はじめに
村田沙耶香の『コンビニ人間』を読むと、最初は古倉恵子という少し変わった女性についての物語のように感じるかもしれません。
36歳、独身。18年間、同じコンビニでアルバイトを続けている。
周囲は彼女を心配します。
なぜ結婚しないのか。
なぜもっと安定した仕事を探さないのか。
このままで将来どうするのか。
けれど、恵子自身は別の疑問を持っています。
なぜ私は変わらなければならないの?
そこで今回は、岸見一郎、河合隼雄、川上未映子、ミシェル・フーコーという、心理学・文学・哲学・社会思想の異なる視点を持つ四人が、恵子が私たちに残した問いについて語り合う架空の対話を描きました。
「普通」とは誰が決めるのか。
「本当の自分」は本当に存在するのか。
コンビニは恵子を救ったのか、それとも別のシステムに彼女を適応させただけなのか。
誰かのために自分を変えることは、自分を失うことなのか。
そして最後には、もっと身近で難しい問いへたどり着きます。
「あなたのためだから」という言葉は、本当に相手のためなのでしょうか。
これは恵子だけの問題ではありません。
家族を心配するとき。
子どもの将来について考えるとき。
高齢になった親を心配するとき。
愛する人が、自分には理解できない人生を選んだとき。
私たちは同じ問いの前に立たされます。
(本稿に記されている対話はすべて仮想のものであり、実在の人物・発言とは関係ありません。)
Topic 1 - 「普通」は誰が作ったのか?

夜のコンビニ。
レジの電子音が短く鳴り、客が一人、新聞を持って店を出ていった。
その姿を見送りながら、四人は店の奥にある小さな休憩スペースに座っていた。
机の上には、紙コップのコーヒーと、まだ開けていないおにぎりが二つ置かれている。
しばらく誰も話さなかった。
最初に口を開いたのは岸見だった。
岸見一郎:
一つ、すごく単純なところから始めませんか。
川上未映子:
何でしょう。
岸見:
古倉恵子は36歳。独身。子どもはいない。18年間コンビニでアルバイトを続けている。
河合隼雄:
はい。
岸見:
この情報の、どこからわれわれは「何か問題がある」と感じ始めるんでしょう。
川上は少し笑った。
川上:
全部並べられた瞬間じゃないですか。
岸見:
一つずつなら?
川上:
36歳であること自体には問題はない。独身も、それだけでは問題ではない。子どもがいないことも、それ自体では何もおかしくない。
河合:
コンビニ勤務も、それだけなら職業の一つでしょうね。
岸見:
なのに全部並ぶと、急に「この人、大丈夫なのかな」という空気が出てくる。
フーコー:
それは興味深いですね。
岸見:
どこがですか。
フーコー:
一つ一つの事実が問題なのではない。
少し間を置いた。
フーコー:
それらの事実が、社会の期待している人生の順序から外れていることが問題になる。
川上:
順序。
フーコー:
教育を受ける。
仕事を得る。
一定の年齢になる。
結婚する。
家庭を持つ。
子どもを育てる。
より安定した職業へ進む。
年齢に応じた社会的位置を持つ。
河合:
人生に見えない時間割がある、ということですね。
フーコー:
そうです。
岸見:
ただ、その時間割に従わないことを、本人が問題だと思っていないなら、それでいいのではないでしょうか。
河合が少し首を傾けた。
河合:
そこは少し慎重になりたいですね。
岸見:
なぜです?
河合:
本人が困っていないから、何も考える必要がないというのも少し極端でしょう。
岸見:
本人の人生ですよ。
河合:
もちろん。
岸見:
なら、周囲が「あなたは間違っている」と決める必要はない。
河合:
そこには同意します。
岸見:
では?
河合はコーヒーを一口飲んだ。
河合:
人間は一人だけで生きているわけではない、ということです。
岸見:
家族が心配することを言っていますか。
河合:
家族だけではありません。職場も、経済も、老後も、病気も、人間関係もあります。
川上:
つまり、「本人が満足している」で全部終わらせていいのか、という話ですね。
河合:
そうです。
岸見:
ただ、その言い方は非常に危険でもあります。
河合:
なぜ?
岸見:
「あなたの将来が心配だから」という言葉で、どれだけ多くの人が他人の人生を修正してきたでしょう。
川上が静かにうなずいた。
川上:
女性はかなり聞いてきた言葉ですね。
岸見:
そうでしょう。
川上:
「今は仕事が楽しい」と言えば、「若いうちはそう思うよ」。
「結婚したくない」と言えば、「そのうち寂しくなる」。
「子どもはいらない」と言えば、「後で後悔する」。
河合:
本人の現在の言葉より、周囲が想像する未来の本人のほうが信用される。
川上:
そう。
岸見:
それはかなり奇妙ですよね。
川上:
かなり。
フーコー:
そして、そこには強い力が働いています。
岸見がフーコーを見る。
岸見:
力というのは?
フーコー:
命令ではありません。
川上:
命令じゃない?
フーコー:
誰かが「結婚しなさい」と法律で命令する必要はないんです。
人はもっと柔らかい方法で規範に従います。
「そろそろ結婚は?」
「将来どうするの?」
「親御さんも心配でしょう」
「いい人いないの?」
河合:
日常会話ですね。
フーコー:
そうです。
だから強い。
岸見:
強制されているように見えないから。
フーコー:
その通りです。
人は「普通」を命令される前に、自分から「普通」に近づこうとする。
川上が少し身を乗り出した。
川上:
ここで一つ聞きたいんですが。
フーコー:
どうぞ。
川上:
「普通」って、誰にとって同じなんでしょう。
岸見:
というと?
川上:
たとえば、36歳の男性が独身で、長く非正規の仕事をしている。
社会はもちろん何か言うでしょう。
けれど36歳の女性が独身で、結婚も出産もしていないときに向けられる視線とは、少し種類が違う気がします。
河合:
確かに。
川上:
女性の場合、「まだ結婚してない」だけじゃない。
「子どもを産む時期は?」
「この先、一人でどうするの?」
そういう身体の時間まで入ってくる。
岸見:
社会規範に性別が入っている。
川上:
かなり入っています。
フーコー:
そして、身体そのものが管理の対象になります。
川上:
そこなんです。
人は「あなたの幸せ」を心配しているように話す。
けれどその中に、「女性の人生はこう進むものだ」という前提が入っている。
河合が少し考え込んだ。
河合:
ただ、社会規範というものを全部悪いものとして扱うのも難しいと思うんですね。
岸見:
そこは僕も全部悪いとは思いません。
フーコー:
私も、規範が存在すること自体を単純に悪と考えているわけではありません。
川上が少し笑った。
川上:
今日は意外と皆さん仲がいいですね。
河合も笑った。
河合:
まだTopic 1ですからね。
少し空気が緩んだ。
岸見:
規範には役割があります。
たとえば、人を殴らない。
約束を守る。
他人のものを盗まない。
社会生活には一定の共通ルールが必要です。
河合:
そう。
岸見:
問題は、そのルールと「みんなと同じ人生を送る」を混ぜることです。
川上:
すごく違いますよね。
岸見:
全然違います。
人を傷つけないという規範と、35歳までに結婚したほうがいいという規範は同じではない。
フーコー:
にもかかわらず、人はときどき両方を同じ「常識」という箱に入れます。
河合:
それは面白いですね。
フーコー:
「常識でしょう」という言葉は便利です。
川上:
説明しなくて済む。
フーコー:
そうです。
なぜ結婚しなければならないのか。
なぜ正社員でなければならないのか。
なぜ子どもを持つ人生のほうが成熟しているように扱われるのか。
本来なら一つずつ説明が必要です。
岸見:
ところが「普通だから」で終わる。
フーコー:
そして、その「普通」を疑う人のほうが説明を要求される。
四人が少し黙った。
川上が先に気づいた。
川上:
ああ、それ、かなり大きいですね。
河合:
何がです?
