はじめに
2050年、人類はどんな存在になっているのでしょうか。
『BASHAR 2050』が投げかける問いは、未来予測だけではありません。
私たちは本当は何者なのか。
死後も意識は続くのか。
人間の意識は互いにつながっているのか。
2027年に地球外文明との接触へ向けた転換が起こるのか。
そして人類はいつか「ホモ・ギャラクティクス」、つまり銀河の人へ変わっていくのか。
今回の架空の対話では、バシャールの世界観だけで答えを決めず、死後研究、生まれ変わり研究、意識研究、スピリチュアルな思想など、異なる視点を持つ人々を同じ対話の中に招きました。
答えを一つに決めるためではありません。
「人間とは何者なのか?」
その問いを、地球という小さな枠から少しだけ外へ広げて考えるためです。
(本稿に記されている対話はすべて仮想のものであり、実在の人物・発言とは関係ありません。)
トピック1:私たちは本当は何者なのか?

司会:
2050年の未来を語る前に、一番近くにある謎から始めましょう。
今ここで話を聞いている「私」とは何でしょう。
身体でしょうか。
脳でしょうか。
記憶でしょうか。
意識でしょうか。
それとも魂でしょうか。
ブルースさん。現在の科学から見て、意識は脳が作っていると言い切れるのでしょうか。
ブルース・グレイソン:
脳と意識に非常に強い関係があることは確かです。脳が損傷すれば記憶や人格が変化することがありますし、薬物によって脳の状態を変えれば意識経験も変わります。
しかし、それだけで「脳が意識を生み出している」と証明されたことにはなりません。
バシャール:
そこは私たちの考えとも接点があります。
ただ、私たちはもう一歩先へ進みます。
脳が意識を作っているのではありません。意識が脳を通して物質世界を経験しているのです。
グレイソン:
そこまで私は言っていませんよ(笑)。
バシャール:
もちろんです(笑)。
あなたは「まだ分からない」と言っている。
私たちは「こういう仕組みだ」と言っている。
その違いは明確にしておきましょう。
ジム・タッカー:
でもブルース、私の研究でも似た問題が出てきます。
もし、幼い子どもたちが語る以前の人生についての記憶の一部が、本当に亡くなった人物の経験と関係しているとしたら、記憶が現在の脳だけに保存されているという考えでは説明が難しくなります。
グレイソン:
そうですね。
ただし私はそこで一度止まります。
「現在の説明では十分ではないかもしれない」と言うことと、「だから魂が存在する」と言うことの間には距離があります。
タッカー:
そこは私も同意します。
私たちが調べているのは、まず事例です。
子どもが非常に幼いころから、自分が知るはずのない人物について話す。名前、家族、職業、死亡状況などを語り、調査すると実在した故人との対応が見つかることがあります。
それをどう解釈するかは、その次の問題です。
江原啓之:
科学としては、そこまで慎重でなければいけないのでしょうね。
私の場合は出発点が違います。
私は、人間を肉体だけの存在とは考えていません。
魂が肉体を使って、この人生を経験していると考えています。
グレイソン:
そこが面白い違いですね。
江原さんは魂という枠組みから人間を見る。
私は、報告された経験から始めます。
江原啓之:
でもブルースさん。
長い間、臨死体験を研究してきて、ご自身の人間観は変わりませんでしたか?
グレイソン:
変わりました。
少なくとも、意識について単純な説明で満足することは難しくなりました。
私は臨死体験を研究し始めたころ、もっと簡単に説明できる現象だと思っていました。
ところが調べれば調べるほど、簡単ではなかった。
ドロレス・キャノン:
そこは私の経験と少し似ています。
私も最初から壮大な宇宙観を持っていたわけではありません。
多くの催眠セッションを重ねる中で、人々が現在の人生だけでは説明できない物語を語るようになりました。
グレイソン:
ただ、ドロレスさん。そこについては私はかなり慎重です。
催眠下で語られる記憶は、暗示や期待の影響を受ける可能性があります。
キャノン:
ええ。そこは私たちが違うところですね。
ただ私は、一人や二人ではなく、多数の人々から似た構造の話が出てくることに注目しました。
タッカー:
ドロレスさん、そこは私も聞いてみたいです。
その「似た話」が出てくること自体は興味深い。
しかし、同じ文化の中で同じような本や映画や宗教的な考えに触れている人なら、似た物語を作る可能性もありませんか?
キャノン:
もちろん考えました。
しかし私が驚いたのは、本人が意識的には知らないような内容まで繰り返し現れることでした。
私はそこから、人間の意識は私たちが通常考えているよりずっと大きいのではないかと考えるようになったのです。
バシャール:
そこについては同意します。
あなた方は、自分の意識を身体の中に閉じ込めて考えすぎています。
グレイソン:
バシャール、そこで一つ質問してもいいですか?
バシャール:
もちろん。
グレイソン:
あなたは「意識が脳を通して物質世界を経験している」と言いますね。
では脳が損傷して人格が大きく変わる場合、それをどう説明するのですか?
脳が単なる受信装置なら、なぜ「受信している人」そのものまで変わったように見えるのでしょう。
バシャール:
良い質問です。
受信機が変化すれば、表現される情報も変化します。
意識そのものが変化したのではなく、物質世界でそれを表現する仕組みが変化したと私たちは考えます。
グレイソン:
理論としては成立します。
ただ、それをどう検証するかが問題になります。
バシャール:
その通りです。
司会:
ここはかなり大事ですね。
バシャールは一つの答えを提示する。
グレイソンさんは「その答えをどう確かめるのか」と尋ねる。
エドガー・ケイシー:
しかし人間について考えるとき、もう一つ忘れてはいけないことがあります。
人は現在の人格を、自分の全体だと思っています。
けれど魂という視点から見れば、現在の人生はもっと長い存在の一部分です。
江原啓之:
そこは私も非常に近い考えです。
親である自分。
夫や妻である自分。
仕事をしている自分。
それらは大切ですが、それだけが自分ではありません。
キャノン:
私はそこからさらに先まで考えます。
魂の経験は、地球での人生だけに限定されない可能性があります。
江原啓之:
そこは私も聞きたいですね。
ドロレスさんは、地球以外での人生まで語っていますね。
なぜそこまで広げられるのですか?
キャノン:
私自身が最初からそう信じていたからではありません。
セッションの中で、地球上の過去生だけではなく、人間ではない身体、別の惑星、物質的身体を持たない状態などが語られるようになったからです。
タッカー:
ただ、それを事実として確認する方法はさらに難しくなりますね。
地球上の過去生なら、名前や住所や死亡記録を調査できることがあります。
別の惑星の人生となると、それができません。
キャノン:
そうですね。
そこは認めます。
バシャール:
しかし、検証できないことと、存在しないことは同じではありません。
グレイソン:
それもその通りです。
ただし逆も言えます。
検証できないことと、存在することも同じではありません。
バシャール:
完璧です(笑)。
江原啓之:
この二人、意外と相性がいいですね(笑)。
司会:
私もそう思っていました(笑)。
では、ここで第二の問いです。
もし魂が存在するとしましょう。
死んだあとも私は「私」なのでしょうか。
妻や夫を覚えているのでしょうか。
子どもを覚えているのでしょうか。
今の人格は残るのでしょうか。
ケイシーさんはどう考えますか?
ケイシー:
個人の経験は失われません。
しかし魂は現在の人格より大きな存在です。
現在のあなたは偽物なのではありません。
ただ、全体ではないのです。
江原啓之:
そこは私も同じように考えます。
亡くなったからといって、その人らしさが突然消えるとは考えません。
司会:
でも私はそこに少し寂しさを感じます。
たとえば亡くなった母にもう一度会いたいと思っている人がいる。
ところが死後に会ったら、
「私はあなたのお母さんというだけの存在ではありません」
と言われる。
なんだか母を失うような感じがしませんか?
江原啓之:
私は逆だと思います。
母であったことが消えるのではありません。
「母」という関係だけでは表せないほど、その人が大きな存在だったと知るのです。
ケイシー:
愛は役割より長く残ります。
キャノン:
そうですね。
私たちは関係を失うのではなく、その関係をもっと広いところから見ることになる。
グレイソン:
臨死体験者の報告にも興味深い点があります。
個人としての自分を保ちながら、同時に非常に大きな一体感を経験したと語る人がいます。
バシャール:
個であることと、一つであることは矛盾しません。
タッカー:
それは哲学的には非常に興味深いですね。
もし個人の意識が死後も何らかの形で続くなら、「何が同じなら同じ人なのか」という問題が出てきます。
記憶なのか。
人格なのか。
意識そのものなのか。
司会:
まさにそこです。
そして、それが第三の問いにつながります。
もし私たちが生まれる前から存在していたのなら、
なぜ何も覚えていないのでしょう?
ジムさんの研究では、ここがかなり面白いですよね。
タッカー:
はい。
過去生について語る子どもたちは、非常に幼い時期に話し始めることが多い。
そして成長するにつれて、その記憶が薄れていく傾向があります。
江原啓之:
それはとても興味深いですね。
私は以前から、幼い子どものほうが霊的な感覚を自然に持っている場合があると考えています。
成長するにつれて、こちらの世界の常識を学び、そちらに意識が集中していく。
タッカー:
可能性としては興味深いです。
ただ、私たちの研究から「霊的な感覚が閉じる」とまで証明されたわけではありません。
江原啓之:
もちろんです。
そこは私の立場からの解釈です。
バシャール:
私たちの説明では、忘却は失敗ではありません。
必要な仕組みです。
キャノン:
そこは私もかなり近いですね。
司会:
なぜ忘れる必要があるのでしょう?
