はじめに
あなたは、誰かに「助けて」と言いたかったのに、どうしても言えなかった経験がありますか。
本当は苦しいのに、「大丈夫」と答えてしまう。誰かに気づいてほしいのに、何も言わずに笑ってしまう。勇気を出して話したところで、どうせ理解してもらえない。そう思って、心の奥に言葉を閉じ込めてしまう。
もしかしたら、あなたの身近にも、そんな人がいるかもしれません。
町田そのこさんの小説『52ヘルツのクジラたち』は、そんな声にならない孤独を描いた物語です。
52ヘルツという、ほかのクジラとは異なる周波数で鳴くクジラ。その存在は、誰かに呼びかけているのに、誰にも理解されないと感じる人間の孤独と重なります。
物語の主人公・三島貴瑚は、深い傷を抱えながら生きてきた女性です。彼女はある海辺の町で、言葉を発しない少年と出会います。
二人の出会いは、単純な救済の物語ではありません。
傷ついた人が、別の傷ついた人を助けようとするとき、何が起こるのでしょうか。
そして、助けたいという気持ちは、いつでも相手のためになるのでしょうか。
町田さんは、『52ヘルツのクジラたち』についてのインタビューなどで、助けを求めることを諦めた人々への思いを語っています。その願いは、苦しんでいる人だけでなく、周囲にいる私たちにも向けられているように感じます。
今回のImaginaryConversationでは、町田そのこさんを、心理学者カール・ユング、アンパンマンの生みの親やなせたかしさん、社会学者の上野千鶴子さんと同じテーブルに迎えます。
司会は、小説家であり、お笑い芸人でもある又吉直樹さん。
ユングは、なぜ人は自分の心を閉ざすのかを問いかけます。
やなせさんは、困っている人に手を差し伸べる優しさについて考えます。
上野さんは、その善意が、ときに相手の自由を奪ってしまう危険を指摘します。
そして町田さんは、物語を通して伝えたかった願いと向き合います。
誰かの苦しみを理解するとは、どういうことなのでしょう。
私たちは、本当に誰かを救うことができるのでしょうか。
そして、今日、あなたのすぐそばにいる人が、誰にも届かない声を出していたとしたら。
あなたは、その声に気づけるでしょうか。
※本記事は『52ヘルツのクジラたち』に着想を得た架空の対話です。登場人物が実際に集まった事実はなく、会話は本人たちの発言を再現したものではありません。虐待や孤立を扱う描写には、つらい経験を思い起こさせる内容が含まれます。
Topic 1:なぜ人は、助けてほしいのに「助けて」と言えなくなるのか?

『52ヘルツのクジラたち』が問いかける、心の奥に閉じ込めた声
登場人物:又吉直樹(司会)、町田そのこ、カール・ユング、やなせたかし、上野千鶴子
舞台:海が見える小さな文学カフェ。大きな窓の向こうには、静かな波が広がっている。テーブルには『52ヘルツのクジラたち』が置かれ、5人が向かい合って座っている。
本対話は創作です。登場人物の発言は実際の発言ではなく、作品や思想、公開された資料から着想を得た架空のものです。
Opening:声を失うということ
又吉直樹: 今日は町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』についてお話ししたいと思います。
僕、この本を読んで、ちょっと不思議なことを考えたんです。
僕らって、誰かが困っていたら「助けてって言えばいいのに」って思うじゃないですか。
でも、本当に苦しい人ほど、それが言えないことがある。
これ、どうしてなんでしょうね。
町田そのこ: 私がこの物語で描きたかったことの一つが、まさにそこなんです。
苦しんでいる人が、必ずしも助けを求められるとは限らない。
何度も傷ついたり、誰にもわかってもらえなかったりすると、声を出すこと自体を諦めてしまうことがあります。
貴瑚もそうですし、少年もそうです。
でも、私は、そういう人たちの声が本当に消えてしまったとは思いたくなかったんです。
又吉: なるほど。
声がないんじゃなくて、出せなくなっている。
カール・ユング: そこには、人間の心の興味深い働きがあります。
人は苦痛を経験すると、同じ苦痛を繰り返さないように自分を守ろうとします。
たとえば、誰かに助けを求めて拒絶された経験がある人は、次に助けを求めることを恐れるかもしれません。
その人にとって沈黙は、単なる消極性ではありません。
自分を守るために身につけた方法である可能性があります。
又吉: でも、それって悲しいですよね。
自分を守るために黙っているのに、そのせいで誰にも助けてもらえなくなる。
ユング: ええ。かつて自分を守った方法が、後には自分を孤立させることもあるのです。
やなせたかし: 私はね、そういう人に「もっと勇気を出しなさい」とは、なかなか言えません。
勇気を出せる人ばかりではありませんから。
本当に困っている人が、何も言えずに座っていることだってあるでしょう。
そのとき、周りにいる人が「どうしたの?」と声をかける。
そんな小さなことが、案外大切なのかもしれませんね。
上野千鶴子: ただ、私はもう一つ考えたいことがあります。
私たちは、助けを求められない人に対して「勇気を出して」と言いがちです。
でも、なぜその人は助けを求められないのでしょう。
助けを求めたら叱られる。迷惑だと言われる。信じてもらえない。
そんな環境に置かれていたら、声を出せないのは本人の勇気の問題ではありません。
又吉: なるほど……。
助けてと言えない人の問題だと思っていたら、助けてと言えない社会の問題でもあるんですね。
町田: そうですね。
そして、私はその両方を考えてほしいと思うんです。
声を出すことを諦めてしまった人にも、もう一度誰かを信じられる可能性があること。
そして、周りの人にも、聞こえていない声があるかもしれないと気づいてほしいこと。
又吉: 今日は、その二つを考えてみたいですね。
Question 1:なぜ子どもは、親に愛されないと「自分が悪い」と思ってしまうのか?
