はじめに
私たちは、過去の自分を思い出して後悔することがあります。
今の自分を見て、
「もっと頑張らなければ」
と責めることもあります。
そして未来を考えて、
「この先、本当に大丈夫だろうか」
と不安になります。
けれど、もし過去の自分、現在の自分、未来の自分が、すべて同じ一人の人生を生きていると考えたらどうでしょう。
今回の対話は、沖縄のスピリチュアルな背景を持つカウンセラー、片山鶴子さんの「過去・現在・未来の自分へ光を送る」という考えから始まりました。
そこに、
リチャード・シュワルツのIFS、
クリスティン・ネフのセルフコンパッション、
ハル・ハーシュフィールドの未来自己研究、
タラ・ブラッチの受容と慈しみ、
トニー・ロビンズの変化と行動、
という異なる視点が加わります。
言葉は違っても、彼らが向き合っている問いには共通するものがありました。
過去の自分をどう扱うのか。
今の自分に、どんな言葉をかけるのか。
未来の自分と、どうつながるのか。
そして最後に、
バラバラに見えていた三つの自分を、一人の自分として迎えることはできるのか。
この対話は、その問いを追いかけていきます。
(本稿に記されている対話はすべて仮想のものであり、実在の人物・発言とは関係ありません。)
Topic 1: あの頃の自分に会えたら、何と言いますか?

Opening
モデレーター:
今日は「過去の自分」から始めたいと思います。
片山鶴子さんは、幼い頃から周囲の人とは違うものを感じていたと話されています。
人には見えないものを感じる。
声を感じる。
人の心の奥にあるものまで入ってくる。
けれど、子供にはそれを説明する言葉がありません。
自分にとって普通だったことが、周囲にとっては普通ではなかった。
そしていつしか、その感覚を隠すようになった。
今日は、現在の片山さんに過去を説明してもらうのではありません。
少し違うことをしてみたいんです。
今、この部屋にもう一つ椅子があると考えてください。
そこに座っているのは、大人の片山鶴子さんではありません。
まだ小さかった頃の、鶴子さんです。
周囲と違う自分をどうすればいいのか分からなかった少女です。
その子が今、目の前に座っています。
Question 1
「その少女に、最初に何と言いますか?」
モデレーター:
片山さん。
最初の一言は、何でしょう。
片山鶴子:
たぶんね。
「大丈夫だよ」
だと思います。
本当に最初はそれだけだと思います。
いきなり、
「あなたにはこういう役割があるんだよ」
とか、
「将来こういう仕事をするんだよ」
とは言わないと思う。
ただ、
「大丈夫だよ」
って言ってあげたい。
モデレーター:
なぜでしょう。
片山鶴子:
あの頃は、分からないんですよ。
自分がおかしいのかなって。
みんなには見えていない。
みんなには聞こえていない。
でも自分には感じる。
子供だから、それを整理できないじゃないですか。
だから、
「あなたはおかしくないよ」
って言ってあげたい。
リチャード・シュワルツ:
今の言葉は、とても大切だと思います。
傷ついた子供の部分に必要なのは、最初から説明ではないことがあります。
まず必要なのは、
「あなたを見ています」
「あなたを一人にしません」
という感覚です。
片山鶴子:
そう。
一人だったんですよね。
周りに人はいるんですよ。
家族もいる。
友達もいる。
でも、自分の中で起きていることについては、一人なんです。
リチャード・シュワルツ:
IFSでは、そうした幼い部分が、その時の感情を抱えたまま残っていることがあります。
時間が経って身体は大人になっても、その部分にとっては時間が止まったままです。
モデレーター:
リチャード、それはかなり不思議な話ですね。
心理学の話なのに、少し時間を超えているようにも聞こえます。
リチャード・シュワルツ:
そう感じる人もいるでしょう。
たとえば50歳の人が、ある出来事をきっかけに突然、8歳の子供のような恐怖を感じることがあります。
頭では、
「私はもう大人だ」
と分かっています。
それでも内側の一部分は、
「またあの時と同じことが起きる」
と感じている。
その部分にとっては、8歳の出来事が完全な過去になっていないんです。
片山鶴子:
それ、すごく分かります。
私は「魂」とか「光」という言葉を使いますけど、人間って昔のものを結構持っているんですよね。
終わったと思っていても、終わっていないことがある。
リチャード・シュワルツ:
そうです。
そして私が興味深いと思うのは、片山さんがその過去の自分に、
「忘れなさい」
とは言わないことです。
「よく頑張ったね」
と言う。
片山鶴子:
忘れなくていいと思うんですよ。
辛かったことまで、
「なかったことにしよう」
とすると、自分まで否定することになっちゃうから。
あの時の私も私なんです。
クリスティン・ネフ:
そこにはセルフコンパッションの非常に大切な部分があります。
苦しんだ自分に対して、
「そんなことで傷つくべきではなかった」
と言えば、最初の苦しみに、もう一つ苦しみを重ねることになります。
最初の傷は出来事から来た。
次の傷は、自分自身から来る。
片山鶴子:
ああ、それは本当にそうですね。
自分で自分をもう一回傷つけちゃう。
クリスティン・ネフ:
そうです。
「怖かったね」
と言うことは、弱さを認めることではありません。
その時に本当に怖かったという事実を、そのまま認めているだけです。
片山鶴子:
だったら私は、小さい私にもう一つ言いたいかな。
「怖かったよね」
って。
モデレーター:
最初は「大丈夫だよ」。
その次が「怖かったよね」。
片山鶴子:
うん。
そして、
「よく頑張ったね」
ですね。
Question 2
「過去の自分は、本当に過去にいるのでしょうか?」
モデレーター:
ここで少し不思議な問いを出します。
リチャードは、傷ついた子供の部分が現在の私たちの中に残っていると言いました。
片山さんは、過去の自分に光を送ると言います。
では、
過去の自分は、本当に過去にいるのでしょうか。
ハル・ハーシュフィールド:
この問いは、私にとっても非常に興味深いです。
私は未来の自己とのつながりを研究していますが、過去の自己でも似た問題があります。
人は昔の自分を振り返って、
「あれはもう私ではない」
と感じることがあります。
モデレーター:
たとえば20年前の自分の写真を見て、
「こんな人だったのか」
と思うような。
ハル・ハーシュフィールド:
そうです。
けれど、その人がいなければ現在の自分は存在しません。
私たちは時間が経つと、昔の自分を他人のように扱うことがあります。
そして時には、その昔の自分を非常に厳しく裁きます。
トニー・ロビンズ:
私もそこは大切だと思う。
人は過去を振り返って、
「なぜあんな選択をしたんだ」
と言う。
でも、その時のあなたは、今持っている情報を持っていなかった。
今の経験もなかった。
今の視点もなかった。
現在の知恵を使って、昔の自分を裁いているんです。
それは公平じゃない。
片山鶴子:
本当にそう。
私も昔の自分を見たら、
「なんでもっと早く分からなかったんだろう」
と思えることがあります。
でも、その時は分からなかったんですよ。
リチャード・シュワルツ:
そしてIFSでは、行動の裏側にある意図を見ることがあります。
人が自分で嫌っている部分にも、
「あなたを守ろうとしていた」
という役割が隠れていることがあります。
片山鶴子:
たとえば?
リチャード・シュワルツ:
たとえば、人を信じられなくなった部分。
大人になった本人は、
「私はどうしてこんなに疑い深いんだ」
と嫌うかもしれません。
でも、その部分は昔、
「もう傷つかないようにしよう」
と決めたのかもしれない。
本人を困らせようとしているのではなく、守ろうとしている。
片山鶴子:
それは優しい見方ですね。
リチャード・シュワルツ:
私は、内側の部分を敵として扱わないことを大切にしています。
タラ・ブラッチ:
ここに、もう一つ加えたいことがあります。
過去の自分を見る時、私たちはすぐに何かを直そうとします。
癒そう。
治そう。
変えよう。
でも、その前に、
ただ一緒にいてあげることが必要な場合があります。
片山鶴子:
何もしない?
