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Imaginary Conversation

Imaginary Conversation

Exploring the World Through Dialogue.

日本文学を代表する10人が語り合う人間と希望の対話

April 5, 2026 by Nick Sasaki Leave a Comment

番組紹介

今夜は、少し特別な時間です。

日本の読書史の中で、長く愛され、深く敬われてきた十人の作家たちが、一つの場に集います。
夏目漱石、太宰治、芥川龍之介、宮沢賢治、東野圭吾、村上春樹、司馬遼太郎、星新一、有川ひろ、上橋菜穂子。

生きた時代も、文体も、見つめてきた人間の姿も、それぞれ違います。
けれどその違いの中には、私たちが今もなお抱えている問いが、確かに流れています。

人はなぜ書かずにいられないのか。
孤独や不安や弱さを、人はどう抱えて生きるのか。
物語は、人を変えることができるのか。
この時代の私たちに、本当に必要な言葉とは何か。
そして、未来へ一作だけ残すなら、何を手渡したいのか。

今夜語られるのは、ただの文学論ではありません。
人間とは何か。
苦しみとは何か。
やさしさとは何か。
生きるとは何か。
その静かで深い対話です。

答えがきれいに一つへまとまることはないかもしれません。
でも、だからこそ耳を澄ませる意味がある。
違う声が交わるたびに、私たちは自分の心の奥にあるものを、少しずつ見つけていくのかもしれません。

今夜のこの時間が、
誰かにとっては、自分を見つめ直す時間に。
誰かにとっては、他人を少しやさしく見る時間に。
そして誰かにとっては、もう一度、本を開きたくなる時間になればうれしく思います。

それでは、はじまりです。

(本稿に記されている対話はすべて仮想のものであり、実在の人物・発言とは関係ありません。)


Table of Contents
1. 人はなぜ「書かずにいられない」のか
2. 孤独、不安、弱さを人はどう生きるのか
3. 物語は人を変えられるのか
4. いまの時代の日本人に、いちばん必要な言葉は何か
5. もし今から一作だけ、未来の読者のために書くなら何を書くか
番組の最後の締めコメント

1. 人はなぜ「書かずにいられない」のか

人はなぜ「書かずにいられない」のか

阿川佐和子
みなさん、本当にとんでもない顔ぶれですね。今日は「人はなぜ書かずにいられないのか」というところから始めたいと思います。読んでいる側からすると、「この人は、どうしてそこまでして書くんだろう」と思うことがよくあるんです。まずはその一番根っこのところから、じっくり聞いてみたいですね。

又吉直樹
書く理由って、きれいな言い方もできるんですけど、たぶん実際はもっと切実なものもありますよね。救いとか苦しさとか、説明できない衝動とか。今日はそこを、できるだけ生っぽい言葉でうかがえたらと思います。
では、漱石先生からお願いしてもいいですか。

1. 書くのは、自分の中の違和感に形を与えるためか

夏目漱石
そうですね。人はふつう、日々を生きておれば、それで済むはずなんです。ところが、どうにも済まない人間がいる。私などはその口でしてね。世の中を見ても、自分を見ても、どこか噛み合わぬ。皆が平気で通っていく場所で、ひとり立ち止まってしまう。
書くというのは、その立ち止まってしまった理由を、自分で自分に問い続けることに近いでしょう。つまり、表現というより、まずは始末なんです。自分の中の始末をつけたい。

阿川佐和子
ああ、「始末をつけたい」って、すごくわかりやすいですね。整理というより、始末。

太宰治
始末がつかないから書く、というほうが私には合っております。漱石先生のように立派には言えません。私はむしろ、自分という人間の見苦しさを、見ないふりができなかった。隠しても隠しても、すぐ出てくる。ならば、いっそ書いてしまえ、と。
けれど、恥を書くだけでは文章にならない。恥の中に、人間の滑稽さや哀れさや、少しの愛嬌が混じったとき、ようやく誰かに読めるものになるのではないかと思います。

又吉直樹
太宰さんの話を聞くと、書くことって、自己表現という感じより、自己暴露に近い面もあるのかなと思いますね。

芥川龍之介
暴露というほど情緒的なものでもない気がします。私の場合は、感情より先に、認識がある。人間というものは何なのか、善悪とは何なのか、ひとつの出来事が、見る位置によってどう変わるのか。
私は、人間を信じたいとも思うし、同時に容易に信じることができない。その矛盾を、一つの短い作品の中に、冷たい刃物のように置いてみたかった。書くのは、疑いを消すためではなく、疑いを正確に残すためかもしれません。

阿川佐和子
いやあ、もうこの時点で番組が濃いですねえ。

2. 書くのは、救うためか、それとも知るためか

宮沢賢治
私は、ほんとうにみんなの幸いのために書きたかったのだと思います。そう言うと、きれいすぎるように聞こえるかもしれませんが、それでも、やはりそうです。苦しんでいる人、寒さの中にいる人、ひとりで泣いている子ども、働き続ける人、そういう人たちの胸の中へ、小さなあかりのように届くものがほしかった。
けれど、救うために書くと言っても、こちらが上に立つわけではありません。自分も同じように弱い。弱い者が弱い者へ差し出す、一杯のあたたかい飲みものみたいなものです。

有川ひろ
その感じ、すごく好きです。私も、書くことって「この人をなんとか幸せにしてあげたい」とか、「この場面をちゃんと通り抜けさせてあげたい」って気持ちと近いんです。
もちろん現実はそんなに簡単じゃないですし、小説で人生全部変わるわけでもない。でも、読んでる数時間だけでも、「今日ちょっと生きやすかったな」と思ってもらえたら、それってかなり大きい。私はそのために書いてるところがあります。

東野圭吾
僕は少し違うかもしれません。救いたい気持ちがないとは言いませんが、まずは「最後まで読ませたい」が強いです。ページをめくらせるにはどうしたらいいか、この人物は本当にこう動くか、この謎の置き方で読者は引っかかるか。そこをものすごく考える。
けれど、その先に人間の感情がないと、ただの仕掛けで終わるんですよね。だから結果としては、やっぱり人の心を描いている。書く理由の入り口は設計でも、出口は人間なのかもしれません。

又吉直樹
「入り口は設計、出口は人間」って、かなりいい言葉ですね。

星新一
私は、ほんの少しだけ別の方向から入ります。人間というのは、毎日同じ現実に囲まれていると、それが絶対だと思いこんでしまう。けれど、ほんの一歩ずらすだけで、急に可笑しくなるし、怖くもなる。
私はその“ずれ”を書きたいんです。たとえば、当たり前の制度、善意の発明、便利な社会、そのどれもが、見方を変えると妙な顔をしている。その妙な顔を、短い物語の中でひょいと見せたい。書かずにいられないのは、現実があまりに堂々としすぎているからでしょうね。

阿川佐和子
なるほど。「そんなに当たり前の顔をするなよ」と。

星新一
ええ。ちょっと笑ってもらって、帰り道で少しだけ不安になっていただければ成功です。

3. 物語は、自分のために書くのか、読者のために書くのか

村上春樹
僕はたぶん、まず自分の中にあるものを、うまく通していくために書いているんだと思います。意識の下のほうに沈んでいるものを、文章という形で地上に持ってくる。その作業が長く続いている感じです。
でも小説は、一人で完結しないんですよね。読者が読んだとき、そこに別の回路ができる。僕が書いたものが、その人の孤独とつながることがある。その瞬間、小説はようやく小説になる。だから、自分のためだけでもないし、読者のためだけでもない。その間にあるトンネルみたいな場所で書いている感覚があります。

上橋菜穂子
私は物語の世界に入っていくとき、まずその世界の人たちに会いにいく感覚があります。彼らがどう生き、何を恐れ、何を守ろうとしているのか。そこが見えてこないと書けません。
そして書いているうちに、読者の方にも、その世界を“体験”してほしいと思うんです。正しさを押しつけたいのではなく、人が別の立場で生きるとはどういうことかを、一度、身体ごと感じてもらいたい。その体験が、現実の誰かを見る目を少し変えることがある。私はその瞬間を信じています。

