はじめにもし、愛する子どもの心臓がまだ動いていたら。身体には温かさがあり、髪も爪も伸び、目の前には確かにその子の身体がある。それでも医療の側から、もう戻ることはないと告げられたら、親はその子を「亡くなった」と受け入れられるのでしょうか。東野圭吾『人魚の眠る家』が読者に突きつけるのは、脳死や臓器提供という医学的な問題だけではありません。それよりも深いところにあるのは、「愛するとは、何をすることなのか」という問いです。薫子は娘・瑞穂を救おうとします。できることがあるなら、やる。可能性が残っているなら、待つ。母親として諦めない。けれど今回のImaginary … [Read more...] about 東野圭吾『人魚の眠る家』考察|愛する人を手放すということ
家族
東野圭吾『時生』から考える人生・親子・カルマ|5つの現代短編
はじめに東野圭吾『時生』から始まった問いは、現代の日本に置き換えると、まったく別の姿で現れます。親から離れることは、親を捨てることなのか。長く生きられないかもしれない人にも、未来を夢見る権利はあるのか。「子どもは親を選んで生まれてくる」という考えは、人を救うのか。それとも、新しい苦しみを生むことがあるのか。過去の答えが分からないままでも、その過去との関係を変えることはできるのか。そして、誰にも大きなものを残さなかった人生にも、価値はあるのか。今回の5つの物語では、これらの問いを、現代日本で生きるごく普通の人たちの中に置きました。美咲は、母を愛しながら距離を取ることを学びます。悠斗は、未来が短いか … [Read more...] about 東野圭吾『時生』から考える人生・親子・カルマ|5つの現代短編