タラ・ブラッチ:
何もしないというより、
「あなたがここにいていい」
と伝える。
泣いているなら、すぐ泣き止ませなくてもいい。
怖がっているなら、すぐ勇敢にしなくてもいい。
ただ、
「私はここにいるよ」
と。
片山鶴子:
それ、すごくいいですね。
私は光を送るという言い方をしますけど、
光って、
「早く元気になりなさい」
というものじゃないんですよ。
優しく包む感じなんですよね。
タラ・ブラッチ:
それなら、私たちが使っている言葉は違っても、かなり近い場所を指しているのかもしれません。
トニー・ロビンズ:
ただ、私は一つだけ入れたい。
過去を理解することは大切です。
自分を許すことも大切です。
でも、過去を自分のアイデンティティにしてはいけない。
リチャード・シュワルツ:
そこには同意します。
トニー・ロビンズ:
「私は傷ついた人間だから」
という言葉を永遠に持つ必要はない。
傷ついた経験はあなたの人生の一部です。
あなたのすべてではない。
片山鶴子:
そうですね。
過去の自分を否定しない。
でも、過去の中に住み続けない。
モデレーター:
今の言葉は大切ですね。
過去の自分を迎えに行くことと、過去へ戻って住むことは違う。
片山鶴子:
うん。
迎えに行って、
「一緒に行こう」
って言う感じ。
Question 3
「過去を癒すとは、過去を変えることなのでしょうか?」
モデレーター:
では最後の問いです。
過去を癒す。
よく使われる言葉です。
でも、過去の出来事そのものは変わりません。
起きたことは起きた。
言われた言葉も消えない。
失ったものが戻らないこともあります。
それでも私たちは、
「過去を癒す」
と言います。
それはいったい何を意味するのでしょう。
クリスティン・ネフ:
私は、出来事を書き換えることではないと思います。
その出来事を経験した自分との関係を変えることだと思います。
リチャード・シュワルツ:
私も近い考えです。
過去の出来事そのものを消すことではありません。
その時に取り残された部分を、現在へ連れてくる。
片山鶴子:
ああ。
「迎えに行く」ですね。
リチャード・シュワルツ:
そうです。
今のあなたが、
「もう一人ではない」
と伝える。
ハル・ハーシュフィールド:
ここで時間の話が面白くなります。
現在のあなたは、過去のあなたから見れば未来の人です。
片山鶴子:
あ。
本当ですね。
ハル・ハーシュフィールド:
幼い頃のあなたが、
「いつか誰か助けに来てくれたら」
と思っていたとします。
何十年か経った今、その子のところへ行けるのは、
現在のあなたなのかもしれません。
片山鶴子:
それ、すごくいい。
モデレーター:
つまり、小さい頃の自分が待っていた「未来の人」は、今の自分だった。
ハル・ハーシュフィールド:
そう考えることもできます。
片山鶴子:
じゃあ私は、小さい私にこう言いたいですね。
「遅くなってごめんね」
って。
少し笑いながら、
「ちゃんと来たよ」
って。
タラ・ブラッチ:
そして、その少女はたぶん、
「どうしてもっと早く来てくれなかったの?」
とは言わないかもしれません。
ただ抱きつくかもしれない。
片山鶴子:
そうかもしれない。
クリスティン・ネフ:
私たちは、自分自身に対して謝る機会をほとんど持ちません。
人には謝ります。
家族にも謝る。
友人にも謝る。
でも、過去の自分にはなかなか謝りません。
片山鶴子:
本当ですね。
「あなたをずっと責めてごめんね」
ですね。
リチャード・シュワルツ:
そして、その後に、
「もうあなたを責めなくていい」
と言える。
トニー・ロビンズ:
そこまで来たら、次に大切なのは、
「じゃあ今からどう生きる?」
だと思う。
過去の自分を救う最高の方法の一つは、現在の人生を大切に使うことです。
片山鶴子:
それも光だと思います。
過去に光を送るだけじゃない。
今の自分がちゃんと幸せに生きることも、昔の自分への光なのかもしれない。
ハル・ハーシュフィールド:
そして同じことが未来にも起こります。
現在のあなたは、過去のあなたにとって未来の自分です。
同時に、未来のあなたにとっては過去の自分です。
モデレーター:
ということは、私たちは常に、
誰かの過去であり、
誰かの現在であり、
誰かの未来でもある。
ただ、その「誰か」は全部、自分なんですね。
少し沈黙が流れました。
片山鶴子さんは、目の前に誰かが座っているかのように、静かに視線を落としました。
モデレーター:
片山さん。
最後にもう一度だけ聞きます。
今、その小さな鶴子さんが目の前にいるとしたら。
何と言いますか?
片山鶴子:
大丈夫だよ。
怖かったね。
いっぱい我慢したね。
でも、
あなたがおかしかったわけじゃないよ。
よく頑張ったね。
ありがとう。
そして、
遅くなったけど、
ちゃんと迎えに来たよ。
一緒に行こう。
Closing
モデレーター:
私たちは、過去を変えることはできません。
けれど、過去の自分をどう見るかは変えられるのかもしれません。
責めるのか。
恥じるのか。
忘れようとするのか。
それとも、
「よく頑張ったね」
と迎えに行くのか。
そして今日、一つ不思議なことに気づきました。
子供の頃の自分から見れば、
今の自分は「未来の自分」です。
あの頃、助けに来てほしかった誰か。
分かってほしかった誰か。
優しくしてほしかった誰か。
その人が、
何十年後の自分自身なのかもしれません。
では次に、少し視線を変えます。
過去の自分には優しくできるようになったとしても、
毎朝鏡に映る「今の自分」にはどうでしょう。
なぜ私たちは、他人には決して言わないような言葉を、自分には平気で言ってしまうのでしょうか。
次のTopicでは、
「なぜ私たちは、他人には優しいのに自分にはこんなに厳しいのか?」
を話していきます。
この表記なら、日本語の記事としてかなり読みやすくなります。次のTopic 2以降も、片山鶴子さんの正式名+外国人名はカタカナで統一できます。
Topic 2: なぜ私たちは、他人には優しいのに自分にはこんなに厳しいのか?

Opening
モデレーター:
前のTopicでは、過去の自分に会いに行きました。
小さかった自分。
怖かった自分。
誰にも分かってもらえなかった自分。
そして最後に片山さんは、
「ちゃんと迎えに来たよ。一緒に行こう」
と語りかけました。
今日は、その子を連れて「現在」へ戻ってきたいと思います。
けれど、現在の自分を見ると、別の問題があります。
私たちは過去の自分には、
「よく頑張ったね」
と言えるかもしれない。
友人が苦しんでいれば、
「そんなに自分を責めないで」
と言える。
子供が失敗したら、
「大丈夫だよ」
と言える。
ところが、自分が失敗すると、
「何をやっているんだ」
「また失敗した」
「どうして私はこんなこともできないんだ」
と言ってしまう。
片山さん。
なぜ人は、自分にだけこんなに厳しくなるのでしょう。
Question 1
「なぜ他人には言わない言葉を、自分には言ってしまうのでしょう?」
片山鶴子:
本当に不思議ですよね。
私もよく話すんです。
人にはすごく優しい方がいるんですよ。
友達が失敗したら、
「大丈夫だよ」
って言う。
家族が疲れていたら、
「今日は休んだ方がいいよ」
って言う。
でも、自分が疲れたら、
「こんなことで疲れてどうするの」
って言うんです。
クリスティン・ネフ:
そこはセルフコンパッションの研究でも、とても興味深いところです。
私たちは、自分を厳しく批判することが自分を成長させる方法だと思ってしまうことがあります。
「もっと頑張れ」
「こんなのではダメだ」
「もっと良くできるはずだ」
そう言えば、自分が怠けなくなると思う。
片山鶴子:
そうなんですよ。
自分に優しくしたら、甘えてしまうような気がする。
クリスティン・ネフ:
でも考えてみてください。
小さな子供が転んだ時に、
「何をやっているの!」
と毎回怒鳴る親と、
「痛かったね。でも、もう一度やってみよう」
と言う親。
どちらの方が、その子は安心してもう一度挑戦できるでしょう。
片山鶴子:
後の方でしょうね。
クリスティン・ネフ:
自分自身に対しても同じです。
優しさと甘やかしは同じではありません。
自分に優しくするとは、
「何をしてもいい」
と言うことではありません。
「失敗したとしても、あなたの価値までなくなったわけではない」
と伝えることです。
モデレーター:
片山さんが動画の中で、
「人にはそんなことを言わないのに、自分には言っちゃう」
という話をされていましたね。
片山鶴子:
そうなんです。
「なんで私ってこうなんだろう」
って。
人には言わないでしょう?
友達に、
「なんであなたってこんな人なの?」
なんて毎日言わない。
でも、自分には平気で言う。
それで心がどんどん疲れてしまう。
私は、そういう時こそ、
「今日も頑張ったね」
って言ってほしいんです。
タラ・ブラッチ:
私はそこにもう一つ、とても大切なものがあると思います。
多くの場合、自分を責めている声の奥にも恐れがあります。
片山鶴子:
恐れ?