司馬遼太郎
私の場合、人間の営みを、少し長い時間の流れの中で見てみたいという気持ちが強いんです。ひとりの人間の決断が、時代にどう押され、どう逆らい、どう形を残していくのか。
人は自分の時代だけを見ていると、どうしても息苦しくなる。だが、昔にも同じように迷い、負け、立ち上がった人間がいたと知ると、少し呼吸ができる。書くというのは、その呼吸の通り道を作ることでもあるでしょう。

阿川佐和子
呼吸の通り道。いいですねえ。今日は名言が飛び交いますね。

芥川龍之介
しかし、読者のために書く、という表現には、多少の危うさもあります。読者を意識しすぎると、迎合になりかねない。書き手は、結局は自分の美意識に従うほかない。
ただ、その美意識が閉じた自己満足で終わるなら、それもまたつまらない。難しいところです。書く者は、自分に忠実でありつつ、自分だけの檻に入ってはならない。

又吉直樹
このへん、書く人はずっと揺れますよね。自分のためなのか、人に届かせたいのか。

4. 書く衝動は、苦しみから来るのか

太宰治
来るでしょうね。少なくとも私はそうです。幸福な人間が書けぬとは言いませんが、平穏だけで文学はなかなか生まれない。何かがずれている。何かを失っている。何かを恐れている。そういう裂け目から、言葉は出てくるのだと思います。
ただ、苦しみそのものを出せばいいわけではない。苦しみは、生のままだと案外読めたものではないんです。少し形にし、少し距離をとり、そこへことばの身なりを着せる。その手間がいる。

夏目漱石
まことにその通りでしょう。苦しみは原料であって、作品そのものではない。自分が苦しんだから偉いなどという理屈はない。むしろ苦しみをどれだけ見つめ、どれだけ言葉に耐えさせるか。そこに書き手の仕事がある。
私は、自己を掘るということは、同時に人間一般へ近づくことだと思っています。自分ひとりの悩みを書いたつもりが、いつしか他人の心にも触れている。そういうことがある。

宮沢賢治
苦しみは、たしかに出発点になることがあります。でも私は、苦しみで終わってはいけないと思うのです。読んだ人が、最後にほんの少しでも、空を見上げたくなるようなものがいい。ひどい雨の中でも、その向こうに何かあると思えるようなものがいい。
書くのは、絶望の報告だけではなく、そこからなお願うためでもあるでしょう。

有川ひろ
そこは本当に大事だと思います。しんどい現実を書くにしても、読み終わったあとに読者の手を放しっぱなしにしたくないんですよね。傷は傷として書く。でも、置いていかない。私はそこにかなりこだわります。

東野圭吾
僕は、書く動機が苦しみだけとは思っていません。むしろ“気になる”から書くことも多いです。「この状況で人は何をするのか」「この秘密を抱えた人間はどう崩れるのか」。そういう興味が強い。
ただ、そこを深く掘っていくと、結局は人の痛みに触れることになる。だから、スタートは好奇心でも、途中からかなり苦い場所に入っていくことはありますね。

5. では、もし書かなくていい人生があったとしても、やはり書くのか

阿川佐和子
ここで少し意地悪な質問をしたいんですけど、もし人生の中で、書かなくてもちゃんと生きていける道があったとしたら、それでもみなさん書きましたか。

星新一
私は書いたでしょうね。現実をそのまま受け取るのが、少し退屈なんです。いじりたくなる。裏返したくなる。そういう性分は職業とは別ですから。

司馬遼太郎
私も書いたでしょう。人間と歴史への興味は、簡単には消えません。知りたい、見たい、たしかめたい。その欲がある限り、形はどうあれ言葉にしたと思います。

村上春樹
たぶん僕も書いたと思います。書くことが、生活の一部というより、身体の一部みたいになっているので。うまく言えないけれど、書かないと何かが流れなくなる感じがあるんです。

上橋菜穂子
私もです。物語という形でしか近づけない問いがあるんです。研究や説明では届かないものがある。その人の内側から世界を見るには、やはり物語がいる。

太宰治
私は……どうでしょうね。別の人生があれば、もう少し器用に生きられたかもしれません。だが、その器用な人生で、私は私だったでしょうか。おそらく、書かぬ私は、たいへん退屈な男だったろうと思います。

芥川龍之介
退屈どころか、危険かもしれませんよ。

太宰治
それは先生も同類でしょう。

阿川佐和子
あら、ちょっと今、名コンビみたいになりましたね。

夏目漱石
書かない人生があったとしても、人間観察まではやめられますまい。そうすると結局、頭の中で文章のようなものが始まる。ならば、書くのでしょうな。

宮沢賢治
ええ。きっと書きます。誰かが寒そうにしていたら、やはり何かしたくなりますから。

有川ひろ
私も書きますね。好きなんです、人が。面倒で、かわいくて、不器用で。そういう人たちを見てると、やっぱり物語にしたくなる。

東野圭吾
結局みんな、逃げられないんですね。

又吉直樹
今の一言、番組の答えかもしれないですね。
「書く人は、書くことから逃げられない」。

6. 司会まとめ

阿川佐和子
今日は最初のテーマだけで、もうずいぶん豊かな話になりましたね。
書くのは、苦しいからでもあるし、知りたいからでもあるし、誰かに渡したいからでもある。そして何より、自分の中にある違和感や問いを、そのままにはしておけないからだと。そんなふうに聞こえました。

又吉直樹
同じ“書く”でも、

  • 自分の始末をつけるため
  • 人間を疑いぬくため
  • 誰かの胸に小さな灯をともすため
  • 世界を少しずらして見せるため
  • 歴史や孤独の中に呼吸の道をつくるため
    それぞれ全然ちがうんですよね。
    でも、どの言葉にも共通していたのは、人間を見つめることから逃げないという姿勢だった気がします。

阿川佐和子
次のテーマでは、その“見つめた人間の弱さ”にもっと入っていきたいですね。
ではこの続きは、**テーマ2「孤独、不安、弱さを人はどう生きるのか」**でたっぷりうかがいましょう。

2. 孤独、不安、弱さを人はどう生きるのか

孤独、不安、弱さを人はどう生きるのか

阿川佐和子
さて、ここからはぐっと人の心の中に入っていきます。
今日集まってくださっている作家のみなさんは、華やかな成功や希望だけではなくて、人がひとりで抱える不安や、誰にも見せられない弱さもずいぶん描いてこられました。
「孤独、不安、弱さを人はどう生きるのか」。これはたぶん、今を生きる人にもかなり切実なテーマですよね。

又吉直樹
そうですね。孤独って、昔より減ったわけじゃなくて、むしろ見えにくくなっただけかもしれないです。つながっているようで、実は誰にも届いていない感じとか。
今日は、孤独をなくす方法というより、孤独を抱えたまま人はどう生きられるのか、そこを聞けたらと思います。
では、太宰さんからうかがってもいいですか。

1. 孤独は、人を壊すのか、それとも人を深くするのか

太宰治
孤独は、ずいぶん人を壊しますね。美しいものではありません。
ひとりでいることが高尚だとか、孤独の中で人は磨かれるとか、そういう言い方は、少し立派すぎる気がするのです。現実の孤独は、もっとみじめで、もっと情けない。誰かにわかってほしいのに、それを言った瞬間に軽蔑されるのではないかと怖れる。その行ったり来たりです。
ただ、そのみじめさを知った人間は、他人の傷にも少し敏くなる。そこだけは、孤独の中で得るものかもしれません。

阿川佐和子
太宰さんは、孤独を美化しませんね。

太宰治
美化したら嘘になるでしょう。孤独は寒いんです。

夏目漱石
寒い、というのはたしかにそうでしょう。人間は、結局ひとりで考え、ひとりで苦しむしかないところがある。そこから逃れることはできない。
しかし私は、孤独はただの不幸ではないとも思います。人とベタベタしておれば安心かといえば、そうでもない。むしろ群れの中で自分を失うこともある。孤独はつらいが、自分の頭で考えるための空間でもある。
要は、その孤独に押し潰されるか、そこから自分を作るかでしょうな。