又吉: 町田さんの小説を読んでいて、僕が特につらかったのは、子どもが親から傷つけられているのに、自分が悪いと思ってしまうところなんです。
大人だったら、「この人の言っていることはおかしい」と思えることもありますよね。
でも、子どもはどうして自分を責めてしまうんでしょうか。
ユング: 子どもにとって、親は世界そのものに近い存在だからです。
幼い子どもは、自分を取り巻く世界を客観的に判断するための経験を十分に持っていません。
親が怒る。親が拒絶する。親が愛情を示さない。
そのとき、子どもは「親に問題がある」と考えるより、「自分に何か問題があるのではないか」と考えてしまう場合があります。
又吉: それって、ものすごく残酷ですね。
本当は親の問題なのに、子どもがその責任を背負ってしまう。
町田: 貴瑚の人生にも、そういうところがあります。
自分が大切にされないことに慣れてしまうと、誰かから優しくされたときでさえ、その優しさをどう受け取ればいいのかわからなくなる。
自分にはそんな価値がないと思ってしまうんです。
やなせ: 私は、そこが一番悲しいと思います。
子どもは、生まれてきただけで大切にされるべき存在でしょう。
何かができるから愛されるとか、親の言うことを聞くから愛されるとか、そういうことではないはずです。
上野: でも、現実には条件つきの愛情を与えられている子どもがいます。
「いい子にしていたら愛してあげる」
「親の期待に応えたら認めてあげる」
こういう関係の中では、子どもは自分の気持ちよりも、親の期待を優先するようになります。
そして、それが大人になってからの人間関係にも影響することがあります。
又吉: ちょっと怖いことを聞いてもいいですか。
そうやって育った人は、大人になってからも、自分を大切にしてくれない人を好きになってしまうことがあるんでしょうか。
ユング: その可能性はあります。
人間は、慣れ親しんだ関係のあり方を、無意識のうちに繰り返すことがあります。
苦しみを伴う関係であっても、それが自分にとって見慣れた形であれば、安心に似た感覚を覚える場合もあるのです。
ただし、過去の経験がその人の未来を決定するわけではありません。
町田: 私はそこに希望を残したかったんです。
貴瑚は傷ついてきました。でも、彼女の人生が、その傷だけで決まるわけではない。
誰かとの出会いによって、自分の価値を少しずつ見つけ直すこともできると思うんです。
又吉: そう考えると、アンさんの存在が本当に大きいですね。
アンさんは、貴瑚に「あなたには価値がある」と言葉で教えただけじゃない。
貴瑚を大切にすることで、それを伝えたんですよね。
町田: そうだと思います。
人は、言葉だけで自分の価値を信じられるようになるわけではありません。
実際に大切にされる経験が必要なこともあるんです。
やなせ: だったら、私たち大人が子どもにできることは、案外はっきりしていますね。
その子が何かを成し遂げたときだけ褒めるのではなく、そこにいてくれることを喜ぶ。
それが大切なんじゃないでしょうか。
上野: そして、それを家庭の中だけに閉じ込めないことです。
親から十分な愛情を受けられない子どもにも、学校や地域に安心できる大人が必要です。
子どもの価値を決める権利は、親だけにあるわけではありません。
又吉: なんだか、52ヘルツのクジラの話に戻ってきますね。
自分の声がおかしいんじゃないかと思っているクジラに、「その声のままでいいんだよ」と伝えられる誰かがいるかどうか。
それだけで、世界の見え方が変わるのかもしれません。
Question 2:「助けて」と言うことは、なぜこれほど怖いのか?
窓の向こうで波が静かに崩れる。又吉は少し考え込んでから、次の質問をする。
又吉: 僕、さっきから考えていることがあるんです。
「助けて」って、たった四文字じゃないですか。
でも、人によっては、その四文字を言うのに何年もかかる。
もしかしたら、一生言えない人もいる。
どうしてなんでしょうね。
町田: 助けを求めるというのは、自分の弱い部分を誰かに見せることでもありますから。
その弱さを見せたときに、さらに傷つけられた経験があれば、怖くなってしまうと思います。
ユング: 人間の心には、傷つきやすい部分を隠そうとする働きがあります。
社会の中で受け入れられるために、人は強い自分や、問題のない自分を見せようとすることがあります。
しかし、その姿を維持し続けると、本当に苦しんでいる自分を誰にも見せられなくなる場合があります。
又吉: ああ、それ、ちょっとわかる気がします。
「大丈夫?」って聞かれたら、反射的に「大丈夫です」って答えてしまうこと、ありますよね。
全然大丈夫じゃないのに。
やなせ: ありますね。
私も、人間はそんなに強いものじゃないと思っています。
でも、弱いところを見せるのが恥ずかしいと思う人は多いでしょう。
上野: 日本社会には、他人に迷惑をかけてはいけないという意識が強くあります。
もちろん、他人を思いやることは大切です。
でも、それが「困っていても人に頼ってはいけない」という考えになってしまうと、孤立につながります。
又吉: そうですね。
「迷惑をかけない人」が立派だと思われる社会で、「助けて」と言うのは、なんだかルール違反みたいに感じる人もいるかもしれません。
上野: そうです。
でも、人間は誰でも、人生のどこかで他人の助けを必要とします。
子どものころも、病気のときも、年を取ったときも。
助けを必要とすることは、人間として失格だという意味ではありません。
ユング: もう一つ、重要なことがあります。
人は、他者を信じる前に、自分の苦しみが他者に受け止められる可能性を信じなければなりません。
過去に何度も拒絶された人にとって、それは簡単ではないでしょう。
町田: だから私は、声を出すことを諦めている人に、もう一度だけ誰かに伝えてみようと思ってもらえたら、と願ったんです。
もちろん、それが簡単ではないこともわかっています。
でも、世界中の誰もが、その人を拒絶するとは限らないと思うんです。
又吉: 町田さん、ちょっと意地悪な質問をしてもいいですか。
もし勇気を出して「助けて」と言ったのに、また拒絶されたらどうするんでしょう。
それって、前よりも傷ついてしまうかもしれませんよね。
町田: そうですね。それは本当に怖いことだと思います。
だから、ただ勇気を出せばいいという話にはしたくありません。
一人に拒絶されたとしても、それがすべての人の答えではないということを、どこかで知ってほしいんです。
上野: そこで社会の役割が出てきます。
助けを求める相手が、たった一人しかいない状態は危険です。
家族に言えなければ学校へ。学校で聞いてもらえなければ、別の相談先へ。
そうした複数の道が必要なんです。
やなせ: なるほどね。
勇気を出す人を増やすだけじゃなくて、勇気を出した人がちゃんと受け止められる場所を増やさなければいけない。
又吉: それって、すごく大事ですね。
僕らは「助けてと言える人になろう」と言うけれど、同じくらい「助けてと言われたときに、ちゃんと聞ける人になろう」と考えないといけない。
ユング: ええ。信頼とは、一人の心の中だけで完成するものではありません。
人と人との関係の中で育っていくものなのです。
Question 3:一度人間を信じられなくなった人は、もう一度信じられるのか?