タラ・ブラッチ:
はい。
「もっと頑張らなければ愛されない」
「失敗したら見捨てられる」
「弱い自分を見せてはいけない」
「価値のある人間にならなければならない」
そうした恐れです。
だから自己批判は、ただ意地悪な声ではありません。
自分を守ろうとしている場合もあります。
リチャード・シュワルツ:
そこはIFSともかなり重なります。
内側で厳しく批判してくるPartも、本人を傷つけるために存在しているとは限りません。
たとえば、
「もっと頑張れ」
と言い続ける部分は、
「頑張らなければ、また拒絶されるぞ」
と本人を守っているのかもしれない。
片山鶴子:
じゃあ、自分を責める声にも、
「どうしてそんなこと言うの?」
って怒るんじゃなくて、
「何を心配してるの?」
って聞いた方がいいのかな。
リチャード・シュワルツ:
まさにそうです。
タラ・ブラッチ:
その瞬間、戦いが少し変わります。
「この声を消さなければ」
ではなく、
「この声は何を怖がっているのだろう」
と聞くことができる。
片山鶴子:
優しいですね。
自分の中の嫌いなところまで、敵にしないんですね。
クリスティン・ネフ:
そうです。
セルフコンパッションとは、自分の好きな部分だけを愛することではありません。
うまくいっていない時の自分。
失敗した自分。
怒っている自分。
嫉妬している自分。
疲れている自分。
そういう時にも、
「あなたは人間なんだから、そういう時もある」
と接することです。
Question 2
「自分に優しくすると、本当に変われなくなるのでしょうか?」
モデレーター:
ここで、多くの人が感じる疑問を出したいと思います。
「自分に優しくしましょう」
と言われると、
こんな反応をする人がいます。
「そんなことをしたら、自分に甘くなるんじゃないですか?」
「努力しなくなるんじゃないですか?」
「自分を許していたら、成長しないんじゃないですか?」
トニー。
あなたはどう思いますか。
トニー・ロビンズ:
私は、自分を受け入れることには賛成です。
でも、自分を受け入れることと、自分の状況を受け入れて何もしないことは違う。
人生を変えたいなら、決断は必要です。
行動も必要です。
クリスティン・ネフ:
そこには私も反対していません。
トニー・ロビンズ:
では、こう聞きたい。
ある人が毎日、
「私はこのままで十分だ」
と言っている。
でも健康を壊している。
人間関係も壊れている。
仕事にも満足していない。
それでも、
「自分を愛しています」
だけでいいのでしょうか。
クリスティン・ネフ:
セルフコンパッションは、
「何も変えなくていい」
という意味ではありません。
むしろ、
「自分を大切にするからこそ、変える」
ことがあります。
もし親しい友人が身体を壊す生活をしていたら、
「あなたはそのままで素晴らしいから、その生活を続けていい」
とは言わないでしょう。
「あなたのことが大切だから、身体を大事にしてほしい」
と言うでしょう。
自分にも、それと同じ態度を取るんです。
トニー・ロビンズ:
それなら私たちは、思っているほど離れていないですね。
片山鶴子:
私も、そこはすごく大切だと思います。
自分を愛するというのは、
何でも許して終わり、
じゃないんですよね。
本当に自分を大切にするなら、
自分が苦しくなるようなことをずっと続けなくてもいい。
タラ・ブラッチ:
そして変化には、二つの出発点があると思います。
一つは、
「今の私はダメだから変わらなければ」
という出発点。
もう一つは、
「私は自分を大切にしたいから変わりたい」
という出発点。
外から見ると、同じ行動をしているかもしれません。
運動を始める。
仕事を変える。
人間関係を見直す。
でも内側ではまったく違います。
片山鶴子:
分かります。
「こんな自分は嫌いだから痩せる」
のと、
「この身体に長く元気でいてほしいから大切にする」
のは違いますね。
クリスティン・ネフ:
その違いは大きいです。
一つは自己拒絶から始まる。
もう一つは自己尊重から始まる。
トニー・ロビンズ:
私はそこで「基準」という言葉も入れたい。
自分を愛することと、自分に高い基準を持つことは両立します。
「私は自分を愛している。だからもっと良い人生を選ぶ」
それでいい。
片山鶴子:
それなら私の「光」にも近いかもしれない。
光って、今の自分を否定するために送るんじゃないんです。
暗いからダメ。
弱いからダメ。
そういうことじゃない。
今の自分にもちゃんと光を送って、
「ここから一緒に行こう」
っていう感じなんですよね。
リチャード・シュワルツ:
それはTopic 1で話したことともつながりますね。
過去の自分を置き去りにして前へ進むのではなく、
一緒に進む。
片山鶴子:
そう。
過去の私も連れていく。
今の私も大事にする。
Question 3
「今の自分に、本当に必要な一言は何でしょう?」
モデレーター:
では、少し静かな問いにしましょう。
片山さんのワークでは、現在の自分に光を送りながら、
「今も頑張っているね」
「大丈夫だよ」
という言葉をかけます。
でも、人によって必要な言葉は違うはずです。
今の自分に本当に必要な言葉は、どうすれば分かるのでしょう。
タラ・ブラッチ:
私はまず、答えを探そうとしすぎないことを勧めます。
少し静かになって、
「今、一番苦しいことは何?」
と自分に聞く。
片山鶴子:
自分に聞くんですね。
タラ・ブラッチ:
はい。
そして次に、
「その苦しんでいる私が、今一番聞きたい言葉は何だろう」
と聞く。
「大丈夫」
かもしれない。
「休んでいいよ」
かもしれない。
「あなたは悪くない」
かもしれない。
「怖かったね」
かもしれない。
ある人には、
「もう頑張らなくていい」
かもしれません。
別の人には、
「まだ諦めなくていい」
かもしれません。
片山鶴子:
それ、すごく大事ですね。
同じ言葉じゃなくていいんですよね。
私はワークでもいつもそうなんです。
書いてある言葉を絶対そのまま言わなきゃいけないわけじゃない。
自分が今、一番しっくり来る言葉でいい。
クリスティン・ネフ:
私は一つ方法を提案したいです。
「もし今の自分と同じ状況に、大切な友人がいたら、何と言うだろう?」
と考える。
片山鶴子:
ああ、それは分かりやすいですね。
クリスティン・ネフ:
たとえば自分が仕事で失敗したとします。
頭の中では、
「私は本当にダメだ」
と言っている。
では親友が同じ失敗をしたら、あなたは何と言いますか。
「あなたは本当にダメだね」
と言いますか。
片山鶴子:
言わないですよね。
「大変だったね。でも次があるよ」
とか。
クリスティン・ネフ:
その言葉を、自分にも向けてみる。
トニー・ロビンズ:
私はそこに一つ足したい。
優しい言葉だけではなく、
強い言葉が必要な時もあります。
片山鶴子:
強い言葉?
トニー・ロビンズ:
はい。
たとえば、
「もう自分を小さく扱うのはやめよう」
「あなたにはもっとできる」
「今日は一歩だけ動こう」
そういう言葉です。
優しさというと、柔らかい言葉だけを考えがちですが、
誰かを本当に愛しているなら、立ち上がらせる言葉をかけることもある。
クリスティン・ネフ:
私はそれを「fierce self-compassion」に近いものとして考えることができます。
優しさは、いつも穏やかとは限りません。
自分を守るために、
「もう十分です」
と言うこともある。
境界線を引くこともある。
何かを変えることもある。
片山鶴子:
じゃあ、自分に優しい言葉って、
「大丈夫、大丈夫」
だけじゃないんですね。
クリスティン・ネフ:
そうです。
その瞬間の自分に本当に必要な言葉です。
片山鶴子:
だったら私は、
自分にこう聞いてみるのもいいと思う。
「今日は、私に何て言ってほしい?」
タラ・ブラッチ:
とてもいい問いですね。
片山鶴子:
朝でもいい。
夜でもいい。
胸に手を置いて、
「今日の私、何て言ってほしい?」
って。
そうしたら、
「疲れた」
って出てくるかもしれない。
だったら、
「疲れたよね。今日も頑張ったね」
って言う。
「怖い」
って出てきたら、
「怖いよね。でも一人じゃないよ」
って言う。
「失敗した」
って出てきたら、
「失敗したね。でも、それであなた全部がダメになったわけじゃないよ」
って。
リチャード・シュワルツ:
その会話を続けていくと、自分の内側との関係そのものが変わることがあります。
モデレーター:
内側との関係。
リチャード・シュワルツ:
はい。
多くの人は自分の内側で、毎日戦争をしています。
一つの部分が、
「休みたい」
と言う。
別の部分が、
「怠けるな」
と言う。
一つが、
「怖い」
と言えば、
別の部分が、
「弱いことを言うな」
と言う。
そこに少し好奇心と慈しみを入れるだけで、戦争ではなく対話が始まります。
片山鶴子:
それって、魂が落ち着く感じがありますね。
タラ・ブラッチ:
私は、とても近い感覚だと思います。
少し静かな時間が流れました。
モデレーター:
片山さん。
今の片山鶴子さんに、一言だけ声をかけるとしたら。
何と言いますか?
片山鶴子:
そうですね。
「頑張ってるね」
かな。
でも、それだけじゃなくて、
「楽しんでいいんだよ」
って言いたい。
頑張ることばっかりじゃなくて。
ちゃんと楽しんで。
ちゃんと笑って。
幸せを受け取っていいんだよって。
モデレーター:
クリスティンは?
クリスティン・ネフ:
「あなたも、他のすべての人と同じように、優しさを受け取る価値があります。」
タラ・ブラッチ:
私は、
「今この瞬間のあなたも、ここにいていい」
ですね。
リチャード・シュワルツ:
「あなたの中に、追い出さなければならない部分はありません。」
トニー・ロビンズ:
私は、
「自分を愛してください。そして、その愛にふさわしい人生を選んでください。」
ハル・ハーシュフィールド:
私は少し違う方向から。
「未来のあなたも、今日のあなたを必要としています。」
片山さんが、少し微笑みました。
片山鶴子:
それ、いいですね。
未来の私が今の私を待っているんですね。
ハル・ハーシュフィールド:
そうです。
前のTopicでは、過去のあなたが現在のあなたを待っていました。
今度は、未来のあなたが待っています。
片山鶴子:
そう考えると、本当に全部つながっていますね。
Closing
モデレーター:
私たちは今日、
「自分に優しくする」
という言葉の意味を少し違う角度から見ました。
自分に優しくするとは、
何でも許すことではない。
努力をやめることでもない。
失敗をなかったことにすることでもない。
それは、
苦しんでいる自分をさらに傷つけないこと。
失敗した自分を見捨てないこと。
疲れた自分の声を聞くこと。
そして必要な時には、
「ここから変えよう」
と自分の手を取ること。
なのかもしれません。
過去の自分には、
「迎えに来たよ」
と言いました。
現在の自分には、
「今日も一緒にいるよ」
と言えるのかもしれない。
そしてハルが最後に、一つ新しい扉を開きました。
「未来のあなたも、今日のあなたを必要としている。」
では、その未来の自分とは誰なのでしょう。
10年後。
20年後。
80歳になった自分。
その未来の自分が今日ここへ来て、今のあなたの隣に座ったとしたら。
叱るでしょうか。
もっと頑張れと言うでしょうか。
それとも、
まったく違うことを言うのでしょうか。
次のTopicでは、
「未来のあなたが今ここに来たら、何と言うでしょう?」
という問いから始めます。
次のTopic 3は、この最後のハル・ハーシュフィールドの一言からそのまま始めると、かなり自然につながります。
Topic 3: 未来のあなたが今ここに来たら、何と言うでしょう?