川上:
結婚する人は、どうして結婚するのか説明しなくてもいい。
岸見:
確かに。
川上:
子どもを持つ人も、「なぜ子どもを持ちたいんですか」と何度も聞かれない。
正社員になる人も、「なぜそこまで安定を求めるんですか」と問い詰められない。
河合:
多数派の選択は、説明を免除される。
川上:
そう。
少数派だけが、
「どうして?」
と聞かれ続ける。
フーコー:
そこに正常性の力があります。
岸見:
本人が、自分の人生を弁護しなければならなくなる。
川上:
恵子はそれをずっとやらされているんですよね。
河合:
ただ、彼女は弁護することにも、それほど関心がないように見える。
川上:
そこが面白い。
普通なら、人は「私はこの生き方で幸せです」と主張したくなる。
恵子は、それすらあまりしない。
岸見:
「私は私らしく生きます」という宣言もしない。
河合:
だから周囲は余計に困るんでしょうね。
川上:
どうして?
河合:
社会に反抗している人なら理解できるんです。
岸見:
反抗も社会との関係だから。
河合:
そう。
「私は結婚なんかしない。社会の価値観なんて嫌いだ」と言えば、周囲はその人を反抗的な人として分類できる。
川上:
白羽はそちらですね。
河合:
そうです。
けれど恵子は違う。
彼女は社会を倒したいわけでもない。
自分を革命家だと思っているわけでもない。
ただ、
「私はこの生活で困っていません」
と存在している。
フーコーが静かに笑った。
フーコー:
それは、ある意味かなり強い抵抗です。
岸見:
抵抗なんですか?
フーコー:
意図しない抵抗ですね。
川上:
本人は戦ってないのに。
フーコー:
戦っていないからこそ、規範の側が露出する。
河合:
どういうことです?
フーコー:
恵子が「社会は間違っている」と叫べば、われわれは彼女の思想を議論できます。
けれど彼女は叫ばない。
ただ存在する。
すると、われわれの側が、
「それでは困る」
と言い始める。
岸見:
ああ。
フーコー:
そこで初めて見えるんです。
困っているのは誰なのか。
川上がゆっくりうなずいた。
川上:
本人じゃない。
フーコー:
そう。
河合が少し身を乗り出した。
河合:
ただ、そこで一つ反論したい。
フーコー:
どうぞ。
河合:
「本人が困っていない」ということを、どこまで最終基準にするのか。
岸見:
またそこですね。
河合:
大事なので。
たとえば人間は、自分が孤立していることに気づかない場合もある。
将来のリスクを見ていない場合もある。
自分に合う場所を見つけて安心している一方で、世界が非常に狭くなっている場合もある。
岸見:
それを誰が判断するんです?
河合:
そこが難しい。
岸見:
「あなたは気づいていないけど、本当は困っている」と言い始めたら、何でも介入できます。
河合:
その危険はあります。
川上:
これは家族だともっと難しいですね。
河合:
難しいです。
川上:
知らない人なら、「本人がいいならいいじゃない」で終われる。
家族だとそうならない。
岸見:
なぜ?
川上:
愛情があるから。
岸見:
愛情があるからこそ、境界が必要では?
川上:
必要です。
ただ、愛情のある人間が完全に傍観者になれるかというと、それも不自然じゃないですか。
河合がうなずいた。
河合:
そこですね。
フーコーは黙って三人を見ていた。
岸見:
フーコーさんはどう思います?
フーコー:
私は少し別のところが気になっています。
河合:
どこでしょう。
フーコー:
われわれは今、「家族がどこまで介入してよいか」を議論しています。
川上:
はい。
フーコー:
その前に聞きたい。
家族は、何を心配するように学んだのでしょう。
少し沈黙。
岸見:
なるほど。
フーコー:
なぜ妹は、「姉が18年間同じ店で働いている」ことを心配するのか。
なぜ「姉は毎日違う会社へ転職する」と聞いたときとは違う種類の不安を感じるのか。
なぜ結婚していないことが、健康や安全と同じくらい「心配」の対象になるのか。
川上:
心配そのものも社会から教わっている可能性がある。
フーコー:
そうです。
愛情が偽物だと言っているのではありません。
河合:
そこは大事ですね。
フーコー:
愛情は本物です。
ただ、その愛情が何を危険と感じるかについて、社会がかなり深く入り込んでいる。
川上は少し考えた。
川上:
それ、親子でもありますね。
親は本当に子どもを愛している。
そのうえで、
「この学校に行かないと将来困る」
「この仕事だと安定しない」
「結婚しないと寂しくなる」
と言う。
本人の愛と社会の価値観が分けられなくなっている。
河合:
人間の心はそういうものですよ。
純粋な愛だけ、純粋な社会圧力だけという形にはなかなかならない。
岸見:
だからこそ、自分に問わなければならない。
川上:
何を?
岸見:
「私は今、本当にこの人のために心配しているのか。それとも、この人が自分の理解できる人生を送ってくれないことが不安なのか。」
河合は少し微笑んだ。
河合:
両方かもしれませんよ。
岸見:
それなら、両方あると認めたほうがいい。
河合:
それには賛成です。
自動ドアが開いた。
若い男性が一人入ってきた。
弁当を手に取り、レジへ向かう。
店員が明るい声を出す。
四人はその声を聞いた。
少しして客が出ていく。
川上がガラスの向こうを見ながら言った。
川上:
今ふと思ったんですけど。
河合:
はい。
川上:
「普通」って、多数派なんでしょうか。
岸見:
違うと思います。
川上:
私も。
フーコー:
多数派でなくても、規範にはなれます。
川上:
ですよね。
現実には、みんなが理想的な結婚をしているわけでもない。
みんなが安定した仕事を持っているわけでもない。
みんなが幸せな家庭を築いているわけでもない。
河合:
なのに、それを「普通」と呼ぶ。
川上:
そう。
もしかしたら「普通」って、実際に多くの人が生きている人生じゃないのかもしれない。
岸見:
では何でしょう。
川上は少し考えた。
川上:
多くの人が、「こう生きるべきだ」と信じている物語。
三人が黙った。
河合:
物語。
川上:
はい。
現実そのものじゃなくて。
結婚したら安心する。
家庭を持ったら孤独ではない。
正社員なら安全。
子どもを持てば成熟する。
そういう物語。
フーコー:
そして、その物語が現実を評価する基準になる。
岸見:
つまり、普通とは平均ではない。
川上:
理想像に近いのかもしれない。
河合が静かに言った。
河合:
そう考えると、恵子は普通から外れているというより。
少し間を置く。
河合:
物語に参加していないんでしょうね。
岸見:
本人が読んでいない本の感想を、周囲から求められているようなものですね。
川上が笑った。
川上:
それ、かなり近い気がします。
フーコー:
しかも周囲は、「なぜこの物語を読みたくないのか」と聞く。
岸見:
恵子は「別に嫌いじゃない。ただ読んでない」と答える。
四人が少し笑った。
しばらくして、河合が表情を戻した。
河合:
ただ、ここから次の問題が出てきますね。
川上:
何でしょう。
河合:
恵子は社会の物語に参加していないように見える。
けれど本当にそうでしょうか。
岸見:
どういう意味です?
河合:
彼女はコンビニの言葉を使う。
店員の表情を学ぶ。
同僚の服装を真似する。
周囲の人間を観察して、自分を作っている。
川上:
ああ。
河合:
つまり、「普通」という物語から自由になったように見える人が、実は別の人間をかなり深く取り込んでいる。
岸見:
それなら次は、「本当の自分とは何か」という話になりますね。
フーコー:
そして、そこはもっと危険な問いです。
川上:
なぜ?
フーコーは少し笑った。
フーコー:
「普通」が社会から作られたものだと疑うことはできます。
けれど次に、
「では社会の影響を全部取り除いた、本当の私はどこにいるのか」
と探し始める。
少し間を置いた。
フーコー:
その「本当の私」さえ、どこかから学んだ考えかもしれないからです。
四人の間に静かな沈黙が落ちた。
ガラス越しの夜の街に、コンビニの白い光が映っていた。
Topic 2 - 「本当の自分」なんて存在するのか?

ガラス越しの夜の街に、コンビニの白い光が浮かんでいた。
川上はしばらく窓に映る自分の顔を見ていた。
店内の光のせいで、外の景色と自分の顔が重なっている。
川上未映子:
さっきの話、少し怖いですね。
河合隼雄:
どの部分です?
川上:
「本当の自分」という考え自体も、どこかから教わったものかもしれないっていう話。
岸見一郎:
でも、私たちはよく言いますよね。
「自分らしく生きよう」。
川上:
言いますね。
岸見:
「他人の人生を生きるな」。
河合:
それもよく聞きます。
川上:
でも、「自分らしく」って何なんでしょう。
フーコーが川上を見る。
フーコー:
その質問をする前に、一つ聞いてもいいですか。
川上:
どうぞ。
フーコー:
あなたが今話している日本語は、あなたが作ったものですか。
川上が笑った。
川上:
いきなりそこから来ます?