又吉: 最後の質問なんですけど、僕はこれが一番気になっています。
人に裏切られたり、傷つけられたりして、もう誰も信じないと決めた人がいたとします。
その人が、もう一度誰かを信じられるようになることって、本当にあるんでしょうか。
ユング: あります。
ただし、それは過去を忘れることとは違います。
傷ついた経験をなかったことにする必要はありません。
大切なのは、その経験が自分の人生のすべてを決めるわけではないと、少しずつ感じられるようになることです。
町田: 貴瑚も、過去の出来事を忘れたわけではありません。
彼女の中には、ずっと痛みが残っています。
でも、少年と出会うことで、自分の人生を別の角度から見つめるようになります。
又吉: それって、ちょっと不思議ですよね。
自分自身が傷ついているのに、別の傷ついた人を助けようとする。
普通だったら、まず自分が元気になってからと思いそうですけど。
やなせ: 人間って、そういうところがあるんですよね。
自分が苦しいときでも、誰かのために何かをしたいと思うことがある。
そして、誰かの役に立てたときに、自分も少し元気になることがある。
上野: ただ、そこは慎重に考えたいですね。
傷ついた人が、誰かを救わなければ自分も救われないという話になってはいけません。
人を助けることができない状態でも、その人には十分な価値があります。
やなせ: もちろんです。
私は、誰かの役に立たなければ生きる価値がないと言いたいわけではありません。
ただ、人と人が助け合う中で、思いがけない希望が生まれることもあると思うんです。
ユング: お二人の考えは、必ずしも矛盾していないように思います。
人は他者との関係によって変化することがあります。
しかし、その変化を義務にしてしまえば、かえって心を縛ることになるでしょう。
又吉: なるほど。
人を助けることで自分も救われることはある。
でも、誰かを助けられない自分には価値がない、と思ってはいけない。
町田: そうですね。
そして、もう一つ大切なのは、救う人と救われる人の関係は、いつも一方通行とは限らないということです。
貴瑚は少年を助けようとします。
でも、少年と関わる中で、貴瑚自身も変わっていきます。
又吉: 僕、その関係がすごく好きなんです。
助ける人が上で、助けられる人が下、ということじゃない。
二人とも、どこか不完全で、どこか傷ついていて。
でも、だからこそ、相手の痛みに気づけることがある。
ユング: ええ。ただし、同じ傷を経験したからといって、必ず相手を理解できるわけではありません。
自分の経験を相手に重ねすぎることもあります。
相手は、自分とは違う一人の人間なのだと認めることが大切です。
上野: そこが重要です。
「私も同じ経験をしたから、あなたの気持ちは全部わかる」と言ってしまうと、相手の声を聞く前に、その人の気持ちを決めつけてしまうことがあります。
やなせ: そう考えると、優しさって難しいものですね。
何かしてあげたいと思う気持ちは大切だけれど、相手が何を望んでいるのかを聞かなければいけない。
又吉: 町田さん、最後に一つ聞いてもいいですか。
52ヘルツのクジラって、ほかのクジラには聞こえない声で鳴いていると言われていますよね。
でも、もしそのクジラが、自分の声は誰にも届かないと思って、鳴くことをやめてしまったら……。
町田: 私は、鳴くことをやめてほしくないと思います。
誰にも届かないと思っていても、どこかでその声を聞いている存在がいるかもしれない。
その可能性を、諦めないでほしいんです。
又吉: でも、ずっと鳴き続けるのも、しんどいですよね。
町田: そうですね。
だからこそ、聞く側の人間にも変わってほしいんです。
声を出している人だけが頑張らなくてもいいように。
上野: その通りだと思います。
「助けて」と言うことができない人に、さらに努力を求めるのではなく、私たちの側が、その人の小さなサインに気づけるようになる必要があります。
やなせ: たとえば、いつも元気な子が、今日は何も話さない。
いつも笑っている人が、今日は笑っていない。
そんな小さな変化に気づくことから始まるのかもしれませんね。
ユング: そして、相手がすぐに心を開かなくても、焦らないことです。
信頼には時間が必要な場合があります。
又吉: そうですね……。
僕らは誰かに「助けて」と言ってもらえたら、すぐに何かをしてあげたくなる。
でも、その前に、その人がどうして今まで言えなかったのかを考える必要があるのかもしれません。
Closing:沈黙は、声がないということではない
窓の外では、夕方の光が海面に反射している。しばらく誰も話さない。
又吉: 今日、皆さんのお話を聞いていて、最初に考えていたことが少し変わりました。
僕は「助けてと言える勇気」について話すつもりだったんです。
でも、もしかしたら、その前に考えなければいけないことがあるんですね。
町田: 何でしょう。
又吉: 「助けて」と言えない人が、安心して声を出せる相手に、僕ら自身がなれているのかということです。
やなせ: それは、いい問いですね。
又吉: 僕、思うんですけど……。
52ヘルツのクジラが孤独なのは、声が小さいからじゃないんですよね。
ちゃんと声を出している。
ただ、その声を受け取れる相手が見つからない。
ユング: 人間にも似たことがあるでしょう。
苦しみを抱えた人が、言葉以外の形で助けを求めていることがあります。
上野: ただし、そのサインを勝手に解釈して、相手の人生を決めてしまってはいけません。
気づくことと、相手を尊重すること。その両方が必要です。
町田: 私は、誰もが自分の声を聞いてもらえる可能性を持っていてほしいと思います。
そして、誰かの声を聞ける人も増えてほしい。
又吉: そうですね。
でも、ここで次の疑問が出てきます。
もし目の前に、何も言わずに苦しんでいる人がいたら……。
僕らはどうすればいいんでしょう。
声をかけるべきなのか。
そっとしておくべきなのか。
それとも、何か別の方法があるのか。
又吉はテーブルに置かれた本を見つめる。
又吉: 次は、そのことを考えてみたいと思います。
「誰にも聞こえない心の叫びに、私たちはどうすれば気づけるのか?」
海の向こうから、波の音だけが聞こえていた。
Topic 2:誰にも聞こえない心の叫びに、私たちはどうすれば気づけるのか?