Opening
モデレーター:
前のTopicの最後に、ハルがこう言いました。
「未来のあなたも、今日のあなたを必要としています。」
少し不思議な言葉です。
私たちは普通、
現在の自分が未来を作る
と考えます。
今日どう生きるか。
今日何を選ぶか。
今日何を始めるか。
その積み重ねによって、未来の自分が作られていく。
けれど今日は、少し逆から考えてみたいと思います。
未来の自分が、現在の自分を見ている。
10年後の自分。
20年後の自分。
もっと先の自分。
今日は80歳の自分を考えてみましょう。
その80歳のあなたが、この部屋に入ってきます。
そして、今日のあなたの隣に座ります。
さて。
その人は、今のあなたに何と言うでしょう。
Question 1
「なぜ未来の自分は、自分なのに他人のように感じるのでしょう?」
モデレーター:
ハル。
あなたは未来の自己との心理的なつながりを研究しています。
そもそも、なぜ人は未来の自分を遠い他人のように感じるのでしょう。
ハル・ハーシュフィールド:
未来の自分は、自分自身であるはずです。
けれど心理的には、現在の自分から距離があります。
10年後の自分の顔。
生活。
感情。
人間関係。
何を大切にしているか。
それを鮮明に感じるのは難しい。
だから人は、未来の自分のために何かをすることを後回しにしやすいんです。
片山鶴子:
今の自分には実感があるけど、未来の自分はぼんやりしている。
ハル・ハーシュフィールド:
そうです。
今の自分が欲しいものは分かる。
今の自分が疲れているのも分かる。
今楽をしたい気持ちも分かる。
でも未来の自分が、
「あの時こうしてくれてありがとう」
と思う姿は見えにくい。
トニー・ロビンズ:
だから人は未来より、目の前の感情を選びやすい。
運動した方がいい。
分かっている。
でも今日はやめておこう。
大切な人に電話した方がいい。
分かっている。
でも明日にしよう。
人生で重要なことほど、
「いつか」
に送られやすい。
片山鶴子:
でも、その「いつか」の先には自分がいるんですよね。
ハル・ハーシュフィールド:
そうです。
未来は抽象的ですが、未来のあなたにとっては、その時が「現在」になります。
モデレーター:
面白いですね。
今日の私にとって2036年は未来。
2036年の私にとっては、その日が今日になる。
ハル・ハーシュフィールド:
その通りです。
片山鶴子:
それを考えると、未来の自分って急に近くなりますね。
私は未来の自分に光を送るということをします。
未来の自分が幸せでありますように。
元気でありますように。
豊かさを受け取れますように。
そういうイメージをします。
でも、今のお話を聞くと、未来の自分に光を送ることって、
未来にいる別の誰かに送るんじゃないんですよね。
ハル・ハーシュフィールド:
そう考えることができます。
未来の自分を「私」と感じること自体が大切なんです。
クリスティン・ネフ:
そして、そこにはセルフコンパッションの時間的な広がりもありますね。
今の自分に優しくするだけではなく、
未来の自分にも優しくする。
片山鶴子:
未来の自分への優しさ。
いいですね。
クリスティン・ネフ:
たとえば今日は疲れている。
それでも、明日の自分が少し楽になるように準備をしておく。
それも未来の自分への思いやりです。
片山鶴子:
すごく日常的なことでもいいんですね。
ハル・ハーシュフィールド:
むしろ、その方が実感しやすいと思います。
未来の自己とのつながりは、大きな人生設計だけではありません。
明日の自分。
来週の自分。
一年後の自分。
その人たちも全部、自分です。
Question 2
「未来の自分から、現在の自分へ光を送ることもできるのでしょうか?」
モデレーター:
片山さん。
ここで、片山さんのワークを逆向きにしてみたいと思います。
片山さんは、
現在の自分から未来の自分へ光を送る。
そうされていますよね。
では反対に、
未来の片山さんから、
今ここにいる片山さんへ、
光を送ることはできると思いますか。
片山鶴子:
できると思います。
面白いですね。
私はいつも未来へ送ることを考えますけど、
未来から今へ送る。
それもすごくいい。
モデレーター:
ではやってみましょう。
今、未来の片山鶴子さんがここにいます。
何歳にしましょう。
片山鶴子:
80歳でいきましょうか。
モデレーター:
80歳の片山鶴子さん。
今よりずっと多くのことを経験しています。
嬉しいこともあった。
悲しいこともあった。
思い通りにならなかったこともあった。
それでも、そこまで生きてきた。
その80歳の片山さんが、今の片山さんを見ています。
何と言っていると思いますか。
少し沈黙がありました。
片山鶴子:
「そんなに心配しなくていいよ」
かな。
モデレーター:
最初の言葉が、それですか。
片山鶴子:
うん。
「大丈夫だったよ」
って。
「いろいろあったけど、大丈夫だったよ」
って言ってる気がする。
タラ・ブラッチ:
未来の自分が現在の自分に与えるものは、答えではなく安心なのかもしれませんね。
片山鶴子:
そうかもしれない。
タラ・ブラッチ:
私たちは不安の中にいると、
「この問題を解決しなければ安心できない」
と思います。
でも未来の自分が、
「その問題も通り過ぎていったよ」
と言ってくれたら、
今この瞬間の呼吸が少し変わるかもしれません。
ハル・ハーシュフィールド:
未来の自己から現在の自分へ手紙を書く方法があります。
未来の自分になったつもりで、現在の自分へ書く。
そこでは、未来の自分が現在の自分をどう見るかが出てきます。
片山鶴子:
それ、やってみたいですね。
モデレーター:
今ここで少しだけやってみましょう。
80歳の片山さんから、今の片山さんへ。
片山鶴子:
そうですね。
「ちゃんと幸せになってるよ」
って言いたい。
それから、
「そんなに全部一人で背負わなくてよかったんだよ」
かな。
「もっと人に任せても大丈夫だったよ」
って。
「もっと笑ってよかった」
「もっと楽しんでよかった」
「ありがとうをたくさん言ってきたから、ちゃんとたくさんのありがとうが返ってきたよ」
そんな感じかな。
クリスティン・ネフ:
今の片山さんにとって、それはかなり優しいメッセージですね。
片山鶴子:
そうですね。
未来の自分って、今の自分より優しいかもしれない。
トニー・ロビンズ:
それは興味深い。
多くの人は、未来の自分を裁判官のように考えます。
「あの時もっと頑張ればよかった」
「もっと成功しておけばよかった」
「もっと早く始めればよかった」
でも、実際に人生を長く生きた自分は、違うものを大切にしている可能性がある。
モデレーター:
たとえば?
トニー・ロビンズ:
家族との時間。
身体。
笑った時間。
人を助けたこと。
愛したこと。
挑戦したこと。
自分らしく生きたこと。
タラ・ブラッチ:
そして、
「もっと現在を生きればよかった」
ということもあるでしょうね。
片山鶴子:
未来を良くしようとして、今を全部犠牲にしちゃったら、それも違いますね。
ハル・ハーシュフィールド:
そこは非常に大切です。
未来の自分を大切にすることは、現在の自分を犠牲にすることではありません。
現在と未来を敵にしないことです。
片山鶴子:
過去と現在も敵じゃない。
現在と未来も敵じゃない。
本当に全部つながっているんですね。
Question 3
「80歳のあなたは、今日のあなたに何と言うでしょう?」
モデレーター:
ここから少し個人的な問いを、皆さんにも投げたいと思います。
80歳の自分が今ここに現れます。
その未来の自分は、今のあなたを見ています。
一つだけ言葉を伝えられるとしたら、何と言うと思いますか。
トニー・ロビンズ:
私は、
「恐れより、人生を選べ」
ですね。
多くの人は、
失敗したらどうしよう。
嫌われたらどうしよう。
間違えたらどうしよう。
と思って動けなくなる。
でも80歳になった時、失敗したことより、やらなかったことを考える場合がある。
だから私は、
「人生を小さくするな」
と言うと思う。
片山鶴子:
トニーさんらしいですね。
トニー・ロビンズ:
ただ、昔ならもっと強い言い方をしたかもしれない。
今なら、
「怖くてもいい。でも、怖さだけに人生を決めさせるな」
と言うかな。
クリスティン・ネフ:
私は、
「そんなに自分を証明しなくてよかったよ」
かもしれません。
人は、自分の価値を証明しようとして疲れてしまいます。
賢いことを証明する。
成功していることを証明する。
良い親であることを証明する。
良い人間であることを証明する。
未来の私は、
「あなたの価値は、そんなことで決まらなかったよ」
と今の自分に言ってくれる気がします。
タラ・ブラッチ:
私は、
「あなたが探していたものは、もっと近くにあったよ」
ですね。
人は未来に何かを探します。
次の成功。
次の関係。
次の答え。
次の自分。
でも人生のかなり大きな部分は、
今ここにいる人。
今ここにある身体。
今ここで感じられる愛。
そこにあったのかもしれません。
リチャード・シュワルツ:
私は、
「あなたの内側にいる誰かを追い出す必要はなかった」
と言うと思います。
怖がっているPartも、
怒っているPartも、
完璧を求めるPartも、
全部何らかの理由があった。
未来の私は、
「もっと早く、その声を敵ではなく家族のように聞けばよかった」
と言うかもしれません。
片山鶴子:
それ、すごくいいですね。
自分の中にいる人たちを家族みたいに考える。
ハル・ハーシュフィールド:
私の場合は、
「私を遠い人だと思わないで」
かもしれません。
未来の自分は、突然生まれるわけではありません。
今日の自分から続いている。
だから、
「私はあなたなんだよ」
と伝えたい。
モデレーター:
片山さんは?