フーコー:
重要です。
川上:
もちろん違います。生まれる前からあった。
フーコー:
あなたの名前は?
川上:
自分でつけたわけではない。
フーコー:
女性であるというカテゴリーは?
川上の表情が少し変わる。
川上:
それも私が作ったカテゴリーではない。
フーコー:
家族。
学校。
仕事。
成功。
結婚。
母親。
作家。
幸福。
正常。
異常。
われわれは、自分が生まれる前から存在していた言葉を使って、自分自身を説明しています。
河合:
それでも人は、「本当の私」を探す。
フーコー:
そうです。
だから私は不思議に思う。
社会から与えられた言葉を全部取り除いたあと、そこに何が残るのでしょう。
岸見が少し考えた。
岸見:
でも、それを突き詰めると危険ではありませんか。
フーコー:
どうして?
岸見:
「あなたというものは社会によって作られただけです」と言ってしまったら、本人の選択まで消えてしまう。
川上:
確かに。
岸見:
私は、社会の影響を受けることと、社会に決定されることは別だと思います。
河合がうなずいた。
河合:
そこは大事ですね。
岸見:
私は日本語を選んで生まれたわけではない。
家族も選んでいない。
時代も選んでいない。
でも、与えられた条件の中で何をするかについては、私の選択がある。
フーコー:
私はそれを否定していません。
岸見:
では「自分」はある?
フーコーは少し笑った。
フーコー:
完成品として発見される「本当の自分」ではなく、作り続ける自分なら。
川上がすぐに反応した。
川上:
それ、かなり違いますね。
河合:
「自分を探す」と「自分を作る」の違いですね。
川上:
そう。
「本当の自分を探す」と言うと、どこか奥に完成した私が隠れていて、それを見つければ人生が解決する感じがする。
岸見:
でも「作る」なら終わらない。
川上:
昨日の自分と今日の自分が違ってもいい。
河合:
人間はそういうものだと思いますよ。
岸見が河合を見る。
岸見:
先生は「本当の自分」というものをどう考えますか。
河合は少し考えた。
河合:
私は、人間は自分のことをそんなによく知らないと思っています。
川上が笑う。
川上:
かなり身も蓋もないですね。
河合:
でも、そうでしょう。
「私はこういう人間です」と言っていた人が、恋をすると変わる。
子どもが生まれると変わる。
親が亡くなると変わる。
病気になると変わる。
大きな失敗をすると変わる。
岸見:
環境で変わる。
河合:
環境だけではない。
自分でも知らなかった自分が出てくる。
川上の表情が少し真剣になった。
川上:
自分の中にも知らない部分がある。
河合:
たくさんあると思います。
だから「これが本当の私です」とあまり早く決めないほうがいい。
フーコー:
興味深いですね。
河合:
何がです?
フーコー:
私は社会の側から「固定された自己」を疑う。
あなたは心の側から疑っている。
河合が笑った。
河合:
入口は違いますが、少し似ていますね。
岸見:
では恵子はどうでしょう。
ここで三人の視線が岸見へ向いた。
岸見:
恵子は他人の話し方を真似します。
周囲の人の服装を観察する。
どういう表情をすればいいのか学ぶ。
普通なら、それを聞いて「自分がない」と言うかもしれない。
川上:
言われそうですね。
岸見:
でも本当にそうでしょうか。
河合:
そこですよね。
川上:
私たちだって相当やっていますからね。
岸見:
たとえば?
川上:
作家同士で話すときと、家族と話すときでは言葉が違います。
初対面の人と話すときも違う。
取材を受けているときも違う。
河合:
子どもだってそうです。
家で話す言葉と学校で話す言葉は違う。
岸見:
会社員なら上司と部下で話し方を変える。
川上:
恋人の前だけで出る声もある。
河合が笑った。
河合:
ありますね。
川上:
でしょう?
四人が少し笑った。
川上:
それを全部「偽物」と言ったら、人間はほとんど一日中偽物ですよ。
岸見:
では、なぜ恵子の場合だけ不自然に見えるんでしょう。
河合がすぐ答えた。
河合:
彼女が意識してやっているからでしょうね。
少し沈黙。
川上:
ああ。
河合:
われわれは普通、それを無意識にやっています。
恵子は観察する。
「あの人の話し方は社会で受け入れられている」
「この服装なら変に見られない」
「こういう場面ではこの表情をする」
そして取り入れる。
岸見:
つまり、彼女は私たちが無意識にしていることを、意識的にしているだけかもしれない。
フーコー:
そこがこの人物の非常に面白いところです。
川上:
どういうところ?
フーコー:
彼女は社会化という過程を見えるものにしてしまう。
三人が黙った。
フーコー:
普通、人間が社会に適応する過程は見えません。
子どものころから少しずつ学ぶ。
どう笑うか。
いつ謝るか。
何を恥ずかしいと思うか。
どんな服装が適切か。
何歳で何をするべきか。
それが身体の中に入っていく。
やがて本人は、それを「自分の自然な行動」だと思う。
川上:
でも恵子の場合は、その過程が見える。
フーコー:
そう。
だから不気味に感じる。
岸見:
つまり恵子がおかしいのではなく。
フーコー:
彼女を見ることで、われわれ自身の「自然さ」が人工的だった可能性が見えてしまう。
川上はしばらく黙っていた。
川上:
それはちょっと怖い。
河合:
でも面白いでしょう。
川上:
すごく面白い。
岸見がテーブルに置かれた紙コップを見ながら言った。
岸見:
第一部で恵子が言ったことを思い出します。
「私は誰から借りたものかわかっている」。
川上:
あれ、かなり強い言葉ですよね。
岸見:
そう。
われわれも言葉を借りている。
価値観も借りている。
行動も借りている。
でも、どこから借りたのかわからなくなっている。
河合:
すると逆転しますね。
川上:
何が?
河合:
最初は恵子を見て、
「この人には自分がない」
と思っていた。
でも彼女は、
「これはこの人から学んだ」
「これは店から学んだ」
と比較的よくわかっている。
岸見:
一方でわれわれは、
「これは私自身の考えです」
と思っている。
フーコー:
その考えが、何十年も前から社会に存在していたとしても。
少し沈黙。
川上がゆっくり言った。
川上:
じゃあ、本当の自分って、オリジナルである必要がないのかもしれない。
河合:
どういう意味です?
川上:
誰からも影響されていない自分なんて無理でしょう。
言葉だって借りもの。
文化も借りもの。
考え方も、かなり借りもの。
岸見:
では何が自分になる?
川上は少し考えた。
川上:
選び方じゃないですか。
河合が川上を見る。
川上:
何を残すか。
何を捨てるか。
誰から何を受け取るか。
受け取ったものをどう組み合わせるか。
それが少しずつ、その人になる。
岸見:
なるほど。
川上:
料理みたいなものですよ。
材料そのものは自分で作ってない。
でも、同じ材料を渡しても全員同じものは作らない。
河合が微笑んだ。
河合:
それなら私はかなり納得できます。
フーコー:
私も嫌いではありません。
川上:
嫌いではない程度ですか。
フーコー:
哲学者は簡単に満足してはいけませんから。
三人が笑った。
少しして岸見が言った。
岸見:
ただ、まだ問題があります。
川上:
何ですか?
岸見:
恵子は本当に選んでいるのでしょうか。
空気が少し変わった。
河合:
そこですね。
川上:
どういう意味です?
岸見:
他人の話し方を取り入れる。
服装を合わせる。
コンビニの声を使う。
それが本人の選択ならいい。
でも、
「そうしないと社会から排除される」
からやっているとしたら?
川上:
選択と適応の境界。
岸見:
そうです。
フーコー:
そして、その境界は非常に曖昧です。
河合:
人間の選択は、いつも完全に自由なわけではありませんからね。
岸見:
それでも、ある程度は区別しないといけない。
自分が望んで変わることと、拒絶されるのが怖くて自分を消していくことは同じではない。
川上がうなずく。
川上:
これは女性の話にも戻ります。
服装。
話し方。
笑い方。
年齢に合った振る舞い。
「感じのいい女性」でいること。
本人が選んでいるようで、選ばされている部分もある。
フーコー:
だから「私は自分で選びました」という言葉だけでも十分ではない。
岸見がフーコーを見る。
岸見:
でもそれを言いすぎると、また本人の選択を否定することになる。
フーコー:
その通り。
河合:
面白くなってきましたね。
川上:
結局、誰も簡単な答えをくれない。
河合:
人間の話ですから。
そのとき店内放送が流れた。
四人は少し黙った。
明るく整った声。
どの店舗でも同じように聞こえる声。
放送が終わる。
河合がふと聞いた。
河合:
この声は偽物でしょうか。
川上:
どういう意味です?