『52ヘルツのクジラたち』が問いかける、本当の優しさと、救うことの難しさ
登場人物:又吉直樹(司会)、町田そのこ、カール・ユング、やなせたかし、上野千鶴子
舞台:海が見える小さな文学カフェ。午後の光が窓から差し込み、テーブルに置かれた『52ヘルツのクジラたち』の表紙を照らしている。先ほどまでの対話が終わり、又吉が窓の外に目を向ける。
この対話はフィクションです。登場人物の発言は、本人の実際の発言ではありません。著作や公開インタビュー、思想などを参考にした創作です。
Opening:聞こえない声を聞くということ
又吉直樹: さっき、町田さんが「声を出すことを諦めている人にも、もう一度だけ声を出してみてほしい」とおっしゃいましたよね。
でも、僕、あれからずっと考えているんです。
声を出せない人がいるなら、僕らの方から気づくことはできないんでしょうか。
町田そのこ: それは、私がこの小説を書きながら考えていたことの一つですね。
貴瑚は、かつて自分の苦しみに気づいてくれた人に救われました。
そして今度は、自分が少年の苦しみに気づく側になります。
ただ、気づいたからといって、すぐにその人を救えるわけではありません。
又吉: そこが難しいですよね。
たとえば、電車で隣に座っている人が、ものすごく苦しんでいたとしても、僕にはわからないかもしれない。
普通にスマホを見て、普通に降りていく。
でも、その人の心の中では、何か大変なことが起きているかもしれない。
やなせたかし: 人間の苦しみは、外から見えるものばかりじゃありませんからね。
お腹がすいている人なら、食べ物を分けてあげられるかもしれません。
でも、心が苦しい人には、何を差し出せばいいのか。
それは簡単ではありません。
又吉: やなせさん、アンパンマンだったらどうするんでしょう。
お腹がすいた人には顔を分けてあげますよね。
でも、何も言わずに笑っている人が、実はものすごく孤独だったら。
やなせ: うーん。アンパンマンも困るでしょうね。
顔を分けてあげても、その人が本当に欲しいものはパンではないかもしれませんから。
又吉: そうですよね。しかも、顔をもらった方も、「いや、お腹はすいてないんですけど」となりますよね。
一同が小さく笑う。
上野千鶴子: 今の話には、実は大切な問題があります。
助けたいと思う人は、つい自分が与えられるものを差し出そうとします。
でも、それが相手の必要としているものとは限らない。
ユング: 人は、相手の苦しみを自分の経験に照らして理解しようとすることがあります。
それ自体は自然なことです。
しかし、自分の経験を相手に重ねすぎると、相手自身の声が聞こえなくなってしまう。
町田: だからこそ、まず相手を見つめることが大切なのだと思います。
自分が何をしてあげたいかではなく、その人が何を感じているのか。
そこから始めなければいけないのかもしれません。
又吉: 今日は、そのことを考えたいですね。
誰かの苦しみに気づくとは、どういうことなのか。
そして、気づいた後に、僕らは何をすればいいのか。
Question 1:私たちはなぜ、目の前の人の苦しみに気づかないのか?
