本当の坂本龍馬は、どんな人だったのか?
この仮想対話について
本記事に登場する坂本龍馬、勝海舟、西郷隆盛、木戸孝允、司馬遼太郎などの会話は、実際に行われた対談を記録したものではありません。歴史上の人物と文学作品を通して、坂本龍馬という人間をより深く考えるために構成した仮想対話です。
登場人物のセリフそのものは創作ですが、対話の土台となる歴史的内容については、坂本龍馬本人の手紙、同時代の史料、公的機関・博物館の資料、歴史研究、司馬遼太郎自身の文章などを調査したうえで構成しています。
本文では、史料から確認できる事実、研究者による解釈、現在も議論が続いている問題、そして仮想対話としての創作をできる限り区別して扱います。
つまり、会話は仮想ですが、そこで考える歴史はできる限り史料と研究に基づいています。
はじめに
坂本龍馬と聞くと、多くの人が「自由人」「時代の先を見た男」「薩摩と長州を結んだ英雄」といった姿を思い浮かべるでしょう。
そのイメージに大きな影響を与えたのが、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』です。
しかし、龍馬本人の手紙や当時の史料を読んでいくと、そこには小説の主人公とは少し違う、一人の人間としての坂本龍馬が見えてきます。
冗談を言い、家族を思い、人との出会いに興奮し、ときには考えを大きく変える。最初から完成された英雄だったわけではありません。
では、司馬遼太郎は坂本龍馬を「作った」のでしょうか。
それとも、実在した龍馬の中にあった何かを見つけ、それを「竜馬」という文学的人物として大きく育てたのでしょうか。
今回の仮想対話では、史実の龍馬、司馬遼太郎が描いた竜馬、そして日本人が愛してきた竜馬を並べながら、一つの問いを追いかけます。
本当の坂本龍馬は、どんな人だったのでしょうか。
(本稿に記されている対話はすべて仮想のものであり、実在の人物・発言とは関係ありません。)
Topic 1: 坂本龍馬は、最初から「坂本龍馬」だったのか?
部屋の中央に、小さな木のテーブルが置かれている。
その上には刀も地図もない。
あるのは、一通の手紙だけだった。
司会がその紙をそっと持ち上げる。
司会:
今日は薩長同盟から始めません。大政奉還でもありません。暗殺の話もしません。
まず、この手紙を書いた一人の若者から始めたいと思います。
坂本さん、後世の私たちはあなたを見ると、どうしても結末から逆算してしまいます。
薩長同盟を仲介した人。
海援隊を率いた人。
大政奉還へつながる政治構想を持った人。
そして33歳で亡くなった幕末の英雄。
でもあなた自身は、若いころ、自分がそんな人物になると思っていましたか?
坂本龍馬:
思うちょらんよ。
(笑う)
そんなこと思うちょったら、よっぽど変な若者ぜよ。
勝海舟:
そこは信用していい。
こいつは少なくとも、最初から完成品じゃない。
龍馬:
先生、それ褒めゆうがですか?
勝:
半分はな。
司馬遼太郎:
私はむしろ、そこに惹かれたんです。
完成された英雄なら、私はそれほど書きたいとは思わなかったかもしれません。
司会:
では今日は、その「完成する前の龍馬」から始めましょう。
Question 1: 本人の手紙から見える龍馬は、『竜馬がゆく』の竜馬とどれほど似ているのか?
司会:
坂本さんの手紙を読むと、少し驚きます。
歴史上の偉人の文章というより、かなり自由です。
姉の乙女さんには政治のことも書く。勝先生のことも書く。自分の近況も書く。
そして突然、冗談が入る。
龍馬:
姉ちゃんへの手紙じゃき。
後世の人に読まれると思うて書いちゃせん。
司馬:
そこがいいんですよ。
龍馬:
何がです?
司馬:
あなたが後世を意識していないことです。
歴史的人物が「歴史的人物としての自分」を演じていない。
そこに人間が出る。
町田明広:
これは歴史研究でも大切です。
後世に編纂された回想録だけで人物を見るのと、その時点で本人が書いた書簡を見るのでは意味が違います。
ただし手紙も完全な心の鏡ではありません。誰に書いているかによって、人は表現を変えます。
龍馬:
そりゃそうじゃ。
姉ちゃんに書くことと、西郷さんに書くことが同じなわけがない。
西郷隆盛:
それは困りますな。
(笑いが起きる)
司会:
では司馬さん。
『竜馬がゆく』の竜馬には、明るさがあります。
人懐っこさもある。
偉い人を必要以上に偉いと思わない。
女性とも自然に話す。
身分にもあまり縛られない。
あの性格はどこから来たのですか?
司馬:
無から作ったわけではありません。
龍馬の手紙を読むと、文章に妙な体温がある。
幕末の志士の文章というと、後世の人は眉間に皺を寄せた男を想像するでしょう。
しかし龍馬の文章には、笑いがある。
興奮もある。
大げさなところもある。
家族への甘えもある。
私はそこから人物を考えました。
勝:
大げさなのは間違いない。
龍馬:
また先生は。
勝:
お前、俺に会ったあと、姉さんに何て書いた?
龍馬が少し困った顔をする。
龍馬:
「日本第一の人物」と。
勝:
ほらな。
龍馬:
あの頃は本当にそう思うちょったき。
勝:
「あの頃は」ってのが余計だ。
部屋に笑いが起きる。
司馬:
こういうところです。
私は勝海舟との出会いを、単なる政治思想の転換点としてだけ見ていません。
若い龍馬が、
「こんな人間が世の中にいるのか」
と驚いた。
その驚きそのものが重要なんです。
山岡悦郎:
そこには史料上の裏付けがあります。
勝への強い敬意は、後世が作ったものだけではありません。
龍馬自身の書簡から確認できます。
司会:
すると、司馬さんが作った「人に惚れる竜馬」は、かなり本物の龍馬に近い?
町田:
ここは慎重に言ったほうがいいでしょう。
一通、一連の書簡から人物の全性格を決定することはできません。
ただ、司馬作品の人物造形につながる材料が史料に存在することは確かです。
司馬:
それで十分なんです。
小説家にとって、そこから人物が歩き始める。
町田:
歴史家はそこで止まることがあります。
司馬:
そうでしょうね。
町田:
そして小説家はそこから歩いていく。
司馬:
そうです。
龍馬:
ほんで、歩きすぎたところもある、と。
司馬が笑う。
司馬:
あります。
司会:
坂本さん自身に聞きましょう。
後世の人が『竜馬がゆく』を読んで、
「龍馬は細かいことを気にしない豪快な男だった」
と思っています。
自分ではどう思いますか?
龍馬は少し考える。
龍馬:
豪快というのは便利な言葉じゃのう。
怖いときもあった。
腹が立つときもあった。
迷うこともあった。
人にどう思われるか気になることもあったろう。
後から人生を見ると一本の道に見えるけんど、歩いちゅう本人には道なんか見えちゃせん。
その言葉に、司馬が少し反応する。
司馬:
それは非常に重要ですね。
龍馬:
先生がわしの人生を書くと、最初の出来事が最後につながっちゅう。
けんど、わしには最後が見えちゃせんかった。
司馬:
小説には避けられない問題です。
作者は結末を知っている。
登場人物は知らない。
司会:
そして歴史を読む私たちも知っている。
だから少年龍馬の中に、未来の英雄を探してしまう。
町田:
そうです。
これを避けないと、人物の成長そのものが消えてしまいます。
Question 2: 龍馬は最初から「日本」や「世界」を見ていたのか?
司会がテーブルの上の別の紙を開く。
司会:
ここで有名な言葉を出します。
「日本を今一度せんたくいたし申候。」
坂本龍馬を象徴する言葉になっています。
現代人がこれを読むと、
古い日本を洗濯して、新しい日本を作る。
そんな未来志向の改革者を想像します。
でも全文を見ると、少し違います。
町田:
かなり違います。
司会:
幕府の役人を厳しく批判し、同志を集めて討とうとするような激しい文脈がある。
龍馬:
ありましたな。
司会:
坂本さん、あなたは尊王攘夷の青年だったのですか?
龍馬:
その言葉だけでまとめられると困るけんど、その空気の中にはおった。
外国の船が来る。
国中が騒ぐ。
幕府は頼りない。
若い侍らは、
「この国をどうする」
と毎晩のように話す。
今の人は結果を知っちゅう。
わしらは知らん。
木戸孝允:
これは龍馬だけの話ではありません。
あの時代を後世から見ると、
「開国が正解だった」
「攘夷は無理だった」
と簡単に言える。
しかし当時の人間には、その先が見えていません。
西郷:
しかも「攘夷」と一言で言っても、人によって意味が違いました。
勝:
俺は最初から、外国を追い払うなんざ馬鹿げてると思ってたがな。
龍馬:
そこなんです。
勝:
何が。
龍馬:
先生みたいな人に会うまで、それをあれほど大きな視点から考えたことがなかった。
勝の表情が少し変わる。
司会:
ここですね。
龍馬は最初から世界を見ていたのではない。
勝海舟に会って世界が広がった。
龍馬:
先生だけじゃない。
いろんな人に会うたびに広がった。
土佐におったころは、土佐が大きかった。
江戸へ行けば、土佐が小さくなった。
海を見れば、日本が小さくなった。
長崎へ行けば、また違う。
人間の世界というのは、自分が見たところまでしかないんじゃないですか。
司馬が黙って龍馬を見る。
司馬:
私は、まさにそこを書きたかったのかもしれません。
司会:
司馬さんは龍馬について「旅行する人」という見方をしていますね。
司馬:
ええ。
幕末には非常によく移動した人間たちがいます。
藩という閉じた空間から出て、人に会う。
景色を見る。
違う常識に触れる。
すると、自分が絶対だと思っていたものが相対化される。
龍馬はそれを繰り返した人物だと思っています。
町田:
ここでも一つ注意が必要です。
龍馬だけが全国的に移動していたわけではありません。
幕末には多くの志士や藩士が動いています。
司馬:
もちろんです。
町田:
ですから「旅をしたから龍馬だけが日本を見られた」としてしまうと、また英雄物語になります。
司馬:
その指摘はその通りでしょう。
龍馬:
わしだけが賢かった、みたいな話はやめたほうがええ。
木戸:
珍しく謙虚ですね。
龍馬:
木戸さん、それはどういう意味です?