河合:
誰かが決めた言葉です。
決められた調子で流れる。
個性はほとんどない。
でも客にとっては安心できる。
岸見:
コンビニそのものですね。
河合:
そう。
そして恵子も、ここに来ると声が変わる。
姿勢が変わる。
動きが変わる。
川上:
それを「本当の恵子ではない」と言っていいのか。
河合:
私は、そこがわからなくなってきました。
岸見が少し驚いた。
岸見:
先生が?
河合:
わからなくていいんですよ。
少し笑う。
河合:
最初、私はコンビニで働く恵子を、一種の適応として見ていました。
社会の中で生きるために作った人格のようなものとして。
川上:
今は?
河合は店内を見渡した。
河合:
もしかすると逆かもしれない。
岸見:
逆?
河合:
外にいる恵子が社会に適応するための恵子で。
ここにいる恵子のほうが。
少し言葉を探す。
河合:
彼女にとって一番無理のない恵子なのかもしれない。
三人が黙った。
川上がゆっくり言った。
川上:
それだと、「本当の自分」という言葉の意味が変わりますね。
岸見:
どう変わる?
川上:
誰の影響も受けていない自分ではなくて。
少し間を置く。
川上:
一番、自分を無理に説明しなくていい場所にいる自分。
河合が静かにうなずいた。
フーコーは店内を見回した。
レジ。
棚。
防犯カメラ。
制服。
決められた挨拶。
決められた動線。
そして言った。
フーコー:
ただし、そこで次の問題が出てきます。
岸見:
何でしょう。
フーコー:
彼女が最も自分らしくいられる場所が。
三人がフーコーを見る。
フーコー:
同時に、彼女の行動を最も細かく決めている場所でもある。
誰も答えなかった。
店員が商品を棚の一番前まできれいに揃えていく。
一つ。
また一つ。
完全に整った列ができていく。
川上はその光景を見ながら、小さく言った。
川上:
自由になれる場所が、一番ルールの多い場所だった。
河合は棚を見たまま答えた。
河合:
ええ。
岸見が続ける。
岸見:
それは自由なんでしょうか。
フーコーはすぐには答えなかった。
白い蛍光灯の下で、商品だけが完璧な間隔で並んでいた。
Topic 3 - コンビニは恵子を救ったのか、それとも完成された支配なのか?

白い蛍光灯の下で、商品が寸分違わず並んでいた。
店員が一歩下がって棚全体を確認し、また一つだけ商品を前へ出す。
川上はその動きをしばらく見ていた。
川上未映子:
不思議ですね。
河合隼雄:
何がです?
川上:
ここって、かなり細かく人の動きを決める場所でしょう。
岸見一郎:
そうですね。
川上:
なのに、恵子にとっては一番安心できる。
フーコー:
そこが面白い。
岸見:
普通に考えたら逆ですよね。
ルールが少ないほど自由。
ルールが多いほど不自由。
河合:
でも人間は、ルールが少なければ必ず楽になるわけではない。
川上:
むしろ不安になることもある。
河合:
あります。
何をすればいいかわからない場所というのは、かなり疲れます。
岸見:
恵子にとって社会全体がそうだった。
河合:
そうでしょうね。
どういう顔をすればいいのか。
何を言えばいいのか。
どこまで近づけばいいのか。
何を望むべきなのか。
その答えが見えない。
川上:
コンビニでは全部書いてある。
河合:
少なくとも、かなり多くのことが。
岸見:
挨拶。
立ち位置。
商品の並べ方。
声の出し方。
川上:
つまり、社会では見えなかったマニュアルが、ここでは見える。
フーコーが静かにうなずいた。
フーコー:
その違いは大きいですね。
岸見:
どういう意味です?
フーコー:
社会にもマニュアルはあります。
ただし、書かれていない。
川上:
結婚する年齢。
河合:
仕事の安定。
岸見:
人との距離感。
フーコー:
そう。
しかも、違反すると罰則表が出てくるわけではない。
代わりに、人の表情が変わる。
質問が増える。
心配される。
距離を置かれる。
川上:
柔らかい罰ですね。
フーコー:
柔らかいから見えにくい。
河合:
コンビニのほうが親切なのかもしれない。
三人が河合を見る。
岸見:
親切?
河合:
少なくとも、「ここではこうしてください」と最初から言ってくれる。
社会はそうではない。
川上:
ルールを教えないのに、破ると変な人だと思われる。
河合:
そう。
岸見:
それなら恵子がコンビニを好むのは、かなり合理的ですね。
フーコー:
ただし、その合理性には代償もあります。
川上:
どんな?
フーコー:
ルールが明確であるほど、人はそのルールに自分を合わせやすくなる。
岸見:
それ自体は悪いことですか。
フーコー:
悪いと決めてはいません。
ただ、非常に効率的です。
河合:
効率的に人を作る。
フーコー:
そう。
同じ挨拶。
同じ制服。
同じ姿勢。
同じ時間感覚。
同じ商品配置。
どの店舗へ行っても似た経験が得られる。
川上:
個人差を減らす。
フーコー:
個人差を消す必要はない。
機能する範囲だけ整える。
岸見:
それは会社なら普通では。
フーコー:
そうです。
だからこそ興味深い。
特別な暴力があるわけではない。
日常的な秩序です。
河合:
その秩序が恵子を支えている。
フーコー:
同時に形作っている。
川上:
ここで難しいのは、恵子本人がそれを嫌がっていないことですよね。
岸見:
むしろ好き。
河合:
好きというより、身体に合っている感じもします。
川上:
身体に合う。
河合:
人には、場所との相性があります。
静かな場所で落ち着く人。
人が多い場所で元気になる人。
予定が決まっていると安心する人。
自由に決められると楽になる人。
岸見:
では、恵子にとってコンビニは合っている場所。
河合:
少なくとも、そう見える。
フーコー:
しかし「合っている」という言葉も少し慎重に使いたい。
川上:
なぜです?
フーコー:
人は長く環境に適応すると、その環境に合う自分になります。
岸見:
鶏と卵ですね。
フーコー:
そう。
最初から合っていたのか。
長く適応した結果、合うようになったのか。
河合:
でも、それは家族でも仕事でも同じでしょう。
フーコー:
まさに。
川上:
結婚生活もそうかもしれない。
最初から完全に合う二人なんていない。
一緒に暮らすうちに相手に合わせる。
岸見:
親になることも。
河合:
仕事も。
川上:
じゃあ、環境に合わせて自分が変わること自体を支配とは呼べない。
フーコー:
私はそう思います。
岸見:
では、どこから支配になる?
フーコーは少し考えた。
フーコー:
選択肢が見えなくなったとき。
川上:
見えなくなる?
フーコー:
「私はこれを選んでいる」ではなく、
「これ以外には生き方がない」
と感じ始める。
河合:
それは大きいですね。
岸見:
恵子はそこまで行っているでしょうか。
少し沈黙。
川上:
かなり近い気もする。
河合:
別のコンビニを探すという発想はある。
岸見:
でも、コンビニという形そのものから離れる発想は弱い。
フーコー:
そこが境界でしょうね。
川上:
じゃあ、恵子は自由じゃない?
岸見:
いや、そんなに簡単じゃないと思います。
河合:
僕もそう思います。
川上:
なぜ?
岸見:
誰だって、自分が大切だと思うものから完全に自由ではないからです。
川上:
家族。
岸見:
仕事。
河合:
信念。
岸見:
習慣。
川上:
言語。
フーコー:
身体。
岸見:
何にも縛られていない人間なんていない。
河合:
しかも、人は縛りの中に意味を見つけることもある。
川上:
たとえば?