又吉: まず、ちょっと怖い質問なんですけど。
僕らはなぜ、目の前の人が苦しんでいることに気づかないんでしょう。
冷たい人間だからなんでしょうか。
ユング: 必ずしもそうではありません。
人間は、目に見える情報だけで他者を判断しがちです。
笑っている人は幸せそうに見える。
仕事をしている人は問題なく生活しているように見える。
しかし、外側に見せている姿と、内側で感じていることが一致しているとは限りません。
又吉: それ、ありますね。
僕も人前で笑っているときに、頭の中では別のことを考えていることがあります。
「今日の晩ご飯、何にしようかな」とか。
やなせ: それは苦しみとはちょっと違いますね。
又吉: そうですね。すみません。
町田が笑う。
ユング: しかし、今の例にも一つの真実があります。
私たちは、他人の心の中を直接見ることはできません。
だから、相手の表情や言葉から推測するしかない。
問題は、その推測を事実だと思い込んでしまうことです。
町田: 私は、この小説を書きながら、見えない苦しみについて考えていました。
子どもが虐待を受けていても、周囲の人が気づかないことがあります。
あるいは、何かおかしいと感じていても、家庭のことだからと踏み込まないこともある。
でも、その子どもにとっては、誰かが気づいてくれるかどうかが、とても大きな意味を持つんです。
上野: そこには、日本社会の特徴も関係しています。
家庭の問題は家庭の中で解決すべきだという考え方が、長く存在してきました。
その結果、家庭の中で苦しんでいる人の声が、外に届きにくくなることがあります。
又吉: でも、難しいですよね。
隣の家のことに口を出したら、おせっかいだと思われるかもしれない。
上野: そうです。
だから、すべてを個人の勇気に任せてはいけないんです。
子どもの安全が心配なら、児童相談所などに相談する道があります。
専門家や行政の支援につなぐことも、立派な行動です。
やなせ: なるほど。
自分一人で何とかしようとしなくてもいいんですね。
上野: そうです。むしろ、一人で何とかしようとすることで、問題を難しくしてしまう場合もあります。
又吉: 町田さん、ここで一つ聞きたいんです。
貴瑚は、少年の苦しみに気づきますよね。
でも、それは貴瑚自身が傷ついた経験を持っていたからなんでしょうか。
町田: その経験が、少年の姿に目を向けるきっかけの一つになったとは考えられます。
自分も苦しんだことがあるから、他人の小さな変化に敏感になることがある。
ただ、傷ついた経験がある人だけが、誰かの苦しみに気づけるわけではありません。
ユング: その通りです。
自分の傷を知ることは、他者を理解する助けになる場合があります。
しかし、逆に自分の経験を相手に投影してしまう危険もあります。
又吉: 投影、ですか。
ユング: たとえば、自分が孤独だったときに誰かに話を聞いてほしかったとします。
すると、孤独そうに見える人にも、きっと話を聞いてほしいはずだと思ってしまう。
でも、その人は今、一人で静かに過ごしたいのかもしれません。
又吉: ああ、なるほど。
「僕が寂しかったときはこうだったから、あなたもそうでしょう」と決めつけてしまう。
上野: それは、支援する側が陥りやすい問題です。
相手のためと言いながら、実際には自分の考えを押しつけてしまう。
やなせ: 優しさというのは、相手をよく見ることから始まるのかもしれませんね。
町田: そうですね。
そして、見たものを自分の都合のいいように解釈しないことも大切だと思います。
又吉: つまり、気づくというのは、相手の気持ちを当てることじゃないんですね。
「この人は何を感じているんだろう」と、関心を持つことなんですね。
Question 2:誰かを助けたいという善意が、その人を傷つけることはあるのか?
カフェの窓の外を、一羽の海鳥が横切る。又吉は少し姿勢を正す。
又吉: 次の質問は、ちょっと難しいかもしれません。
人を助けたいという気持ちは、いいことですよね。
でも、その善意が相手を傷つけてしまうことって、あるんでしょうか。
上野: あります。
しかも、本人が善意だと思っているときほど、自分の行動を疑わなくなることがあります。
又吉: それは怖いですね。
上野: たとえば、困っている人に対して「あなたのためだから」と言いながら、その人の選択肢を奪ってしまうことがあります。
本人の希望を聞かずに、何をするべきか決めてしまう。
それは支援ではなく、支配に近づいてしまうことがあります。
やなせ: でも、上野さん。
困っている人を目の前にして、何もしないわけにもいかないでしょう。
考えている間に、もっと苦しくなってしまうかもしれません。
上野: もちろんです。
私は、助けるなと言っているのではありません。
助けるときに、相手の意思を忘れないでほしいと言っているんです。
やなせ: なるほど。
でも、子どもが危険な目に遭っていたら、本人の希望を聞く余裕がない場合もありますよね。
上野: その場合は安全の確保が優先です。
相手の意思を尊重することと、危険を放置することは違います。
又吉: ああ、ここが難しいところですね。
相手の自由を大切にしたい。
でも、危険な状態なら、何かしなければいけない。
町田: 私も、そこを考えながら小説を書きました。
貴瑚は少年を助けたいと思います。
でも、自分が助けたいからといって、少年の人生を自分のものにしていいわけではありません。
又吉: 町田さん、少し踏み込んで聞いてもいいですか。
誰かを助けるときって、どこかで「自分はいいことをしている」と思いたくなることもあるんじゃないでしょうか。
町田: あると思います。
人を助けることで、自分自身が救われたように感じることもあるでしょう。
でも、それが相手のためになっているかどうかは、別の問題です。
ユング: 人間は、自分自身の中にある認めたくない欲求に気づかないことがあります。
他者を助けたいという気持ちの中に、感謝されたい、必要とされたい、自分の価値を確かめたいという願いが混じることもあるでしょう。
又吉: それって、悪いことなんでしょうか。
誰かに感謝されたら、うれしいですよね。
ユング: 感謝されてうれしいこと自体は問題ではありません。
大切なのは、その喜びが相手の自由よりも優先されていないかということです。
上野: そうですね。
「私はあなたのためにこんなにしてあげたのに」と言い始めたら、注意が必要です。
支援が、相手に感謝や服従を求める関係に変わってしまうことがあります。
やなせ: でも、私はこうも思うんです。
人間は完全に純粋な気持ちだけで行動できるわけではありません。
少し感謝されたいと思ってもいい。
ただ、その気持ちのために相手を苦しめてはいけない。
又吉: それ、すごく人間らしいですね。
善意の中に自分のための気持ちが混じっていても、すぐに悪い人になるわけじゃない。
でも、その気持ちを自覚していないと、相手を傷つけることがある。
町田: 私は、優しさには自分を振り返ることも必要だと思います。
自分がしたことを、相手は本当に望んでいたのか。
自分の言葉で、相手を苦しめていなかったか。
そう考え続けることが大切なのかもしれません。
又吉: そうすると、優しさって、一回いいことをして終わりじゃないんですね。
上野: そうです。
相手との関係の中で、何度も考え直す必要があります。
やなせ: アンパンマンも、顔を分けてあげる前に「お腹すいてる?」って聞いた方がいいかもしれませんね。
又吉: そうですね。
でも、アンパンマンが毎回「お腹すいてますか? アレルギーはありますか? パンはお好きですか?」って聞いていたら、ちょっと時間がかかりそうですね。
一同が笑う。
上野: でも、アレルギーは大切ですよ。
又吉: そうですね。そこは確認した方がいいですね。
笑いが落ち着くと、町田が静かに口を開く。
町田: でも、今の冗談には大切なことがあると思います。
自分が差し出せるものが、相手にとって必要なものとは限らない。
それを忘れないことですね。
Question 3:相手の苦しみを完全に理解できなくても、寄り添うことはできるのか?