バシャール:
2026年にも私たちはこの問いを扱いました。
非物質的な状態で何かを「知っている」ことと、物質世界でそれを「経験する」ことは違います。
愛を知っていることと、愛することは違います。
勇気を知っていることと、恐怖を感じながら勇気を選ぶことは違います。
ケイシー:
それは魂の成長という考えにも近いでしょう。
バシャール:
そうです。
身体には制限があります。
時間があります。
不確実性があります。
忘却があります。
だから選択が生まれます。
グレイソン:
でもバシャール、ここでも私は質問したい。
それは非常に整った説明です。
しかし、その説明が正しいとどうやって判断するのですか?
バシャール:
判断する必要はありません。
グレイソン:
それは少し逃げていませんか(笑)。
バシャール:
いいえ(笑)。
私たちはあなた方に信仰を要求していません。
一つのモデルを提示しています。
あなた方自身の経験と照らし合わせ、役に立たなければ捨てればいい。
ダリル・アンカ:
これは私自身がずっと大切にしてきたところです。
私自身も、バシャールが本当に地球外存在なのか、それとも私自身の意識の未知の部分なのかを客観的に証明することはできません。
タッカー:
それはかなり重要な発言ですね。
ダリル・アンカ:
私にとっては、情報の出所だけではなく、内容そのものを見てほしい。
グレイソン:
そこなら私も理解できます。
経験と解釈を分ける。
これは研究でも同じです。
司会:
ただ、バシャールの「忘れるから経験できる」という考えには、一つ意地悪な質問があります。
魂が過去の人生から学んでいるのに、毎回ほとんど全部忘れるなら、ものすごく効率の悪い学校ではありませんか?
タッカー:
それは私も聞いてみたい(笑)。
ケイシー:
記憶と成長を同じものと考えるから、そう見えるのです。
司会:
どういう意味でしょう。
ケイシー:
あなたは十年前の一日一日を覚えていますか?
司会:
ほとんど覚えていません。
ケイシー:
しかし、その十年間は現在のあなたの一部ではありませんか?
司会:
なるほど。
江原啓之:
これはとても大切だと思います。
過去生があるとしても、「私は昔誰だったのか」を知ること自体が目的ではない。
今の人生をどう生きるかのほうが大切です。
キャノン:
私も、過去を見ることの意味は現在を理解することにあると思います。
タッカー:
そして研究する側からすると、忘れること自体も謎なんです。
仮に子どもたちの記憶が本当に以前の人生と関係しているなら、
なぜ三歳では覚えていて、十歳では覚えていないのか。
そこには何か仕組みがあるはずです。
グレイソン:
死の側でも似ています。
臨死体験をした人の中には、非常に強烈な経験をしたあと、以前と同じようには生きられなくなる人がいます。
細部の記憶だけではなく、経験によって価値観そのものが変わる。
江原啓之:
そう考えると、「覚えていること」より「何に変わったか」のほうが重要なのかもしれませんね。
グレイソン:
少なくとも、その問いは非常に面白いと思います。
司会:
では最後に、一つだけ難しい問題を残しておきたいと思います。
魂が学ぶために人生を選ぶ。
苦しみにも意味がある。
そういう考え方は、人を救うことがあります。
しかし同時に危険にもなりませんか。
病気になった人。
虐待された人。
戦争で家族を失った人。
子どもを亡くした人に、
「あなたの魂が選んだ経験です」
と言ってしまったら。
江原啓之:
それは言うべきではないと思います。
霊的な考え方を使って、人の痛みを説明したつもりになってはいけません。
キャノン:
同意します。
本人が自分の人生の中から意味を見つけることと、他人が外から意味を与えることは違います。
グレイソン:
そこは研究でも同じです。
臨死体験者が「この経験には意味があった」と語ることがあります。
それは本人の経験です。
研究者が苦しんでいる人に「あなたにはこれが必要だった」と言うこととはまったく違います。
タッカー:
私も、子どものケースを見ていて感じます。
どれほど不思議な現象を研究していても、目の前にいるのは研究材料ではなく、子どもと家族です。
ケイシー:
魂についての知識が本当に価値を持つなら、人を裁くためではなく、人をより深く愛するために使われるべきでしょう。
しばらく、誰も言葉を挟まなかった。
司会:
最初に私は、
「私たちは何者なのか?」
と聞きました。
でも今は、少し違う問いになった気がします。
バシャール:
それでいいのです。
司会:
答えは教えてくれないのですか?
バシャール:
あなた方はいつも「私は誰なのか」という答えを探します。
しかし、あなたは名詞ではありません。
司会:
名詞ではない?
バシャール:
あなたは経験です。
選択です。
変化です。
今この瞬間にも、自分が何者であるかを表現しています。
グレイソン:
私はそこまで形而上学的には言いませんが(笑)、一つだけ同意できます。
意識について、私たちはまだ非常に多くのことを知りません。
タッカー:
そして「まだ知らない」という事実は、怖いことではないと思います。
江原啓之:
むしろ、人間を今までより大きく見る入り口になるかもしれません。
ダリル・アンカ:
だから信じることから始めなくてもいい。
問い続ければいいんです。
司会:
私たちは自分の名前を知っています。
顔を知っています。
年齢を知っています。
家族を知っています。
どこで生まれたかも知っています。
しかし、そのすべてを経験している「私」が何なのかについては、まだ答えがありません。
そして、もしかすると最も大切なのは、急いで「魂だ」「脳だ」と決めることではないのかもしれません。
自分という存在は、自分がこれまで思っていたより大きいかもしれない。
その可能性を残しておくことから、この対話は始まります。
トピック2:死んだら、私たちはどこへ行くのか?

司会:
前の対話では、「意識は脳だけで説明できるのか」というところまで話しました。
では今日は、その先へ行きましょう。
誰も避けることのできない問いです。
私たちは死んだら、どこへ行くのでしょうか?
消えるのでしょうか。
霊界へ行くのでしょうか。
別の人生として生まれるのでしょうか。
それとも「どこへ行く」という質問そのものが間違っているのでしょうか。
ブルースさん。
何十年も臨死体験を研究してきた人として、死後にも意識が存在すると考えていますか?
ブルース・グレイソン:
私はまず、「臨死体験」と「死後世界の証明」を同じものにしないようにしています。
臨死体験をした人々が非常に鮮明な経験を報告することは事実です。
しかし、その人たちは戻ってきています。
ですから科学的には、「完全な死後の状態を観察した」とまでは言えません。
江原啓之:
でもブルースさん。
研究者としてではなく、一人の人間としてはどうですか?
これほど多くの臨死体験者を見てきても、
「死んだらすべて終わる可能性も同じくらいある」
と思っていますか?
グレイソン:
いい質問ですね。
長年研究してきた結果、私は若いころより、意識が身体の死とともに完全に消滅するという考えには慎重になりました。
ただし、それを「科学が死後世界を証明した」と表現することには賛成しません。
ジム・タッカー:
そこは私も非常に近いです。
私の場合は死にかけた人ではなく、
生まれてきた子ども
の側から同じ問題を見ています。
司会:
出口ではなく、入り口から見ている。
タッカー:
そう言えるかもしれません。
もし、ある子どもが自分の現在の人生より前の人物について正確な情報を持っているなら、
「その情報はどこから来たのか」
という問いが生まれます。
グレイソン:
ジム、あなた自身は今、「生まれ変わり」という言葉をどこまで使いますか?
タッカー:
慎重に使います。
私たちには、以前の人生の記憶として解釈できる興味深い事例があります。
しかし、一つの説明だけを最初から決めるべきではありません。
江原啓之:
私はそこでは、かなりはっきりしています。
生まれ変わりはあると考えています。
タッカー:
江原さんに聞いてもいいですか?
江原啓之:
もちろんです。
タッカー:
もし生まれ変わりがあるなら、
「同じ人」とは何でしょう?
私が前の人生の名前も、家族も、記憶も覚えていない。
身体も違う。
性格まで違うかもしれない。
それでも、なぜ同じ魂だと言えるのでしょう?
江原啓之:
私は、記憶が魂のすべてだとは考えていないからです。
今の人生でも同じでしょう。
三歳のころの一日を覚えていますか?