又吉直樹
孤独をなくすというより、孤独の中で自分をどう保つか、という感じですね。

村上春樹
僕は、孤独って完全にはなくならないと思ってるんです。人はどれだけ親しい相手がいても、最後のところではひとりですから。
でも、そのひとりであることが、即、不幸とは限らない。静かな孤独もあるし、自分の輪郭を保つために必要な孤独もある。問題は、孤独が閉じた部屋になってしまうときです。窓もドアもなくなってしまうと、人はかなり苦しい。
小説を読むことや音楽を聴くことって、その部屋に小さな窓を開ける行為に近いのかもしれません。

阿川佐和子
ああ、窓。いいですねえ。全部救われなくても、空気が入るだけで違いますものね。

2. 不安は消すものか、連れて歩くものか

芥川龍之介
不安は、そう簡単に消えるものではないでしょう。むしろ、消そうと焦るほど濃くなる。
人間は明日が見えぬから不安になる。自分の中に何が潜んでいるか見えぬから不安になる。他人の心が見えぬから不安になる。その見えなさは、人間である以上、なくならない。
ならば、不安のない状態を夢見るより、不安を持ったまま、どれだけ知的に生きるかを考えたほうがよい。感情に呑まれず、自分の不安を観察する。その距離が、ひとつの救いになることはあるでしょう。

又吉直樹
不安を観察する、というのは、かなり芥川さんらしいですね。

有川ひろ
私はそこまで冷静じゃなくて、不安ってやっぱり誰かと分けると軽くなるものだと思うんです。もちろん全部は消えないです。でも、「私だけじゃないんだ」と思えるだけで、ずいぶん違う。
人って強い言葉に励まされることもあるけど、本当にしんどいときって、「大丈夫」より「わかるよ」のほうが効くことがあるじゃないですか。私はそういう感じを、物語の中でも大事にしたいんです。

上橋菜穂子
わかります。人は不安そのものより、不安を抱えている自分がひとりぼっちだと思うときに、深く傷つくのかもしれません。
物語の中でも、登場人物が苦しみから抜けるきっかけは、誰かが全部解決してくれることではなくて、自分の痛みを誰かに見てもらえることだったりします。見てもらえた、受け止めてもらえた、その経験が次の一歩になる。
不安は消えなくても、抱え方は変わるんです。

宮沢賢治
ええ、本当にそうですね。
つらいとき、人は何か大きな答えを求めるようでいて、実はとても小さなぬくもりに助けられることがあります。ひとこと、あたたかい声をかけられること。自分の苦しみが、どこかで誰かにつながっていると思えること。
人は、完全に強くならなくても生きていけるのだと思います。少し支え合えれば、それで前へ進めることがある。

3. 弱さを見せることは、恥なのか

阿川佐和子
ここ、かなり聞きたいです。
弱さを見せるのって、多くの人が苦手ですよね。見せた瞬間に負けるような気がしたり、軽く扱われそうだったり。作家のみなさんは、この“弱さを見せること”をどう思われますか。

司馬遼太郎
男でも女でも、人は往々にして、自分を立派に見せたがるものです。歴史上の人物もそうですよ。弱さを隠し、強さを演じる。しかし、その演技が過ぎると、人間は硬くなり、ついには壊れる。
私は、弱さを認めることは敗北ではないと思います。むしろ、自分の力量や限界を知ることが、成熟の始まりでしょう。自分を知らぬ者は、結局、他人も時代も見誤る。

東野圭吾
現実には、弱さを見せる相手は選んだほうがいいとも思いますけどね。誰にでも何でも打ち明ければいい、という話ではない。世の中そんなにやさしくないですし。
でも、ずっと隠し続けるのもきつい。ミステリーを書いていると、人が何かを隠し続けた結果、どんどん追い詰められていく場面をよく考えるんです。秘密って、持ってるだけで人を消耗させる。
だから、信頼できる相手に少しだけでも出せるかどうかは、かなり大きいと思います。

太宰治
私は、弱さを見せるのは恥だと思っておりますよ。
いや、正確に言えば、恥だと感じてしまう。だから苦しいのです。本当は助けてほしいのに、助けを求める姿を見られるのが恥ずかしい。人間は厄介ですね。
しかし、その恥を抱えたままでも、誰かに向かって手をのばすしかない時がある。そのみっともなさまで含めて、人間なのではないでしょうか。

又吉直樹
今の太宰さんの話、かなり刺さる人が多い気がします。弱さを見せるのが正しいと頭ではわかっていても、実際は恥ずかしいんですよね。

夏目漱石
恥を感じるのは、自意識があるからです。自意識そのものが悪いわけではない。ただ、自意識が過剰になると、人は他人の目の中に閉じ込められる。
弱さを見せることよりも、弱さを持っている自分を自分でどう扱うか、そのほうが先かもしれませんな。自分で自分を侮っておれば、他人の視線にひどく振り回される。

4. 人は、誰かに救われるのか。それとも自分で立ち上がるのか

阿川佐和子
これも難しいですね。人は結局、自分で立ち上がるしかないのか。それとも、やっぱり誰かが必要なのか。

上橋菜穂子
私は両方だと思います。
誰かが代わりに生きてくれることはありません。最後の一歩は、自分で踏み出すしかない。けれど、その一歩を踏み出せるかどうかは、誰かとの関わりで変わることがある。
人は一人で立ち上がるように見えて、実は見えないところで、たくさんの手に支えられている。私はそういう姿を何度も書きたいと思ってきました。

宮沢賢治
ええ。自分で歩くしかない。でも、道ばたに灯りがあるだけで、人は歩きやすくなります。
私は、人を救うという言い方は少し大きすぎる気がします。そんなに立派なことではなくてよいのです。少し寒さをやわらげるとか、少し暗さを薄くするとか、その程度でいい。
その小さな助けが積み重なって、人はまた歩き出せるのだと思います。

星新一
私は、完全な救済には少し懐疑的です。人はまた別の不安を見つけるでしょうし、社会は新しい窮屈さを作るでしょう。
でも、だからこそ面白いとも言えます。完璧に救われないからこそ、人は工夫するし、笑うし、妙な発明もする。人間の弱さというのは、欠陥であると同時に、物語の源でもありますからね。

村上春樹
僕も、誰かが全部救うという感じではないと思います。
ただ、人は孤独な存在だけれど、完全に孤立した存在ではない。たまたま出会った一冊の本とか、誰かの何気ない一言とか、音楽とか、風景とか、そういうものがその人を少し先まで運ぶことがある。
救いって、大げさな出来事じゃなくて、日常の中に紛れている小さな接続なのかもしれません。

5. 今を生きる人へ、孤独や不安の中で伝えたいこと

又吉直樹
では最後に、今、孤独や不安や、自分の弱さにかなりしんどさを感じている人へ、一言ずついただけたらうれしいです。
立派な答えじゃなくて、それぞれの実感で。

有川ひろ
ひとりで全部うまくやらなくて大丈夫です。
今日ちゃんとできなかったことがあっても、それで人として終わるわけじゃない。しんどい日は、しんどいって思っていい。助けてもらえる相手がいるなら、少しでいいから言葉にしてほしいです。

東野圭吾
悩んでいるときって、自分の見ている世界が全部だと思いがちです。でも、視点をひとつ変えるだけで、出口が見えることもある。
行き詰まったら、考え続けるだけじゃなくて、環境を変えるのも手です。場所を変える、人を変える、順番を変える。意外とそれで動くことがあります。

司馬遼太郎
人は、今の苦しみを永遠のものと思いがちです。だが時代も心も、案外、流れていく。
自分の今日だけで人生を決めぬことです。少し長い時間で眺めると、いまの痛みもまた別の表情を見せるかもしれません。

芥川龍之介
苦しみの最中にいるとき、自分の心をそのまま信じすぎないことです。
人の感情は、しばしば誇張する。絶望が事実の全体とは限らない。できるなら、少し離れて、自分の心を観察してみる。知性は、完全な救いではなくても、足場にはなります。

太宰治
生きるのが下手でも、いいではありませんか。
世の中には、器用に笑っている人が多すぎる。こちらはそうはいかない。だが、不器用な人間には不器用な人間の誠実さがある。格好よくなくていいから、今日をなんとかやり過ごしていただきたい。