又吉: 最後の質問です。
僕らは、他人の苦しみを本当に理解できるんでしょうか。
たとえば、親から虐待を受けたことがない人が、虐待を受けた子どもの気持ちを完全に理解することって、できるんでしょうか。
ユング: 完全に理解することは難しいでしょう。
人間の内面は、それぞれ異なります。
同じ経験をした二人であっても、感じ方や意味づけは違います。
又吉: じゃあ、理解できないなら、どうすればいいんでしょう。
ユング: 理解できない部分があることを認めるのです。
そして、相手の話を聞き続ける。
「あなたの気持ちは全部わかる」と言うより、「まだわからないことがあるから、聞かせてほしい」と伝える方が、誠実な場合もあります。
町田: 私は、それがとても大切だと思います。
貴瑚は、少年のすべてを最初から理解していたわけではありません。
自分自身が傷ついた経験を持っていても、少年の人生は少年のものです。
だから、少しずつ相手を知っていく必要があるんです。
やなせ: でも、私は一つ思うんですよ。
人の苦しみを全部理解できなくても、何かしてあげられることはあるでしょう。
たとえば、寒そうにしている人がいたら、毛布を渡すことはできます。
その人がなぜ寒いところにいるのか、人生のすべてを知らなくても。
上野: そうですね。
ただし、その人が何を必要としているかは、できる限り確認した方がいい。
毛布が必要な人もいれば、安全な場所が必要な人もいる。
一人で何とかできない状況なら、適切な支援につなぐことも必要です。
又吉: なるほど。
全部理解してから助けようとしたら、いつまでも何もできないかもしれない。
でも、理解したつもりになって勝手に行動するのも危ない。
ユング: その間に、人間関係の大切な部分があります。
相手を一人の独立した存在として認めることです。
又吉: 町田さん、僕、ここで少し気になっていることがあるんです。
もし誰かに「あなたの気持ちはわからない」と言われたら、傷つく人もいるんじゃないでしょうか。
町田: そうですね。
言い方によると思います。
「あなたの気持ちはわからないから、私には関係ない」という意味なら、突き放されたように感じるでしょう。
でも、「全部はわからないかもしれないけれど、あなたの話を聞きたい」という気持ちなら、違うと思います。
やなせ: そうですね。
わからないことを理由に離れていくのではなく、わからないからこそ、そばにいようとする。
それも優しさの一つでしょうね。
上野: ただ、そばにいることだけが正解とは限りません。
距離を置きたい人もいます。
大切なのは、相手が望む関わり方を尊重することです。
又吉: ああ、なるほど。
寄り添うって、必ずしも近くにいることじゃないんですね。
ユング: ええ。
相手に必要な距離を認めることも、尊重の一つです。
又吉: 僕、今日の話を聞いていて、ちょっと思ったんです。
「わかってあげたい」って、優しい言葉ですよね。
でも、その言葉の中には、相手を自分の理解できる範囲に収めたいという気持ちも混じっているのかもしれない。
ユング: 興味深い指摘です。
他者を理解するというのは、自分の考えに当てはめることではありません。
相手が自分とは異なる存在であることを受け入れることでもあるのです。
町田: 私は、この物語を読んだ人が、身近な誰かのことを少し考えてくれたらうれしいです。
あの人は、今どんな気持ちでいるんだろう。
何か言いたいことがあるのに、言えずにいるんじゃないだろうか。
そういう小さな関心が、誰かにとって大きな意味を持つこともあると思います。
やなせ: そうですね。
私たちは世界中の人を助けることはできないかもしれません。
でも、目の前にいる一人の人に、何かできることはあるかもしれない。
上野: そして、個人の善意だけで解決できない問題には、社会全体で取り組む必要があります。
又吉: なるほど。
優しさって、一人で全部背負うことじゃないんですね。
誰かの声に気づいて、必要なら別の人にも助けてもらう。
それも大切なことなんですね。
Closing:本当に聞くとは、相手の人生を尊重すること
窓の外では、夕暮れの海が淡い金色に染まり始めている。カフェの中には静かな時間が流れる。
又吉: 今日、皆さんの話を聞いていて、僕は一つ勘違いしていたことに気づきました。
誰かを助けるって、何かをしてあげることだと思っていたんです。
でも、そうとは限らないんですね。
町田: そうですね。
何かをする前に、その人の声を聞くことが必要な場合もあります。
又吉: しかも、声って言葉だけじゃない。
表情だったり、沈黙だったり、いつもと違う様子だったり。
ユング: そうした変化が、心の状態を知る手がかりになることはあります。
ただし、決めつけずに確かめることが大切です。
上野: そして、気づいた後にどう行動するかも重要です。
相手の意思を尊重すること。
必要な支援につなぐこと。
自分一人で抱え込まないこと。
やなせ: 私は、優しさというのは、相手をよく見て、その人のために自分にできることを考えることだと思います。
又吉: でも、やなせさん。
僕らが一生懸命考えても、間違えることはありますよね。
やなせ: もちろんあります。
人間ですから。
又吉: そのときは、どうしたらいいんでしょう。
やなせ: 間違えたと気づいたら、謝って、考え直せばいいんじゃないでしょうか。
町田: 私もそう思います。
誰かに寄り添うというのは、最初から正しい答えを知っていることではないと思うんです。
間違いながらでも、相手のことを考え続けることが大切なのかもしれません。
上野: ただし、謝るだけでは済まないこともあります。
相手を傷つけたなら、その影響を受け止め、必要なら行動を変える責任があります。
又吉: そうですね。
優しさって、思っていたよりずっと難しいですね。
又吉は少し笑って、窓の向こうの海を見る。
又吉: でも、今日の話を聞いて、少し希望も感じました。
僕らは他人の心を全部理解することはできない。
誰かを完全に救うこともできないかもしれない。
でも、だからといって、何もできないわけじゃない。
ユング: ええ。
完全な理解を求めるより、相手を尊重しながら関わり続けることに意味があるのでしょう。
やなせ: 小さな親切でも、誰かにとっては大きな意味を持つことがありますからね。
町田: 私は、そういう可能性を信じたいです。
又吉: そうですね。
でも、ここで最後の疑問が残ります。
もし僕らが誰かの声に気づいたとして、その人の人生を本当に変えることができるんでしょうか。
そして、誰かを助けようとすることで、自分自身が傷ついてしまうこともあるんじゃないでしょうか。
上野が静かにうなずく。やなせは少し考え込む。町田はテーブルの上の本に目を落とす。
又吉: 次は、そのことを考えてみたいと思います。
「誰かの人生を変えるために、私たちが今日できることは何か?」
窓の向こうでは、夕日がゆっくりと海に近づいていた。
Topic 3:誰かの人生を変えるために、私たちが今日できることは何か?