河合:
毎朝子どもの弁当を作ること。
面倒です。
時間も取られる。
でも、その不自由を大切に感じる人もいる。
岸見:
仕事で締め切りがある。
不自由だけど、その中で作品を作る。
川上:
確かに。
河合:
人間は、制約がなくなれば自動的に幸福になるわけではない。
フーコー:
同意します。
自由を「制約ゼロ」と考えると、現実の人間にはほとんど存在しない。
岸見:
なら、自由とは何です?
今度はフーコーがすぐには答えなかった。
フーコー:
少なくとも、自分が置かれている構造を見られること。
川上:
見られること?
フーコー:
「これは自然だから仕方がない」ではなく、
「私は今、この規則の中にいる」
と認識できること。
岸見:
そして、出ようと思えば出られる。
フーコー:
完全に出られるとは限りません。
しかし距離を取ることはできる。
問い直すこともできる。
河合:
なるほど。
川上:
それだと、恵子は意外と自由なのかもしれない。
岸見:
どうして?
川上:
彼女はコンビニのルールをルールとして認識しているから。
河合:
たしかに。
川上:
普通の社会の人は、見えないルールを自然だと思っている。
恵子はここで、
「これはマニュアルです」
と知っている。
フーコー:
それは彼女の強みです。
岸見:
でも、別の弱さもある。
川上:
何です?
岸見:
そのマニュアルがなくなったときに、自分で次を作れるか。
空気が少し重くなった。
河合:
そこですね。
川上:
店がなくなったら。
岸見:
仕事ができなくなったら。
河合:
年を取ったら。
川上:
身体が変わったら。
フーコー:
制度が変わったら。
岸見:
そのとき、「私はこれを選んでいた」と言えるのか。
それとも、
「これがなくなったら私は何者かわからない」
となるのか。
長い沈黙。
店の奥から、飲料ケースの低い音が聞こえる。
川上が小さく言った。
川上:
でも、それもコンビニだけの話じゃないですね。
河合:
ええ。
川上:
子どもが巣立ったあと、「私は何者なんだろう」と感じる親もいる。
岸見:
定年後に急に自分を失う人もいる。
河合:
配偶者を亡くして、生活全体の意味が崩れる人もいる。
川上:
作家だって、書けなくなったら。
少し笑う。
川上:
かなり怖いですよ。
岸見:
つまり、「一つの役割に自分を預ける危険」は誰にでもある。
河合:
そうです。
フーコー:
その意味では、恵子を特別扱いできない。
川上:
また鏡になる。
フーコー:
そう。
恵子を見て、
「コンビニに依存している」
と言う。
では自分は何に依存しているのか。
家庭。
職業。
肩書き。
所得。
宗教。
国籍。
他人からの評価。
岸見:
全部失っても同じ自分でいられる人なんて、ほとんどいない。
河合:
それなら、依存そのものを悪とするのもおかしい。
川上:
大事なのは依存の仕方?
河合:
そうかもしれません。
岸見:
依存の仕方。
河合:
支えられていることを知っている。
でも、それが失われたときに誰かに助けを求めたり、別の形を探したりできる。
川上:
一つの場所に人生全部を閉じ込めない。
河合:
そう。
フーコー:
そして、その場所が自分をどう変えているかを見る。
岸見が少し考えてから聞いた。
岸見:
では、コンビニは恵子を救ったのでしょうか。
河合はすぐ答えなかった。
河合:
救ったと思います。
川上が河合を見る。
河合:
少なくとも、彼女に一つの居場所を与えた。
「ここなら私は何をすればいいかわかる」
と思える場所は、人間にとって大きいです。
岸見:
でも?
河合:
救いは、永遠に同じ場所にいなければならないという意味ではありません。
川上が静かにうなずく。
川上:
救われた場所が、次の檻になることもある。
河合は少し考えた。
河合:
ありますね。
フーコー:
そして檻という言葉も慎重に使いたい。
川上:
またですか。
フーコーが少し笑った。
フーコー:
本人が扉を開けられる場所なら、檻とは言い切れない。
岸見:
扉があることを知っているかどうか。
フーコー:
そう。
川上:
恵子は知っていると思います?
誰もすぐには答えなかった。
店員がレジから出てきて、入口近くのゴミ箱を整える。
次に傘立てを見る。
床を確認する。
小さな動きが途切れなく続く。
河合がその姿を見ながら言った。
河合:
私は、一つ気になることがあります。
岸見:
何でしょう。
河合:
われわれは「恵子はコンビニに自分を合わせすぎている」と言う。
でも、その店員さんを見てください。
三人が視線を向ける。
河合:
あの人も店に合わせている。
川上:
そうですね。
河合:
違いは何なんでしょう。
岸見:
仕事が終わったら別の自分に戻れるか。
河合:
たぶんそこです。
フーコー:
役割を持つことではなく、役割だけになること。
川上が小さく息を吐いた。
川上:
それ、怖いですね。
岸見:
でも誰にでも起きる。
川上:
母親だけになる。
社員だけになる。
妻だけになる。
成功者だけになる。
作家だけになる。
河合:
人間は一つの役割で全部説明できるほど単純ではない。
フーコー:
その意味では、「コンビニ人間」という言葉そのものが非常に面白い。
川上:
どうして?
フーコー:
人間より先に役割が来るからです。
コンビニ。
人間。
役割と存在が結びついている。
岸見:
本人もそれを受け入れている。
河合:
でも、もし彼女がそれを自分で選んでいるなら。
川上:
それでも問題ですか。
また沈黙。
岸見がゆっくり言った。
岸見:
自分で選んだことなら、それだけで正しいとは思いません。
河合:
そうですね。
岸見:
でも、自分で選んだ人生を、外側から簡単に「間違い」と決めることもできない。
川上:
結局、またそこに戻る。
フーコー:
ただ、今回は少し進みました。
川上:
どこが?
フーコー:
最初の問いは、
「コンビニは自由か、支配か」
でした。
岸見:
はい。
フーコー:
でも今は、
「人間はどんな構造にも属さずに生きられるのか」
という問いになっている。
河合がうなずく。
フーコー:
もし答えが「生きられない」なら。
少し間を置く。
フーコー:
本当の問題は、構造を持つことではない。
どの構造に自分を預けるのか。
そこから離れる余地があるのか。
その構造によって誰が傷つくのか。
そして、自分がそこで何者になっているのか。
それを見ることです。
川上はしばらく黙っていた。
そして、少し違う方向から聞いた。
川上:
では、家族は?
三人が川上を見る。
川上:
家族も構造でしょう。
フーコー:
もちろん。
川上:
しかもコンビニよりずっと強い。
河合:
そうですね。
川上:
簡単には辞められない。
マニュアルも曖昧。
感情もある。
責任もある。
岸見:
そして愛情もある。
川上:
そこです。
コンビニに合わせることを「支配」と疑うなら。
誰かを愛して、その人のために自分を変えることはどう考えるんでしょう。
河合の表情が少し変わった。
岸見も黙った。
フーコーは川上を見たまま、静かに言った。
フーコー:
そこから先は、もっと難しくなりますね。
自動ドアが開いた。
朝に近い冷たい空気が、ほんの一瞬だけ店内へ入ってきた。
Topic 4 - 自分を犠牲にしない人生は、本当に自由なのか?

自動ドアから入った冷たい空気が、すぐに店内の暖かさに溶けていった。
川上は紙コップを持ったまま、さっき自分が口にした言葉を考えているようだった。
川上未映子:
誰かを愛して、その人のために自分を変える。
そこから急に話が難しくなりますね。
岸見一郎:
難しいですね。
河合隼雄:
人間関係の話になると、自由という言葉だけでは足りなくなります。
フーコー:
なぜでしょう。
河合:
自分一人なら、「私はこうしたい」でかなり決められる。
でも誰かと暮らすと、そうはいかない。
川上:
子どもがいたら、もっとそうですね。
岸見:
ただ、そこで私は少し警戒します。
川上:
何を?
岸見:
「家族なんだから我慢しなさい」という言葉です。
河合:
なるほど。
岸見:
日本では特に、家族や愛情を理由に、本人の希望が後回しにされることがあります。
川上:
しかも、その役割を女性が多く引き受けてきた。
岸見:
そうです。
川上:
母親だから。
妻だから。
娘だから。
誰かの世話をする。
自分の仕事を減らす。
自分の夢を待つ。
河合:
それを美徳として語る文化もあります。
川上:
そこが怖いんです。
「愛しているならできるでしょう」
という言葉は、かなり強い。
フーコー:
愛が規範の運搬手段になる。
川上がフーコーを見る。
川上:
そう言うとすごく冷たく聞こえますね。
フーコー:
冷たく聞こえるのは承知しています。
しかし、愛情そのものが偽物だと言っているわけではありません。
河合:
愛情が本物でも、その中に社会の期待は入る。
フーコー:
そうです。
岸見:
でも逆もあります。
川上:
逆?