タッカー:
ほとんど覚えていません。
江原啓之:
でも三歳のあなたと今のあなたは、まったく別人ではありませんよね。
タッカー:
確かに。
エドガー・ケイシー:
魂の連続性とは、記憶だけの連続性ではありません。
経験したことが魂に何を残したか。
そこが重要なのです。
司会:
ケイシーさん。
あなたは過去生について数多くのリーディングを残しました。
でも、あなたの考えでは「前世で誰だったか」を知ること自体が一番大切なのではないのですね。
ケイシー:
そうです。
前世を知ることが、現在の人生から逃げるための遊びになってはいけません。
大切なのは、
過去から何を持ってきて、今それをどう使うか。
です。
ドロレス・キャノン:
そこは私も同意します。
私は退行催眠を通じて非常に多くの過去生の物語に接しましたが、過去を見る意味は、現在の人生を理解するところにあります。
グレイソン:
ドロレスさん。
前回も少し触れましたが、ここではやはり聞いておきたい。
催眠で語られた過去生と、ジムが研究している幼児の自発的な記憶は、証拠としてかなり性質が違います。
キャノン:
そうですね。
ジムの子どもたちは自発的に話します。
私の場合は催眠という方法を使います。
タッカー:
そして私たちが幼い子どものケースを重視する理由の一つは、子どもが自分から話し始めることです。
できる場合には、語った内容を記録してから、それに一致する故人を調べます。
キャノン:
そこはあなたの研究の強みですね。
江原啓之:
面白いですね。
同じ生まれ変わりを扱っていても、入り口がまったく違う。
グレイソン:
そして私の場合は、死に近づいた側から見ています。
タッカー:
そう考えると、ブルースは「出ていく側」を研究して、私は「入ってくる側」を研究している(笑)。
グレイソン:
二人の研究がいつか真ん中でつながれば面白いですね(笑)。
バシャール:
あなた方はすでにつながっているものを、両側から観察しているのです。
グレイソン:
そこはまた、あなたが一気に結論まで行きましたね(笑)。
バシャール:
私の役目です(笑)。
司会:
ではバシャールに聞きます。
あなたの考えでは、死んだ瞬間に何が起きるのですか?
バシャール:
あなたは存在しなくなるのではありません。
物質的な焦点を外すのです。
司会:
「死ぬ」のではなく?
バシャール:
身体が機能を終えます。
しかし意識そのものが消えるわけではありません。
あなた方は毎晩、眠るときにも物質世界への焦点を弱めています。
死は、それより完全な移行だと考えることができます。
グレイソン:
私は、その説明を研究結果として支持することはできません。
ただ、臨死体験者の中には、自分の身体から離れたと感じたり、「本来の場所へ戻った」と感じたりする人がいるのは事実です。
江原啓之:
そこは霊的な世界観と非常に近いですね。
グレイソン:
報告される経験としては、そうですね。
その経験が何を意味するかについては、まだ別です。
司会:
では、ここで少し難しくします。
臨死体験。
霊界。
生まれ変わり。
霊媒現象。
アカシックレコード。
これらは本当に別々の話なのでしょうか。
それとも、一つの大きな仕組みを違う場所から見ているのでしょうか。
ケイシー:
私の考えでは、つながっています。
魂は一度の人生だけを経験する存在ではありません。
そして、その経験は失われません。
タッカー:
ケイシーさんの言う「失われない」というのは、アカシックレコードのことですか?
ケイシー:
それも含まれます。
魂の思考、選択、経験が記録されているという考えです。
グレイソン:
ここで研究者として聞きたい。
その「記録」はどこに存在するのでしょう?
ケイシー:
物質的な図書館のような場所ではありません。
グレイソン:
では、どうすれば存在を確かめられますか?
ケイシー:
それはあなたの方法では難しいでしょう。
グレイソン:
そこが問題なんです(笑)。
江原啓之:
でもブルースさん。
測定できないものを全部否定しているわけではないですよね?
グレイソン:
もちろんです。
測定できないから存在しない、とは言いません。
ただ、
「存在する」
という主張と、
「その存在を確認できる」
という主張は分けたいんです。
バシャール:
非常に良い区別です。
司会:
バシャールがグレイソンさんに同意する場面が増えてきましたね。
グレイソン:
少し心配になってきました(笑)。
バシャール:
心配する必要はありません(笑)。
司会:
では第二の質問です。
仮に生まれ変わりがあるとします。
私は前世のことを何も覚えていない。
前の名前も知らない。
家族も知らない。
性別も違うかもしれない。
国も違う。
性格まで違う。
それでも、
「同じ魂」
とは何を意味するのでしょう?
タッカー:
これは研究を続けるほど面白くなる問題です。
一部の子どもたちは、以前の人物について語るだけでなく、その人物に関連しているように見える強い感情や行動を示すことがあります。
しかし、それでも「魂とは何か」まで研究で直接測っているわけではありません。
キャノン:
私は、現在の人格を一つの表現だと考えます。
魂そのものは、もっと大きい。
江原啓之:
私も近いですね。
ただ、現在の人格を軽く扱いたくはありません。
今の「私」も大切な存在です。
キャノン:
もちろん。
江原啓之:
たまにスピリチュアルな話では、
「本当のあなたは魂なのだから、この世の苦しみなんて大したことではない」
という方向へ行ってしまうことがあります。
私はそれは違うと思います。
この人生を生きている私も、本物です。
グレイソン:
そこは非常に大切だと思います。
バシャール:
物質的人格は偽物ではありません。
それは、より大きなあなたが選んだ一つの視点です。
司会:
では、たとえば100回生まれ変わった魂があるとします。
100人分の人格がある。
その100人の上に「本当の私」がいる?
バシャール:
「上」というより、すべてを含む大きな自己です。
キャノン:
私の世界観もそこに近いです。
タッカー:
でも、それを言い始めると面白い哲学的問題が出ます。
もし今の人格が大きな自己の一部分なら、
死後に「私が続く」というときの「私」は、
今ここにいる私なのか。
それとも、その大きな自己なのか。
江原啓之:
両方ではないでしょうか。
グレイソン:
それはどういう意味ですか?
江原啓之:
大人になったからといって、五歳の自分が「存在しなかったこと」にはなりません。
五歳の自分を含みながら、もっと大きな自分になっている。
魂についても、私はそれに近いものとして考えています。
タッカー:
なるほど。それは分かりやすいですね。
ケイシー:
魂は経験を捨てるのではありません。
経験を取り込んでいくのです。
司会:
では第三の質問へ行きます。
ここから一気に話が大きくなります。
生まれ変わりが本当にある。
魂が身体とは別に存在する。
そして宇宙には地球以外にも生命が存在する。
この三つを仮定したら、奇妙な疑問が出てきます。
なぜ魂は、地球にしか生まれないのでしょう?
キャノン:
私の答えは簡単です。
地球だけではないと考えています。
グレイソン:
ここはドロレスさんが一気に前へ出ますね(笑)。
キャノン:
やっと私の出番ですね(笑)。
タッカー:
ぜひ聞きたいです。
地球外での転生という考えに至った理由は何だったのですか?
キャノン:
退行催眠のセッションの中で、人々が地球上の過去生だけではなく、別の惑星、異なる身体、物質的身体を持たない存在としての経験まで語るようになったからです。
私は最初からそれを求めて質問したわけではありません。
グレイソン:
でも、ここでは証拠の問題がさらに大きくなります。
ジムのケースなら、亡くなった人物を探せることがあります。
あなたのケースで、
「私は別の星にいました」
と言われても確認できません。
キャノン:
その通りです。
現在の方法では確認できません。
タッカー:
そこを認めるのは大切ですね。
バシャール:
しかし論理的な問いとして考えてください。
もし意識が身体を超えて存在し、
宇宙に多数の文明が存在するなら、
なぜ意識が地球という一つの惑星だけに限定されなければならないのでしょう?
グレイソン:
論理的な可能性としては否定できません。
ただ、最初の「もし」が二つともまだ確認されていません(笑)。
バシャール:
あなたは本当に良い仕事をしますね(笑)。
江原啓之:
でも、この質問は面白いと思います。
宗教でもスピリチュアルな考えでも、死後世界を語るとき、人間はほとんど地球だけを前提にしてきました。
ケイシー:
人間は、自分たちの経験を宇宙全体の基準にしやすいのです。
タッカー:
ただ、私はここではかなり慎重になります。
私が研究している事例から、他惑星への転生まで導くことはできません。
キャノン:
それでいいと思います。
私たち全員が同じところまで行く必要はありません。
グレイソン:
それは大事ですね。
同じ「意識は身体以上のものかもしれない」という可能性を考えていても、証拠からどこまで進むかは人によって違う。
江原啓之:
そして、違っているから話す意味がある。
司会:
ではバシャール。
もしあなたの世界観が正しいとして、一つ聞きたい。
地球外生命にも魂はあるのですか?
バシャール:
もちろんです。
魂が人間だけの所有物だという考えそのものが、人間中心的です。
司会:
では宇宙人も死ぬ?
バシャール:
物質的身体を持つ存在なら、その身体の経験を終えることがあります。
司会:
そして生まれ変わる?
バシャール:
意識は多様な経験を選択できます。
キャノン:
そこは私がセッションから作ってきた世界観と非常に近いです。
グレイソン:
私はここで二人から少し離れて座っておきます(笑)。
タッカー:
私もブルースの隣へ行きます(笑)。
江原啓之:
では私は真ん中に座りましょうか(笑)。
司会:
ちょうどいいですね。
でも、冗談のようでいて、この座り位置そのものが今日の対話を表している気がします。
一方には、
「死後意識や転生を支持する可能性のある現象は存在する。しかし結論は慎重に」
という研究者たちがいる。
もう一方には、
「魂は存在し、人生は一度ではなく、その経験は地球だけに限定されない」
という世界観を持つ人たちがいる。
そして、その間にもいくつもの立場があります。
グレイソン:
私は、その間の空間を残しておくことが大切だと思います。
分からないことを、急いでどちらかに埋めなくてもいい。
江原啓之:
でも同時に、分からないから考えない、ということでもないですね。
グレイソン:
その通りです。
タッカー:
私がこの研究を続けている理由もそれです。
奇妙な事例がある。
簡単には説明できない。
なら、調べる。
キャノン:
私はそこからもっと遠くまで行きました。
グレイソン:
かなり遠くまで(笑)。
キャノン:
ええ(笑)。
でも人間の意識が本当に身体より大きいなら、「どこまで大きいのか」を聞いてみたくなりませんか?