『52ヘルツのクジラたち』が教えてくれる、優しさの勇気と希望のつなぎ方
登場人物:又吉直樹(司会)、町田そのこ、カール・ユング、やなせたかし、上野千鶴子
舞台:海が見える小さな文学カフェ。夕日は水平線に近づき、窓の外には穏やかな波が広がっている。長い対話を続けてきた5人の前には、少し冷めたコーヒーが置かれている。
本対話はフィクションです。登場人物の発言は、実際の本人の発言ではありません。著作、思想、公開インタビューなどを参考にした創作です。
Opening:誰かを救うのは、特別な人だけなのか?
又吉直樹: ここまで、いろいろなことを話してきましたね。
最初は、どうして人は「助けて」と言えなくなるのか。
次に、僕らはどうすれば、声にならない苦しみに気づけるのか。
そして最後は、気づいたあと、何ができるのかを考えたいと思います。
でも、僕、正直に言うと、ちょっと不安なんです。
町田そのこ: どんなことですか。
又吉: 誰かを救うって、すごく大きなことに感じるんですよ。
自分にそんなことができるんかなって。
たとえば、道で困っている人がいたら、声をかけることくらいはできるかもしれません。
でも、その人が何年も苦しんできたとして、僕が何か言ったくらいで人生が変わるんでしょうか。
やなせたかし: 又吉さんは、人生を変えることを少し大きく考えすぎているのかもしれませんね。
又吉: そうですか。
やなせ: 私は、誰かの人生を救うというのは、必ずしも大きなことをする必要はないと思うんです。
お腹をすかせている人に、一つのパンを分けてあげる。
その人の人生すべてを変えられなくても、少なくとも、そのときの空腹は和らげられるでしょう。
又吉: なるほど。
でも、心の空腹って、パンでは満たせないですよね。
やなせ: そうですね。
だから、何を必要としているのか、よく見なければいけない。
上野千鶴子: ただ、私は「人生を救う」という表現にも少し注意したいですね。
人は、誰かに救われるだけの存在ではありません。
その人自身にも、自分の人生を選び取る力があります。
又吉: つまり、僕が誰かの人生を変えてあげようと思うこと自体、ちょっと危ないんでしょうか。
上野: そういう場合もあります。
「私があなたを救ってあげる」と考え始めると、相手の人生の主役が、自分になってしまうことがありますから。
ユング: 人間の心の変化は、他人が命令して起こせるものではありません。
誰かとの出会いが変化のきっかけになることはあります。
しかし、変わる過程は、その人自身のものです。
町田: 私も、そこを大切にしたかったんです。
貴瑚は少年を助けようとします。
でも、少年は貴瑚の人生を完成させるために存在しているわけではありません。
少年には少年の人生があります。
又吉: そうですね。
じゃあ、今日の最後の対話では、誰かを救うというより、誰かがもう一度自分の人生を歩き始めるために、僕らは何ができるのかを考えてみたいと思います。
Question 1:たった一人の存在が、誰かの人生を変えることはできるのか?
又吉: 町田さん、僕はこの小説を読んで、アンさんという存在がずっと心に残っているんです。
貴瑚にとって、アンさんは本当に大きな存在でしたよね。
でも、どうして一人の人との出会いが、あれほど大きな意味を持つんでしょう。
町田: 貴瑚は、自分には価値がないと思いながら生きてきたところがあります。
自分が大切にされることを、当たり前だと思えなかった。
そんな人にとって、自分を一人の人間として見てくれる存在に出会うことは、大きな意味があると思います。
又吉: それって、ただ優しくしてもらうこととは違うんでしょうか。
町田: 違うと思います。
優しい言葉をかけてもらうこともうれしいでしょう。
でも、本当に大切なのは、その人が自分のことをどう扱ってくれるかだと思うんです。
自分の話を聞いてくれる。
自分の気持ちを尊重してくれる。
自分が困っているときに、見捨てずにいてくれる。
そういう経験の積み重ねが、人を変えていくのかもしれません。
ユング: 人間は、他者との関係を通して、自分自身の見方を変えることがあります。
たとえば、長い間、自分は愛される価値がないと思っていた人が、誰かから継続して尊重される経験をしたとします。
すると、その人は自分について抱いていた考えを、少しずつ問い直せるようになるかもしれません。
又吉: つまり、自分では信じられなかった自分の価値を、誰かが先に信じてくれる。
ユング: そういうこともあるでしょう。
ただし、その人の価値は、他者が認めたときに初めて生まれるわけではありません。
もともと持っていた価値に、気づくきっかけになるのです。
やなせ: それは大切なことですね。
人間は、何かができるから価値があるわけではありません。
誰かの役に立たなければ、存在してはいけないわけでもない。
上野: その通りです。
私は、そこにもう一つ付け加えたい。
誰か一人の存在が大きな意味を持つことはあります。
でも、その一人にすべてを背負わせてはいけません。
又吉: どういうことでしょう。
上野: たとえば、ある子どもが一人の先生だけを信頼しているとします。
その先生が転勤したら、どうなるでしょう。
先生が病気になったら、どうなるでしょう。
一人の善意だけに支えられた関係は、とても不安定です。
町田: そうですね。
誰か一人との出会いが人生を変えることはあります。
でも、その人だけが世界のすべてになってしまうと、失ったときの痛みも大きくなります。
又吉: アンさんのことを考えると、その言葉は重いですね。
ユング: 一人の人間との関係から信頼が始まり、その信頼が少しずつ他者や世界にも広がっていく。
そのような変化が望ましいのでしょう。
やなせ: つまり、最初の一人が、次の一人につながっていくんですね。
又吉: ああ、それはいいですね。
一人の人が世界中の人を救うんじゃなくて、一人の人が、もう一人に手を差し伸べる。
その人がまた、別の誰かとつながっていく。
上野: ただし、助けられた人に、次は誰かを助けなければならないという義務を負わせる必要はありません。
やなせ: もちろんです。
助けてもらった人が、そのまま幸せに暮らしてくれるだけでも、十分うれしいことですから。
又吉: なるほど。
誰かの人生を変えるというのは、その人を別の人間に作り変えることじゃない。
その人が、自分の人生を生きられるようになることなんですね。
Question 2:誰かを助けるために、自分を犠牲にする必要があるのか?