宮沢賢治
どうか、あなたの苦しみを、あなただけのものと思わないでください。
どこかに、似た寒さを知っている人がいます。今すぐ会えなくても、きっといます。夜が長い日もありますが、空はいつか明るくなります。

村上春樹
すぐに答えを出さなくてもいいと思います。
つらいときは、答えを探すより、まず今日を壊さないことのほうが大事なこともある。ちゃんと眠るとか、少し歩くとか、そういうことでいい。人は案外、小さな習慣に助けられます。

上橋菜穂子
弱さは、その人の価値を下げるものではありません。
痛みを知っている人は、他者の痛みにも近づける。いま苦しい経験が、あとで誰かを理解する力になることもあります。どうか、自分を粗末に見ないでほしいです。

星新一
追い詰められているときほど、自分の頭の中の物語は暗くなりがちです。
でも、その物語、案外、脚色が強すぎるかもしれません。少しだけ疑ってみることです。世界は思ったより妙で、思ったより単純で、思ったより捨てたものでもありません。

夏目漱石
人間は、苦しみを避けてばかりでは、結局、己を持てぬようになります。
ただし、苦しみを無理に礼賛する必要もない。肝心なのは、苦しみの中で自分を見失わぬことです。焦らず、安っぽい慰めに飛びつかず、少しずつ己の足場を作るほかありますまい。

6. 司会まとめ

阿川佐和子
今日は、孤独って悪者ひとつではないけれど、やっぱり寒いし、痛いし、きれいごとでは済まない、という話がたくさん出ましたね。
その中で印象に残ったのは、人は完全に強くならなくてもいい ということでした。弱さがあるままでも、誰かにつながったり、小さな窓を開けたりしながら、生きていけるんだなあと。

又吉直樹
孤独を消す話ではなくて、孤独の中でどう呼吸するか、という時間だった気がします。
不安はなくならない。弱さも消えない。けれど、

  • 誰かに少し分ける
  • 自分を観察する
  • 小さな習慣を守る
  • 他人のやさしさを受け取る
    そういうやり方で、人は何とか前に進めるのかもしれないですね。

阿川佐和子
次は、また少し景色を広げて、
テーマ3「物語は人を変えられるのか」
に入っていきたいと思います。
小説や物語は、ただ面白いだけなのか、それとも人生に何かを起こすのか。そこをたっぷり聞いていきましょう。

3. 物語は人を変えられるのか

物語は人を変えられるのか

阿川佐和子
ここからは、作家のみなさんにとってはまさに真ん中の問いですね。
本や物語を読んで、人生が変わったと言う人がいます。一方で、いやいや、本を一冊読んだぐらいで人間なんてそう簡単に変わらないでしょう、という見方もあります。
今日はそのあたりを、きれいごと抜きで聞いてみたいんです。
物語は人を変えられるのか。

又吉直樹
これ、たぶん「変える」の意味もいろいろありますよね。
生き方をがらっと変えるのか、ものの見え方を少しずらすのか、心の中に残って何年か後に効いてくるのか。今日はそのへんも含めてうかがえたらと思います。
では、司馬さんからお願いしてもいいですか。

1. 物語は人生を変えるのか。それとも見え方を変えるだけなのか

司馬遼太郎
人間は、そう簡単には変わりません。
一冊読んだだけで人格が一変する、などということはめったにないでしょう。けれど、見え方は変わる。そこが大事なのです。
たとえば、歴史小説を読むことで、昔の人間もまた迷い、恐れ、失敗しながら生きていたとわかる。そうすると、今の自分の苦しみだけが特別ではないと思える。視野がひとまわり広くなる。それだけで、人は少し息がしやすくなるものです。
私は、それでも十分に“変わる”と言ってよいと思います。

阿川佐和子
なるほど。性格を入れ替えるような変化じゃなくても、見える景色が変われば、その人の生き方も少し変わる。

上橋菜穂子
私は、物語は人の内側に“もう一つの身体感覚”を作ることがあると思っています。
自分ではない誰かとして世界を見る。違う立場、違う文化、違う痛み、違う恐れを、一度その人の内側から体験してみる。そうすると、現実の中で会う誰かに対しても、以前より簡単に決めつけなくなることがあるんです。
考え方だけではなく、感じ方が変わる。それはかなり大きな変化だと思います。

又吉直樹
“知識”が増えるというより、“感じ方の幅”が広がる感じですね。

村上春樹
そうですね。
僕は、小説って読者の心の中に地下水みたいに染みていくものだと思うんです。読んですぐ何かが変わることもあるけれど、多くはもっとゆっくり効く。何年か後に、ふとしたときに出てくる。
そのとき、本人は「この小説に変えられた」とは思わないかもしれない。でも、ものの受け取り方や孤独との付き合い方に、少し違う回路ができていることがある。物語って、そういう静かな変化のほうが多い気がします。

2. 物語は、答えを与えるのか。それとも問いを残すのか

芥川龍之介
私は、物語が答えを与えるとはあまり思いません。
むしろ、安易な答えを疑わせるところに価値がある。人間はこういうものだ、と簡単に言ってしまうと、そこで思考が止まる。しかし、ひとつの出来事に複数の見え方があり、善悪が一枚で割り切れぬと示されたとき、人は考え続けざるを得ない。
物語は、問うことをやめさせない装置であるべきでしょう。

夏目漱石
私も近い考えです。
人間はしばしば、すぐ役に立つ教訓を欲しがる。だが、文学のよさは、そういう即席の答えではない。むしろ、読んだあとで自分に問いが残ることのほうが大切です。
“自分ならどうするか”“自分は本当にこの人を理解していたか”と、読み終えたあとに心の中で続いていく。それが文学の働きでしょうな。

有川ひろ
私は少し違って、問いを残すことは大事だけど、読者に何も渡さないまま終わるのはしたくないんです。
全部きれいに答えを出すわけじゃない。でも、読んだ人が「この人たちはこうやって前に進んだんだな」と感じられるものは置いておきたい。
読者って、ただ難しいことを考えたいだけじゃなくて、しんどい日を越える力もほしいと思うんですよ。私はその両方がある物語が好きです。

阿川佐和子
ああ、それはすごくわかります。問いだけでも物足りないし、答えだけでも浅くなりそうですものね。

東野圭吾
僕は、読者に“先が気になる”と思わせることをまず重視しますけど、その先に何を残すかも大事です。
ミステリーって謎が解ければ終わり、と思われがちなんですが、本当に残る作品って、解決したあとに別の感情が残るんですよね。「この人は本当にこれでよかったのか」とか、「真実って何なんだろう」とか。
だから、答えは出す。でも、全部を閉じない。その余韻が物語を長く生かすんだと思います。

3. 人はなぜ、自分とは違う人生を読みたがるのか

阿川佐和子
これも不思議なんですよね。
自分の人生だけで精一杯のはずなのに、人はどうして、わざわざ他人の人生や架空の世界を読みたがるんでしょう。

宮沢賢治
人は、自分ひとりの心だけでは息苦しくなるからではないでしょうか。
見えるもの、触れるもの、知っていることだけで世界が閉じてしまうと、魂まで狭くなってしまう。物語は、その壁を少し開いてくれます。遠い町、遠い時代、見たことのない風景、会ったことのない人、そのどれもが、読む人の心に新しい風を入れてくれる。
それは逃避ではなく、心が広くなることだと思います。

星新一
私は、人間は“別の可能性”を見るのが好きなんだと思います。
この世が今こうなっているのは、たまたまかもしれない。少し条件が違えば、ずいぶん違う世界になっていたかもしれない。その“かもしれない”を味わうのが物語の楽しさです。
現実だけ見ていると、人はすぐ「これが普通だ」と思い込む。物語は、その普通を揺らします。そこに解放感があるんでしょうね。

上橋菜穂子
他者の人生を読むことは、他者を“理解した気になること”ではなくて、理解しきれないものがあると知ることでもあると思います。
人は違う。その違いを怖がることもできるし、面白がることもできる。物語は、その違いの中へ安全に入っていける場所なんです。
読者はそこで、異質なものに触れながら、自分の感情の動きも知っていく。読書って、他者を知る時間であると同時に、自分を知る時間でもあります。