タッカー:
それは確かに聞きたくなります。
ケイシー:
そして答えを探すとき、忘れてはいけないことがあります。
過去の人生が何回あったか。
どこの星にいたか。
死後に何を見るか。
それだけが大切なのではありません。
司会:
では、何が一番大切なのでしょう。
ケイシー:
今ここで、どのように生きるかです。
江原啓之:
そこは私も同じです。
死後世界を信じる意味があるとすれば、死を待つためではありません。
今の人生をもっと大切にするためです。
グレイソン:
それは臨死体験者から私が何度も聞いてきたこととも重なります。
多くの人が、体験後に地位や物質的成功より、人との関係や思いやりを大切にするようになったと語ります。
タッカー:
過去生についても同じかもしれません。
「前は誰だったのか」より、
「それを知ったことで今をどう生きるのか」。
キャノン:
地球外の人生についてもそうです。
「私は宇宙から来た特別な人間だ」と思うためなら、何の意味もありません。
バシャール:
その通りです。
あなたがどこから来たかより、
今ここで何を選ぶか。
それが重要です。
司会:
不思議ですね。
今日は死後世界について話していたはずです。
死んだらどこへ行くのか。
生まれ変わるのか。
別の惑星にも生まれるのか。
しかし最後に戻ってきたのは、
「では、今をどう生きるのか」
でした。
死後世界が本当に存在するのか。
生まれ変わりが本当にあるのか。
魂が地球以外の生命として経験することがあるのか。
まだ答えが出ていない問いはたくさんあります。
けれど、もし死によってすべてが終わらない可能性があるとしたら、
死についての最大の問いは、
「死んだあと、私はどこへ行くのか?」
だけではないのかもしれません。
「死ぬまでの間、私は何を愛し、何を学び、どんな人間として生きるのか?」
その問いもまた、死後について考えることの中に含まれているのだと思います。
トピック3:私たちの意識は、本当に別々なのか?

司会:
これまで二つの大きな問いを話してきました。
「私は何者なのか」
そして、
「死んだあと、意識はどうなるのか」
今日は、そこから少し方向を変えます。
今ここに七人の人が座っています。
普通に考えれば、七つの脳があり、七つの意識があります。
私の考えは私のもの。
あなたの考えはあなたのもの。
その間には境界があります。
でも、本当にそれほど完全に分かれているのでしょうか。
バシャール:
完全には分かれていません。
グレイソン:
今日は始まって十秒で結論ですね(笑)。
バシャール:
時間を節約しました(笑)。
司会:
では今日は、その結論をみんなに簡単には通さないことにしましょう。
タッカー:
賛成です(笑)。
江原啓之:
でも、この問いは非常に身近ですよね。
たとえば、電話が鳴る直前にその人の顔が浮かんだ。
誰かのことを考えていたら、突然その人から連絡が来た。
何も言っていないのに、相手の気持ちが分かった。
そういう経験をしたことがある人は多いと思います。
グレイソン:
ただ、そこではすぐに「意識がつながっている」と結論しないほうがいいでしょう。
私たちは偶然を非常に強く記憶します。
百回誰かのことを考えて何も起きなかったことは忘れる。
一回だけ、その直後に電話が来たことは覚えている。
江原啓之:
もちろん、偶然もあるでしょう。
でも私は、全部が偶然だとも考えていません。
タッカー:
ここで難しいのは、その境界ですよね。
どこからが偶然で、どこからが本当に通常とは違う情報伝達なのか。
司会:
それが今日の第一の問いです。
人間の意識は、本当に一人ひとり完全に独立しているのでしょうか。それとも、まだ説明できない方法で何かを共有している可能性があるのでしょうか?
ケイシー:
私の考えでは、人間の意識は完全に孤立してはいません。
個々の魂は独自の存在ですが、より大きな意識とのつながりを持っています。
グレイソン:
ケイシーさんが言う「より大きな意識」というのは、何でしょう。
神ですか。
集合的な意識ですか。
それとも情報の場のようなものですか。
ケイシー:
言葉を一つに限定すると誤解を生みます。
人間は個でありながら、完全に孤立した個ではないということです。
キャノン:
そこは私の世界観とも近いです。
私たちは、自分を一人の独立した人格だと思っています。
しかし、もっと大きな意識の一部分として存在している可能性があります。
タッカー:
ドロレスさん。
前のトピックでも似た話が出ましたが、一つ疑問があります。
もし私たちが大きな意識の一部なら、なぜ普段は他人の考えが聞こえないのでしょう。
キャノン:
身体を持つことで制限されているからです。
バシャール:
その説明には同意します。
物質的な現実を経験するためには、分離しているように感じる必要があります。
グレイソン:
「必要がある」と言うところが私は気になります。
誰が必要だと決めたのでしょう。
バシャール:
あなた自身です。
グレイソン:
またそこへ行きましたね(笑)。
バシャール:
はい(笑)。
江原啓之:
でも「分離している感覚」という表現は面白いですね。
私たちは普段、
「私は私」
「あなたはあなた」
と考えます。
それ自体は必要です。
でも、それが強くなりすぎると、
「あなたの苦しみは私には関係ない」
となってしまう。
ケイシー:
そこに人間の問題があります。
個性を持つことと、互いにつながっていることは矛盾しません。
司会:
バシャールはよく「周波数」や「振動」という言葉を使いますね。
ここは少し整理したいです。
科学でいう周波数と、バシャールがいう周波数は同じものですか?
バシャール:
必ずしも同じではありません。
私たちが周波数という言葉を使うとき、それは意識状態や存在の状態を表す比喩的な意味を含みます。
グレイソン:
そこは非常に大事ですね。
物理学で周波数と言えば、測定できるものです。
ヘルツという単位があります。
スピリチュアルな文脈で「あなたの周波数が上がった」と言う場合、それを同じ意味で扱うのは危険です。
江原啓之:
言葉が似ているから、科学的に証明されているように聞こえてしまうことがありますね。
タッカー:
その混同は避けたいです。
スピリチュアルな表現として価値があることと、物理学の用語として正確であることは別です。
バシャール:
同意します。
グレイソン:
今日は本当に同意が多いですね(笑)。
バシャール:
まだこれからです(笑)。
司会:
では第二の問いへ進みます。
人間はさまざまな不思議な経験を報告します。
テレパシー。
強い直感。
亡くなった人からのメッセージ。
共時性。
夢で見た出来事が現実になる。
しかし全部を同じものとして扱っていいのでしょうか。
テレパシー、直感、霊媒現象、共時性、単なる偶然を区別するには、どんな証拠が必要なのでしょう?
グレイソン:
まず、本人にとって意味のある経験だったということと、外部から確認できる現象だったということを分ける必要があります。
江原啓之:
たとえば?
グレイソン:
「亡くなった父が夢に出てきた」
これは本人にとって非常に大きな経験かもしれません。
しかし、
「父が夢の中で、誰も知らなかった場所にある物を教え、その場所を調べたら本当に見つかった」
となれば、検討できる情報が一つ増えます。
タッカー:
事前に知られていない情報があるかどうかは大きいですね。
私の研究でも同じです。
子どもが一般的なことを言うだけでは弱い。
「私は昔死んだ」
「家族がいた」
だけでは多くの人に当てはまります。
でも、具体的な名前、場所、死亡状況などが一致すれば、調査する意味が出てくる。
キャノン:
ただ、個人的な経験の価値まで証拠の強さだけで決める必要はないと思います。
グレイソン:
そこは同意します。
科学的証拠として弱いことと、本人にとって意味がないことは同じではありません。
江原啓之:
私は霊的な相談に関わる中で、そこを非常に大事にしてきました。
人は時々、亡くなった人とのつながりを感じることで救われます。
でも、それを利用して不安を煽ったり、
「あなたには悪い霊がついている」
などと言って支配するのはまったく違います。
司会:
これは重要ですね。
霊的な体験を信じるかどうかだけでなく、その体験をどう扱うかという倫理の問題があります。
江原啓之:
そうです。
霊的な世界を語るなら、恐怖ではなく、その人がより良く生きる方向へつながらなければ意味がありません。
ケイシー:
能力を持つことより、それを何のために使うかのほうが大切です。
タッカー:
これは科学でも似ています。
不思議な現象があると、人はすぐに大きな結論へ行きたくなります。
でも、そこで一度止まる必要があります。
バシャール:
しかし止まりすぎても前へ進みません。
タッカー:
そこはあなたらしいですね(笑)。
バシャール:
疑うことは役に立ちます。
ただし、疑うこと自体を信仰にしてはいけません。
グレイソン:
それは私も同意します。
懐疑的であることは、最初から否定することではありません。
司会:
では逆に、何でも信じることも違う。
グレイソン:
そうです。
最初から否定しない。
最初から信じない。
調べる。
タッカー:
それが一番面白いところです。
司会:
江原さん。
霊媒現象について聞きたいです。
もし亡くなった人から情報を受け取ることが本当にあるとしたら、それはテレパシーとは違うのでしょうか。
江原啓之:
私の考えでは違います。
霊媒現象は、肉体を離れた存在との交流を含みます。
テレパシーは、生きている人同士の意識の伝達として考えることができます。
グレイソン:
でも外から見ると、区別はかなり難しくありませんか。
たとえば霊媒が亡くなった人しか知らないはずの情報を語ったとしても、
その情報を生きている家族の心から読み取った可能性を考える人もいます。
江原啓之:
確かに、その議論はあります。
タッカー:
これは面白いですね。
仮に通常では説明しにくい情報取得があったとしても、それだけで「死者と話した」とまでは言えない。
テレパシーという別の説明も残る。
キャノン:
でもその場合、テレパシーそのものを認めることになりますね(笑)。
グレイソン:
そうなんです(笑)。
一つの超常的な説明を避けるために、別の超常的な説明を使うことになる。
司会:
それは面白いですね。
「霊ではありません。テレパシーです」
と言った瞬間、
「ではテレパシーはあるんですか?」
という別の問題が出てくる。
バシャール:
あなた方は箱に名前を付けるのが好きですね。
グレイソン:
科学者は分類が好きなんです(笑)。
バシャール:
名前を付けることで理解した気になることがあります。
タッカー:
それは耳が痛いですね(笑)。
ケイシー:
現象の名前が違っても、根本にあるものが同じ可能性はあります。
司会:
何が根本にあるのでしょう。
ケイシー:
意識は孤立したものではない、ということです。
司会:
では、ここから第三の問いへ行きたいと思います。
これが今日、一番人間的な問いかもしれません。
仮に私たちの意識が何らかの形でつながっているとします。
仮に「完全に別々の存在だ」という感覚が、現実の一部分しか表していないとします。
その場合、
私たちの生き方はどう変わるのでしょうか?