西郷:
まあまあ。
司会:
では何が違ったのでしょう。
同じ時代に、多くの人が移動した。
多くの人が外国の脅威を感じた。
多くの人が幕府に不満を持った。
その中で龍馬に何か特徴があったとすれば?
勝がすぐには答えない。
やがて口を開く。
勝:
こいつはな、
自分より面白い考えを持ってる奴に会うと、負けることを怖がらなかった。
龍馬が勝を見る。
勝:
普通の人間は、自分の考えが間違っていたと分かると守ろうとする。
面子がある。
立場がある。
仲間がいる。
昨日まで言っていたことがある。
だから新しい話を聞いても、
「いや、俺はこう思う」
と言い続ける。
こいつは違う。
面白いと思えば、
「それはええ」
となる。
龍馬:
先生、それは褒めすぎです。
勝:
たまには黙って褒められろ。
Question 3: 龍馬の最大の才能は、「正しい答えを知っていたこと」ではなく、「自分を変えられたこと」だったのか?
しばらく沈黙がある。
司会:
ここまで来ると、龍馬の見え方が少し変わってきます。
私たちは龍馬を「未来が見えていた男」として語りがちです。
でも、本当は逆だったのかもしれない。
未来が見えていたのではなく、
昨日までの自分を捨てられた。
山岡:
そこは興味深い視点です。
龍馬の行動を見ると、所属も思想も人間関係も固定されていません。
町田:
ただ、それを現代的な意味での「柔軟なイノベーター」とまで呼ぶと、また後世の価値観を投影する危険があります。
司会:
では、どう表現すればいいでしょう?
町田が少し考える。
町田:
「変化した人物」。
まずそれで十分ではないでしょうか。
司馬:
私はその「変化」に、人間の魅力を見るでしょうね。
町田:
そこから先が小説家です。
司馬:
ええ。
木戸:
しかし、考えを変えることは簡単ではありません。
特に政治の世界では。
一度ある集団に入れば、その集団の言葉を話すようになる。
敵も決まる。
味方も決まる。
西郷:
そして仲間から離れるほうが、敵と戦うより難しいこともあります。
龍馬:
それは分かります。
司会:
武市半平太との関係を思い出しますか?
龍馬の顔から少し笑みが消える。
龍馬:
武市さんは立派な人じゃった。
簡単に「あの人は間違うちょった」なんて言えん。
同じ時代を生きた。
同じ土佐で育った。
途中から見えるものが違うてきただけじゃ。
司馬:
そこは非常に大切です。
後世の物語は、人を勝者と敗者に分けます。
先を見ていた人。
時代遅れだった人。
しかし本人たちは、そんな分類の中で生きていたわけではない。
龍馬:
わしだって、別の人に会うちょったら、別の道を行ったかもしれん。
司会:
そこまで言いますか?
龍馬:
言いますよ。
勝先生に会わんかったら?
海軍を知らんかったら?
長崎へ行かんかったら?
西郷さんに会わんかったら?
木戸さんに会わんかったら?
お龍に会わんかったら?
どれか一つ違うだけで、同じわしになったと言えるがですか?
誰もすぐには答えない。
司馬:
だから私は、人間を「完成された性格」として見ることにあまり興味がないんです。
人間は人間に会って変わる。
場所によって変わる。
時代によって変わる。
龍馬の場合、その変化の速度が非常に速かった。
勝:
俺ならもう少し乱暴に言う。
司会:
どう言いますか?
勝:
頭がいい奴はいくらでもいる。
知識のある奴もいる。
志の高い奴もいる。
だが、
自分の頭の中より面白い世界を見つけたとき、そっちへ飛び移れる奴は少ない。
龍馬は黙って聞いている。
勝:
お前の取り柄は、そこだったんじゃないか。
龍馬:
先生。
勝:
なんだ。
龍馬:
今日、えらい褒めますな。
勝:
明日は褒めねえよ。
笑いが戻る。
しかし司馬は笑っていない。
何かを考えている。
司会:
司馬さん?
司馬:
少し怖いことを考えていました。
司会:
何でしょう。
司馬:
もし龍馬が長生きしていたら、という話です。
多くの人は、
「生きていたら明治政府で大活躍した」
と考えるでしょう。
でも本当にそうでしょうか。
木戸:
面白いですね。
司馬:
龍馬の魅力が「変わり続けること」だったなら、明治になっても私たちが知っている龍馬のままだった保証はありません。
政府に入ったかもしれない。
入らなかったかもしれない。
商売をしたかもしれない。
海外へ行ったかもしれない。
失敗したかもしれない。
考えをまた大きく変えたかもしれない。
町田:
歴史学としては反実仮想になりますから、事実としては答えられません。
司馬:
もちろん。
だから小説家として考えるんです。
龍馬は静かに笑う。
龍馬:
先生。
司馬:
はい。
龍馬:
それなら一つだけ、わしにも分かる。
司馬:
何でしょう。
龍馬:
33歳のわしを捕まえて、
「坂本龍馬とはこういう人間です」
と決められたら困る。
まだ途中じゃき。
部屋が静かになる。
龍馬:
人間は、生きちゅう限り途中でしょう。
昨日信じたことを、今日疑うこともある。
今日正しいと思うことを、明日笑うかもしれん。
それを「ぶれた」と言う人もおる。
けんど、世界のほうが自分より大きいがなら、自分のほうを変えるしかない。
勝が小さく頷く。
司馬は目の前の龍馬をじっと見ている。
歴史に残った英雄ではない。
未来を知っていた天才でもない。
土佐から外へ出るたびに、自分の世界が思っていたより大きいことを知った一人の青年がそこにいる。
そして、そのたびに少しずつ別の人間になっていった。
後世から見れば、それは一本の道に見える。
本人にとっては、おそらく一本の道ではなかった。
いくつもの出会いのたびに現れた、いくつもの分かれ道だった。
Topic 2: 司馬遼太郎は龍馬を「発見」したのか、それとも「作った」のか?
Topic 1の最後に残った言葉が、まだ部屋の中に漂っている。
「人間は、生きちゅう限り途中でしょう。」
司馬遼太郎はしばらく黙っていた。
目の前にいる坂本龍馬は、自分が何十年も前に文章の中で動かした「竜馬」によく似ている。
しかし、同じではない。
司会がテーブルの上に一冊の本を置く。
『竜馬がゆく』。
龍馬が表紙を眺める。
坂本龍馬:
先生。
司馬遼太郎:
はい。
龍馬:
まず一つ聞いてええですか。
司馬:
どうぞ。
龍馬:
なんで「龍」じゃのうて「竜」ながです?
司馬が笑う。
司馬:
そこから来ましたか。
龍馬:
わしの名前じゃき。気になりますよ。
勝海舟:
いいじゃねえか。一画減って書きやすい。
龍馬:
先生は黙っちょってください。
部屋に笑いが起きる。
司会が本を開いた。
Question 1: 司馬遼太郎は、史料の中の坂本龍馬に何を発見したのか?
司会:
これは実は象徴的な問題だと思います。
歴史上の人物は「龍馬」。
小説の題名は『竜馬がゆく』。
司馬さんは、史実そのものを書くのではなく、小説の中で自分の「竜馬」を動かそうとした。
では聞かせてください。
史料を読み始めたとき、
「この男を書きたい」
と思ったのは、龍馬の何だったのでしょう?
司馬はすぐには答えない。
司馬:
業績ではなかったと思います。
龍馬:
ほう。
司馬:
薩長同盟を成立させたから書こう。
大政奉還に関係したから書こう。
海援隊を作ったから書こう。
そういうことだけではありませんでした。
もっと人間的なところです。
司会:
たとえば?
司馬:
妙に軽いんです。
龍馬:
軽い?
司馬:
悪い意味ではありません。
幕末という時代を考えてください。
尊王。
攘夷。
勤王。
佐幕。
倒幕。
どの言葉も重い。
人間が思想の中へ入っていくと、その思想が人間より大きくなることがあります。
ところが龍馬には、どこかそこからはみ出してしまうところがある。
町田明広:
そこは慎重に分けたいところですね。
史料上の龍馬にも政治的立場はあります。時期によってはかなり激しい言葉も使っています。
司馬:
もちろんです。
私は「龍馬には思想がなかった」と言っているのではありません。
思想よりも好奇心のほうが大きかったのではないか、と感じたんです。
龍馬が少し笑う。
龍馬:
それは、なんとなく分かる気がする。
司馬:
でしょう?
龍馬:
自分で「でしょう?」と言われても困りますけんど。
司馬:
勝さんに会う。
「これは面白い人だ。」
海軍を知る。
「これは面白い。」
船に乗る。
長崎へ行く。
外国人を見る。
商売を知る。
薩摩の人間と話す。
長州の人間と話す。
そのたびに龍馬の関心が移動する。
普通なら、
「昨日まで自分が信じていたものと矛盾する」
と考えるでしょう。
龍馬は、
「昨日より面白いものを見つけた」
と考えているように見えた。
勝:
それはあったな。
司会:
勝さんから見ても?
勝:
こいつは人の話を聞くとき、
「こいつは味方か敵か」
を先に考えないところがあった。
木戸孝允:
それは幕末では意外に難しいことです。
誰と付き合っているかだけで、自分の立場を疑われる時代ですから。
西郷隆盛:
藩もあります。
身分もあります。
それぞれ背負っているものがあります。
勝:
龍馬は背負っているものが比較的少なかった。
脱藩したことも大きい。
龍馬:
失うものも多かったですけんどね。
勝:
だから自由ってのは、きれいな話ばかりじゃねえんだ。
司会:
司馬さんは、そういう史料を読んで「竜馬」を発見した。
でも、ここから難しくなります。
その人物を小説にするとき、当然、史料にない部分があります。
司馬:
ほとんどですよ。
龍馬:
ほとんど?
龍馬が本を持ち上げる。
龍馬:
こんなにありますぜよ。
司馬:
だから小説なんです。
龍馬:
先生、なかなか開き直りますな。
Question 2: どこからが史実で、どこからが『竜馬がゆく』なのか?