又吉直樹
自分から離れるようでいて、結局は自分に戻ってくるんですね。

4. 物語は、傷ついた人を助けられるのか

又吉直樹
ここはかなり聞きたいところです。
つらいとき、本に救われたという人は多いです。ただ、本が現実を解決するわけではない。では、物語はどこまで人を助けられるのか。

太宰治
救う、という言葉は少々大きいですね。
本一冊で人が生き返るなどと申せば、いささか芝居がかる。けれど、読んでいるあいだだけは、自分ひとりではないと思えることがある。自分の情けなさや恥ずかしさが、この世に自分だけのものではないと知る。その瞬間に、少しだけ呼吸が楽になる。
それで十分ではありませんか。人間、明日まで持てばよい日もあるのです。

阿川佐和子
太宰さんのその言い方、なんだかとても現実的ですね。

有川ひろ
私はかなり助けられると思っています。
もちろん、本だけで仕事の悩みが消えるとか、人間関係が一気によくなるとか、そういうことではないです。でも、心が固まってしまっているときに、物語が少し泣かせてくれたり、笑わせてくれたり、誰かの優しさを思い出させてくれたりする。
その“少しほぐれる”って、実際かなり大きいんです。人って、固まったままだと前に進めないですから。

村上春樹
僕もそう思います。
小説は、読者の孤独を消すわけではない。でも、その孤独の形を少し変えることはできるかもしれない。言葉にならなかった気分に形が与えられると、人は少し落ち着くんです。
“ああ、自分が感じていたのはこれだったのか”とわかるだけで、混乱が少し整理される。その静かな整理が、傷ついた人には役に立つことがあると思います。

宮沢賢治
ええ。
私は、人は完全に癒えなくても、少しあたたまるだけで生きられることがあると思います。物語はその“少し”になれるかもしれません。大きな奇跡ではなくて、冷えた手をしばらく包むようなものです。
もし一人でも、読んだあとで少しだけ夜がやわらいだなら、その物語には意味があったのでしょう。

5. 今の時代、どんな物語が必要なのか

阿川佐和子
では最後に、今の時代にいちばん必要な物語って何だと思われますか。
やさしい物語なのか、厳しい物語なのか、現実を忘れさせる物語なのか、それとも現実を見直させる物語なのか。

東野圭吾
今は情報が多すぎるので、表面だけで人を判断しない物語が必要だと思います。
“悪い人”“いい人”で簡単に片づけられない事情がある。誰かの行動の裏には、その人なりの理由や傷がある。そういう複雑さを丁寧に描く物語は、今の時代ほど意味があるんじゃないでしょうか。

司馬遼太郎
私は、少し長い時間を感じさせる物語が必要だと思います。
今は人も社会も、目先の感情に引っぱられすぎる。だが、歴史の中で見れば、目の前の勝ち負けだけがすべてではない。何が残り、何が失われるかは、もっと長い時間でしか見えぬことがあります。
そういう時間感覚を取り戻させる物語には、今、価値があるでしょう。

上橋菜穂子
私は、違う立場の人間が、それでも共に生きる道を探る物語が必要だと思います。
今は、違いがあるだけで分断されやすい。価値観が違う、文化が違う、世代が違う、そのたびに線を引いてしまう。でも、現実には違う者どうしが同じ世界を生きるしかないんです。
物語は、その難しさを簡単にせずに、それでも相手の内側を感じる練習をさせてくれる。そこに希望があると思います。

星新一
私は、当たり前を疑う物語が要ると思います。
便利になった、効率がよくなった、正しい答えがすぐ出る、そういうことが増えるほど、人は考えるのをやめがちです。物語は“それ、本当にそうですか”と横からつつく役を持てる。
少し不穏で、少し可笑しくて、あとでじわじわ来る。そういう物語は、今でも役に立つはずです。

夏目漱石
私は、人間の内面を軽んじぬ物語が必要だと思います。
世の中がどれほど騒がしくなっても、人間の苦しみや自意識や孤独は、そう簡単に古びぬ。外の変化に気を取られすぎると、己の心を見失う。
人間の内面をじっと見つめる物語は、今も昔も要るでしょうな。

太宰治
私は、立派すぎない物語がよいと思います。
皆が元気で前向きで、失敗を糧に成長して、という話ばかりでは息が詰まる。情けない人間、不器用な人間、うまく立ち直れない人間、それでも今日を生きている人間を、きちんと描いてほしい。
そういう話に、救われる人は案外多いのではないでしょうか。

6. 司会まとめ

阿川佐和子
今日は、物語は人を“劇的に改造する魔法”ではないけれど、見え方や感じ方や呼吸の仕方を変える力がある、というお話がたくさん出ましたね。
すぐに役立つ答えをくれることもあれば、あとになってじわじわ効いてくることもある。そこが物語のおもしろさなのかもしれません。

又吉直樹
印象に残ったのは、物語って“他人になる練習”でもあり、“自分を知る時間”でもあるってことでした。
違う立場を体験したり、自分の気持ちに名前がついたり、正しさを疑ったり、世界の見え方が少し変わったりする。そういう小さな変化の積み重ねが、結果としてその人の生き方に触れていくのかもしれないですね。

阿川佐和子
次は、もっと今を生きる人に近い形で、
テーマ4「いまの時代の日本人に、いちばん必要な言葉は何か」
に入っていきたいと思います。
励まし、節度、想像力、勇気、やさしさ。いろんな言葉がありそうですけれど、作家のみなさんは何を選ばれるのか、じっくり聞いていきましょう。

4. いまの時代の日本人に、いちばん必要な言葉は何か

いまの時代の日本人に、いちばん必要な言葉は何か

阿川佐和子
ここからは、ずいぶん今の私たちに近い問いになります。
昔より便利になって、情報も増えて、つながりも増えたはずなのに、どこか息苦しい。急がされるような感じもあるし、比べられている感じもあるし、自分の言葉を持ちにくくなっている気もします。
そんな時代に、日本人にいちばん必要な言葉は何だと思いますか。今日はそこをうかがいたいです。

又吉直樹
たくさん候補がありますよね。
やさしさ、勇気、節度、想像力、希望、誠実さ、余白。どれも大事そうです。
でも、その中で「あえて一つ選ぶなら何か」。そこに、その作家の人間観が出そうです。
では、賢治さんからお願いしてもいいですか。

1. いま必要なのは、やさしさか、それとも強さか

宮沢賢治
私は、やはり やさしさ だと思います。
ただ、やわらかい気分のことではありません。ほんとうのやさしさというのは、相手の痛みを想像しようとする力です。急いで裁かず、すぐに切り捨てず、見えない苦しみがあるかもしれないと思う力です。
今は、人を早く判断しすぎる時代かもしれません。役に立つか立たないか、正しいか間違っているか、強いか弱いか、そういう分け方が多すぎる。
でも、人はそんなに簡単ではありません。だからこそ、やさしさが要るのだと思います。

阿川佐和子
やさしさって、甘さとは違うんですよね。相手を雑に扱わない力という感じがします。

司馬遼太郎
私は 節度 を挙げたい。
近ごろは感情がむき出しになりすぎることが多い。怒るにも褒めるにも、すぐ過剰になる。だが、人間社会というのは、少し抑えることで保たれている部分があるのです。
節度というと地味ですが、じつは文明の骨格でしょう。自分の正しさをそのまま振り回さぬこと、相手に余地を残すこと、その慎みがないと社会は荒れていく。今の日本には、この静かな力がかなり必要だと思います。

又吉直樹
節度って、たしかに今は軽く見られやすい言葉かもしれないですね。でも、ないとすぐ壊れる。

太宰治
私は 誠実さ と申したい。
立派さではありません。むしろ逆で、自分の弱さやずるさを知ったうえで、できるだけ嘘をつかぬことです。今は、人に見せる顔ばかりが増えすぎて、本音も本心もわからなくなりやすい。皆、少々うまくやりすぎる。
けれど、本当に人を救うのは、飾った言葉ではなく、少し不器用でも誠実な言葉ではないでしょうか。