江原啓之:
私はそこが一番大切だと思います。
霊界があるか。
テレパシーがあるか。
そういうことだけを追いかけても仕方がありません。
もし本当に人間がつながっているなら、
他人を傷つけることは、自分とは無関係な誰かを傷つけることではなくなる。
ケイシー:
その通りです。
グレイソン:
臨死体験者からも、非常によく聞く変化があります。
他者への思いやりが強くなる。
物質的成功への執着が弱くなる。
人間関係を以前より大切にする。
タッカー:
なぜでしょう。
グレイソン:
本人たちはしばしば、
「自分は独立した孤立した存在ではないと感じた」
と表現します。
それが客観的な宇宙の構造を証明するわけではありません。
でも、その経験によって人生が変わったことは観察できます。
バシャール:
分離の感覚は、物質世界を経験するために役立ちます。
しかし、それを絶対的真実だと思うと苦しみが生まれます。
司会:
孤独も?
バシャール:
そうです。
「私は一人だ」
「誰も私を理解しない」
「私は世界から切り離されている」
そう信じれば、その信念に合った経験を作りやすくなります。
グレイソン:
ここで私は少し止めたい。
孤独に苦しんでいる人に、
「あなたの信念が孤独を作っています」
と言うのは危険です。
社会的孤立、喪失、病気、経済状況など、現実の要因があります。
バシャール:
同意します。
私は「すべてあなたのせいだ」と言っているのではありません。
江原啓之:
これは前のトピックでも出た問題ですね。
霊的な考え方を、苦しんでいる人を責める道具にしてはいけない。
キャノン:
本当にそうです。
「あなたがその現実を引き寄せた」
という一言で人の苦しみを説明してしまうのは、非常に乱暴です。
タッカー:
そこは大切ですね。
司会:
意外です。
今日はスピリチュアル側の人たちが、スピリチュアルな言葉の危険性をかなり指摘しています。
江原啓之:
本当に大切なことだと思います。
人を助けるはずの考えが、人を責める言葉になったら本末転倒です。
司会:
では、少し個人的な質問をしてもいいでしょうか。
もし私たちが本当にどこかでつながっているなら、
なぜ人間はこれほど互いを傷つけるのでしょう。
戦争をする。
憎み合う。
騙す。
家族でさえ傷つけ合う。
本当につながっているなら、なぜそれが分からないのでしょう。
ケイシー:
知識として知ることと、それを生きることは違うからです。
バシャール:
トピック1に戻りましたね。
司会:
本当ですね。
江原啓之:
私は、人間は分離を経験するからこそ、愛を選ぶ意味が生まれるのだと思います。
もし最初から全員が完全に一つだと感じていたら、
「他人を自分のように大切にする」
という選択そのものが必要なくなるかもしれません。
グレイソン:
それは哲学としては興味深いですね。
キャノン:
私も近いことを考えます。
地球という場所は、分離を強く経験する場所なのかもしれない。
タッカー:
それは調査できる話ではないですが(笑)。
キャノン:
今日はずいぶん監視されていますね(笑)。
タッカー:
私の役割です(笑)。
グレイソン:
私も手伝っています(笑)。
バシャール:
非常に良いバランスです。
司会:
では皆さんに、一つだけ聞きます。
もし明日、人間の意識が何らかの形で本当につながっていることが科学的に確認されたら、
人類にとって一番大きく変わるものは何でしょう。
タッカー:
「個人」という概念でしょうね。
私たちは自分を、かなり閉じた存在として考えています。
それが変わるかもしれない。
グレイソン:
科学にとっても大きな変化です。
意識を個々の脳だけで研究する方法そのものを見直す必要が出るでしょう。
江原啓之:
私は人間関係だと思います。
本当に他者とつながっていると知ったら、
相手の痛みを「自分には関係ない」と言いにくくなる。
キャノン:
孤独についての考えも変わるでしょう。
「私は一人ではない」という言葉が、励ましではなく、現実についての説明になるかもしれません。
ケイシー:
責任です。
すべての人がつながっているなら、自分の考えや行動は自分だけのものではない。
司会:
バシャールは?
バシャール:
私なら一つ訂正します。
あなた方は、
「もしつながっていることが証明されたら」
と言います。
私たちは、
「すでにつながっていることに、人類がいつ気づくのか」
と尋ねます。
グレイソン:
そして私は、
「それをどう確かめるのか」
と聞きます(笑)。
バシャール:
だからあなたが必要なのです(笑)。
司会:
もしかすると、今日の対話で一番大切なのは、この二人の間なのかもしれませんね。
一人は、
「もっと大きな可能性を考えてみてください」
と言う。
もう一人は、
「それをどう確かめるのですか」
と聞く。
そして、その間に私たちがいます。
完全に信じる必要もありません。
最初から否定する必要もありません。
ただ、一つだけ考えてみることはできます。
毎日、私たちは何十人、何百人という人とすれ違います。
知らない人。
好きな人。
苦手な人。
家族。
友人。
自分とはまったく違う人生を生きている人。
私たちはその一人ひとりを、
「私とは別の人」
として見ています。
もちろん、その違いは本物です。
でも、その違いのさらに奥に、
まだ私たちが知らない何かが共有されているとしたら。
人間について最大の発見は、
「私は誰なのか」
という答えだけではなく、
「私は、本当にどこまであなたと別なのか」
という問いの中にも隠れているのかもしれません。
トピック4:2027年、本当に何かが起きるのか?

司会:
ここまで私たちは、
意識とは何か。
死後にも意識は続くのか。
人間の意識は本当に別々なのか。
そんな話をしてきました。
でも今日は、少し違います。
今日は未来予測です。
しかも、かなり具体的な年があります。
2027年。
バシャールの現在の公式資料では、2027年が公然たる接触に向けた大きな転換点として語られています。
「2027年、すべてが変わる年」という題名のセッションでは、地球外存在がどのように人類社会へ紹介される可能性があるのかまで扱われています。
ただし公式説明には、
「現在の可能性では」
という意味の条件も付いています。
そこで今日は、最初から逃げ道をなくしておきたいと思います。
バシャール。
2027年に、実際に何が起きると言っているのですか?
バシャール:
私たちが話しているのは、公然たる接触へ向かう非常に重要な転換点です。
あなた方の文明と地球外文明との関係が、これまでとは違う段階へ入る可能性があります。
グレイソン:
もう少し具体的にできますか?
「転換点」という言葉は便利です。
何か大きな出来事が起きても転換点と言える。
何も大きなことが起きなくても、
「見えないところで転換した」
とも言えてしまう。
バシャール:
良い指摘です。
タッカー:
私もそこが気になります。
予測を検討するなら、まず、
何が起きたら当たったと言うのか
を決めておかないといけません。
江原啓之:
確かにそうですね。
後から意味を広げれば、どんな出来事でも予測に合わせられてしまいます。
司会:
では今日は、みんなでそこから決めましょう。
地球外生命の存在が科学的に確認される。
政府が地球外文明について公式発表する。
地球外文明から通信を受ける。
宇宙船が世界的に確認される。
地球外存在が人類社会へ実際に姿を現す。
どこからを、
「2027年の公然たる接触が始まった」
と呼びますか?
ダリル・アンカ:
私は一つ注意しておきたいです。
バシャールが2027年について話すとき、固定された運命として語っているわけではありません。
可能性について語っています。
グレイソン:
それは分かります。
でも、そこが今日の中心問題でもあります。
可能性なら、
2027年に何も起こらなかったとき、
「可能性が変わった」
と言えてしまいます。
バシャール:
その通りです。
未来は固定されていません。
タッカー:
では、予測と言えるのでしょうか?