片山さんは少し考えました。
片山鶴子:
私はね。
たぶん80歳の私は、今の私にこう言うと思う。
「ありがとう」
です。
モデレーター:
未来の自分が、現在の自分に「ありがとう」。
片山鶴子:
そう。
「諦めないでくれてありがとう」
「人を大切にしてくれてありがとう」
「辛い時も生きてくれてありがとう」
「いっぱい笑ってくれてありがとう」
「いろんな人にありがとうって言ってくれてありがとう」
って。
未来の私から見たら、
今の私がやってることが全部、自分につながってるんですよね。
ハル・ハーシュフィールド:
その感覚こそ、未来の自己とのつながりです。
片山鶴子:
だったら今の私も、未来の私に言いたい。
「待っててね」
って。
「ちゃんとそこまで行くから」
って。
タラ・ブラッチ:
美しいですね。
片山鶴子:
そして未来の私は、
「急がなくていいよ」
って言う気がする。
モデレーター:
「待っててね」
に対して、
「急がなくていいよ」。
片山鶴子:
うん。
それがいい。
未来ばっかり見て急がなくていい。
今をちゃんと生きて来てね、って。
少し静かな時間が流れました。
モデレーター:
ここで一つ、かなり大きなことに気づきます。
私たちは未来の自分を考える時、
もっと成功した自分。
もっと健康な自分。
もっと豊かな自分。
もっと完成した自分。
を描きがちです。
けれど、今日ここに現れた未来の自分たちは、
「もっと成功しろ」
とはあまり言いませんでした。
「恐れだけで人生を決めないで」
「自分を証明しなくていい」
「今ここにあるものを大切に」
「内側の自分を追い出さないで」
「私はあなたなんだよ」
そして、
「ありがとう」
と言いました。
片山さん。
これは、片山さんが未来の自分へ光を送るワークにも少し違う意味を与えませんか。
片山鶴子:
与えますね。
今までは、
私が未来に光を送っている感覚だった。
でも今は、
未来からも光が来ている感じがする。
モデレーター:
光が一方向ではない。
片山鶴子:
そう。
過去にも送る。
未来にも送る。
でも過去からも何か受け取っている。
未来からも受け取っている。
現在の私が真ん中にいて、
全部がつながっている。
そんな感じ。
ハル・ハーシュフィールド:
それは心理学的な表現に変えても、とても興味深い考えです。
過去の自己とのつながり。
現在の自己。
未来の自己とのつながり。
その三つを、一つの連続した人生として感じる。
片山鶴子:
私はそれを「光がつながる」と感じるのかもしれない。
Closing
モデレーター:
今日は未来について話しました。
けれど、未来を予測したわけではありません。
未来を当てようとしたわけでもありません。
未来の自分を使って、
現在の自分を別の場所から見てみました。
今の不安。
今の焦り。
今の失敗。
今の悩み。
その真ん中にいる時には、とても大きく見えるものがあります。
でも80歳の自分が隣に座ったら、
違う言葉をくれるかもしれません。
「その問題はちゃんと通り過ぎたよ」
「そんなに自分を責めなくてよかったよ」
「もっと笑っていいよ」
「その人との時間を大切にして」
「怖くても進んで大丈夫」
「急がなくていいよ」
そして、
「今日まで生きてくれてありがとう」
と言うかもしれません。
Topic 1では、
過去の自分が今の自分を待っていました。
Topic 2では、
現在の自分に優しく話しかけました。
そして今日、
未来の自分が現在の自分へ話しかけました。
過去。
現在。
未来。
三つの自分が、少しずつ同じ場所に近づいてきました。
けれど、ここで一つ難しい問題が残っています。
自分を許す。
自分に優しくする。
今の自分を受け入れる。
それは本当に良いことなのでしょうか。
もし全部受け入れてしまったら、
人は変わらなくなるのでしょうか。
努力しなくなるのでしょうか。
成長しなくなるのでしょうか。
次のTopicでは、この対話の中で一番強い緊張が生まれる問いを扱います。
「自分を許したら、人は成長しなくなるのか?」
Topic 3では、「未来へ光を送る」からさらに一歩進めて、未来から現在にも光が返ってくるという新しい発想まで自然につながりました。Topic 4では、ここまでの優しい流れにトニー・ロビンズが少し強い異論を入れることで、対話を深くできます。
Topic 4: 自分を許したら、人は成長しなくなるのか?

Opening
モデレーター:
ここまで私たちは、
過去の自分を迎えに行き、
現在の自分に優しい言葉をかけ、
未来の自分から今の自分を見てきました。
そして何度も、
「自分を責めなくていい」
「今の自分を受け入れていい」
「あなたはあなたのままで価値がある」
という言葉が出てきました。
でも、ここで一つ疑問があります。
もし自分をすべて許したら、
人は成長しなくなるのでしょうか。
もし、
「今の自分でいい」
と思ったら、
努力をやめてしまうのでしょうか。
もし、
「私はこれで十分」
と思ったら、
未来を変えようとしなくなるのでしょうか。
今日は、少し意見がぶつかってもいいと思っています。
トニー。
ここまでの会話を聞いていて、何か引っかかるところはありますか。
Question 1
「痛みがなくても、人は本当に変われるのでしょうか?」
トニー・ロビンズ:
引っかかるというより、確認したいことがあります。
人間が変わる大きなきっかけの一つは、痛みです。
このままでは嫌だ。
もうこんな人生は続けたくない。
この関係を変えたい。
この身体の状態を変えたい。
この働き方を変えたい。
そう思った時、人は大きく動くことがあります。
だから私は、
「今のあなたをそのまま受け入れましょう」
という言葉が、場合によっては危険にもなり得ると思っています。
片山鶴子:
危険というのは?
トニー・ロビンズ:
たとえば、ある人が自分を傷つける生活をずっと続けている。
身体を壊している。
大切な人との関係を壊している。
毎日、自分が嫌いな仕事だけをしている。
でも、
「これも私だから受け入れよう」
と言って何も変えない。
それは本当に自分を愛していると言えるでしょうか。
クリスティン・ネフ:
私は、そこには大きな誤解があると思います。
セルフコンパッションは、
「何をしていてもそのままでいい」
という意味ではありません。
苦しんでいる自分に、
さらに苦しみを加えないということです。
トニー・ロビンズ:
でも、自己批判が人を動かすこともあるでしょう。
クリスティン・ネフ:
短期的にはあります。
「失敗したら自分を責める」
という恐れが、行動を促すこともある。
でも、それには大きな代償があります。
失敗が怖くなれば、新しい挑戦を避けるようになることもあります。
自分の価値が結果に依存していると感じれば、失敗した時に立ち直ることが難しくなる。
トニー・ロビンズ:
では、何が人を動かすんですか。
クリスティン・ネフ:
「自分を大切にしたい」という動機です。
自分を嫌って変えるのではなく、
自分を大切にするから変える。
片山鶴子:
私は、その違いすごく分かります。
同じ「変わる」でも、
「今の自分が嫌いだから」
と、
「今の自分を大切にしたいから」
では、全然違いますよね。
タラ・ブラッチ:
私たちはよく、
自分を受け入れることと、
現状を固定することを、
同じものだと思ってしまいます。
でも受容とは、
「今、何が起きているのかを否定しない」
ということです。
そこから変化は始められます。
トニー・ロビンズ:
そこなら私は同意します。
現実を見ないことと、受け入れることは違う。
タラ・ブラッチ:
はい。
「私は今苦しんでいる」
と認める。
「私は今怒っている」
と認める。
「この関係は私を傷つけている」
と認める。
それは受容です。
そしてそこから、
「では、私はどうしたいのか」
に進める。
片山鶴子:
浄化も少し似ています。
苦しいものを、
「ない」
ってすることじゃない。
ちゃんとあるものを見る。
そのうえで、軽くしていく。
モデレーター:
つまり、
受容は終点ではなく、
出発点になることもある。
トニー・ロビンズ:
そういう意味なら、私はかなり近い考えです。
Question 2
「自分を愛することと、自分に高い基準を持つことは両立するのでしょうか?」
モデレーター:
では次の問いです。
「自分を愛する」
という言葉があります。
一方で、
「もっと良い人間になりたい」
「もっと良い人生を作りたい」
という願いもあります。
この二つは矛盾しないのでしょうか。
トニー・ロビンズ:
私はまったく矛盾しないと思います。
むしろ、本当に自分を愛するなら、高い基準を持てる。
「私はこの程度でいい」
ではなく、
「私はもっと良い選択ができる」
と思える。
片山鶴子:
でも、それがまた自分を追い込む方向に行くこともありますよね。
トニー・ロビンズ:
あります。
だから私は「基準」と「自己価値」を分けるべきだと思います。
あなたの価値は、失敗してもなくならない。
でも行動の基準は上げられる。
クリスティン・ネフ:
そこは非常に大切ですね。
人はよく、
「私は失敗した」
を、
「私は失敗者だ」
に変えてしまいます。
行動への評価と、人間としての価値が混ざってしまう。
片山鶴子:
それ、すごくありますね。
仕事で一つ失敗しただけなのに、
「私はダメな人間」
まで行っちゃう。
クリスティン・ネフ:
そうです。
行動は変えられる。
習慣も変えられる。
でも、それと自分の存在価値は別です。
リチャード・シュワルツ:
IFSの視点から見ると、
完璧を求めるPartが強い人もいます。
そのPartは、
「完璧でいれば傷つかない」
と信じている。
トニー・ロビンズ:
完璧主義は行動を止めることがありますね。
リチャード・シュワルツ:
そうです。
一見すると「高い基準」に見える。
でも実際には、
失敗への恐れ。
拒絶への恐れ。
価値がないと思われる恐れ。
から動いていることがあります。
片山鶴子:
じゃあ、
「もっと良くなりたい」
って思った時に、
それが愛から出ているのか、
恐れから出ているのか、
見た方がいいんですね。
タラ・ブラッチ:
とても大切な問いです。
「なぜ私はこれを変えたいのか」
と聞く。
今の自分が嫌いだからなのか。
誰かに認められたいからなのか。
怖いからなのか。
それとも、
自分の人生を大切にしたいからなのか。
片山鶴子:
同じ目標でも、出発点が違う。
タラ・ブラッチ:
そうです。
トニー・ロビンズ:
私はこう言いたい。
自分に高い基準を持つことはいい。
でも自分に条件付きの愛を与える必要はない。
「成功したら愛する」
「痩せたら愛する」
「もっと稼げたら愛する」
それでは、人生のほとんどが自己拒絶になります。
片山鶴子:
それ、すごくいいですね。
成功するまで自分を愛さない。
幸せになるまで自分を愛さない。
それでは、ずっと待つことになりますね。
クリスティン・ネフ:
そして人間は、目標を達成すると次の目標を作ります。
だから、
「いつか愛される自分になる」
という方法では、永遠に到着できないことがあります。
モデレーター:
では、
「今の自分を愛しながら、未来の自分を育てる」
ということは可能なんですね。
片山鶴子:
私はそれが一番いいと思う。
今の自分を置いていかない。
未来だけに行かない。
Question 3
「浄化とは、別の人になることですか。それとも本来の自分に戻ることですか?」
モデレーター:
片山さん。
ここで一番聞きたかった問いを出します。
片山さんは「浄化」という言葉をよく使います。
人は浄化されることで変わる。
でも、その変化とは何なのでしょう。
新しい人になることですか。
それとも、
もともとの自分へ戻ることですか。
片山鶴子:
私は、
戻る
の方が近いかな。
モデレーター:
戻る。
片山鶴子:
うん。
もちろん人間は成長するし、
いろんなことを学ぶ。
でも、魂というところで見ると、
本来の自分ってもっと軽いと思うんです。
もっと素直で、
もっと明るくて、
もっと優しくて。
いろんな傷とか、
不安とか、
怒りとか、
思い込みとか、
そういうものがたくさん重なって、
本来の自分が見えにくくなる。
だから浄化って、
別人になることじゃなくて、
余計なものを少しずつ下ろして、
本来の自分に戻っていく感じなんですよね。
リチャード・シュワルツ:
それはIFSのSelfという考え方と非常に興味深い共通点があります。
IFSでは、人の中心にはSelfがあると考えます。
それは壊れているものではありません。
片山鶴子:
壊れてない?