2. 競争に疲れた社会に必要なのは、励ましか、それとも余白か

有川ひろ
私は 余白 だと思います。
みんな、頑張りすぎなんですよね。ちゃんとしなきゃ、失敗しちゃいけない、遅れちゃいけない、空気を読まなきゃ、結果を出さなきゃ、って。
でも、ずっと張りつめたままだと、人は優しくもなれないし、考える力もなくなります。少し休んでいい、少し遅くていい、今日はこれで十分、そう思える余白がいる。
余白って怠けることじゃなくて、人間らしさを保つための空間だと思うんです。

村上春樹
僕も近い感覚があります。
僕が挙げるなら 静けさ かもしれません。今は、外から入ってくるものが多すぎるんです。情報も評価も意見も多くて、自分の本当の感覚がわからなくなりやすい。
人がちゃんと生きるには、自分の内側の声が聞こえる時間が必要なんですよね。走り続けることより、少し立ち止まって、自分が何に疲れていて、何を求めているのかを感じる時間。
その静けさがないと、人は自分の人生を生きにくくなる気がします。

阿川佐和子
ああ、静けさ。たしかに今、すごく不足している感じがしますね。

夏目漱石
私は 自分を持つこと が大事だと思いますな。
人は世間に揉まれているうちに、何を欲しているのか、何を恥じるべきか、何を守るべきかまで、他人まかせになりやすい。だが、それでは苦しいばかりで、芯ができない。
人に合わせることも必要でしょう。しかし、それだけでは空虚になります。今の日本人に必要なのは、世間を見つつも、世間に呑まれぬ心でしょうな。
一語で言うなら、自立 かもしれません。

又吉直樹
漱石先生の言う自立って、何でも一人でやることじゃなくて、心の軸を持つことに近い感じがしますね。

夏目漱石
ええ。その通りです。孤立ではありません。

3. 分断が強まる時代に必要なのは、正しさか、それとも想像力か

上橋菜穂子
私は迷わず 想像力 と言います。
違う立場の人を理解するのは簡単ではありません。価値観も事情も背景も違う。けれど、想像することをやめた瞬間に、人は相手をただの記号にしてしまうんです。
あの人たち、こういう人たち、という言い方でまとめてしまう。そこから、冷たさや分断が始まる。
想像力は、相手に賛成することではありません。相手にもその人なりの内側があると認めることです。今、それがかなり大事だと思います。

芥川龍之介
私も想像力に近いのですが、もう少し冷たい言葉で言えば 懐疑 でしょう。
人は、自分の見ているものが真実の全体だと思いすぎる。だが、そうではない。自分の正義、自分の怒り、自分の感動、そのどれも、見る位置が違えば別の顔を見せる。
ですから、今の時代には、自分の確信を一度疑う力が要る。想像力が他者へ向かう力なら、懐疑は自分へ向かう知性です。この二つは近いものかもしれません。

東野圭吾
僕は 複雑さを受け入れること だと思います。
今は、何でもわかりやすく整理したがるでしょう。あの人が悪い、この人が正しい、これが成功、これが失敗、って。
でも、現実ってそんなに単純じゃない。人間は矛盾してるし、いい面と嫌な面を両方持ってる。そこを受け入れられないと、すぐに断罪か諦めになる。
だから今必要なのは、白黒つけすぎない感覚じゃないですかね。

阿川佐和子
みなさん、違う言葉を使っているようで、どこかつながっていますね。決めつけないこと、雑に切らないこと。

4. 若い人にいま手渡したい言葉は何か

又吉直樹
ここで少し絞って、若い人に渡すならどんな言葉か、うかがいたいです。
急がされるし、比べられるし、失敗も目立ちやすい時代ですから。

星新一
私は 疑ってみること を勧めたいですね。
皆が言っているから正しい、たくさん見られているから価値がある、効率がいいから素晴らしい、そういうものを、すぐ信じないことです。
少し横から見るだけで、世界はずいぶん違って見えます。若い人には、そのずれを面白がってほしい。まっすぐ従順なだけでは、社会の妙なところに気づけませんから。

有川ひろ
私は 自分を嫌いすぎないで と伝えたいです。
若いころって、できないことばかり目につくし、人と比べて落ち込みやすいじゃないですか。でも、未完成なのは当たり前なんですよね。むしろ未完成じゃないと伸びない。
今日ちゃんとできなかったからって、自分がダメな人間だって決めなくていい。そこを間違えると、必要以上に苦しくなってしまうから。

宮沢賢治
私は あなたの痛みを粗末にしないでください と言いたいです。
今は、つらくても笑って見せたり、平気な顔をしたりしがちかもしれません。けれど、痛みをなかったことにすると、心が固くなります。
自分の痛みを大切にできる人は、他人の痛みにも近づける。そこからほんとうのやさしさが生まれるのだと思います。

村上春樹
僕なら 急がなくていい と言うかもしれません。
若いころは、とにかく早く結果を出さなきゃと思いやすい。でも、人にはそれぞれのテンポがあるんです。早く見つかるものもあるし、時間をかけないと見えてこないものもある。
自分のテンポを守るのって、簡単そうでかなり難しい。でも、それができると長く生きやすくなる気がします。

5. 日本人全体に、たった一つだけ言葉を残すなら

阿川佐和子
では最後に、かなり難しいですけれど、今の日本人全体に一つだけ言葉を残すとしたら何にしますか。短くてもかまいません。

司馬遼太郎
驕るな。だが縮むな。
自信過剰にも卑屈にもならず、自分たちの歩幅で社会を作ることです。

夏目漱石
己を失うな。
忙しさの中でも、世間の騒ぎの中でも、それだけは守るべきでしょう。

太宰治
うまくやれぬ日にも、嘘だけはあまり増やさぬことです。
それだけでも、人間は少し保てるのではないでしょうか。

芥川龍之介
確信しすぎるな。
その一言で足りる気がします。

宮沢賢治
ほんとうに寒い人を忘れないでください。
社会の温度は、そこに出ると思います。

東野圭吾
見えているものだけで、人を決めるな。
その裏側に、だいたい何かありますから。

村上春樹
静かな時間を持ってください。
自分を保つには、それが要ると思います。

星新一
当たり前を、そのまま飲みこまないこと。
少し疑うだけで、ずいぶん違います。

有川ひろ
ちゃんと休んでください。
疲れた人は、自分にも他人にも厳しくなりやすいから。

上橋菜穂子
違う人を、すぐ敵にしないでください。
それだけで、世界はかなり変わるはずです。

6. 司会まとめ

又吉直樹
今日は、言葉を選ぶ回というより、今の時代の空気を見つめる回だった気がしますね。
出てきたのは、やさしさ、節度、誠実さ、余白、静けさ、自立、想像力、懐疑。どれも派手じゃないけれど、人が壊れずに生きるために要る言葉ばかりでした。

阿川佐和子
本当にそうですね。
強くなれ、勝て、早くしろ、目立て、という言葉は世の中にあふれていますけれど、今日みなさんから出てきたのは、むしろ
急ぎすぎないこと、決めつけないこと、雑に扱わないこと、自分を失わないこと
でした。
こういう言葉こそ、今はじわじわ必要なのかもしれません。

又吉直樹
次はいよいよ最後のテーマです。
テーマ5「もし今から一作だけ、未来の読者のために書くなら何を書くか」
作家のみなさんが、最後に何を未来へ手渡したいのか。かなり深い時間になりそうです。

阿川佐和子
ここまででも十分に贅沢ですけれど、最後はきっと、それぞれの作家さんの核心が出ますね。
では次のテーマで、その言葉をじっくりうかがいましょう。

5. もし今から一作だけ、未来の読者のために書くなら何を書くか

もし今から一作だけ、未来の読者のために書くなら何を書くか

阿川佐和子
いよいよ最後のテーマです。
今日ここまで、人はなぜ書くのか、孤独や不安をどう生きるのか、物語は人を変えられるのか、今の時代に必要な言葉は何か、たっぷりうかがってきました。
そのうえで最後に、かなり大きな問いをみなさんにお聞きしたいんです。
もし今から一作だけ、未来の読者のために書くなら、何を書くか。
何を残したいのか。何を手渡したいのか。これは作家にとって、かなり深い問いですよね。