バシャール:
あなた方が通常考える予言とは違います。
ある時点での集合的な可能性を読んでいます。
グレイソン:
でもそれなら、検証するのが非常に難しくなります。
バシャール:
そうでしょう。
司会:
今日はそこを簡単に通過したくありません。
仮に私が明日、
「来年、大きな出来事が起きる可能性が高い」
と言ったとします。
何か起きれば、
「ほら、当たった」。
何も起きなければ、
「可能性が変わった」。
これでは私は絶対に間違いません。
バシャール:
あなたの言いたいことは理解しています。
グレイソン:
科学哲学では、これは非常に大きな問題です。
ある主張が間違っている可能性が原理的に存在しないなら、
その主張をどのように評価すればいいのか。
キャノン:
ただ、未来が固定されていないという考え自体は、スピリチュアルな世界観ではそれほど珍しくありません。
タッカー:
それはそうですが、今日の問いは、
「未来は固定されているか」
だけではありません。
バシャールはかなり具体的に2027年という年を出している。
そこには普通の未来論より強い主張があります。
江原啓之:
私もそう感じます。
「いつか人類は地球外生命と出会うかもしれません」
なら哲学的な話です。
でも、
「2027年」
と言えば、聞いている人は当然その年を意識します。
ダリル・アンカ:
それは確かですね。
司会:
では、少し過去へ戻りましょう。
バシャールは以前にも、地球外生命についてかなり高い可能性を示した時期がありました。
しかし2026年現在、地球外生命の存在が科学的事実として確認されたとは言えません。
これをどう考えますか?
バシャール:
あなた方の集合的な選択によって、経験する時間軸は変化します。
グレイソン:
そこなんです。
私がもし研究者として、
「この薬は90パーセント以上の確率で効きます」
と言って、
実際には効かなかった。
そのあと、
「患者の現実が変化したからです」
と言ったら受け入れられないでしょう。
バシャール:
科学実験と集合意識の未来予測は同じものではありません。
グレイソン:
もちろん同じではありません。
しかし「高い可能性」という数字や時期を示すなら、人はある程度測定可能な意味を期待します。
バシャール:
それも理解できます。
タッカー:
バシャールに一つ聞きたいです。
仮に2028年1月1日になったとします。
世界中の科学者も政府も一般市民も認めるような地球外文明との接触は起きなかった。
その場合、
「2027年予測は外れた」
とあなたは言えますか?
バシャール:
私たちは、その時点でどの可能性が選択されたのかを説明するでしょう。
タッカー:
ということは、
「外れた」
とは言わない?
バシャール:
未来予測を固定的な宣言とは考えていません。
グレイソン:
それなら私は、
「予測」という言葉を使うこと自体に注意したほうがいいと思います。
ダリル・アンカ:
それは公平な指摘だと思います。
司会:
ダリルさんがそう言うのは面白いですね。
ダリル・アンカ:
私自身も、聞いている人に何でも盲目的に信じてほしいとは思っていません。
情報を自分で評価してほしい。
江原啓之:
私はそこが大切だと思います。
スピリチュアルな人ほど、
「信じること」
と
「考えること」
を分けないほうがいい。
むしろ信じたい内容だからこそ、冷静に見る必要があります。
キャノン:
私も未来について多くの情報を扱いましたが、未来の話は非常に難しいんです。
人は未来予測を聞くと、予測そのものより、
「本当にその日に起きるのか」
に心を奪われます。
ケイシー:
予言についても同じでしょう。
未来の警告や可能性が、人間の選択を変えるために語られることがあります。
グレイソン:
でもそこで別の問題が出ます。
予言を聞いて人間が行動を変え、そのため予言が起きなかった場合、
「予言が外れた」
のか、
「予言が成功したから未来が変わった」
のか。
外から判断できません。
タッカー:
そうなると、どちらでも正しくなってしまいますね。
バシャール:
あなた方は正誤だけで現実を見ようとします。
グレイソン:
科学者なので(笑)。
バシャール:
知っています(笑)。
司会:
では質問を変えましょう。
なぜ2027年なのでしょう?
公式の「2027年 接触の転換点」では、1947年のロズウェル事件から2027年までの時間的な周期と、公然たる接触へ向かう大きな転換が扱われています。
なぜ80年後の2027年が特別なのですか?
バシャール:
文明には成熟の周期があります。
接触とは、単に宇宙船が現れることではありません。
あなた方自身が、地球外文明の存在を受け入れられる状態になる必要があります。
江原啓之:
つまり相手の都合だけではなく、人間側の準備が必要だということですか?
バシャール:
そうです。
タッカー:
その「準備ができた」という状態を測定できますか?
バシャール:
あなた方が通常使う測定器ではありません。
グレイソン:
また私たちが困る答えですね(笑)。
バシャール:
あなたを困らせるのは楽しいですね(笑)。
グレイソン:
こちらも質問するのを楽しんでいます(笑)。
司会:
現在の公式サイトでは、2024年から「星間同盟社会実験」という接触準備の段階も進められています。
そこでは、集団で取り組むこと、地球外存在との双方向の通信を試みること、公然たる接触が将来どのような段階を踏む可能性があるか、といった内容まで扱われています。
ダリルさん。
これは単なる思想ではなく、かなり具体的な接触準備ですよね。
ダリル・アンカ:
はい。
参加者が自分自身の意識状態や、他者と協力するあり方を見直すことも含まれています。
江原啓之:
私はそこで一つ興味があります。
もし地球外文明が本当に人間を観察しているとして、
人類が十分成熟していないから接触しないという考えなら、
成熟とは何でしょう。
科学技術ですか。
道徳ですか。
精神性ですか。
バシャール:
主に、自分たちと大きく異なる存在に対して、恐怖だけで反応しない能力です。
キャノン:
そこは私の世界観とも近いです。
異なる文明との接触は、技術の問題だけではなく、人間の意識に衝撃を与えます。
タッカー:
でもこれは一つ注意したいです。
「宇宙人が来ないのは人類の意識が低いからだ」
という説明にも、検証不能の問題があります。
グレイソン:
その通りです。
来れば、
「人類が準備できた」。
来なければ、
「まだ準備できていない」。
これでも主張が間違う可能性がなくなります。
バシャール:
あなた方は本当にそこが好きですね(笑)。
タッカー:
今日はそれが私たちの仕事です(笑)。
司会:
では、もっと現実的なことを考えてみましょう。
もし2027年に何かが起きるなら、どの段階なら私たちは本気で注目すべきでしょうか。
たとえば、
NASAなどの科学機関が地球外生命を確認する。
これはどうですか?
グレイソン:
非常に大きいでしょう。
ただし微生物の発見と、知的文明との接触は分ける必要があります。
タッカー:
そうですね。
火星や他の天体で微生物が見つかっても、
「バシャールが言っていた公然たる接触が起きた」
とは言えないでしょう。
バシャール:
同意します。
司会:
では政府が、
「地球外文明の宇宙船を確認しました」
と発表したら?
グレイソン:
証拠の質によります。
発表だけではなく、その証拠が複数の独立した機関によって確認される必要があります。
江原啓之:
世界中の人が、
「これは本当に人間以外の知的存在だ」
と認められる程度のものが必要ということですね。
グレイソン:
公然たる接触という言葉を使うなら、そのくらい明確であってほしいですね。
キャノン:
もし本当にそれが起きたら、人類の心理的衝撃は大きいでしょうね。
司会:
宗教も変わるでしょうか。
江原啓之:
必ずしも壊れるとは思いません。
むしろ神や魂という概念を、地球だけに閉じ込めて考えていた人は、もっと広く考えることになるかもしれません。
ケイシー:
宇宙に生命があるから神が否定されるという必然性はありません。
タッカー:
科学についても同じです。
地球外文明が見つかれば科学が否定されるのではなく、新しい研究対象が増える。
グレイソン:
むしろ科学者は大喜びするでしょう(笑)。
司会:
確かに(笑)。
司会:
私はここで、バシャールに少し違う質問をしてみたい。
もし2027年に公然たる接触が本当に起きるなら、
あなたにとって一番重要なのは、
「私は予測を当てた」
ということですか?
バシャール:
まったく違います。
司会:
では何ですか?
バシャール:
あなた方が、自分たちは宇宙で孤独ではないと直接理解することです。
そして、それによって自分たち自身についての定義を変えることです。
グレイソン:
そこは少し興味があります。
地球外文明との接触が、人間の自己認識を変えるという部分です。
バシャール:
それが接触の本質です。
あなた方は宇宙人を見ることで、宇宙人について学ぶだけではありません。
自分自身を見ることになります。
江原啓之:
鏡のようなものですか?
バシャール:
そうです。
「人間とは何か」
という問いが突然変わるでしょう。
タッカー:
確かにそこは面白い。
もし知的生命が地球以外にも存在することが確定すれば、
人間を宇宙の中心として考える古い自己像は維持しにくくなる。
キャノン:
そして彼らにも意識があり、死があり、魂があるのかという問いが始まります。
グレイソン:
そこから一気にトピック2へ戻りますね。
江原啓之:
全部つながってきますね。
司会:
そうなんです。
最初は2027年の未来予測だけを検証する話だった。
ところが結局、
人間とは何なのか。
意識とは何なのか。
宇宙における生命とは何なのか。
そこへ戻ってくる。
司会:
では最後に、バシャール。
今日はかなり厳しく聞きました。
もう一度だけ確認します。
2027年になって、
世界中が確認できるような地球外知的文明との接触が起きなかったとしても、
それによってあなたの世界観そのものが間違っているとは考えない。
そういうことですか?