岸見:
「自分を大切にしよう」という言葉も、使い方によっては他者との関係を切るための免罪符になる。
河合がうなずいた。
河合:
ありますね。
川上:
たとえば?
岸見:
「それはあなたの課題だから私は関係ない」
と言えば、理屈としてはきれいです。
でも、家族が本当に苦しんでいるときにそれだけで済むでしょうか。
河合:
そこが人間の難しいところです。
川上:
自分を犠牲にしすぎるのも危ない。
自分を守ることだけを優先するのも、何か違う。
河合:
その間にものすごく広い領域があります。
フーコー:
そして、その領域には明確な線がない。
少し沈黙があった。
レジから電子音が聞こえる。
四人はしばらくその音を聞いていた。
川上:
一つ、極端な例ではない話をしてもいいですか。
河合:
どうぞ。
川上:
若い女性に海外で働く機会があったとします。
すごく行きたい。
ずっと望んでいた仕事。
でもそのとき、母親が病気になる。
岸見:
はい。
川上:
母親は「行っていいよ」と言う。
でも本人は残る。
この選択をどう考えます?
岸見は少し考えた。
岸見:
残ること自体が正しいとも、行くことが正しいとも言えません。
川上:
では何を見る?
岸見:
本人が、自分で選んでいるか。
河合:
でも、その「自分で選んだ」もかなり複雑でしょう。
岸見:
もちろん。
河合:
罪悪感もある。
愛情もある。
周囲の期待もある。
母親の表情もある。
将来後悔するかもしれないという恐れもある。
川上:
全部混ざっている。
河合:
そう。
だから、人間の選択を完全に純粋なものとして見るのは難しい。
フーコー:
そして「良い娘とは何か」という社会的な物語も入っている。
川上:
でも、ここで社会的物語を全部剥がしたら、何が残るんでしょう。
フーコー:
そこは重要な問いです。
川上:
母親を本当に愛している。
一緒にいたい。
その気持ちまで「社会に刷り込まれたものかもしれない」と言い始めたら、何も信じられなくなる。
河合:
私は、そこまで疑わなくていいと思います。
フーコーが河合を見る。
河合:
人間の気持ちは、純粋だから本物なのではない。
いろいろ混ざっていても本物です。
岸見:
愛情と義務感が一緒にあってもいい。
河合:
そう。
川上:
後悔と納得が一緒にあっても?
河合:
あります。
かなりあります。
川上:
それは救われますね。
河合:
なぜ?
川上:
人は選ばなかった人生のことを、ときどき考えますから。
残った人は「行っていたら」。
行った人は「残っていたら」。
岸見:
選択すると、別の可能性を失う。
川上:
その失った可能性を思うことまで、選択が間違っていた証拠にはならない。
河合:
そうです。
それはとても大事です。
少し間があった。
フーコー:
では、「自己犠牲」という言葉も慎重に使ったほうがよいですね。
岸見:
どうして?
フーコー:
誰かのために何かを諦めると、すぐに自己犠牲と呼ぶ。
でも本人がそこに意味を感じているなら、それは単なる損失ではない。
川上:
ただし、その意味を社会が勝手に美化すると危ない。
フーコー:
その通りです。
川上:
「母親なんだから当然」
と言われた瞬間、選択だったものが義務に変わる。
岸見:
それは大きな違いですね。
河合:
そして本人も、その違いを途中で見失うことがあります。
川上:
どういうことです?
河合:
最初は自分で選んだ。
でも何年も続く。
誰も感謝しない。
休めない。
逃げられない。
そのうち、「自分が選んだんだから文句を言ってはいけない」と思い始める。
岸見:
それは危険です。
河合:
はい。
自分で始めたことでも、途中で苦しくなったら見直していい。
川上:
選んだ責任と、永遠に我慢する義務は違う。
河合:
その通りです。
フーコーが少し笑った。
フーコー:
これは興味深いですね。
岸見:
何がです?
フーコー:
われわれは「自由」を、選択の瞬間だけで考えがちです。
選ぶ自由。
しかし本当は、選んだあとに問い直す自由も必要なのではないでしょうか。
川上:
続けるかどうか。
フーコー:
変えるかどうか。
離れるかどうか。
岸見:
それはかなり重要です。
河合:
関係も同じですね。
川上:
結婚も?
河合:
もちろん。
親子は簡単には離れられませんが、距離の取り方は変えられる。
夫婦なら関係の形を変えることもある。
仕事もそう。
岸見:
つまり、「自分で選んだ不自由」という考えには、出口も必要だ。
川上:
出口がないと、ただの拘束になる。
河合:
そうですね。
四人が少し黙った。
外の空は、ほんの少し白み始めていた。
川上:
でも、もう一つ気になります。
岸見:
何でしょう。
川上:
自分を一度も後回しにしないで、人と深く生きることって可能なんでしょうか。
岸見はすぐには答えなかった。
河合:
かなり難しいと思います。
岸見:
同意します。
川上:
意外ですね。
岸見:
私は「自分を最優先しなさい」と言いたいわけではありません。
他人の期待だけで生きるなと言っている。
そこは違います。
川上:
では、愛する人のために自分を後回しにすることもある。
岸見:
あります。
河合:
そこを認めないと、愛情というものをかなり薄くしてしまいます。
フーコー:
しかし、その「愛情」という言葉で誰が多くを支払っているかは見なければならない。
川上:
そこは絶対に見たい。
岸見:
両方必要ですね。
河合:
ええ。
川上:
一方では、自分を消すほどの自己犠牲を疑う。
もう一方では、「私は私だから一切合わせません」という生き方も疑う。
河合:
人は関係の中で変わるからです。
川上:
変わること自体は悪くない。
河合:
むしろ、誰とも関わって変わらない人のほうが珍しい。
岸見:
問題は、その変化が自分を広げているのか、消しているのか。
川上が岸見を見る。
川上:
どうやってわかるんでしょう。
岸見:
簡単にはわかりません。
河合:
私は一つの目安があると思います。
川上:
何です?
河合:
その関係の中で、自分の気持ちを言えるか。
岸見:
なるほど。
河合:
「今日は無理だ」
「これは嫌だ」
「少し休みたい」
「私はこうしたい」
そう言える余地があるか。
川上:
愛している相手に、ノーと言えるか。
河合:
そうです。
フーコー:
非常に重要ですね。
支配的な関係では、愛という言葉があっても、拒否が許されない。
岸見:
逆に、健全な関係なら、相手のために何かをすることも選べるし、しないことも言える。
川上:
それなら、「犠牲」より「贈る」に近いのかもしれない。
河合が川上を見る。
川上:
時間を贈る。
予定を変える。
眠る時間を削る。
親のそばにいる。
子どものために待つ。
でも、贈り物は強奪されたら贈り物じゃない。
岸見:
非常にわかりやすいですね。
河合:
いい表現です。
フーコー:
そして贈る側が、贈ることをやめる権利もある。
川上:
そう。
そこが必要。
また少し沈黙が落ちた。
岸見:
そう考えると、第一部の美奈の話が少し違って見えますね。
河合:
海外へ行く機会を諦めた話ですね。
岸見:
彼女は母親のために残った。
後悔もある。
でも残ったことも後悔していない。
川上:
あれはすごく人間らしい。
河合:
二つの感情が同時にある。
フーコー:
そして、われわれが外から「それは自己犠牲だ」と決めることも危険です。
岸見:
本人がその選択に意味を見つけているなら。
川上:
ただし、「女性ならそうするべきだった」と言い換えた瞬間に話は変わる。
河合:
はい。
川上:
ここを混ぜたくないですね。
愛から生まれた選択と、役割から強制された選択。
外から見ると同じ行動でも、中身は違う。
フーコー:
そして現実には、両者が完全には分かれない。
川上:
また混ざってる。
河合:
人間の心ですから。
四人が少し笑った。
しばらくして、岸見が静かに言った。
岸見:
では、自由とは「誰のためにも何も諦めないこと」ではない。
河合:
違うと思います。
川上:
むしろ、「誰のためなら何を差し出したいかを、自分で選べること」に近い?