司会:
では、ここから少し厳しく聞きます。
『竜馬がゆく』には架空の人物もいます。
史料に残っていない会話も大量にあります。
当然、龍馬が何を考えていたのかも、司馬さんが構築している部分があります。
町田さん。
歴史研究者から見ると、ここには危険がありますか?
町田:
あります。
ただし、小説を書くこと自体が問題なのではありません。
問題になるのは、
小説で作られた人物像が、いつの間にか史実として社会に定着すること
です。
龍馬:
なるほど。
町田:
たとえば、ある出来事について史料では龍馬の関与が限定的にしか確認できない。
しかし小説では龍馬を中心に描く。
作品としては自然です。
ところが何百万人もその作品を読むと、
「龍馬がこれをやった」
という記憶が社会に残る。
山岡悦郎:
ただし逆方向にも注意が必要です。
司会:
と言いますと?
山岡:
後世に英雄化された人物を研究すると、その反動が起きることがあります。
「これは龍馬神話だ。」
「これも後世の創作だ。」
と削っていく。
その作業自体は必要です。
しかし削りすぎれば、史料で確認できる龍馬の実際の役割まで小さく見てしまうことがあります。
町田:
そこは同意します。
史料から判断すべきです。
英雄だから大きくするのでもなく、英雄化されたから小さくするのでもない。
龍馬が本をぱらぱらとめくっている。
龍馬:
司馬先生。
司馬:
はい。
龍馬:
わし、こんなに喋りましたか?
司馬:
喋っていません。
龍馬:
こんなことも考えましたか?
司馬:
分かりません。
龍馬:
ほう。
司馬:
そこは正直に言わなければいけません。
あなたがある日の午後、ある人間と話しながら何を考えていたのか。
そんなものは史料には残っていない。
龍馬:
なら、どうして書けるがです?
司馬:
それが小説家の仕事だからです。
龍馬が本を閉じる。
少し空気が変わった。
龍馬:
そこを聞きたい。
司馬:
たとえば龍馬が勝海舟を非常に高く評価したことは、手紙から分かる。
しかし初めて勝の考えを聞いた瞬間、龍馬の胸の中で何が起きたのかは分からない。
歴史家なら、
「分からない」
と書くでしょう。
町田:
基本的にはそうです。
司馬:
私はそこへ入る。
町田:
証拠なしに?
司馬:
想像力で。
町田:
そこが歴史学との違いですね。
司馬:
ええ。
ただし好き勝手に入るわけではありません。
その人物が残した手紙。
行動。
人間関係。
時代。
周囲の証言。
そういうものを大量に読んだ後、
「この人なら、この場面でどう動くだろう」
と考える。
龍馬:
でも先生。
それは結局、先生の頭の中のわしでしょう?
一瞬、部屋が静かになる。
司馬:
そうです。
司馬は迷わず答えた。
司馬:
そこは認めなければいけません。
勝:
面白くなってきたな。
龍馬:
先生は楽しそうですな。
勝:
だって、お前が自分を書いた作家を問い詰めてるんだぞ。
龍馬:
司馬先生。
もう一つ聞いてええですか。
司馬:
どうぞ。
龍馬:
先生は、わしを好きじゃったんですか?
司馬は少し驚いたように龍馬を見る。
司馬:
好きだったと思います。
龍馬:
それは危なくないですか?
司馬:
なぜです?
龍馬:
好きな人間を書くと、ええところばっかり見えるでしょう。
西郷が笑う。
西郷:
それはなかなか鋭いですな。
町田:
実際、重要な問題です。
人物への共感は、その人物を深く見る助けにもなります。
同時に盲点にもなります。
司馬:
そうでしょうね。
龍馬:
先生がわしを好きになって、
「龍馬ならこうする」
「龍馬ならこんなことを言う」
と書いていく。
それを何百万人も読む。
そのうち先生が作ったわしのほうが、本物のわしより有名になる。
司馬:
そうなりましたね。
龍馬:
妙な話じゃ。
Question 3: 事実ではない場面を作ることで、人間の「真実」に近づくことはできるのか?
司会が少し身を乗り出す。
司会:
ここが今日、一番聞きたかったところです。
歴史家には書けない一行を、小説家は書ける。
「龍馬は寂しかった。」
「龍馬は胸が躍った。」
「龍馬はこの男を好きになった。」
しかし本人の日記や手紙にそれがなければ、事実としては確認できない。
それでも小説家は書く。
それによって、事実から離れるのでしょうか。
それとも、人間としての真実に近づくのでしょうか。
町田:
私は「史実」と「文学的真実」を分ける必要があると思います。
文学として非常に説得力のある場面でも、史実だとは限りません。
司馬:
その通りです。
町田:
そこを読者が混同しなければ、問題はかなり違ってきます。
司馬:
私も歴史学と小説を同じものだとは考えていません。
山岡:
しかし面白い問題があります。
史料だけでは、人間の全体は残らない。
司会:
どういうことでしょう。
山岡:
人間は一日中史料を作って生きているわけではありません。
龍馬が笑ったこと。
腹を立てたこと。
誰かを嫌ったこと。
何気ない会話。
沈黙。
迷い。
そういう人生の大部分は消えています。
残っている史料は、人生そのものではありません。
龍馬:
そりゃそうじゃ。
わしが33年間生きて、残っちゅう手紙だけがわしじゃったら、ずいぶん薄い人生になる。
司馬:
そこなんです。
史料には穴があります。
歴史家は、その穴を穴として残す。
小説家は、そこへ人間を置く。
町田:
ただ、その人間が実在した本人と同じだという保証はありません。
司馬:
ありません。
町田:
それでも書く。
司馬:
書きます。
町田:
なぜです?
司馬が少し考える。
司馬:
人間は、事実の集合だけではないからでしょう。
部屋が静かになる。
司馬:
生年月日。
出身地。
誰に会った。
どこへ行った。
何をした。
何月何日に手紙を書いた。
何月何日に暗殺された。
すべて正確に並べても、
そこに人間がいるとは限らない。
私は、その間を歩いていた人間を見たかった。
龍馬:
でも、その人間は先生自身かもしれん。
司馬:
そうでしょうね。
意外なほど簡単に認める。
龍馬のほうが少し驚く。
司馬:
小説家が人物を書く以上、作者自身は消えません。
私が龍馬に魅力を感じた。
私が龍馬のある部分を選んだ。
私がある出来事を大きく書き、別の出来事を小さくした。
その時点で、そこには私がいます。
龍馬:
なら『竜馬がゆく』は、
わしの話でありながら、
先生の話でもある?
司馬:
そうだと思います。
勝が腕を組んで二人を見る。
勝:
じゃあ、俺から一つ聞こう。
司馬:
何でしょう。
勝:
お前さんが書いた竜馬が、実物より立派だったとする。
それで読んだ若者が、
「俺も藩みたいな狭い枠から出よう」
「世界を見よう」
「違う立場の人間とも話そう」
と思った。
その竜馬は偽物か?
誰も答えない。
町田:
歴史学としてなら、「史実上の龍馬とは区別してください」と言います。
勝:
それは分かる。
俺が聞いているのは、そこじゃねえ。
山岡:
文化的な存在としての龍馬、ということでしょうか。
勝:
そうだ。
死んだ人間は、死んだ後も他人の中で動く。
その動いたものまで全部偽物と言えるのか。
龍馬が静かに本を開く。
今度は冗談を言わない。
龍馬:
わしには妙な感じです。
自分が知らんところで、
自分によく似た男が百年以上歩き続けちゅう。
そいつを読んで、勇気を出した人がおる。
仕事を変えた人もおるかもしれん。
外国へ行った人もおるかもしれん。
何か始めた人もおるかもしれん。
司馬:
いたでしょうね。
龍馬:
けんど、その人らが会ったのは、わしじゃない。
司馬:
私の竜馬です。
龍馬:
そうじゃ。
龍馬は本の表紙を指でなぞる。
龍馬:
それでも、その竜馬の材料の中には、わしがおる。
司馬:
ええ。
龍馬:
妙なもんじゃのう。
司会:
では、司馬さん。
今、本人が目の前にいます。
もし『竜馬がゆく』をもう一度最初から書けるとして、史実との違いが分かった部分を全部直しますか?
司馬は首を横に振る。
司馬:
直さないでしょう。
龍馬:
ほう。
司馬:
史料上の誤りなら考えます。
しかし小説として作ったものを全部取り除けば、別の本になります。
私は歴史研究書を書こうとしていたわけではありません。
司会:
では、自分の「竜馬」を守りますか?
司馬:
守る、という言葉とも少し違います。
私は彼を書いた。
そして書き終わった。
その後、彼は読者のところへ行った。
もう私だけのものではありません。
龍馬が笑う。
龍馬:
わしと同じじゃ。
司馬:
え?
龍馬:
わしも死んだ後、わしだけのものじゃなくなった。
司馬が黙る。
龍馬:
勝先生が覚えちゅうわし。
木戸さんが覚えちゅうわし。
西郷さんが覚えちゅうわし。
姉ちゃんが知っちゅうわし。
お龍が知っちゅうわし。
それぞれ違う。
そこへ先生の「竜馬」が一人増えた。
勝:
そいつが一番有名になっちまった。
龍馬:
それが少々腹立たしい。
部屋に笑いが戻る。
司会はテーブルの上の『竜馬がゆく』を閉じた。
史実と小説の境界は、さっきより明確になった。
同時に、別の境界が曖昧になっていた。
事実として確認できる龍馬。
同時代人が記憶した龍馬。
家族が知っていた龍馬。
司馬が史料から見つけ出した龍馬。
司馬が想像力で補った竜馬。
そして読者の中で何十年も生き続けてきた竜馬。
それらは同一人物ではない。
しかし、完全に別人でもない。
龍馬がもう一度、本の表紙を見る。
龍馬:
先生。
司馬:
はい。
龍馬:
次は、その先生の竜馬がやったことを、一つずつ調べてみましょうか。
司馬:
薩長同盟からですか。
木戸:
それなら私にも言いたいことがあります。
西郷:
私にもあります。
勝が笑う。
勝:
ようやく厄介なところへ来たな。
龍馬は本をテーブルに戻した。
今度は、自分について書かれた物語ではなく、自分が本当に歴史の中で何をしたのかを確かめるような目で、その本を見ていた。
Topic 3: 坂本龍馬は、本当に日本を変えたのか?