バシャール:
そうです。
2027年について私たちが話しているのは、現在存在している高い可能性です。
固定された未来ではありません。
グレイソン:
では私は読者にこう言いたいですね。
その場合、2027年という数字を、
「必ず起きる予言」
として受け取らないこと。
タッカー:
私もそう思います。
そして2027年が来たら、
期待したことだけを見るのではなく、
実際に何が起きたのかを冷静に見る。
江原啓之:
信じたい気持ちと、確認する姿勢を両方持つことですね。
キャノン:
そして、何も起きなかったときに無理に意味を作らないことも大切でしょう。
ダリル・アンカ:
私はそれでいいと思います。
司会:
バシャールも?
バシャール:
もちろんです。
あなた方自身で判断してください。
グレイソン:
今日はかなり科学者らしいことを言いますね(笑)。
バシャール:
時々そうするのです(笑)。
司会:
2027年に本当に何かが起きるのか。
今日ここで答えを出すことはできません。
公式のバシャール資料が現在、2027年を公然たる接触へ向かう大きな転換点として扱っていることは確認できます。
しかし、それは地球外文明との接触が2027年に起こることを科学的に証明するものではありません。
だからこそ、この問いはまだ開いたままです。
2027年が来たとき、
私たちは空を見るでしょう。
ニュースを見るでしょう。
科学者の発表を見るでしょう。
政府の発表も見るでしょう。
そして、おそらく多くの人がバシャールの言葉を思い出すでしょう。
そのとき大切なのは、
「当たってほしい」
でも、
「外れてほしい」
でもないのだと思います。
何が実際に起きたのか。
何が確認できたのか。
何がまだ分からないのか。
それを分けて見ることです。
そして、もし本当に人類が初めて地球外知的文明と向き合う日が来たなら、
最も大きな衝撃は、
「宇宙人が存在した」
という事実だけではないのかもしれません。
「では、人間とは宇宙の中で何者なのか?」
その問いが、初めて本当の意味で始まるのかもしれません。
トピック5:2050年、人類は「ホモ・ギャラクティクス」になるのか?

司会:
ここまで来るのに、ずいぶん遠回りをしました。
最初は、
「私とは何者なのか」
でした。
そこから、
死んだらどうなるのか。
生まれ変わりはあるのか。
私たちの意識は本当に別々なのか。
2027年に地球外文明との接触へ向かう転換が起きるのか。
そして今日、ようやく2050年です。
バシャール。
あなたはずいぶん昔から、
「ホモ・ギャラクティクス」
という考えを語っていますね。
これは結局、何なのでしょう。
宇宙へ進出した人類ですか?
バシャール:
それだけではありません。
司会:
身体が進化する?
バシャール:
それだけでもありません。
最も大きく変化するのは、
あなた方が自分自身を何者だと考えるか
です。
グレイソン:
では、生物学的に新しい種になるという意味ではない?
バシャール:
必ずしもそういう意味ではありません。
あなた方は現在、自分を地球という惑星に生まれた人間として定義しています。
しかし、宇宙に多数の知的文明が存在し、それらとの関係を持つようになれば、その定義は変化します。
タッカー:
つまりホモ・サピエンスから突然別の生物種へ進化するというより、自己認識の変化?
バシャール:
その理解のほうが近いでしょう。
江原啓之:
それなら私はかなり興味があります。
「銀河の人になる」というと宇宙船の話に聞こえますが、
実際には、
「人間という存在についての認識が広がる」
ということですね。
バシャール:
そうです。
グレイソン:
ただ、私は最初に一つ線を引いておきたいです。
2050年までに人類がその状態になるということは、科学的な予測として確認されたものではありません。
バシャール:
もちろん。
グレイソン:
今日は素直ですね(笑)。
バシャール:
前回かなり訓練されましたから(笑)。
タッカー:
ブルースの教育効果ですね(笑)。
司会:
では第一の質問です。
ホモ・ギャラクティクスとは、宇宙へ進出できる人類なのでしょうか。それとも「自分とは何者か」という認識が変わった人類なのでしょうか?
キャノン:
私は後者のほうが重要だと思います。
宇宙船を作れるだけでは、人間そのものが変わったとは言えません。
江原啓之:
本当にそうですね。
科学技術だけが進んで、人間の心が今とまったく同じなら、
争いの範囲が地球から宇宙へ広がるだけかもしれません。
タッカー:
これはスピリチュアルな話を抜きにしても考えられますね。
人類が宇宙へ進出する能力と、成熟した文明であることは同じではない。
グレイソン:
核兵器を作れるほど科学が進歩しても、人間の倫理が同じ速度で進歩するとは限りません。
バシャール:
その通りです。
技術は成熟の証明ではありません。
司会:
では何が成熟の証明なのでしょう。
バシャール:
違いを恐れずに受け入れられること。
自分とは異なる存在を、ただちに敵として扱わないこと。
そして自分の選択に責任を持つことです。
江原啓之:
それは宇宙人に会わなくても、今すぐ必要なことですね。
バシャール:
その通りです。
グレイソン:
そこは面白いですね。
もしホモ・ギャラクティクスになる条件が、
他者を恐れない。
違いを受け入れる。
自分の選択に責任を持つ。
というものなら、
地球外文明が実在するかどうかとは別に、思想として成立します。
タッカー:
確かに。
キャノン:
ただ私は、地球外文明との接触そのものが人間の意識を大きく変える可能性があると思います。
グレイソン:
もし実際に起きれば、それには同意します。
司会:
ブルースさんでも?
グレイソン:
もちろんですよ(笑)。
地球外知的文明が実在すると確認されたら、人類史上最大級の発見でしょう。
それを見て、
「特に何も変わりません」
と言うほうが不自然です(笑)。
タッカー:
でも私は、そこで一つ聞きたい。
バシャール。
仮に2050年まで地球外文明との公然たる接触が起きなかったとしても、人類はホモ・ギャラクティクスになれるのですか?
バシャール:
興味深い質問です。
なれます。
司会:
え?
では宇宙人は必要ない?
バシャール:
地球外文明との関係は変化を促進できます。
しかし本質は、あなた方自身の意識の変化です。
グレイソン:
それはかなり重要ですね。
つまり「ホモ・ギャラクティクス」という言葉を文字通りの地球外接触だけに限定してはいけない。
バシャール:
そうです。
江原啓之:
私はむしろ、そのほうが納得できます。
宇宙人が来てくれなければ人類が成長できない、というのも少し変ですからね。
キャノン:
でも、接触が起きたら非常に強い刺激にはなるでしょう。
タッカー:
それは間違いないでしょうね。
司会:
では第二の質問へ行きます。
これは私が一番聞きたかったことです。
もし地球外知的文明との接触が本当に起きたら、科学だけでなく、神、宗教、魂、死、生まれ変わりについての人類の考えはどう変わるのでしょうか?
そして、
地球外生命にも魂はあるのでしょうか?
江原啓之:
私は当然あると考えます。
グレイソン:
早いですね(笑)。
江原啓之:
今日は私がバシャール役です(笑)。
バシャール:
素晴らしい(笑)。
江原啓之:
もし魂が本当に肉体より根源的な存在なら、
「人間の身体だから魂がある」
という順番ではありません。
魂がさまざまな形で経験するということになります。
ですから生命が地球以外に存在するなら、その生命にも霊的な側面がある可能性を私は自然に考えます。
ケイシー:
魂を地球人だけの特権と考える必要はありません。
タッカー:
ここで私は慎重派に戻ります(笑)。
グレイソン:
こちらへどうぞ(笑)。
タッカー:
ありがとうございます(笑)。
地球外生命そのものがまだ確認されていない以上、その魂について研究から言えることはありません。
でも哲学的な問いとしては非常に面白い。
もし意識が物質から完全に生まれるものではないなら、
異なる身体を持つ知的生命にも意識がどのように現れるのかという問題が出てきます。
キャノン:
私のセッションでは、魂が人間以外の身体を経験したという内容が繰り返し出てきました。
グレイソン:
ただし、そこは外部から確認されていない。
キャノン:
はい。
そこは分けておきましょう。
司会:
このシリーズを通して、みんなかなり上手になりましたね(笑)。
グレイソン:
証拠と解釈を分ける練習をしていますから(笑)。
司会:
宗教はどうでしょう。
もし明日、本当に地球外文明が現れたら、
キリスト教。
仏教。
イスラム教。
ヒンドゥー教。
その他の宗教。
大きな危機になるのでしょうか?
江原啓之:
私は必ずしもそう思いません。
人間が神を地球だけの存在として考えていたなら、考え直す必要は出るでしょう。
しかし、宇宙に生命があるから神が存在できなくなるわけではありません。
ケイシー:
神が宇宙全体の根源であるなら、別の世界に生命が存在することは矛盾しません。
グレイソン:
宗教によって反応はかなり違うでしょうね。
同じ宗教の中でも解釈は一つではありません。
タッカー:
むしろ非常に面白い神学的問題が始まると思います。
彼らにも宗教があるのか。
神という概念を持っているのか。
死後世界について考えるのか。
キャノン:
彼らのほうが人間よりずっと深く意識を理解している可能性もあります。
グレイソン:
可能性はあります。
反対に、まったく理解していない可能性もあります(笑)。
キャノン:
そうですね(笑)。
司会:
私たちは「高度な宇宙文明」と聞くだけで、
科学も精神性も人間より進んでいると思い込みがちですね。
タッカー:
そこも人間の想像です。
高度な科学技術と、高度な倫理や精神性が必ず一緒とは限りません。
バシャール:
非常に重要な点です。
技術的能力だけを文明の成熟度と考えないことです。
司会:
ここで少し変わった質問をしたいと思います。
もし地球外文明が現れて、
彼らがこう言ったらどうでしょう。
「魂などありません」
「死んだら終わりです」
「私たちは何千年も意識を研究して、それを確認しました」
江原さん、どうしますか?