又吉直樹
そうですね。
“自分の代表作を選ぶ”というより、“まだ書いていない最後の一作を書くなら何にするか”ですもんね。
たぶん、いちばん大事にしてきたものが、そのまま出る気がします。
では、漱石先生からお願いしてもいいですか。

1. 未来に残したいのは、希望か、それとも人間の真実か

夏目漱石
私は、人間の心のありようを書くでしょうな。
時代は変わる。道具も制度も言葉づかいも変わる。けれど、人が自意識に苦しみ、他人との距離に悩み、愛し方を誤り、己の小ささに傷つくことは、そう変わりますまい。
未来の人々が、どれほど便利な世に生きておっても、自分の心の扱いには苦労するはずです。
だから私は、派手な未来像ではなく、ひとりの人間の内面を、なるべくごまかさずに書くと思います。
読んだ人が、「昔の人間も同じところで苦しんでいたのか」と思えれば、それだけで少し救いになるでしょう。

阿川佐和子
未来に何か新しい教訓を残すというより、人間は変わらない、その真実を残したい感じですね。

夏目漱石
ええ。真実というものは、しばしば新しさより長持ちします。

太宰治
私は、おそらく、救いきれぬ人間を書くでしょう。
立派に立ち直る人ではなく、何度つまずいても、まだどこかで誰かを求めてしまうような、情けなく、しかし見捨てにくい人間です。
未来の世界がどれほど整っても、うまく生きられない者は必ずおります。そういう人に向かって、「あなたは失格のままでも、ここにいてよい」と言えるようなものを書きたい。
希望を大きく掲げるより、私はそういう小さな許しを置いていきたいです。

又吉直樹
“失格のままでも、ここにいてよい”って、かなり深いですね。太宰さんらしいです。

芥川龍之介
私は、人間の理性と不安、その両方を書くと思います。
未来が進歩すればするほど、人は自分たちを賢くなったと思いたがるでしょう。しかし、理性が進んでも、嫉妬や虚栄や恐れが消えるわけではない。
私は、その文明の薄明かりの下に、古い人間の影がまだくっきり残っている、そういう作品を書きたい。
未来への警告というほど大げさではないが、未来の人間が自分を過信しないための鏡にはなるかもしれません。

2. 次の時代へ、いちばん渡したいものは何か

宮沢賢治
私は、やはり、やさしさと祈りのある物語を書きたいです。
未来の人たちが、どれほど速く、どれほど遠くへ行けるようになっても、寒い夜や、言葉にできない悲しみは残るでしょう。
そのときに、誰かの痛みに心を寄せること、見えないところで苦しんでいる人を忘れないこと、そのことを静かに伝える物語が一つあればよいと思うのです。
私は、読んだあとで少しだけ空を見たくなるようなものを書きたい。絶望の中にいても、世界がまだ完全には閉じていないと感じられるものを。

有川ひろ
私は、人が人をちゃんと好きになり直せる話を書きたいです。
家族でも、友達でも、恋人でも、仲間でも、今って人との距離が近いようで遠いじゃないですか。ちょっと傷つくとすぐ離れるし、言いすぎるし、勝手に決めつけるし。
でも、それでも人って面倒なだけじゃなくて、やっぱりかわいいし、助け合えるし、思ってるよりあったかい。
未来に残すなら、そういう、人間をもう一回信じたくなる物語 がいいです。読んだ人が、誰かに少しやさしくしたくなるような。

上橋菜穂子
私は、異なるものどうしが、それでも共に生きる道を探る物語を書きたいです。
未来は、ますます多くの違いを抱えるでしょう。価値観も文化も、生き方も、きっと今よりさらに多様になる。
その中で、違うものを消すのではなく、違うまま隣にいるにはどうしたらいいのか。その難しさと尊さを、物語として残したいです。
相手を理解しきれなくても、理解しようとすることはできる。その努力を諦めない世界を書きたいですね。

阿川佐和子
今日ここまで出てきた“想像力”の話が、最後の作品の形にもつながってきますね。

3. 未来の読者に、何を警戒してほしいのか

司馬遼太郎
私なら、歴史感覚を失った社会の危うさを書くでしょう。
未来の人は、自分たちは新しい時代を生きているのだから、昔の失敗とは無縁だと思いたがるかもしれない。だが、人間は何度でも似た誤りをくり返す。
勢いに酔い、敵味方を単純に分け、目先の利益や感情で大きなものを壊してしまう。歴史は、その見本で満ちております。
ですから私は、ある時代に生きた一人の人物を通して、時代の熱狂と、その中で人間が見失うものを書きたい。未来の読者が、自分の時代の空気を少し疑えるように。

星新一
私は、便利さに安心しすぎる未来を書くかもしれません。
すべてが効率化され、判断も最適化され、無駄が削られ、間違いの少ない社会になったとします。とても立派ですね。
でも、その社会で、人間は本当に面白く生きられるのか。余計な寄り道や、妙な勘違いや、非効率な親切まで消えたとき、何が残るのか。
私は、未来の人に「便利だから正しいとは限りませんよ」と、少し笑える形で言っておきたい気がします。

東野圭吾
僕は、正しさの顔をした残酷さを書きたいですね。
未来って、今よりもっと“正しくあること”を求められる気がするんです。判断も早くなるし、記録も残るし、評価も細かくなる。
でも、その正しさが人を追い詰めることもある。ミスを許さない、事情を見ない、結果だけで切る。そういう空気って、きれいに見えてかなり怖い。
だから僕は、一見ちゃんとしている社会の中で、こぼれ落ちる人を描くと思います。読者が、“正しいこと”の怖さにも気づけるように。

村上春樹
僕は、心の深いところが置き去りになることを書きたいかもしれません。
人は外の世界を整えるのは得意になっていくかもしれない。でも、自分の中にある空白や、説明できない痛みや、言葉にしにくい孤独は、わりとそのまま残る。
未来の読者に伝えたいのは、外側がどれだけ整っても、内側の静けさや混乱を無視しないでほしい、ということです。
だから最後に書くなら、表面は静かだけれど、深いところで何かがずっと動いている、そういう小説になる気がします。

4. では、未来へ残す“一つの場面”を選ぶなら

又吉直樹
ここでちょっとお聞きしたいんですけど、もし未来へ残す作品の中で、“たった一つの場面”だけ先に見せるとしたら、どんな場面になりますか。
その場面に、その作家さんが残したいものがいちばん出る気がして。

宮沢賢治
吹雪の夜でしょうか。
寒い道を、一人の子どもか、疲れた大人が歩いている。すると、遠くに小さな灯りが見えるのです。大きな救いではありません。ただ、あそこまで行けば少しあたたかい、という灯りです。
私は、その場面を残したいです。

太宰治
私は、夜明け前の台所かもしれません。
誰にも見せられぬ顔で、うまく生きられぬ男か女が、冷めたお茶でも飲んでいる。何も解決していない。しかし、窓の外がわずかに明るくなってくる。
たいへんみじめだが、それでも朝は来る。そのくらいの場面がよいです。

夏目漱石
私は、人の話を聞きながら、聞いているようでいて、じつは自分の心の奥に別の波が立っている、そういう静かな一場面でしょうな。
外から見れば何でもない。しかし、その人の一生を左右するような気づきが、胸の中で起きている。
文学というのは、そういう目に見えぬ瞬間を扱うものだと思います。

芥川龍之介
私は、一つの出来事を、複数の人がそれぞれ違う真実として語る場面に惹かれます。
未来へ残すなら、“人は同じものを見ても同じには見ない”という事実を、一場面で示したい。
それを知るだけで、人は少し傲慢さを減らせるかもしれません。

有川ひろ
私は、言いそびれていた一言を、ようやく誰かに言える場面がいいです。
ごめんでも、ありがとうでも、好きでも、助けてでもいいんですけど、その一言で関係が少し開く瞬間。
人間って、派手な事件より、そういう小さい一歩に救われることが多いと思うんですよね。

