だったが、
慰安所での日々により精神が崩壊し、子どものような言葉しか話せなくなる。
紙人形を作ることが唯一の心の支えだった。
最後には命を絶ち、祐一に“見なかったふり”の重さを突きつける存在となる。
ジョンスク(정숙)
20代の慰安婦。すでに長く慰安所におり、感情を押し殺して日々を生きている。
兵士にも少女たちにも一定の距離を保ちつつも、
沈黙と怒りの狭間で揺れる。
祐一と少女たちを黙ってつなぐ“無言の案内人”。
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