テーブルの上には、先ほどまで『竜馬がゆく』が置かれていた。
今度は、その横に数枚の史料が並んでいる。
木戸孝允が記した薩長盟約の六カ条。
その裏に残された龍馬の朱筆。
新政府綱領八策。
海援隊に関する記録。
龍馬がそれらを順番に眺める。
坂本龍馬:
さっきまでは先生が書いたわしを調べよった。
今度は、本物のわしを調べるがですか。
町田明広:
正確には、史料から確認できる坂本龍馬ですね。
龍馬:
また難しい言い方をしますな。
町田:
大切な違いです。
あなた本人がここにいたとしても、歴史研究で確認できるのは残された史料からです。
龍馬:
なるほど。
司馬遼太郎:
今日は私には少し居心地が悪そうですね。
木戸孝允:
司馬さんには少し黙っていていただきましょうか。
司馬:
それは困ります。
西郷隆盛:
まあ、必要になれば入っていただけばよろしい。
勝海舟:
今日は歴史家が小説家を取り調べる日か。
司会:
いえ。
今日調べたいのは司馬さんではありません。
坂本龍馬です。
龍馬が笑う。
龍馬:
いよいよ、わしの化けの皮を剥ぐがですか。
司会:
反対かもしれません。
英雄伝説を全部取り除いたあとにも、何かが残るのか。
今日はそこを見たいんです。
Question 1: 薩長同盟で、龍馬は実際にどれほど重要だったのか?
司会:
最も有名な話から始めます。
多くの人が知っている物語では、
薩摩と長州は犬猿の仲だった。
そこへ龍馬が現れた。
西郷隆盛と桂小五郎、後の木戸孝允を説得した。
そして1866年、薩長同盟が成立した。
つまり、
「龍馬が薩摩と長州を結んだ。」
司馬さん。
『竜馬がゆく』を読めば、かなりそういう印象になります。
司馬:
そうでしょうね。
司会:
町田さん。
現在の研究から見ると?
町田:
そんなに単純ではありません。
薩摩と長州が接近する政治的条件は、龍馬一人とは別にすでに形成されていました。
薩摩にも事情がある。
長州にも事情がある。
幕府をめぐる情勢も変化している。
薩長接近を、
「一人の英雄が敵対する二つの藩を説得した」
という物語だけで説明することはできません。
龍馬が木戸を見る。
龍馬:
木戸さん。
わしがおらんでも、薩摩と手を結んじょりましたか?
木戸は少し考える。
木戸:
可能性はあったでしょう。
龍馬:
ほう。
木戸:
長州には長州の事情があります。
薩摩には薩摩の事情がある。
歴史は一人の人間だけで動くものではありません。
西郷:
そこは私も同じです。
薩摩が長州との関係を考えたのは、龍馬さん一人に説得されたからではありません。
龍馬:
ほんなら、わしは要らんかった?
木戸は首を横に振る。
木戸:
私はそうは言っていません。
司会が一枚の史料を示す。
司会:
ここが重要なんです。
薩長盟約の六カ条について、木戸さんが龍馬に確認を求めています。
そして龍馬は、その裏に朱筆で内容を確認する文章を書いている。
いわゆる**「薩長同盟裏書」**です。
つまり少なくとも、
「龍馬は後世の物語で突然薩長同盟に挿入された人物」
ではない。
当事者でした。
山岡悦郎:
その点は非常に重要です。
近年の龍馬神話批判には大きな意義があります。
ただ、それが行きすぎて、
「薩長同盟に龍馬はほとんど関係していない」
となれば、今度は残された史料を説明しなければなりません。
町田:
もちろんです。
論点は「関係したか、しなかったか」という二択ではありません。
どの程度、どの役割で関係したのか
です。
司会:
では木戸さんに、質問を変えます。
「龍馬がいなければ薩長接近は起こらなかったか」
ではなく、
「龍馬がいたことで、何が変わったのでしょう?」
木戸は龍馬を見る。
木戸:
龍馬には、一つ便利なところがありました。
龍馬:
便利?
木戸:
薩摩人ではない。
長州人でもない。
幕臣でもない。
土佐藩の正式な役人として来ているわけでもない。
龍馬:
どこにも属しちょらん。
木戸:
それが弱さでもあり、強さでもあった。
薩摩の人間が長州へ何か言えば、
「薩摩には何か裏があるのではないか」
と考える。
長州が薩摩へ言えば、その逆になる。
龍馬なら少し違う。
西郷:
組織を背負っていない人間だから言えることがあります。
勝:
信用がなきゃ、ただの怪しい浪人だけどな。
龍馬:
先生、そこです。
勝:
だからお前の場合は、人間として信用させる必要があった。
肩書きで部屋に入れない。
司馬:
そこに私は惹かれたんです。
町田:
司馬さん。
司馬:
はい。
町田:
ここで小説へ戻さないでください。
笑いが起きる。
司馬:
失礼しました。
司会:
すると、龍馬の役割は、
「薩長同盟を一人で作った」
ではない。
でも、
「たまたまその場にいた」
でもない。
山岡:
そうです。
仲介。
連絡。
信頼形成。
確認。
場合によっては説得。
そうした複数の働きとして見るほうが適切でしょう。
龍馬がしばらく考える。
龍馬:
それでええんじゃないですか。
司会:
もっと大きな評価が欲しくありませんか?
龍馬:
なんで?
司会:
後世では、
「薩長同盟を成立させた坂本龍馬」
というのが最大級の功績です。
龍馬:
わし一人で薩摩と長州を動かしたことにせんと、わしは偉くないがですか?
誰も答えない。
龍馬:
西郷さんがおる。
木戸さんがおる。
小松さんがおる。
中岡もおる。
ほかにもぎょうさん人がおる。
みんなそれぞれ動いちゅう。
その間をわしも動いた。
それじゃいかんのですか?
司馬が微笑む。
司馬:
その龍馬のほうが、私は好きかもしれません。
龍馬:
また先生の好き嫌いになった。
Question 2: 亀山社中と海援隊は、本当に「日本初の会社」だったのか?
司会が別の資料を置く。
司会:
次は、現代人が特に好きな龍馬です。
「起業家・坂本龍馬」。
亀山社中。
海援隊。
船。
貿易。
武器取引。
現代では龍馬を、
「日本最初の商社を作った男」
「幕末のベンチャー経営者」
「日本初のスタートアップ創業者」
のように表現することがあります。
龍馬が吹き出す。
龍馬:
すたあとあっぷ?
勝:
お前、CEOらしいぞ。
龍馬:
しーいーおー?
西郷:
随分出世しましたな。
司会:
町田さん。
これもそのまま史実と考えていいのでしょうか?
町田:
かなり注意が必要です。
まず「亀山社中」という組織を、現代企業のように明確な法人組織としてイメージすること自体を再検討する研究があります。
当時の人々の活動を、後世の「会社」という概念で整理しすぎると実態から離れます。
龍馬:
わしらは株式会社を作ろうとしよったわけじゃない。
司会:
では、何を作りたかったんです?
龍馬:
船が要る。
海へ出たい。
商いもせにゃならん。
金も要る。
人も育てにゃならん。
政治から逃げることもできん。
国のこともある。
全部つながっちゅう。
司会:
まさにそこなんですね。
龍馬:
何がです?
司会:
現代人はそれを分類したがる。
商売なら会社。
軍事なら海軍。
教育なら学校。
政治なら政治団体。
しかしあなたたちには、その境界が今ほど明確ではなかった。
勝:
幕末だからな。
国そのものを作り直そうとしている時代だ。
司会:
龍馬さん。
あなたは金儲けをしたかったのですか?
龍馬:
金は欲しいですよ。
司会:
ずいぶん素直ですね。
龍馬:
船を動かすのに金が要らんがですか?
人を食わせるのに金が要らん?
武器を買うのに?
外国と商いするのに?
理想だけで船は走らんでしょう。
西郷:
これは大事ですな。
龍馬:
商売を卑しいとも思わん。
けんど、金を貯め込んで大金持ちになることが目的かと言われたら、それとも違う。
司馬:
だから現代の経営者が龍馬に惹かれるんでしょう。
町田:
ただし、それをそのまま現代経営思想へ翻訳すると危険です。
司馬:
分かっています。
町田:
本当に?
司馬:
今日はずいぶん疑われますね。
勝:
俺は一つ面白いと思う。
司会:
何でしょう。
勝:
龍馬を「日本初のCEO」にする必要なんかねえんだよ。
こいつの面白さは、何屋か分からないところにある。
龍馬:
何屋か分からん?
勝:
そうだ。
商人なのか。
政治家なのか。
船乗りなのか。
浪人なのか。
革命家なのか。
仲介屋なのか。
龍馬:
全部ちょっとずつですかね。
勝:
だから既存の組織には入れにくい。
司馬:
そこも私は非常に好きでした。
龍馬:
先生、またですか。
Question 3: 船中八策、大政奉還、新政府構想は、本当に龍馬のアイデアだったのか?
空気が少し変わる。
司会が最後の史料を置く。
司会:
ここからが一番難しいかもしれません。
坂本龍馬の未来構想として最も有名なのが、
船中八策
です。
大政奉還。
議会。
官制。
外交。
軍事。
経済。
新しい日本の設計図だった、と語られます。
しかし、有名な「船中八策」そのものについては、原本が確認されていません。
一方で、龍馬直筆の**「新政府綱領八策」**は現存します。
つまり、
「全部伝説だった」
とも言えない。
龍馬が紙を見る。
龍馬:
また、わしの話はその形ですな。
司会:
と言いますと?
龍馬:
大げさになっちゅうところがある。
けんど、全部嘘でもない。
山岡:
今回ずっと出てくる構造ですね。
司会:
そして大政奉還です。
龍馬一人が突然思いついたアイデアではありません。
後藤象二郎もいる。
山内容堂もいる。
幕末には公議政体をめぐるさまざまな構想が存在している。
町田:
ここは特に「龍馬が発明した」と言わないほうがいいでしょう。
思想には系譜があります。
政治構想は複数の人間の間を流れていきます。
司馬:
しかし龍馬は、その流れの中に確かにいる。
町田:
そうです。
そこは否定する必要がありません。
司会:
するとまた同じ問いになります。
龍馬は、
「誰も考えたことのない新国家を一人で設計した天才」
ではなかったかもしれない。
それなら、龍馬の何が特別だったのでしょう?