江原啓之:
それは困りますね(笑)。
でも、「あなたたちはどうやって確認したのですか」と聞きます。
グレイソン:
私の仕事を取られました(笑)。
江原啓之:
少しずつ学んでいます(笑)。
タッカー:
これは非常に良い質問です。
私たちは無意識に、
「宇宙人が来たら自分の信じているスピリチュアルな考えを証明してくれる」
と期待するかもしれません。
でも、まったく逆のことを言われる可能性だって論理的にはあります。
キャノン:
それでも私は自分の経験を捨てるとは思いません。
ただ、彼らが持っている証拠を聞きたいですね。
ケイシー:
真理は権威によって決まるものではありません。
地球外存在だから必ず正しいということにもならないでしょう。
バシャール:
完璧です。
司会:
バシャールがそれを言うのは面白いですね(笑)。
バシャール:
私の言うことも、私が地球外存在だと名乗っているという理由だけで信じるべきではありません。
ダリル・アンカ:
そこは私も繰り返してきました。
私自身、バシャールの起源を客観的に証明することはできません。
内容を自分で判断してほしい。
グレイソン:
これはかなり重要ですね。
仮に将来、本物の地球外文明と接触したとしても、
「地球外存在が言ったから真実だ」
という新しい権威主義を作ってはいけない。
江原啓之:
人間は先生を宇宙人に交換しただけになってしまいますからね。
タッカー:
結局、自分で考えることは残ります。
司会:
では最後の質問です。
2050年までに本当に変わる必要があるのは、
科学技術なのでしょうか。
それとも、
「私は他者から切り離された存在だ」
という人間の自己認識なのでしょうか。
バシャール:
後者です。
グレイソン:
今日は迷いませんね(笑)。
バシャール:
まったく(笑)。
江原啓之:
私は、これは宇宙人の話を抜きにしても非常に大切だと思います。
人間は、自分の幸せだけを考えて生きることもできます。
でも、それでは家族も社会も世界も成り立ちません。
ケイシー:
分離という考えが強くなるほど、
「自分の利益」と「他者の利益」を完全に別のものとして考えるようになります。
キャノン:
もし人間が本当に大きな意識の一部なら、他者を傷つけることは、自分とは無関係な存在を傷つけることではなくなります。
グレイソン:
そこは形而上学的な主張としては確認されていません。
でも興味深いことに、臨死体験者が人生を振り返る体験を語る際、自分の行動が他者に与えた感情を非常に強く感じたと報告することがあります。
その体験が宇宙の仕組みを証明するわけではありません。
ただ、その後の人生で他者への思いやりを強める人がいることは重要です。
タッカー:
つまり、
「みんな一つだから優しくしなさい」
と証明できなくても、
「自分の行動は他者に影響する」
というところまでは普通の現実として言えますね。
江原啓之:
それだけでも十分大きいと思います。
司会:
バシャール。
もし2050年になっても、
人類は今と同じように争い、
地球外文明との接触もなく、
ホモ・ギャラクティクスという言葉を誰も使っていなかったら?
それでもあなたは、
「人類は変化している」
と言いますか?
バシャール:
変化そのものは常に起きています。
しかし、あなた方がどの方向を選択するかはあなた方次第です。
グレイソン:
では2050年も予言された到着地点ではない?
バシャール:
そうです。
可能性の窓です。
タッカー:
その場合、2050年についてもトピック4と同じ注意が必要ですね。
グレイソン:
そう思います。
2050年に何が起きても「ホモ・ギャラクティクスになった」と後から解釈するのではなく、
何が実際に変化したのかを見る必要があります。
ダリル・アンカ:
それは公平です。
江原啓之:
むしろ私は、そのほうがこの本を面白く読めると思います。
2050年の予言を待つのではなく、
「自分たちはどんな人類になりたいのか」
と考える。
キャノン:
それなら未来は、待つものではなくなりますね。
ケイシー:
現在の選択の積み重ねになります。
しばらく、誰も話さなかった。
司会:
この対話を始めたとき、
ホモ・ギャラクティクスという言葉から、私はもっと壮大なものを想像していました。
巨大な宇宙船。
地球外文明。
星と星を行き来する人類。
未来都市。
でも今は、少し違って見えます。
タッカー:
どう違いますか?
司会:
もっと地味なんです。
グレイソン:
地味(笑)。
司会:
でも、もっと難しい。
知らないものをすぐ否定しない。
信じたいものをすぐ真実にしない。
自分と違う人をすぐ敵にしない。
自分の人生を一回きりの孤立した出来事としてしか見ない考えを、一度疑ってみる。
他者の痛みを、自分には関係ないと切り離さない。
そして、
「自分は何者なのか」
という問いを、分かったつもりにならない。
もしそれがホモ・ギャラクティクスへの一歩なら、
宇宙船より難しいかもしれません。
グレイソン:
私はその定義なら、かなり興味があります。
バシャール:
あなたはすでに近づいています(笑)。
グレイソン:
そこまでは言っていません(笑)。
タッカー:
最後までこの二人ですね(笑)。
江原啓之:
でも、この二人が両方いることが大切なのかもしれません。
「もっと大きな可能性がある」
という声と、
「それをどう確かめるのですか」
という声。
どちらか一つだけでは足りない。
キャノン:
そこに、
「まだ知らないところへ行ってみたい」
という声も入れてください(笑)。
グレイソン:
もちろん(笑)。
司会:
2050年に何が起きるのか、私たちには分かりません。
地球外文明との接触が起きるのか。
意識について大きな科学的発見があるのか。
死後意識について何かが確認されるのか。
それとも、私たちが期待しているようなことは何も起きないのか。
まだ分かりません。
でも、ここまで五つの問いを追ってきて、一つだけ見えてきたことがあります。
『BASHAR 2050』の最も大きな問いは、
「2050年に宇宙人が来るのか?」
ではないのかもしれません。
本当に大きな問いは、
「2050年までに、人間は自分自身を何者だと考えるようになるのか?」
です。
私たちは身体だけなのか。
意識なのか。
魂なのか。
一度だけ生きる存在なのか。
何度も経験する存在なのか。
完全に別々の個人なのか。
もっと大きな何かでつながっているのか。
宇宙で孤独なのか。
そうではないのか。
答えはまだありません。
けれど、もし人類がいつか本当に「銀河の人」になる日が来るなら、
最初の変化は空で起きるとは限りません。
遠い星から宇宙船が降りてくることでもないかもしれません。
それは、
人間が自分自身を見て、
「私たちは、自分たちが思っていたよりずっと大きな存在なのかもしれない」
と考え始める瞬間から始まるのかもしれません。
最後に

5つの対話を通して、最初の問いへ戻ってきました。
人間とは何者なのか。
私たちは身体だけなのか。
意識は脳だけから生まれるのか。
死後も何かが続くのか。
地球外に知的生命が存在するとしたら、人間という存在をどう捉え直すことになるのか。
現在の科学で答えが出ていない問いも多くあります。
バシャールが語る2027年や2050年についても、未来にならなければ分からない部分があります。
だから、今すぐ信じる必要も、すべて否定する必要もありません。
ただ一つ、とても面白い可能性があります。
人類が「ホモ・ギャラクティクス」になるということは、単に宇宙船に乗って別の惑星へ行くことではないのかもしれません。
自分たちが宇宙の中心ではないと知り、それでも「人間とは何か」を問い続けられる存在になること。
もしそうなら、2050年への変化は未来のどこかで突然始まるのではありません。
その問いを持った瞬間から、すでに始まっているのかもしれません。
登場人物
ダリル・アンカ/バシャール
ダリル・アンカは、バシャールと呼ばれる存在をチャネリングしていることで知られています。バシャールの思想では、人間の意識、周波数、並行現実、地球外文明との接触、人類の未来などが長年語られてきました。
ドロレス・キャノン
催眠療法を通して、過去生、死後世界、地球外生命、魂の目的などを探究した著者です。多数のセッションをもとに独自の宇宙観を提示しましたが、その主張は科学的に確立されたものではありません。
エドガー・ケイシー
20世紀前半に活動した米国の霊的リーディングで知られる人物です。魂、生まれ変わり、人間の目的などについて多くのリーディングを残しました。
江原啓之
日本で広く知られるスピリチュアルな著述家です。魂、死後世界、人生の意味、人間関係などをテーマに多くの著作や発言があります。
ジム・B・タッカー
子供が語る過去生記憶の事例を研究してきた精神医学研究者です。特に、子供の発言と実在した故人の人生との対応を調査しています。
ブルース・グレイソン
臨死体験研究で知られる精神医学者です。臨死体験者の報告と、その後の人生観や死生観の変化を長年研究してきました。

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