上橋菜穂子
私は、立場も文化も違う二人が、完全にはわかり合えないまま、それでも同じ火を囲んで座っている場面を書きたいです。
無理に一つにならなくていい。ただ、共にいる。その静かな共存を残したいですね。

司馬遼太郎
私は、大きな流れの中で迷っている人物が、自分の損得ではなく、何を残すべきかで決断する場面でしょう。
時代のうねりの中で、人間の品格が見えるのは、そういうときですから。

星新一
私は、みんなが当たり前だと思っていた仕組みが、ある瞬間、妙な角度から見えてしまう場面が好きですね。
読者が一瞬笑って、そのあと少し黙る。そういう場面があれば十分です。

東野圭吾
僕は、真実が明らかになった瞬間より、その真実を知った人が黙る場面を書きたいです。
謎が解けた、その先に人間が何を感じるのか。そこにいちばん大事なものがある気がするので。

村上春樹
僕は、誰かが一人で歩いている場面かもしれません。
特別なことは起きない。でも、歩きながら、失っていた何かの気配が少し戻ってくる。世界が前と同じではないけれど、完全に壊れてもいないとわかる。
そういう静かな回復の場面を書きたいです。

5. 最後の一作を、誰に向けて書くのか

阿川佐和子
では最後に、その一作をいちばん届けたい相手は誰ですか。未来の読者と言っても、きっとそれぞれ浮かぶ顔が違いますよね。

太宰治
うまく笑えぬ人です。
皆と同じ顔ができず、自分ばかりがどこか変なのではないかと思っている人。そういう人に届けばよい。

宮沢賢治
寒い人、疲れている人、誰にも見つけてもらえない気がしている人です。
その人に、遠くからでも灯りが届けばと思います。

夏目漱石
己を持ちたいが、世間に押されて揺れている人ですな。
その揺れは、時代が変わってもなくならぬでしょうから。

芥川龍之介
簡単な答えでは満足できぬ人です。
苦しくても、なお考えることをやめたくない人へ。

司馬遼太郎
今の空気に呑まれそうになっている人でしょう。
目の前の熱に巻きこまれず、少し長い時間で物事を見たい人へ渡したい。

星新一
当たり前に少し飽きている人です。
世界はまだ妙な見方ができると伝えたいですね。

東野圭吾
人の表面だけ見て疲れてしまった人です。
その裏にあるものを、もう一度見ようと思えるような作品にしたい。

有川ひろ
もう人に期待しないほうが楽だと思い始めてる人です。
でも、本当はまだ少し信じたい。そういう人に届けたいです。

上橋菜穂子
違う相手を怖れている人へ。
怖れているからこそ、知ることを諦めないでほしい。その思いで書くと思います。

村上春樹
静かな場所を必要としている人です。
外の音が大きすぎて、自分の内側が聞こえなくなっている人に届けばいいですね。

6. 司会まとめ

又吉直樹
今日は最後のテーマにふさわしく、作家のみなさんが何を未来へ手渡したいのかが、すごくはっきり見えた気がします。
人間の内面、弱さへの許し、理性と不安、やさしさ、想像力、歴史感覚、違和感、静かな回復。
書き方はそれぞれ違うのに、みなさん結局、未来の人間が“人間であること”を見失わないように書こうとしているんだなと思いました。

阿川佐和子
本当にそうですね。
未来へ残す一作と聞くと、壮大なことばかり考えそうですけれど、今日出てきたのは、むしろ
小さな灯り、言いそびれた一言、静かな回復、うまく生きられない人への許し、違う者どうしが同じ火を囲む場面
そういう、ものすごく人間的な景色でした。
それがたぶん、どんな時代になっても消えてほしくないものなんでしょうね。

又吉直樹
この番組全体を通して感じたのは、文学って答えを押しつけるものではなくて、人間を雑に扱わないための場所なのかもしれない、ということでした。
苦しみも、弱さも、孤独も、希望も、全部を少し丁寧に見直す時間だった気がします。

阿川佐和子
みなさん、本当に贅沢な時間をありがとうございました。
これだけの作家がそろって、こんなふうに人間について語ってくださる場は、たぶん二度とありませんね。
ご覧のみなさんも、きっと今夜は少しだけ、自分のことも他人のことも、やさしく見られるのではないでしょうか。
それでは、またお会いしましょう。

番組の最後の締めコメント

今夜ここで交わされた言葉は、どれも派手な答えではありませんでした。

けれど、だからこそ深く残るものがあったように思います。
人は弱さをなくして生きるのではなく、弱さを抱えながら生きていくこと。
孤独は消えなくても、その中に小さな灯りを見つけることはできること。
物語は人生を一瞬で変える魔法ではなくても、人の見え方や感じ方を静かに変えていくこと。
そして、どんな時代になっても、人間を雑に見ないことがいちばん大切なのかもしれないということ。

十人の作家たちが残してくれたものは、名言だけではありません。
それは、人を決めつけずに見るまなざしであり、
苦しみの中にも意味を探そうとする姿勢であり、
違う者どうしが、それでも同じ世界を生きようとする願いでした。

私たちは日々、急がされ、比べられ、答えを求められながら生きています。
そんな中で今夜の対話は、少し立ち止まって、
自分の心を見つめること、
他人の痛みを想像すること、
そして言葉を急いで消費せず、大切に受け取ることを思い出させてくれた気がします。

本は、読み終わった瞬間に終わるものではありません。
言葉も、聞き終わった瞬間に消えるものではありません。
今夜ここで出会った声もまた、このあとそれぞれの心の中で、静かに続いていくのでしょう。

どうかこの時間が、
明日を少しだけやわらかく見るきっかけになりますように。
自分を少しだけ責めすぎずにすむ夜になりますように。
そして、誰かに向けるまなざしが、ほんの少しでもあたたかくなりますように。

ご一緒いただき、ありがとうございました。
また、言葉の深い場所でお会いしましょう。

ショートバイオ

夏目漱石
日本近代文学を代表する小説家。『こころ』『坊っちゃん』『吾輩は猫である』で知られ、人間の自意識、孤独、近代人の揺れを深く描いた。

太宰治
人間の弱さ、恥、孤独を鋭く描いた作家。『人間失格』『斜陽』『走れメロス』などで、今も多くの読者の心をつかみ続けている。

芥川龍之介
短編小説の名手として知られる作家。『羅生門』『藪の中』『蜘蛛の糸』などで、人間の矛盾や真実の多面性を鮮やかに描いた。

宮沢賢治
詩人・童話作家。『銀河鉄道の夜』『注文の多い料理店』『風の又三郎』などで、やさしさ、祈り、自然、宇宙へのまなざしを残した。

東野圭吾
現代日本を代表する人気作家。『白夜行』『容疑者Xの献身』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』などで、謎と人間ドラマを高い水準で結びつけてきた。

村上春樹
世界的に読まれている現代作家。『ノルウェイの森』『海辺のカフカ』『1Q84』などで、孤独、喪失、記憶、内面世界を独自の文体で描く。

司馬遼太郎
歴史小説の第一人者。『竜馬がゆく』『坂の上の雲』『燃えよ剣』などを通して、人物と時代のうねりを大きな視野で描いた。

星新一
ショートショートの名手。短い物語の中に、ユーモア、不思議さ、皮肉、人間社会への視点を凝縮し、幅広い世代に親しまれている。

有川ひろ
人間関係のぬくもりや葛藤を親しみやすく描く作家。『図書館戦争』『阪急電車』『旅猫リポート』などで多くの読者に愛されている。

上橋菜穂子
物語世界の厚みと人間描写で高く評価される作家。『精霊の守り人』『鹿の王』などで、異文化、命、共生を深く描いてきた。

阿川佐和子
聞き手としての親しみやすさと知性をあわせ持つエッセイスト・司会者。相手の魅力を自然に引き出す語り口で広く親しまれている。

又吉直樹
作家としての感性と、やわらかな言葉選びをあわせ持つ司会者・芸人。文学への深い関心を背景に、静かな問いを投げかけられる存在。

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