しばらく誰も答えない。
やがて木戸が口を開く。
木戸:
なぜ「最初に考えた人」をそれほど重要だと思うのでしょう。
司会:
と言いますと?
木戸:
政治では、考えただけでは何も起きません。
誰かが考える。
誰かが聞く。
誰かが別の人間へ伝える。
誰かが修正する。
誰かが反対する。
誰かが説得する。
誰かが実行する。
そのどこまでを「発明者」の仕事と呼ぶのです?
西郷:
一人の頭から国が生まれるわけではありません。
勝:
それを後世の人間は英雄一人の頭の中に入れたがる。
そのほうが話が簡単だからな。
司馬:
小説にも、その誘惑があります。
町田:
歴史叙述にもあります。
司馬:
それは意外な告白ですね。
町田:
人間は複雑な出来事を物語にして理解しますから。
司会:
龍馬さん。
あなた自身はどう思いますか?
誰かから聞いたアイデアを別の人に伝える。
いくつかの考えを組み合わせる。
人をつなぐ。
それは「創造」でしょうか?
龍馬は少し考える。
龍馬:
わしは、誰が最初に考えたかということに、そんなに興味がない。
司会:
では何に?
龍馬:
それで世の中が動くかどうか。
司会:
なるほど。
龍馬:
ええ考えを持っちゅう人がおる。
けんど、その人が一人で持っちゅうだけなら何も起こらん。
別の人に話す。
「あいつにも聞かせたらええ」と思う。
二人を会わせる。
そこで別の考えが出る。
最初とは違うものになる。
それで動けばええでしょう。
町田:
それを現代的な言葉で過剰に美化しなければ、龍馬の活動の特徴を考える上では興味深い視点です。
龍馬:
町田先生は最後に必ず冷やしますな。
町田:
それが私の役目です。
司馬:
龍馬さん。
龍馬:
はい。
司馬:
私は今、少し自分の小説について考え直しています。
龍馬:
ほう。
司馬:
私はあなたを、時代の少し先を歩く人物として描きました。
しかし今日の話を聞いていると、
「先を見る人」
というより、
「間を歩く人」
だったのかもしれない。
龍馬が司馬を見る。
司馬:
土佐と外の世界の間。
薩摩と長州の間。
幕府と倒幕勢力の間。
政治と商売の間。
日本と外国の間。
古い制度と新しい制度の間。
そして人と人の間。
勝:
なるほど。
司馬:
どこか一つの中心に座るのではなく、間を動き続けている。
木戸:
それなら、私の知っている龍馬にも近い。
西郷:
私にも分かります。
司会:
では、最初の問いに戻りましょう。
坂本龍馬は、本当に日本を変えたのでしょうか?
町田が答える。
町田:
その問いは大きすぎます。
山岡:
私も同意します。
「龍馬が日本を変えた」か「龍馬は大したことをしていない」か。
その二択にする必要がありません。
木戸:
歴史はそんなふうには動きません。
西郷:
一人で国を変える人間などいないでしょう。
司会:
では、
「龍馬がいなくても明治維新は起きたか?」
勝が笑う。
勝:
おそらく起きただろうよ。
龍馬も笑う。
龍馬:
そりゃそうでしょう。
司会:
ずいぶん簡単に認めますね。
龍馬:
わし一人死んだら日本の歴史が止まるなんて、そのほうがおかしい。
司会:
では龍馬がいなくても、何も変わらなかった?
今度は龍馬が黙る。
木戸が静かに言う。
木戸:
それも違うでしょう。
西郷が頷く。
西郷:
歴史の大きな流れは続いたかもしれない。
しかし同じ人が会ったとは限らない。
同じ時に話したとは限らない。
同じ信頼が生まれたとは限らない。
同じ順序で物事が進んだとも限らない。
勝:
それで十分じゃねえか。
龍馬が勝を見る。
勝:
歴史を変えるってのはな、
一人で歴史の川を逆向きに流すことじゃねえ。
川はもともと流れている。
いろんな奴が流れを作っている。
その中で、
少し流れを速くする奴。
別の流れをつなぐ奴。
詰まったところを開ける奴。
そういう人間がいる。
龍馬:
わしは、どれです?
勝:
自分で考えろ。
龍馬:
最後までそこは教えてくれんがですね。
司馬が静かに龍馬を見る。
Topic 1では、「未来を知っていた英雄」が消えた。
Topic 2では、「小説と完全に同じ龍馬」が消えた。
そしてTopic 3では、
「一人で日本を変えた龍馬」
も消えようとしている。
しかし不思議なことに、龍馬は小さくなっていなかった。
むしろ逆だった。
一人ですべてを考え、
一人ですべてを実行し、
一人で日本を変えた超人的英雄より、
自分より優れた人間から学び、
異なる考えを持つ人間の間へ入り、
必要なら自分の考えも変え、
人と人を結び、
すでに動き始めていた時代を少し違う方向へ押した青年の姿が見えてきた。
龍馬がふと司馬に聞く。
龍馬:
先生。
司馬:
はい。
龍馬:
こんなわしでは、小説になりませんか?
司馬は笑わなかった。
少し考えてから答えた。
司馬:
いいえ。
こちらのほうが、書くのはずっと難しい。
龍馬:
なぜ?
司馬:
英雄一人が日本を変える物語は書きやすいんです。
でも、
一人の人間が他の人間によって変わり、その人間がまた別の人間を少し変え、その連鎖の中から歴史が生まれる。
それを書くほうが、はるかに難しい。
龍馬はしばらく黙っていた。
そして小さく笑った。
龍馬:
でも先生。
そっちのほうが、人間らしいでしょう。
司馬は、今度はすぐに頷いた。
Topic 4: なぜ日本人は司馬遼太郎の「竜馬」にこれほど惹かれたのか?
Topic 3の会話が終わっても、誰もすぐには席を立たなかった。
一人で薩長同盟を作ったわけではない。
一人で大政奉還を考え出したわけでもない。
亀山社中を現代の会社と同じように見ることもできない。
それでも龍馬という人物は、小さくならなかった。
むしろ、一つの疑問が大きくなっていた。
司会がテーブルの上から幕末の史料を片づける。
代わりに一冊の本を置いた。
『竜馬がゆく』。
そして、その横に一枚の紙を置く。
そこには、
1962年
と書かれている。
龍馬が不思議そうに見る。
坂本龍馬:
今度は何を調べるがです?
司会:
龍馬さんではありません。
龍馬:
ほう。
司会:
今度は、私たちです。
龍馬:
私たち?
司会:
なぜ後世の日本人は、あなたをこれほど好きになったのか。
龍馬が司馬遼太郎を見る。
龍馬:
先生の責任じゃないですか?
司馬遼太郎:
全部私のせいにされても困ります。
勝海舟:
だいぶ責任あるだろう。
司馬:
勝さんまで。
笑いが起こる。
しかし司会は、1962年と書かれた紙を指差す。
司会:
『竜馬がゆく』の新聞連載が始まったのは1962年です。
幕末から約100年。
そのとき日本は、まったく違う変化の中にいました。
今日は、
幕末の龍馬ではなく、1960年代以降の日本人が作った「龍馬」
を見てみたいと思います。
Question 1: なぜ1960年代の日本に「竜馬」がこれほど響いたのか?
司会:
司馬さん。
1962年の日本は、どんな時代だったのでしょう。
司馬:
非常に速く変化していました。
戦争が終わって17年。
高度経済成長の時代です。
都市が変わる。
産業が変わる。
生活が変わる。
海外との関係も変わる。
古い日本から新しい日本へ急速に移動していました。
龍馬:
それが、わしと何の関係があるがです?
司馬:
かなりあります。
龍馬:
ほう。
司馬:
考えてみてください。
私の小説の竜馬は、
古い身分制度を窮屈に感じる。
藩を越える。
新しい技術に興味を持つ。
船に惹かれる。
海外を見る。
商売にも関心を持つ。
新しい組織を作る。
既存の権威だけでは動かない。
勝:
なるほど。
司馬:
幕末の人物を書いているのに、1960年代の読者には非常に現代的に見えたのでしょう。
町田明広:
ここでも区別が必要です。
歴史上の龍馬が1960年代的価値観を持っていた、という意味ではありません。
司馬:
もちろんです。
町田:
読者が、自分たちの時代に響くものを作品の中に見つけた、ということですね。
司馬:
そうです。
司会:
龍馬さん。
あなたが生きた時代にも、社会がものすごい速度で変わっていました。
龍馬:
そうじゃ。
昨日まで正しいと思われちょったものが、次の日には分からんなる。
司会:
1960年代の日本人も、ある意味では似た経験をしていた。
農村から都市へ。
国内から海外へ。
古い家族制度から新しい生活へ。
小さな商売から大企業へ。
鉄道、自動車、テレビ、海外旅行。
日本そのものが変わっていく。
司馬:
そこで幕末を書くと、単なる昔話ではなくなるんです。
龍馬:
自分らの話に見える?
司馬:
そうです。
西郷隆盛:
しかし、なぜ龍馬さんだったのでしょう。
幕末には多くの人物がいます。
木戸孝允:
確かに。
西郷さんもいる。
勝さんもいる。
私もいる。
勝:
自分を入れるんだな。
木戸:
事実ですから。
笑いが起こる。
司会:
これは良い質問です。
司馬さん。
なぜ龍馬だったのでしょう?
司馬は少し考える。
司馬:
龍馬には、後世の人間が入り込める余白が大きかったのかもしれません。
龍馬:
余白?
司馬:
西郷さんには薩摩がある。
木戸さんには長州がある。
勝さんには幕臣という立場がある。
それぞれ大きな政治的役割を背負っている。
龍馬は少し違う。
脱藩している。
政府のトップになったわけでもない。
明治政府で大臣になったわけでもない。
そして33歳で死んでいる。
龍馬:
最後のは、どういう意味です?