リチャード・シュワルツ:
はい。
傷ついたPartsはあります。
怖がるPartsもいる。
怒るPartsもいる。
でも中心のSelfそのものを修理するという発想ではありません。
むしろ、極端な役割を背負っているPartsが少し楽になると、
Selfの性質が自然に現れてくる。
落ち着き。
好奇心。
慈しみ。
明晰さ。
勇気。
片山鶴子:
すごく近いですね。
私はそれを「魂が戻る」と言うのかもしれない。
タラ・ブラッチ:
仏教的な視点でも似た問いがあります。
私たちは、
「もっと価値のある人間にならなければ」
と考える。
でも、深い受容の中では、
何かを足して完成するというより、
自分を覆っているものに気づいていく。
トニー・ロビンズ:
ここで私は少し違う角度を入れたい。
本来の自分に戻ることは素晴らしい。
でも人生には、
まだ存在していない能力を育てることもある。
今まで持っていなかった勇気。
今までできなかったコミュニケーション。
新しい技術。
新しい習慣。
だから、
戻ることと、
成長することは、
両方必要だと思う。
片山鶴子:
それはそうですね。
魂は戻る。
でも人間としては学んでいく。
トニー・ロビンズ:
そう。
自分の本質を否定せずに、
能力は広げられる。
ハル・ハーシュフィールド:
そこには時間の観点からも面白いものがあります。
過去の自分から受け取ったものを、
現在の自分が持ち、
現在の自分が新しいものを加えて、
未来の自分へ渡していく。
片山鶴子:
バトンみたいですね。
ハル・ハーシュフィールド:
そうです。
未来のあなたは、
今のあなたと同じ人でありながら、
同じ人ではありません。
連続している。
でも成長している。
モデレーター:
では、変化とは、
自分を捨てることではない。
片山鶴子:
そう。
クリスティン・ネフ:
自分を嫌って別人になる必要はない。
トニー・ロビンズ:
でも、今までと違う選択はできる。
タラ・ブラッチ:
今の自分を拒絶しなくても、前へ進める。
リチャード・シュワルツ:
内側の誰かを追放しなくても、人生は変わる。
少し沈黙が流れました。
モデレーター:
片山さん。
もし今、
「自分を許したら成長できなくなるのが怖い」
と思っている人がいたら、
何と伝えますか。
片山鶴子:
私はね、
「許して大丈夫ですよ」
って言います。
自分を責め続けなくても、
ちゃんと成長できます。
むしろ、
ずっと責められていた自分が、
やっと安心できた時に、
本当の力が出ることもあると思うんです。
自分を許すって、
諦めることじゃない。
「もうここから一緒に行こう」
っていうことなんですよ。
トニー・ロビンズ:
その言い方なら、私はかなり好きです。
片山鶴子:
かなり?
トニー・ロビンズ:
全部と言っておきましょう。
一同が少し笑いました。
片山鶴子:
よかった。
でも本当に、
自分を置いていかないでほしいんですよ。
成功するために、
今の自分を嫌いにならないでほしい。
幸せになるために、
今の自分を犠牲にしないでほしい。
今の自分も一緒に連れていってほしい。
ハル・ハーシュフィールド:
未来の自分に会いに行く時にも、
現在の自分を置き去りにしない。
片山鶴子:
そうですね。
そして過去の自分も。
Closing
モデレーター:
今日の問いは、
「自分を許したら、人は成長しなくなるのか?」
でした。
答えは、単純な「はい」でも「いいえ」でもありませんでした。
自分を許すことは、
行動を変えなくていいという意味ではない。
自分を受け入れることは、
苦しい状況に留まり続けることでもない。
自分を愛することは、
低い基準で生きることでもない。
今日見えてきたのは、
変化には二つの道があるということでした。
一つは、
「今の自分が嫌いだから変わる」
という道。
もう一つは、
「今の自分を大切にしたいから変わる」
という道。
見た目は同じ変化でも、
内側はまったく違います。
そして片山さんは、
「浄化とは別人になることではなく、本来の自分に戻ることに近い」
と話しました。
リチャードは、
Selfは壊れているわけではない
と話しました。
トニーは、
本来の自分に戻りながら、新しい能力を育てることもできる
と加えました。
つまり、
受容と成長は敵ではない。
自分を愛しながら、
変わることができる。
自分を許しながら、
前へ進める。
過去の自分を連れて、
現在の自分の手を取り、
未来へ歩いていくことができる。
さて。
ここまで来ると、
過去。
現在。
未来。
三つの自分が、もうかなり近くまで来ています。
次はいよいよ、三人を同じ場所に座らせます。
過去の自分。
現在の自分。
未来の自分。
もし三人が同じテーブルに座ったら、
何を言うでしょう。
過去の自分は現在の自分を許せるのか。
現在の自分は過去を抱きしめられるのか。
未来の自分は今の自分に何を伝えるのか。
そして、
三つの自分は本当に別々なのでしょうか。
次のTopicでは、このPart 1の中心へ戻ります。
「過去・現在・未来の私を、一人の私に戻す」
次のTopic 5は、このシリーズのクライマックスになるので、今までの会話を単に振り返るのではなく、過去・現在・未来の三つの「私」が実際に話しているような場面まで持っていくと、かなり強い終わり方になります。
Topic 5: 過去・現在・未来の私を、一人の私に戻す

Opening
モデレーター:
ここまで、私たちは時間の中を歩いてきました。
最初に過去へ行きました。
そこで、小さかった自分に会いました。
怖かった自分。
我慢していた自分。
誰にも分かってもらえなかった自分。
そして、
「迎えに来たよ」
と伝えました。
次に、現在の自分を見ました。
今も頑張っている自分。
疲れている自分。
自分を責めてしまう自分。
その人に、
「今日も頑張ったね」
「そんなに自分を責めなくていいよ」
と話しかけました。
そして未来へ行きました。
80歳の自分に会いました。
その未来の自分から、
「そんなに心配しなくて大丈夫だったよ」
「急がなくていいよ」
「ここまで来てくれてありがとう」
という言葉を受け取りました。
今日は最後です。
過去の自分。
現在の自分。
未来の自分。
三人を同じテーブルに座らせてみたいと思います。
片山さん。
片山さんの「光の浄化ワーク」でも、最後は過去、現在、未来を一つにつなぎますね。
片山鶴子:
はい。
過去に光を送る。
今の自分にも光を送る。
未来にも光を送る。
そして最後は、それが全部つながっているように感じるんです。
モデレーター:
今日は、その「つながる」ということが何なのかを考えてみましょう。
Question 1
「過去の私は、現在の私に何を言うでしょう?」
モデレーター:
片山さん。
Topic 1では、現在の片山さんから、小さな片山さんへ話しかけました。
今日は逆にしてみます。
幼い頃の片山鶴子さんが、現在の片山さんを見ています。
その少女は何と言うでしょう。
少し沈黙がありました。
片山鶴子:
最初は、
「本当に私なの?」
って言うかもしれない。
モデレーター:
なぜでしょう。
片山鶴子:
あの頃の私は、今の自分なんて考えられないでしょうから。
自分が感じているものを隠していた。
周りと違うのが怖かった。
自分でも、
「私はどうしてこうなんだろう」
って思っていた。
その私が今は、人の前で自分の感じていることを話している。
それを聞くために、たくさんの人が来てくださる。
だから小さな私は、
「隠さなくてもよくなったんだね」
って言うかもしれない。
リチャード・シュワルツ:
その言葉はとても深いですね。
「隠さなくてもよくなった」。
それは、その少女にとって大きな安心でしょう。
片山鶴子:
そうですね。
そして、
「よく頑張ったね」
って言ってくれるかな。
クリスティン・ネフ:
面白いですね。
Topic 1では、現在のあなたが過去の自分に、
「よく頑張ったね」
と言いました。
今度は、過去の自分が現在のあなたに同じ言葉を返している。
片山鶴子:
そうですね。
「あなたも頑張ったね」
って。
それを小さい私から言われたら、すごく泣いちゃうかもしれない。
タラ・ブラッチ:
現在の自分だけが過去を癒すわけではないのかもしれませんね。
過去の自分から現在へ返ってくるものもある。
ハル・ハーシュフィールド:
時間のつながりという点でも興味深いです。
現在のあなたは、突然ここに現れたわけではありません。
幼いあなたが、あの日を越えた。
次の日も越えた。
また次の日も生きた。
その積み重ねによって、現在のあなたがいます。
片山鶴子:
そう考えると、過去の自分にもっと感謝したくなりますね。
昔の自分を見ると、
未熟だった。
分からなかった。
間違えた。
そういうところばかり見ちゃうことがあります。
でも、本当は、
あの人が生きてくれたから今の私がいる。
トニー・ロビンズ:
人は今の成果には感謝しても、そこまで自分を運んできた昔の自分には感謝しないことがあります。
片山鶴子:
だったら私は、昔の私に言いたい。