岸見:
かなり近いと思います。
フーコー:
そして、その選択を問い直せること。
河合:
自分の声を失わないこと。
川上が少し考えた。
川上:
それなら、次の問いが一番怖いですね。
岸見:
何でしょう。
川上は窓の外を見た。
川上:
自分では「愛しているから」と思っている。
でも実は、自分が安心したいから相手に変わってほしいだけだったら?
河合の表情が少し変わった。
川上:
「あなたのため」
って言っているとき。
本当に相手のためなのか。
それとも、その人が自分の理解できる人になってくれたら安心するからなのか。
誰もすぐには答えなかった。
フーコーが最後に静かに言った。
フーコー:
そこでは、愛と規範が最も見分けにくくなります。
夜明け前のガラスに、四人の姿が薄く映っていた。
Topic 5 - 「あなたのため」は、本当にあなたのためなのか?

夜明け前のガラスに、四人の姿が薄く映っていた。
店の外は、もう完全な夜ではなかった。
黒かった空が少しずつ青に変わり、道路の濡れた表面に朝の光が混ざり始めている。
川上は窓から目を離さずに言った。
川上未映子:
さっきから考えているんです。
河合隼雄:
何をです?
川上:
人が「あなたのためだから」と言うとき。
本当に、その人のためだけなんでしょうか。
岸見がすぐに答える。
岸見一郎:
かなりの割合で、自分のためでもあると思います。
河合:
ずいぶん早いですね。
岸見:
でも、そうでしょう。
親が子どもに「安定した仕事に就きなさい」と言う。
もちろん子どもの将来を心配している。
でも同時に、親自身も安心したい。
川上:
結婚もそうですね。
岸見:
そう。
「いい人を見つけてほしい」
「一人だと心配」
「子どもがいたら安心」
その言葉には愛情がある。
でも、親自身の不安も入っている。
河合:
私はそこを悪いこととして言いたくはないですね。
岸見:
もちろん。
河合:
人間の愛情は、自分を完全に消して相手だけを考えるようなものではない。
相手が苦しめば、自分も苦しい。
相手が安定すれば、自分も安心する。
それは自然です。
川上:
では、自分の安心が混ざっていても愛は愛。
河合:
そうです。
問題は、混ざっていることではなく、それに気づいているかどうかだと思います。
フーコーが静かに口を開いた。
フーコー:
そして、もう一つあります。
川上:
何でしょう。
フーコー:
その不安が、どこから来たものなのか。
岸見:
また社会の話ですね。
フーコー:
そうです。
たとえば妹が姉を見て不安になる。
姉は犯罪をしているわけではない。
危険な生活をしているわけでもない。
それでも、
「独身」
「非正規」
「長年同じコンビニ勤務」
という情報から不安を感じる。
河合:
その不安自体に、社会的な学習が入っている。
フーコー:
はい。
愛情があるから心配する。
しかし「何を心配すべきか」は社会から教わっている場合がある。
川上:
つまり、愛の中に規範が入ってくる。
フーコー:
非常に深く。
岸見:
でもそこで、家族の心配を全部「社会に洗脳されている」と切ってしまうのも違う。
河合:
その通りです。
川上:
年を取ること。
病気。
お金。
一人暮らし。
そういう現実的な心配もある。
岸見:
だから必要なのは、「心配するな」ではない。
河合:
では何です?
岸見:
心配と支配を分けることです。
川上が岸見を見る。
川上:
どう分けます?
岸見は少し考えた。
岸見:
心配してもいい。
意見を言ってもいい。
助けを申し出てもいい。
でも最終的に、その人の人生を本人に返せるか。
河合:
人生を本人に返す。
岸見:
そうです。
「私は心配している。でも決めるのはあなたです」
と言えるか。
川上:
かなり難しいですね。
岸見:
難しいです。
本気で愛していたら、間違った選択をしているように見えるときほど止めたくなる。
河合:
そこなんです。
川上:
では、本当に危険なときは?
岸見:
話は変わります。
生命や安全に重大な危険がある場合まで放置すればいいと言っているわけではありません。
河合:
普通の人生選択と、危険の問題を混ぜないことですね。
岸見:
そうです。
「結婚しない」と「命に関わる行動」を同じ種類の心配として扱ってはいけない。
フーコー:
社会は時に、それらを曖昧にします。
川上:
どういう意味?
フーコー:
規範から外れることを、危険に近いものとして感じさせる。
「そのままだと将来大変になる」
「このままでは取り返しがつかない」
そういう言葉です。
河合:
未来の恐怖を使う。
フーコー:
そう。
そして本人も、自分の人生を恐れ始める。
川上は少し黙った。
川上:
恵子の妹も、最初はそうだったのかもしれない。
岸見:
姉そのものより、「姉の未来」を恐れていた。
河合:
ただ、その未来は想像です。
川上:
まだ起きていない。
河合:
そう。
人はよく、まだ起きていない未来のために、現在の相手を変えようとします。
岸見:
しかも、その未来像を本人より自分のほうがよく知っていると思っている。
川上:
「今はいいかもしれないけど、あとで後悔するよ」。
岸見:
そう。
川上:
あれって、かなり強い言葉ですよね。
河合:
未来の本人を代理して話していますから。
フーコー:
興味深い表現ですね。
河合:
「未来のあなたは、今のあなたより私に賛成するはずです」
と言っている。
川上が少し笑う。
川上:
それ、怖いですね。
岸見:
でも、よく言います。
四人が少し黙った。
レジの向こうで、店員が朝の商品を並べ始めていた。
おにぎり。
パン。
サンドイッチ。
昨日と少し違う商品が、同じ棚に入っていく。
河合がその様子を見ながら言った。
河合:
第一部で、妹が最後に変わったのは大きかったですね。
川上:
「普通になってほしい」ではなく。
岸見:
「困ったときに一人で抱えないでほしい」。
河合:
そう。
フーコー:
あれは重要な変化です。
川上:
どうして?
フーコー:
相手の人生の形を要求することをやめて、関係だけを残した。
少し沈黙。
岸見:
確かに。
「結婚して」
「正社員になって」
「普通になって」
ではない。
河合:
「あなたがあなたのままで生きるなら、それでも困ったときには私を頼ってほしい」。
川上:
それなら、相手を変えなくても愛せる。
河合:
そうですね。
岸見:
そして、かなり難しい愛し方です。
川上:
なぜ?
岸見:
相手が、自分には理解できない人生を選ぶ可能性を受け入れなければならないから。
河合:
そこですね。
川上:
理解できないけど尊重する。
河合:
そう。
人は、理解できるものを受け入れるより、理解できないものを受け入れるほうがずっと難しい。
フーコー:
しかも「理解したい」という欲求自体が、ときに相手を分類する欲求に変わります。
岸見がフーコーを見る。
岸見:
どういうことです?
フーコー:
「なぜ彼女はこうなのか」
「何が原因なのか」
「どんなカテゴリーに入るのか」
そうやって説明できれば安心する。
川上:
つまり、理解も安心のために使われる。
フーコー:
そうです。
河合:
ただ、理解しようとすること自体は大切です。
フーコー:
もちろん。
私は理解するなと言っているのではありません。
河合:
相手を理解することと、説明し切ることは違う。
川上:
説明し切る。
河合:
「この人はこういう人です」と決めた瞬間、もう本人を見なくなることがあります。
岸見:
カテゴリーを見るようになる。
河合:
そう。
本人ではなく。
少し長い沈黙があった。
川上がテーブルに指を置いたまま、静かに言った。
川上:
恵子って、説明されることをあまり求めていないですよね。
岸見:
求めていませんね。
川上:
むしろ周囲が説明したがっている。
「なぜ結婚しないの?」
「なぜ正社員にならないの?」
「なぜそういう考え方なの?」
河合:
そして本人は、その質問自体を不思議に思っている。
川上:
そう。
それがすごく面白い。
フーコー:
だから、彼女は問いを返す。
「どうしてそれが必要なんですか」。
岸見:
社会のほうが説明を求められる。
フーコー:
その瞬間、正常と異常の位置が逆転する。
河合:
ずっと恵子を理解しようとしていたわれわれが、恵子に理解される側になる。
川上が少し笑った。
川上:
第一部でも、彼女の質問でみんな止まりましたね。
岸見:
「私は助けてって言った?」
四人が黙った。
言葉は短かった。
けれど、その場に残る時間は長かった。
河合がゆっくり口を開く。
河合:
この言葉は難しいですね。
川上:
どうして?