司馬:
あなたには「その後」がないんです。
部屋が静かになる。
司馬:
人間は長く生きれば、失敗もします。
立場も変わる。
妥協もする。
若いころの理想と違うことをすることもある。
しかし龍馬は、新しい時代が始まる直前に亡くなった。
町田:
そのため、後世がさまざまな可能性を投影しやすい。
司馬:
そうです。
「龍馬が生きていたら」
という物語をいくらでも作れる。
政治家になった。
世界へ行った。
商社を作った。
戦争を避けた。
新しい日本を作った。
しかし全部、確認できない。
龍馬:
死んだから、何にでもなれるがですか。
勝:
皮肉なもんだな。
龍馬:
でも先生。
それは少し怖いですね。
司馬:
なぜです?
龍馬:
わしが何も言えんからでしょう。
「龍馬ならこうした。」
「龍馬ならこう考えた。」
好きなように言える。
町田:
その問題は現在にもあります。
歴史上の人物を現代の価値観や主張へ引き寄せすぎると、本人が実際に生きた時代が見えなくなります。
龍馬:
なるほど。
司馬:
しかし、それでも人は過去の人物に自分を重ねます。
龍馬:
なんで?
司馬:
歴史を読むということは、過去だけを見る行為ではないからです。
自分も見ているんです。
Question 2: なぜ龍馬は経営者やビジネスパーソンにまで愛されるようになったのか?
司会が別の紙を置く。
そこには現代の龍馬について使われる言葉が並んでいる。
起業家。
交渉者。
イノベーター。
ネットワーカー。
グローバル人材。
リーダー。
龍馬が一つずつ読む。
龍馬:
わし、ずいぶん忙しい人間になっちゅう。
勝:
CEOも忘れるな。
龍馬:
それはもうええです。
司会:
龍馬は政治家だけではなく、経営者にも人気があります。
なぜでしょう。
司馬:
私の描いた竜馬には、会社員的ではないところがあります。
司会:
会社員的ではない?
司馬:
組織の中で出世することを人生の中心にしていない。
龍馬:
藩を出てしもうたき。
司馬:
そうです。
既存組織から出る。
人を集める。
資金を考える。
船を使う。
交易する。
情報を集める。
異なる組織を結ぶ。
これは現代の経営者から見ると、非常に魅力的に映るでしょう。
町田:
ただし先ほど話したように、亀山社中や海援隊をそのまま現代企業として扱うことはできません。
司馬:
分かっていますよ。
龍馬:
町田先生がおると、先生もずいぶん慎重になりますな。
司馬:
良いことです。
司会:
龍馬さん。
もし現代の経営者があなたに、
「あなたの成功哲学を教えてください」
と言ったら、どうしますか?
龍馬:
困りますな。
司会:
なぜ?
龍馬:
わし、成功しちゅうがですか?
その一言で部屋が静かになる。
龍馬:
33で殺されちゅう。
船も沈んだ。
金にも困った。
計画通りいかんこともぎょうさんあった。
仲間も死んだ。
自分も死んだ。
それを150年後から見て、
「成功者・坂本龍馬」
と言われても。
勝:
これは面白い。
龍馬:
わしの人生を成功例として読むから、おかしゅうなるんじゃないですか。
司会:
では、どう読めば?
龍馬:
やってみた人間として読んだらええ。
司馬が龍馬を見る。
龍馬:
うまくいくか分からん。
けんど面白そうだから動く。
人に会う。
違ったら変える。
船が要るなら船を探す。
金が要るなら金を探す。
話さにゃならん人がおれば会いに行く。
失敗する。
またやる。
司馬:
それこそ経営者が好きになる部分でしょう。
龍馬:
なら「成功哲学」じゃのうて、
「やってみる哲学」
くらいにしちょいてください。
西郷:
しかし一つ気になります。
司会:
何でしょう。
西郷:
後世の人が龍馬さんを自分たちに似せすぎると、龍馬さんの時代にあったものが消えませんか。
町田:
非常に重要な点です。
幕末の龍馬には、現代人には馴染みにくい部分もあります。
尊王。
攘夷。
武士。
刀。
藩。
天皇。
幕府。
当時の身分意識。
暴力が政治と非常に近い時代でもあります。
そこを取り除いて、
「自由な起業家」
だけにしてしまえば、それはかなり現代人が作った龍馬になります。
龍馬:
都合の悪いところを消すがですね。
町田:
無意識にそうなることがあります。
司馬:
文学にも同じ危険があります。
勝:
でもよ。
現代人が過去を見る以上、現代の目で見るのは避けられねえだろう。
町田:
完全には避けられません。
勝:
なら問題は、
「現代の目で見るな」
じゃねえ。
町田:
そうですね。
「自分が現代の目で見ていることを忘れない」
ということだと思います。
龍馬が頷く。
龍馬:
それなら分かる。
Question 3: 私たちは坂本龍馬を愛しているのか、それとも「こうありたい自分」を龍馬に見ているのか?
司会がテーブルに置いた紙を裏返す。
裏には、時代ごとに語られてきたさまざまな龍馬像が書かれている。
勤王の志士。
維新の英雄。
自由人。
国際人。
平和的改革者。
起業家。
交渉者。
リーダー。
司会:
同じ坂本龍馬なのに、時代によって見えるものが変わります。
これはなぜでしょう。
町田:
史料が変わった場合もあります。
新史料の発見や研究の進展で人物像が修正される。
しかし、それだけではありません。
その時代の人々が何を求めているかによって、注目される部分が変わります。
司馬:
つまり龍馬を見る鏡のこちら側も変化する。
町田:
そうです。
司会:
龍馬さん。
少し変な質問をします。
龍馬:
今日はずっと変な質問ばかりですよ。
司会:
もし、ある人があなたを好きだと言ったとします。
その人は、
「組織に縛られない龍馬が好きだ。」
別の人は、
「世界を見ていた龍馬が好きだ。」
別の人は、
「ビジネス感覚のある龍馬が好きだ。」
また別の人は、
「争いではなく話し合いで日本を変えようとした龍馬が好きだ。」
その人たちは、本当にあなたを見ているのでしょうか。
龍馬はしばらく考える。
龍馬:
半分はわし。
半分は、その人自身じゃないですか。
司会:
どういう意味でしょう。
龍馬:
人は自分に関係ないものを、そんなに好きにならんでしょう。
自分が欲しいものを見つけるんじゃないですか。
自由が欲しい人は、わしの自由を見る。
何か始めたい人は、海援隊を見る。
外国へ行きたい人は、船を見る。
組織が嫌になっちゅう人は、脱藩を見る。
司馬:
それは文学そのものですね。
龍馬:
先生は?
司馬:
え?
龍馬:
先生は、わしの中に何を見たがです?
今度は司馬が質問される。
しばらく沈黙する。
司馬:
自由でしょうね。
龍馬:
やっぱり。
司馬:
ただ、好き勝手に生きる自由ではありません。
自分が所属しているものを絶対だと思わない自由。
土佐が世界のすべてではない。
幕府が永遠ではない。
身分制度が自然法則ではない。
昨日の自分の考えさえ、絶対ではない。
そういう自由です。
龍馬:
それは、先生自身が欲しかったものですか?
司馬はすぐには答えない。
司馬:
そうかもしれません。
勝が笑う。
勝:
ほら見ろ。
Topic 2でお前が言った通りじゃねえか。
龍馬:
何でした?
勝:
『竜馬がゆく』は、お前の話でもあり、司馬さんの話でもある。
司馬:
否定しません。
木戸:
では読者も同じでしょうか。
司馬:
おそらく。
木戸:
『竜馬がゆく』を読む人は、龍馬を読んでいる。
同時に自分を読んでいる。
町田:
だからこそ、歴史研究との区別が必要になります。
文学の中では、その読み方が非常に豊かな意味を持つ。
しかし、
「自分が龍馬に見たもの」
と、
「史料から確認できる龍馬」
は同一ではありません。
司会:
では、こんなことが言えるでしょうか。
1960年代の人は、
古い日本を飛び出す竜馬
を見た。
経営者は、
組織を越えて人と資源を動かす龍馬
を見る。
若者は、
自分の道を探す龍馬
を見る。
海外志向の人は、
海の向こうを見る龍馬
を見る。
そのたびに龍馬は少しずつ違う人物になる。
町田:
文化的な龍馬像としてなら、そう考えることができます。
龍馬が笑いながら首を振る。
龍馬:
忙しいですな、死んだ後も。
西郷:
生きていたころより忙しいかもしれません。
勝:
しかも給料は出ねえ。
龍馬:
それはいかん。
笑いが起こる。
しかし司会は最後に、一つだけ違う質問をする。
司会:
龍馬さん。
自分とは少し違う「竜馬」を読んだ人が、それによって人生を変えたとします。
会社を辞めた。
外国へ行った。
新しい仕事を始めた。
仲の悪い二人をつないだ。
昨日まで嫌いだった人の話を聞いた。
自分の考えが間違っていたと認めた。
その人にとって、司馬遼太郎の「竜馬」は本物でしょうか、偽物でしょうか。
龍馬はすぐには答えない。
『竜馬がゆく』を手に取る。
何度かページをめくる。
龍馬:
わしじゃないところもある。
司会:
はい。
龍馬:
先生も認めちゅう。
司馬:
認めています。
龍馬:
けんど、その人がこれを読んで何か始めたがなら。
龍馬は本を閉じる。
龍馬:
その人の人生で起きたことは、本物でしょう。
司馬が静かに龍馬を見る。
龍馬:
なら、それでええんじゃないですか。
町田:
ただし、それを史実上の龍馬と混同しない。
龍馬が吹き出す。
龍馬:
町田先生。
最後までそれを言いますな。
町田:
最後まで言います。
笑いが収まったあと、司馬が小さな声で言う。
司馬:
しかし、まだ一つ問題が残っています。
司会:
何でしょう。
司馬:
私たちはずっと、
「司馬遼太郎が龍馬をどう描いたか」
「日本人が龍馬をどう見たか」
を話してきました。
でも本人には聞いていない。
龍馬が司馬を見る。
龍馬:
何をです?