「生きてくれてありがとう」
って。
モデレーター:
過去から現在へ、
「頑張ったね」。
現在から過去へ、
「生きてくれてありがとう」。
もう光が一方向ではありませんね。
片山鶴子:
そうですね。
行ったり来たりしている感じです。
Question 2
「現在の私は、未来の私に何を聞きたいでしょう?」
モデレーター:
では今度は、未来を見てみましょう。
80歳の片山鶴子さんがそこに座っています。
現在の片山さんが、一つだけ質問できるとしたら。
何を聞きたいですか。
片山鶴子:
私は、
「ちゃんと幸せだった?」
って聞くと思います。
モデレーター:
「成功した?」ではないんですね。
片山鶴子:
成功じゃないですね。
「幸せだった?」
「楽しかった?」
って聞きたい。
仕事がどうなったとか、
何人の人に会ったとか、
何を達成したとか。
それも嬉しいことだと思うけど、
最後には、
「ちゃんと笑った?」
「大切な人と過ごした?」
「幸せだった?」
って聞きたい。
ハル・ハーシュフィールド:
未来の自分を考える時、私たちは、
「何を達成しているだろう」
と考えがちです。
でも、
「未来の自分は、どんな気持ちで人生を振り返っているだろう」
と考えると、現在の選択の見え方が変わります。
トニー・ロビンズ:
80歳の片山さんは、何と答えると思いますか。
片山鶴子:
たぶん、
「大丈夫。幸せだったよ」
って言ってくれると思う。
でも、少し注意もされる気がします。
モデレーター:
どんな注意でしょう。
片山鶴子:
「もっと休んでもよかったんだよ」
って。
私は、
もっとできることないかな。
もっと人に喜んでもらえないかな。
って考えちゃうところがあるから。
未来の私は、
「あなた自身もちゃんと楽しんでよかったんだよ」
って言う気がする。
クリスティン・ネフ:
未来の自分から届くセルフコンパッションですね。
片山鶴子:
そうですね。
「もっと自分にも優しくしてよかったよ」
って。
タラ・ブラッチ:
私たちは、
「いつか」
という言葉をよく使います。
いつか休もう。
いつか楽しもう。
いつか家族とゆっくりしよう。
いつか自分のために時間を使おう。
けれど、その「いつか」を待っている間にも人生は進んでいます。
片山鶴子:
未来を幸せにするために、今の自分をずっと犠牲にするのも違いますよね。
ハル・ハーシュフィールド:
未来の自分と現在の自分は競争相手ではありません。
同じ一人の人生です。
モデレーター:
未来の自分を大切にするなら、
現在の自分も大切にする。
片山鶴子:
そうですね。
今の私も幸せ。
未来の私も幸せ。
それがいいですね。
Question 3
「光は、誰から誰へ送られているのでしょう?」
モデレーター:
では、最後の問いです。
片山さんのワークでは、現在の自分から、
過去へ光を送ります。
現在にも光を送ります。
未来へも光を送ります。
でも、この対話の中では別のことも起きました。
過去の自分から、
「頑張ったね」
という言葉が返ってきました。
未来の自分から、
「大丈夫だったよ」
「ありがとう」
という言葉が返ってきました。
では、
光は本当は誰から誰へ送られているのでしょう。
片山鶴子:
今話していると、
全部から全部へ流れている感じがします。
モデレーター:
全部から全部へ。
片山鶴子:
はい。
過去の私。
今の私。
未来の私。
三人いるように見えるけど、
全部私なんですよね。
だから本当は、
知らない誰かに光を送っているわけじゃない。
自分の中を光が巡っているみたいな感じです。
リチャード・シュワルツ:
私たちも内側のPartを、時には自分とは別の敵のように扱います。
怖がっているPart。
怒っているPart。
完璧を求めるPart。
でも、それらは全部、自分のシステムの一部です。
必要なのは排除ではなく、関係を取り戻すことです。
片山鶴子:
「関係を取り戻す」。
いいですね。
クリスティン・ネフ:
セルフコンパッションも、自分との関係を回復することと考えられます。
苦しんでいる自分を、
「こんな私は嫌い」
と見捨てるのではなく、
「あなたも私だよ」
と迎える。
タラ・ブラッチ:
私たちは過去を乗り越え、未来へ行こうとします。
でも人生は、昔の自分を捨てて別の自分になることではないのかもしれません。
過去を含んだ自分が、今ここにいる。
ハル・ハーシュフィールド:
心理学の言葉なら、
過去の自己、
現在の自己、
未来の自己を、
連続した一人の人間として感じることです。
トニー・ロビンズ:
それが現在の行動にも関係します。
過去を憎んでいたら、そこから逃げるために生きることがある。
未来を恐れていたら、今日の決断ができなくなることもある。
過去を受け入れ、
現在を尊重し、
未来を信頼できれば、
違う場所から行動できる。
片山鶴子:
私が言う「魂が戻る」というのも、
そういうことなのかもしれません。
バラバラになっていたものが、自分に戻ってくる。
モデレーター:
時間まで含めて?
片山鶴子:
そうですね。
過去の自分を嫌って、
今の自分を責めて、
未来の自分を怖がっていたら、
自分の中が全部バラバラじゃないですか。
でも、
過去の私に、
「ありがとう」。
今の私に、
「ありがとう」。
未来の私にも、
「ありがとう」。
そう言えたら、
「全部私だったんだ」
って思える。
三人の「私」が同じテーブルに座る
部屋が静かになりました。
モデレーター:
では最後に、本当に三人がここにいるとしてみましょう。
左には、過去の片山鶴子さん。
中央には、現在の片山鶴子さん。
右には、未来の片山鶴子さん。
三人が同じテーブルに座っています。
過去の片山さん。
現在の片山さんに、何と言いますか。
過去の片山鶴子:
私のこと、嫌いにならないで。
あの時はね、
あれが精いっぱいだったんだよ。
怖かったし、
分からなかったし、
一人だと思ってた。
でも、
ここまで連れてきてくれてありがとう。
モデレーター:
現在の片山さん。
過去の自分へ。
片山鶴子:
嫌いじゃないよ。
ずっと責めていたこともあった。
「なんであんなことしたんだろう」
「なんでもっと早く分からなかったんだろう」
って。
でも今は分かる。
あなたは、その時できることをやってた。
生きてくれてありがとう。
もう一人にしないよ。
一緒に行こう。
モデレーター:
では現在の片山さん。
未来の自分へ。
片山鶴子:
待っててね。
ちゃんとそこまで行くから。
でも、もう急ぎすぎない。
今の時間も大切にするね。
ちゃんと笑って、
ちゃんと楽しんで、
大切な人を大切にして、
自分のことも大切にして、
そこまで行くから。
モデレーター:
未来の片山さん。
現在の自分へ。
未来の片山鶴子:
急がなくていいよ。
ちゃんと来られたから。
あなたが心配していたことの全部が、
その通り起きたわけじゃなかった。
思っていたより、
嬉しいこともたくさんあったよ。
だから今日を生きて。
笑って。
好きな人に「大好き」と言って。
ありがとうと言いたい人に、
ありがとうと言って。
疲れたら休んで。
自分にも優しくして。
そして、
ここまで私を連れてきてくれて、
ありがとう。
長い沈黙が流れました。
片山鶴子:
未来の自分から、
「ありがとう」
って言われるの、いいですね。
私たちは未来の自分のために頑張ると思うじゃないですか。
でも未来の私が、
「あなたのおかげで私はここにいるよ」
って言ってくれたら、
今の自分も救われる感じがする。
クリスティン・ネフ:
今の自分は、まだ完成していなくてもいい。
人生の途中にいる人ですから。
リチャード・シュワルツ:
過去の自分も、その時は人生の途中にいました。
ハル・ハーシュフィールド:
未来の自分も、その続きを生きる人です。
タラ・ブラッチ:
そして実際に人生を生きられるのは、今この瞬間です。
トニー・ロビンズ:
だから今日の選択には意味がある。
過去を尊重し、
未来を大切にしながら、
今日を生きる。
片山鶴子:
私はやっぱり、
全部に光を送りたいですね。
過去の私。
今の私。
未来の私。
全部に。
Final Closing
モデレーター:
この対話で探していたのは、
過去を消す方法ではありませんでした。
未来を予言する方法でもありませんでした。
私たちが見ていたのは、
時間の中で離れてしまった自分との関係でした。
過去の自分を見ると、
間違いが見える。
未熟さが見える。
傷が見える。
でも、その人が生きてくれなければ、
今日のあなたはいません。
現在の自分を見ると、
足りないものが見える。
まだできていないことが見える。
不安もある。
迷いもある。
でも、この人が今日を生きなければ、
未来のあなたはいません。
未来の自分は、
まだ遠くにいるように感じます。
けれど、その人は突然現れるわけではありません。
今日のあなたから、
ずっと続いている人です。
過去のあなた。
現在のあなた。
未来のあなた。
三人いるように見えて、
一つの人生です。
片山鶴子さんは、
その三つへ「光を送る」と表現します。