河合:
これを「じゃあ放っておけばいい」と読むのも違う。
岸見:
同意します。
河合:
人間は、本当に困ったときほど助けを求められないこともあります。
川上:
では家族はどうすればいい?
河合:
答えは簡単ではありません。
でも私は、
「助ける」
より前に、
「いつでも助けを求められる関係を作る」
ことが大切だと思います。
岸見:
かなり違いますね。
河合:
違います。
助ける側が主役ではなくなる。
川上:
相手が必要なときに扉を開けられるようにしておく。
河合:
そうです。
フーコー:
それは支配とかなり距離がありますね。
岸見:
「私はあなたの人生を直します」ではなく。
河合:
「必要なら私はここにいます」。
川上は少しの間、その言葉を聞いていた。
川上:
愛って、意外と待つことなのかもしれない。
河合:
かなりありますね。
川上:
変えない。
急がせない。
答えを決めない。
でもいなくならない。
岸見が静かにうなずいた。
岸見:
そのうえで、自分の意見も言える。
川上:
「私は心配してる」と。
岸見:
そう。
尊重することは、無関心になることではありません。
フーコー:
それは非常に重要な区別です。
少しして、川上がフーコーを見る。
川上:
あなたなら、愛と規範はどう見分けます?
フーコーは少し考えた。
フーコー:
完全には見分けられないと思います。
川上が少し驚く。
川上:
そこ、答えてくれないんですね。
フーコー:
人間の関係は、それほど純粋ではありません。
愛の中に規範がある。
規範の中にも本当の心配がある。
重要なのは、
「これは愛だから正しい」
と免除しないことです。
岸見:
愛も問い直す。
フーコー:
はい。
自分が相手に求めているものを、ときどき疑う。
「この人を守りたいのか」。
「この人を理解できる形にしたいのか」。
「この人が変われば、自分が安心できるのか」。
河合:
そして、答えが全部だったとしてもいい。
フーコー:
そうです。
気づくことが重要です。
川上:
人間の気持ちは汚れているから駄目、ではない。
河合:
全然違います。
混ざっているのが普通です。
川上が少し笑う。
川上:
ここで「普通」が出てくるんですね。
四人が笑った。
店の外が、かなり明るくなっていた。
通勤途中の人が増え始めている。
スーツ姿の男性。
学生。
自転車に乗った女性。
誰もがどこかへ向かっている。
岸見が窓の外を見ながら言った。
岸見:
最初、われわれは恵子について話していたはずなんです。
河合:
そうでしたね。
岸見:
「なぜ彼女は普通ではないのか」。
川上:
でも今は、ずいぶん違うところに来た。
フーコー:
むしろ、
「なぜわれわれは彼女を普通かどうか判断したかったのか」
という問いになった。
河合がゆっくりうなずく。
河合:
そして、もう一つ。
川上:
何です?
河合:
なぜわれわれは、彼女を理解しなければならないと思ったのか。
四人が黙った。
少しして川上が言った。
川上:
彼女は理解してほしいって言ってない。
岸見:
直してほしいとも。
河合:
救ってほしいとも。
フーコー:
それでもわれわれは、分析した。
岸見が少し苦笑した。
岸見:
今までずっと。
川上:
心理学者まで呼んで。
河合が笑った。
河合:
耳が痛いですね。
四人が少し笑ったあと、また静かになった。
フーコーがガラスに映った自分たちを見ながら言う。
フーコー:
もしかすると、この作品の仕掛けはそこにあるのかもしれません。
川上:
どういうことです?
フーコー:
読者は最初、恵子を観察する。
奇妙な女性だと思う。
理解しようとする。
分類しようとする。
でも彼女の質問を追っていくうちに。
少し間を置く。
フーコー:
観察されていたのは、自分だったと気づく。
岸見が静かに言った。
岸見:
「なぜあなたは、そんなに普通でいたいんですか」。
河合が続ける。
河合:
「なぜ、自分と違う幸福を見ると不安になるんですか」。
川上も口を開く。
川上:
「なぜ、理解できない人生を、そのまま置いておけないんですか」。
四人の間に、長い沈黙が落ちた。
レジの電子音が鳴る。
店員が明るい声を出す。
外では朝が始まっていた。
河合が最後に、小さく言った。
河合:
古倉恵子という人を理解しようとしていたはずなのに。
少し笑う。
河合:
最後には、自分のほうが質問されてしまいましたね。
誰も否定しなかった。
最後に

この対話で最も興味深かったのは、最初と最後で「誰が問題なのか」が入れ替わったことでした。
最初、四人は恵子を見ています。
なぜ彼女は社会にうまく適応できないのか。
なぜ普通の人生を望まないのか。
なぜコンビニという場所にこれほど自分を預けるのか。
ところが話が進むにつれて、質問の方向が反対になります。
なぜ私たちは、結婚する人生を説明しなくても受け入れるのに、結婚しない人生には説明を求めるのでしょう。
なぜ正社員になる人には理由を聞かないのに、コンビニで働き続ける人には「なぜ?」と聞くのでしょう。
そして、とても興味深い逆転が起こります。
恵子は他人の言葉、服装、表情、振る舞いを借りていることを知っています。
私たちはどうでしょう。
自分が当然だと思っている価値観は、本当に自分で選んだものなのでしょうか。
「成功」
「安定」
「結婚」
「家族」
「幸せ」
「普通」
それらの意味を、私たちはどこから受け取ったのでしょう。
だからといって、社会の期待をすべて拒絶すれば自由になれる、という話でもありません。
人間は誰かと関われば変わります。
愛する人のために予定を変えることもある。
夢を延期することもある。
時間を差し出すこともある。
そこで今回の対話から浮かび上がった、とても大切な区別があります。
自分を差し出すことと、自分を失うことは同じではない。
愛する人のために何かを「贈る」ことがある。
時間を贈る。
労力を贈る。
自分の自由の一部を贈る。
けれど、贈り物は強制された瞬間に性質が変わります。
そして最後に残ったのは、おそらく最も難しい問いでした。
愛する人が、自分には理解できない人生を選んだとき。
その人を自分が安心できる形へ変えるのではなく、
「私は完全には理解できない。でも、あなたの人生はあなたのものだ」
と言えるでしょうか。
それは無関心ではありません。
「何があっても好きにすればいい」と突き放すことでもありません。
心配していることを伝える。
必要なら意見も言う。
危険なら止めようとする。
それでも最後には、その人の人生をその人に返す。
そして、
「困ったときには、私はここにいる」
と言える。
もしかすると、それが「相手を変えずに愛する」ということなのかもしれません。
『コンビニ人間』を読み始めたとき、私たちは古倉恵子を観察しています。
しかし読み終えるころには、彼女のほうがこちらを見ている。
なぜ、あなたはそんなに普通でいたいの?
なぜ、自分と違う幸福を見ると不安になるの?
なぜ、理解できない人生をそのまま認めることが難しいの?
恵子を理解しようとしていた私たちは、最後には自分自身について説明を求められているのかもしれません。
Short Bios:
岸見一郎
日本の哲学者・著述家。アドラー心理学の研究と紹介で広く知られ、『嫌われる勇気』の共著者。対人関係、自由、他者からの評価、人生の選択などを考えるうえで今回の対話と深く重なります。
河合隼雄
日本を代表する心理学者の一人。ユング心理学を日本に紹介し、人間の心、家族、物語、関係性について数多くの著作を残しました。単純な心理分類では捉えられない、人間の心の曖昧さを大切にしました。
川上未映子
現代日本を代表する小説家・詩人の一人。『乳と卵』『夏物語』などで、女性の身体、家族、出産、孤独、社会から期待される生き方などを描いています。
ミシェル・フーコー
20世紀フランスの哲学者・思想家。社会が「正常」と「異常」をどのように分類し、人々が規範を自分自身の中へ取り込んでいくのかを考察しました。
村田沙耶香
日本の小説家。『コンビニ人間』で第155回芥川龍之介賞を受賞。社会が当然とする「普通」を独特の視点から描き、国内外で広く読まれています。
この対話は、『コンビニ人間』のテーマから着想を得て制作した架空の対話です。登場する実在人物が実際にこの対話を行ったものではありません。

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