司馬は自分の本を龍馬の前へ押し出す。
司馬:
あなた自身が、この男をどう思うのか。
龍馬は表紙を見る。
そこには自分の名前がある。
しかし一文字だけ違う。
龍馬ではなく、
竜馬。
自分から生まれた男。
しかし自分ではない男。
自分が死んだ後、日本中を歩き続けたもう一人の坂本竜馬。
龍馬はゆっくり本を手に取る。
龍馬:
ほんなら次は、わしが先生の「竜馬」を読んでみましょうか。
司馬は何も言わない。
ただ、少し緊張したように龍馬を見ていた。
Topic 5: 本物の坂本龍馬が『竜馬がゆく』を読んだら?
部屋が静かだった。
これまでテーブルの上には、さまざまなものが置かれてきた。
坂本龍馬の手紙。
薩長盟約の六カ条。
龍馬の朱筆。
新政府綱領八策。
そして司馬遼太郎の『竜馬がゆく』。
しかし今、テーブルの上にあるのは一冊だけだった。
『竜馬がゆく』。
龍馬はそれを手にしている。
誰も急かさない。
しばらくページをめくっていた龍馬が、ふっと笑った。
坂本龍馬:
先生。
司馬遼太郎:
はい。
龍馬:
よう喋りますな、わし。
部屋に笑いが起こる。
勝海舟:
実物より喋ってるんじゃねえか。
龍馬:
先生まで。
司馬:
小説ですから、黙っていられては困ります。
龍馬:
それにしても、ようできた男じゃ。
司馬は笑わなかった。
龍馬がページを閉じる。
龍馬:
少し怖いくらいです。
司会:
怖い?
龍馬:
自分によう似た人間がおる。
けんど、自分より少し格好ええ。
自分より迷わん。
自分より未来が見えちゅう。
自分より言葉がうまい。
勝:
それは作者がうまいんだ。
龍馬:
そこが怖い。
司会:
なぜです?
龍馬は表紙を見る。
龍馬:
読んじゅううちに、こっちが本物に見えてくる。
司馬の表情が変わる。
Question 1: 龍馬が「これは確かにわしだ」と感じるのは、どこなのか?
司会:
では最初に聞きましょう。
全部が違うわけではないはずです。
龍馬さん。
『竜馬がゆく』を読んで、
「これは確かにわしだ」
と思うところはありますか?
龍馬は少し考える。
龍馬:
人に会うところですかね。
司会:
人に会う?
龍馬:
先生の本の中のわしも、よう人に会う。
面白い人間がおれば近づく。
偉いかどうかは、あまり関係ない。
話を聞く。
知らんことがあれば聞く。
自分より面白いことを考えちゅう人がおったら、もっと聞く。
勝:
そこは似てる。
龍馬:
勝先生に会ったところなんか、気持ちは分かります。
司馬:
細部は小説です。
龍馬:
分かっちゅう。
けんど、
「こんな人間がおったがか」
という驚きは分かる。
司会:
ほかには?
龍馬:
海。
司馬が静かに頷く。
龍馬:
海を見ると、向こうへ行きとうなる。
船を見ると乗りとうなる。
知らん土地があれば見とうなる。
土佐におるときは土佐が世界じゃった。
外へ出たら違うた。
江戸へ行ったら違う。
長崎へ行ったら、もっと違う。
先生の竜馬にも、
「向こうに何がある?」
という気持ちがある。
それは分かる。
司会:
自由については?
龍馬は少し困った顔をする。
龍馬:
先生の「自由」は、ちょっと格好よすぎる。
司馬が笑う。
龍馬:
わしは「自由人になろう」と思って脱藩したわけじゃない。
脱藩すれば家族にも迷惑がかかる。
危険もある。
自由にはなるけんど、同時に何もなくなる。
町田明広:
非常に重要なところですね。
現代人が「脱藩」を会社を辞めるような感覚で理解してはいけません。
龍馬:
命がかかっちゅう。
司馬:
その通りです。
龍馬:
けんど。
龍馬が少し考える。
龍馬:
一度外へ出たら、
「土佐だから」
というだけでは物事を考えんようになった。
そこは先生の竜馬と似ちゅうかもしれん。
西郷隆盛:
私から見ると、人との距離の取り方も似ています。
司会:
どういうところでしょう。
西郷:
相手の肩書きより、本人を見る。
龍馬さんにはそういうところがあったと思います。
木戸孝允:
ただし、司馬作品ではそれが非常に鮮明になっています。
実際の人間はもっと矛盾しています。
龍馬:
そりゃそうじゃ。
司馬:
では、一つ聞いていいでしょうか。
龍馬:
どうぞ。
司馬:
私が描いたあなたの中で、一番自分に近いと思ったものは何です?
龍馬は長く考える。
そして意外な答えをする。
龍馬:
変わるところ。
司馬が顔を上げる。
龍馬:
最初から何でも知っちゅうところじゃない。
人に会って、
「あ、それは面白い」
と思う。
それまで自分が思うちょったことより、そっちがええと思えば行ってみる。
Topic 1で話したでしょう。
司馬:
ええ。
龍馬:
そこは、わしじゃと思う。
Question 2: 龍馬が「こんな立派な男じゃない」と笑うのは、どこなのか?
司会:
では逆です。
読んでいて、
「これはわしじゃない」
と思ったところは?
龍馬が即答する。
龍馬:
格好よすぎる。
笑いが起きる。
司馬:
もう少し具体的にお願いします。
龍馬:
先生の竜馬は、ときどき自分が歴史のどこにおるか分かっちゅうように見える。
司馬:
なるほど。
龍馬:
わしには分からんかった。
龍馬は本を開く。
龍馬:
後から見る人には、
「これは薩長同盟へつながる。」
「これは大政奉還へつながる。」
「これは明治維新へつながる。」
と分かる。
けんど、その日を生きちゅう人間には分からん。
木戸:
その通りです。
西郷:
私たちも「明治維新」という完成した物語の中を歩いていたわけではありません。
龍馬:
明日、自分が死ぬかもしれん。
来年、幕府がどうなっちゅうかも分からん。
薩摩がどうするか。
長州がどうするか。
外国がどうするか。
何も決まっちゃせん。
司会:
つまり小説の竜馬には、少し「未来を知っている作者」が入っている?
龍馬:
そうじゃないですか、先生。
司馬は少し考える。
司馬:
否定できません。
物語を書く人間には、結末が見えています。
だから、どうしても最初の出来事に意味を持たせてしまう。
龍馬:
人生を生きちゅう本人には、そんな意味はまだない。
司馬:
そうですね。
町田:
これは歴史を書く際にも重要な問題です。
後世から見ると、明治維新へ向かう一本道があったように見える。
しかし当時には、複数の可能性がありました。
勝:
歴史ってのは、終わってから読むとみんな頭が良くなるんだ。
龍馬:
それは名言ですな。
勝:
書いとけ。
司会:
ほかに「これは違う」というところは?
龍馬は少し黙る。
龍馬:
失敗が足りん。
司馬:
失敗?
龍馬:
後世の人は、うまくいったところだけつなぐでしょう。
薩長同盟。
海援隊。
大政奉還。
そうすると、
「龍馬は次々と時代を動かした」
となる。
けんど実際には、うまくいかんことのほうが多い。
船も失う。
金もない。
話がまとまらん。
人とぶつかる。
計画が変わる。
逃げる。
隠れる。
待つ。
司会:
怖かったことも?
龍馬は少し笑う。
龍馬:
そりゃ怖いですよ。
司会:
後世の龍馬は、あまり怖がらない。
龍馬:
だから格好ええんです。
司馬が少し苦笑する。
司馬:
小説家として反論していいですか?
龍馬:
どうぞ。
司馬:
私はあなたを銅像にしたかったわけではありません。
龍馬:
分かっちゅう。
司馬:
弱さも書いたつもりです。
龍馬:
分かっちゅう。
でも先生。
龍馬が司馬をまっすぐ見る。
龍馬:
読者が好きになるほど、弱さは忘れられる。
司馬は黙る。
龍馬:
先生。
一つ聞いてええですか。
司馬:
どうぞ。
龍馬:
なんで、わしをこんな男にしたがぜよ?
部屋の空気が変わる。
Topic 5の最初から、どこかにあった質問だった。
司馬はすぐには答えない。
司馬:
私はあなたを偉人にしたかったのではありません。
龍馬:
なら?
司馬:
人間の魅力が、歴史にどう参加するのか。
それを見たかった。
龍馬は黙って聞く。
司馬:
権力ではない。
身分でもない。
巨大な組織を持っているわけでもない。
それでも人がこの男に会う。
話を聞く。
また別の人間へつながる。
そして少しずつ何かが動く。
私はそこに興味があった。
龍馬:
だから、わしだった?
司馬:
だから、あなたでした。
Question 3: 司馬遼太郎の「竜馬」は、偽物なのか?
司会は、しばらく二人の会話に入らなかった。
そして静かに言う。
司会:
では最後の質問です。
これまでずっと避けてきた質問でもあります。
歴史上の坂本龍馬と、『竜馬がゆく』の竜馬は違う。
それはもう分かりました。
では、
司馬遼太郎の「竜馬」は、偽物なのでしょうか?
最初に町田が答える。
町田:
歴史学として答えるなら、まず言葉を分けます。
『竜馬がゆく』の竜馬は文学上の人物です。
史実上の坂本龍馬そのものではありません。
史料に確認できない会話、心理描写、出来事、人物造形があります。
そこを曖昧にしてはいけません。
司会:
つまり偽物?
町田:
私はそういう言葉は使いません。
「文学上の竜馬と歴史上の龍馬は区別する。」
それで十分です。
山岡悦郎:
私はもう一つ加えたい。
司馬作品によって龍馬像が大きくなったからといって、
その反動で歴史上の龍馬まで小さくする必要はありません。
薩長間での活動もある。
海運や交易に関わった活動もある。
政治構想もある。
人脈もある。
史料で確認できるものは、きちんと評価すればいい。
木戸:
私には私の龍馬があります。
司会:
どんな龍馬でしょう。
木戸:
後世の人が知っている龍馬ほど単純ではない。
しかし、必要なときに現れる男でした。
どこか一つの藩の論理だけで話さない。
それは便利でもあり、不思議でもありました。
西郷:
私にも私の龍馬さんがあります。
司馬先生の龍馬とは違うでしょう。
木戸さんの龍馬とも違う。
勝:
俺の龍馬なんざ、もっと違うぞ。
龍馬:
先生のはどんなわしです?