リチャード・シュワルツは、
傷ついた内側の自分との関係を取り戻すことを語ります。
クリスティン・ネフは、
苦しんでいる自分にも慈しみを向けることを語ります。
ハル・ハーシュフィールドは、
未来の自分との心理的なつながりを語ります。
タラ・ブラッチは、
今ここにいる自分を受け入れることを語ります。
トニー・ロビンズは、
そこから選択し、行動することを語ります。
使う言葉は違います。
見ている角度も違います。
でも今日、一つの場所で出会いました。
過去の自分を捨てなくていい。
今の自分を嫌わなくていい。
未来の自分を恐れなくていい。
過去の自分に、
「ありがとう」。
現在の自分に、
「ありがとう」。
未来の自分にも、
「ありがとう」。
そして三人に、
「一緒に行こう」。
片山鶴子:
過去も私。
今も私。
未来も私。
全部、大切にしてあげてください。
光を送ってあげてください。
遠くにいる知らない誰かに送っているんじゃない。
全部、
あなた自身だから。
モデレーター:
もし今夜、少し静かな時間があったら、
過去の自分を一人だけ思い出してみてください。
その人に一言。
今の自分にも一言。
そして未来の自分にも一言。
三人に違う言葉でもいい。
同じ言葉でもいい。
もしかすると、
最後に残る言葉は、
とても短いものかもしれません。
「ありがとう。」
最後に

今回の対話で、最も印象的だったのは、
「過去・現在・未来の自分は、互いに一方通行でつながっているわけではない」
という点でした。
最初は、現在の自分が過去を癒すという話でした。
幼い頃の自分に、
「大丈夫だよ」
「怖かったね」
「よく頑張ったね」
と声をかける。
けれど会話が進むにつれて、逆のことも見えてきました。
過去の自分から現在の自分へ、
「あなたも頑張ったね」
という言葉が返ってくる。
未来の自分へ光を送るだけではなく、
未来の自分から現在へ、
「大丈夫だったよ」
「急がなくていいよ」
「ここまで来てくれてありがとう」
という言葉が返ってくる。
そこで初めて、
過去。
現在。
未来。
この三つは別々の場所ではなく、
一つの人生の中を流れている時間
なのかもしれない、という感覚が生まれました。
過去の自分は、失敗した人ではない
私たちは昔の自分を見る時、
今の知識、
今の経験、
今の判断力
を使って評価してしまいます。
「なぜ、あんな選択をしたのだろう」
「もっと早く気づけばよかった」
「なぜ、あんなことで傷ついたのだろう」
でも、その時の自分には、
今の知識も、
今の経験もありませんでした。
その時の自分は、
その時持っていたものだけで生きていました。
だから過去を見る時に必要なのは、
裁判官になることではなく、
理解しようとすること
なのかもしれません。
リチャード・シュワルツの考えでは、過去の傷を抱えた部分は、今の自分の中にも残っていることがあります。
その部分を消すのではなく、
「あなたはもう一人ではない」
と迎えに行く。
片山鶴子さんの言葉では、
そこに「光を送る」。
表現は違っていても、
過去の自分を敵にしないという点で、二つの考えは近づいていました。
現在の自分は、もっと優しい言葉を必要としている
私たちは驚くほど簡単に、自分自身を傷つけます。
「何をやっているんだ」
「また失敗した」
「もっと頑張らなければ」
「どうして私はこんなに弱いのだろう」
もし同じ言葉を毎日友人に言えば、その関係はきっと壊れてしまいます。
ところが、自分自身にはそれを繰り返してしまう。
クリスティン・ネフは、ここにセルフコンパッションの必要性を置きます。
自分に優しくすることは、
怠けることでも、
何でも許すことでもありません。
むしろ、
自分を大切にするからこそ、変えることができる。
今回の対話では、この考えが大きな転換点になりました。
「今の自分が嫌いだから変わる」
のか。
それとも、
「今の自分を大切にしたいから変わる」
のか。
外から見る行動は同じでも、
心の出発点はまったく違います。
未来の自分は、裁判官ではない
未来の自分を思い浮かべる時、
多くの人は、
もっと成功した自分、
もっと豊かな自分、
もっと完成された自分
を考えます。
そして今の自分に、
「もっと頑張れ」
と言わせてしまいます。
けれど、今回80歳の自分を対話に招いた時、出てきた言葉は違いました。
「そんなに心配しなくて大丈夫だったよ」
「自分を証明しなくてよかったよ」
「もっと笑ってよかった」
「大切な人との時間を大切にして」
「今日まで生きてくれてありがとう」
未来の自分は、
今の自分を評価する人ではなく、
今の自分を遠くから見守る人
として現れました。
ハル・ハーシュフィールドの未来自己という考えは、
未来を良くするための技術というより、
現在の自分をもっと長い時間の中で見る方法なのかもしれません。
今日の不安も、
今日の失敗も、
今日の迷いも、
人生全体から見れば一つの途中経過です。
自分を許しても、人は成長できる
Topic 4では、一つ大きな疑問が出ました。
「自分を全部許したら、成長しなくなるのではないか。」
ここでトニー・ロビンズが重要な役割を持ちました。
人生を変えるには、
決断も、
行動も、
高い基準も必要です。
でも今回見えてきたのは、
自分への愛と高い基準は同時に持てる
ということでした。
「私は自分を愛している。だから、もっと良い選択をする。」
これは、
「私はダメだから変わる」
とはまったく違います。
片山鶴子さんは、
「浄化とは別人になることではなく、本来の自分に戻ることに近い」
と語りました。
そこへリチャード・シュワルツの、
「中心のSelfは壊れているわけではない」
という考えが重なります。
そしてトニー・ロビンズが、
「本来の自分に戻りながら、新しい能力を育てることもできる」
と加えました。
戻ること。
育つこと。
この二つは反対ではありませんでした。
過去、現在、未来を一人に戻す
最後に、三人の自分が同じテーブルに座りました。
過去の自分は言いました。
「私のことを嫌いにならないで。」
現在の自分は答えました。
「生きてくれてありがとう。」
現在の自分は未来へ言いました。
「待っていてね。」
未来の自分は答えました。
「急がなくていいよ。」
この時、時間は一直線ではなくなりました。
過去から現在へ。
現在から未来へ。
未来から現在へ。
現在から過去へ。
言葉が行き来し始めました。
片山鶴子さんが言う「光」も、同じように一方向ではなくなりました。
誰かが誰かへ送る光ではなく、
一人の人間の中を巡る光
として見えてきました。
最後に
過去の自分を愛せない日もあるでしょう。
今の自分を好きになれない日もあるでしょう。
未来が怖い日もあります。
そんな時に、三人の自分へ長い言葉をかける必要はないのかもしれません。
過去の自分には、
「よく生きてくれたね。」
現在の自分には、
「今日も一緒にいるよ。」
未来の自分には、
「待っていてね。」
そして三人すべてに、
「ありがとう。」
それだけでもいい。
過去の自分を捨てず、
現在の自分を嫌わず、
未来の自分を恐れず、
一つの人生として歩いていく。
片山鶴子さんの「光」という言葉を借りるなら、
その時、
自分の中で離れていたものが、
少しずつ同じ場所へ戻ってくるのかもしれません。
Short Bios:
片山鶴子
スピリチュアルカウンセラー。幼少期から独特の霊的感覚を経験してきたと語り、長年その感覚を隠して生きてきました。人生の苦しい時期を経て、自身の感覚を人を助けるために使う道へ進みました。「魂」「浄化」「光」「感謝」を中心に、過去・現在・未来の自分へ光を送る考えを伝えています。
リチャード・シュワルツ
心理療法IFS、Internal Family Systemsの創始者。人間の内側には、傷ついた部分、守ろうとする部分、恐れている部分など、さまざまなPartsが存在すると考えます。そのPartsを追い出すのではなく、中心となるSelfとの関係を取り戻すことを重視しています。
クリスティン・ネフ
セルフコンパッション研究で知られる心理学者。苦しんでいる自分にも、親しい友人に向けるような優しさを向けることを研究しています。自己批判ではなく、慈しみを出発点にした成長という視点を提示します。
ハル・ハーシュフィールド
未来自己、Future Selfの研究で知られる心理学者。現在の自分と未来の自分との心理的なつながりが、現在の判断や行動にどのような影響を与えるかを研究しています。
タラ・ブラッチ
心理学と仏教的な瞑想を背景に、受容、慈しみ、気づきを伝える教師・著述家。苦しい感情をすぐに消そうとせず、まずその存在を認め、優しく寄り添うことを重視しています。
トニー・ロビンズ
自己変革、決断、行動、人生設計などを長年扱ってきた著述家・講演家。今回の対話では、自分を受け入れることと、自分を変えることは両立できるという視点から、癒しと行動をつなぐ役割を担いました。

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