勝:
生意気な若造だ。
龍馬:
やっぱり。
勝:
だが、面白い若造だった。
司会:
ここで奇妙なことが起きています。
誰も同じ龍馬を覚えていない。
町田:
それは当然です。
人間関係によって見える面は違います。
司会:
家族が知る龍馬も違うでしょう。
龍馬:
姉ちゃんの前では、もっと違いますよ。
勝:
お龍さんの前ならもっと違うだろ。
龍馬:
先生。
勝:
なんだ。
龍馬:
そこは余計です。
笑いが起こる。
笑いが収まると、司会が龍馬を見る。
司会:
では本人に聞きます。
ここには、
勝海舟が知っている龍馬。
西郷隆盛が知っている龍馬。
木戸孝允が知っている龍馬。
歴史研究者が史料から再構成する龍馬。
司馬遼太郎が描いた竜馬。
そして今も何百万人もの読者の中にいる竜馬がいる。
どれが本物ですか?
龍馬は少し困ったように笑う。
龍馬:
全部ちょっとずつ本物で、全部ちょっとずつ違うんじゃないですか。
司会:
本人なのに分からない?
龍馬:
本人だから分かる。
龍馬は勝を見る。
龍馬:
勝先生とおるときのわし。
姉ちゃんとおるときのわし。
お龍とおるときのわし。
西郷さんと話しゆうときのわし。
木戸さんと話しゆうときのわし。
全部違う。
司会:
でも全部あなた。
龍馬:
そうじゃ。
龍馬:
人間というのは、一人の中に一人しかおらんがですか?
誰も答えない。
龍馬:
家族が知っちゅう自分。
友達が知っちゅう自分。
仕事仲間が知っちゅう自分。
嫌いな人が見ちゅう自分。
自分が思うちゅう自分。
どれが本物ながでしょう。
司馬が静かに口を開く。
司馬:
だから小説があるのかもしれません。
龍馬が振り向く。
司馬:
歴史学は、確認できる龍馬を探す。
文学は、
「人間とは一つではない」
というところまで入っていく。
町田:
ただし文学を史料にしてはいけませんよ。
司馬:
分かっています。
龍馬:
町田先生がおらんかったら、先生は危ないですな。
また笑いが起こる。
しかし龍馬は本を閉じない。
最後のページまでめくる。
やがて手が止まる。
自分が死ぬところだった。
龍馬はしばらくそのページを見ている。
誰も話さない。
龍馬:
33か。
司馬:
はい。
龍馬:
若いですな。
司馬:
若いです。
龍馬:
わしは、そのあとを知らん。
司馬:
ええ。
龍馬:
先生は知っちゅう。
明治になったことも。
日本がそのあと何をしたかも。
戦争したことも。
負けたことも。
また立ち上がったことも。
1962年の日本も。
全部知っちゅう。
司馬:
はい。
龍馬:
だから先生は、わしの時代を見ながら、自分の時代も見ちょったんでしょう。
司馬はゆっくり頷く。
龍馬:
先生。
最初に言いましたな。
司馬:
何をでしょう。
龍馬:
「一人の人間のもっている魅力が、歴史にどう参加してゆくものか。」
司馬:
ええ。
龍馬:
先生は、その答えが分かりましたか?
司馬は長く考える。
司馬:
いいえ。
龍馬が少し驚く。
司馬:
だから書いたのでしょう。
また沈黙が訪れる。
龍馬は『竜馬がゆく』をテーブルの中央へ戻す。
龍馬:
わしも一つ分からんことがあります。
司会:
何でしょう。
龍馬:
人間は、いつまで自分のものなんでしょうな。
誰も意味が分からず、龍馬を見る。
龍馬:
生きちゅう間は、自分の人生でしょう。
けんど死んだら、
家族が思い出す。
友達が語る。
敵が語る。
歴史家が調べる。
小説家が書く。
映画になる。
子供が読む。
百年後の人が、
「この人みたいになりたい」
と言う。
龍馬は司馬を見る。
龍馬:
そうなったら、もうわしの人生は、わしだけのものじゃない。
勝:
有名人ってのは大変だな。
龍馬:
先生も十分有名でしょう。
勝:
俺の小説も書いてくれよ、司馬さん。
司馬:
もう書いています。
一瞬の沈黙。
龍馬が吹き出す。
西郷も笑う。
木戸まで笑っている。
笑いが収まるまで、司馬は龍馬を見ていた。
そして龍馬が最後に司馬へ向き直る。
龍馬:
先生。
司馬:
はい。
龍馬:
最後に一つだけ聞いてええですか。
司馬:
もちろん。
龍馬は『竜馬がゆく』の表紙を指で軽く叩く。
そこには、
坂本龍馬ではなく、
坂本竜馬がいる。
龍馬:
先生。
あんたが書いたこの「竜馬」は、
わしながですか。
少し間を置く。
龍馬:
それとも、
先生自身ながですか。
司馬は答えない。
勝も、西郷も、木戸も口を挟まない。
歴史家たちも沈黙している。
しばらくして司馬が微笑む。
しかし、やはり答えない。
龍馬も答えを求めなかった。
ただ本を閉じて、テーブルの上に置いた。
そこには二人の龍馬がいた。
1867年に33歳で亡くなった坂本龍馬。
そして、その約100年後に司馬遼太郎の文章から生まれ、日本中を歩き続けた「竜馬」。
どちらか一人を消す必要はないのかもしれない。
史実の龍馬を知るほど、小説の竜馬が消えるわけではない。
小説の竜馬を愛したからといって、史実をそのまま受け入れる必要もない。
むしろ二人を並べたとき、
一人の人間が生きた33年間と、
その人間が死んだあと150年以上にわたって人々の中で生き続けてきた時間の、
その両方が見えてくる。
龍馬はもう一度だけ本を見る。
そして誰に言うでもなく、小さく呟いた。
龍馬:
人間というのは、死んだあとも変わり続けるがですね。**
最後に

龍馬は、一人ではなかった
この仮想対話を始めたとき、私たちは二人の龍馬を探していました。
歴史上の坂本龍馬。
そして、
司馬遼太郎の『竜馬がゆく』に登場する竜馬。
しかし最後まで来ると、どうやら二人では足りません。
姉・乙女が知っていた龍馬がいる。
お龍が知っていた龍馬がいる。
勝海舟が見た龍馬がいる。
西郷隆盛や木戸孝允が接した龍馬がいる。
歴史研究者が史料から再構成する龍馬がいる。
司馬遼太郎が描いた竜馬がいる。
そして『竜馬がゆく』を読んだ一人ひとりの中にも、それぞれ別の龍馬がいる。
では、どれが本物なのでしょうか。
おそらく、この問いに一つだけの答えを求めること自体が間違っているのかもしれません。
だからといって、史実と創作の境界を曖昧にしてよいわけではありません。
何が史料から確認できるのか。
何が研究者の解釈なのか。
何が小説家による創作なのか。
そして何が、この仮想対話で生まれた想像なのか。
それらはきちんと区別する必要があります。
そのうえで並べてみる。
すると、歴史上の人物が少しずつ立体的になってきます。
司馬遼太郎が「偽物の龍馬」を作った、と考える必要もありません。
逆に、『竜馬がゆく』の竜馬をそのまま歴史上の坂本龍馬だと思う必要もありません。
もしかすると司馬は、実在した龍馬の中に散らばっていたものを拾い上げ、
自由。
好奇心。
人への関心。
変化する力。
海への視線。
組織を越える行動。
人と人をつなぐ力。
そうしたものを一人の文学的人物の中に集めたのかもしれません。
だから『竜馬がゆく』を読んで龍馬が好きになった人が、史実を知ることで失望する必要もありません。
むしろ逆です。
小説の竜馬から入って、歴史上の龍馬へ進んでいく。
するとそこには、完成された英雄ではなく、
迷い、
学び、
人に影響され、
考えを変え、
人と出会い、
動き続けた、
もっと複雑な一人の人間がいます。
そして、その龍馬のほうが、もしかするとさらに面白い。
「人間というのは、死んだあとも変わり続けるがですね。」
これは史料に残された坂本龍馬の言葉ではありません。
けれど、この仮想対話を最後まで歩いてきた私たちにとっては、史実の龍馬、司馬遼太郎の竜馬、そして私たちの中の龍馬をつなぐ、一つの問いなのかもしれません。
Short Bios:
坂本龍馬(1836–1867)
土佐藩出身の幕末の志士。脱藩後、勝海舟との関係を通して海軍・海運への関心を深め、薩長間の連携、亀山社中・海援隊、幕末期の政治活動などに関わった。1867年、京都近江屋で中岡慎太郎とともに襲撃され、33歳で死去した。
司馬遼太郎(1923–1996)
日本を代表する歴史小説家の一人。『竜馬がゆく』を1962年から1966年にかけて新聞連載し、戦後日本における坂本龍馬像に大きな影響を与えた。歴史資料を踏まえながら、文学として人物の魅力や時代の動きを描いた。
勝海舟(1823–1899)
幕臣、政治家。幕府海軍の整備に関わり、神戸海軍操練所などを通して龍馬にも大きな影響を与えた。龍馬本人が姉・乙女への手紙の中で非常に高く評価している。
西郷隆盛(1828–1877)
薩摩藩の中心人物の一人。幕末政治、薩長関係、倒幕から明治維新に至る過程で大きな役割を果たした。龍馬の活動を考える際にも重要な人物である。
木戸孝允(1833–1877)
長州藩出身。桂小五郎としても知られる。薩長間の政治的連携における長州側の重要人物。木戸家に伝わる関係史料は、龍馬の薩長連携への関与を考えるうえでも重要である。
町田明広
幕末政治史を専門とする歴史研究者。坂本龍馬をめぐる従来の英雄像を史料から再検討しながら、単純な「龍馬不要論」にも回収されない幕末政治の複雑な人間関係を考えるうえで重要な研究を行っている。
山岡悦郎
『竜馬がゆく』や司馬遼太郎の作品世界を考えるため、この仮想対話に登場する研究者の一人。文学として描かれた「竜馬」と歴史上の坂本龍馬との距離を考える役割を担う。

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