カフェの店員が、空になったカップを下げ、新しいお茶を運んでくる。又吉は湯気の立つカップを見つめながら、次の質問をする。
又吉: やなせさん、ずっと聞きたかったことがあるんです。
アンパンマンって、自分の顔を分けてあげますよね。
あれ、子どものころは普通に見ていたんですけど、大人になって考えると、ものすごいことをしていますよね。
やなせ: そうですね。自分の一部を分け与えるわけですから。
又吉: でも、現実の人間が、誰かのために自分を削り続けたら、いつか限界が来ますよね。
それでも、人を助けるためには自分を犠牲にする必要があるんでしょうか。
やなせ: 私は、正義には自分が傷つく覚悟が必要なこともあると思っています。
ただ、誰もが自分を壊してまで人を助けなければならない、ということではありません。
アンパンマンだって、顔を分けたあと、新しい顔を作ってもらいますからね。
又吉: あ、そうですね。
ジャムおじさんがいなかったら、アンパンマンも大変ですね。
やなせ: そうなんです。
一人で何でもできるわけではありません。
上野: 私は、今の話が非常に重要だと思います。
社会では、誰かを支える役割が、特定の人に集中することがあります。
家族の介護をする人。
子どもの世話をする人。
困っている友人を支え続ける人。
その人たちが、自分の生活や健康を犠牲にすることを当然だと考えてはいけません。
又吉: でも、助けを必要としている人を目の前にしたら、断るのは冷たいことのように感じますよね。
上野: 断ることと、見捨てることは違います。
自分にはできないことがあると伝え、別の支援につなぐこともできます。
ユング: 自分自身の限界を認めることは、心の成熟の一部でもあります。
他人の苦しみをすべて引き受けようとすると、自分自身の感情や必要を無視してしまうことがあります。
町田: 貴瑚も、最初から何でもできる人ではありません。
彼女自身、傷を抱えています。
だからこそ、少年を助けたいという気持ちだけで、すべてが解決するわけではないんです。
又吉: 町田さん、少し難しい質問をしてもいいですか。
貴瑚は、少年を助けることで、自分自身を救おうとしていた部分もあったんでしょうか。
町田: そういう読み方もできると思います。
自分がかつて受けた苦しみを、少年には経験してほしくない。
その気持ちは、貴瑚にとって大きかったでしょう。
でも、そこには難しさもあります。
少年を助けることが、自分の過去をやり直すことになってしまったら、少年自身の気持ちが見えなくなる危険があります。
ユング: そこには、自分の未解決の問題を他者との関係に持ち込む可能性があります。
人は、自分の過去を修復したいという願いを、無意識のうちに他者に託すことがあります。
又吉: つまり、少年を助けることで、昔の自分も助けたいと思う。
でも、少年は昔の貴瑚ではない。
ユング: その通りです。
相手は、自分の過去を修復するための存在ではありません。
やなせ: 私はね、人を助けたいと思う気持ちの中に、自分自身の願いが混じっていても、それだけで悪いことだとは思いません。
大切なのは、その人を本当に見ているかどうかでしょう。
上野: ええ。
そして、助ける側が自分の限界を認めることです。
一人で背負いきれないなら、ほかの人に協力してもらう。
それは弱さではありません。
又吉: そう考えると、アンパンマンって、実は一人で戦っているわけじゃないんですね。
ジャムおじさんも、バタコさんも、チーズもいる。
やなせ: そうですね。
又吉: なんだか、急にジャムおじさんの偉大さがわかってきました。
一同が笑う。
上野: 支える人を支える仕組みが必要だということですね。
又吉: そうですね。
誰かを助ける人にも、助けてくれる人が必要なんですね。
Question 3:もし今日、誰かの52ヘルツの声が聞こえたら、あなたは何をしますか?
夕日が水平線に触れ始める。又吉は少し間を置いて、全員の顔を見渡す。
又吉: 最後の質問です。
ここまで、ずいぶん難しいことを話してきました。
でも、僕は今日、この対話を読んでくれる人に、何か一つでも持ち帰ってもらいたいんです。
だから、皆さんに同じ質問をしたいと思います。
もし今日、あなたの目の前に、誰にも届かない52ヘルツの声を出している人がいたら。
あなたは何をしますか。
まず、ユングさんからお願いします。
ユング: 私なら、最初に自分自身の反応を見つめるでしょう。
その人を見て、私は何を感じているのか。
同情でしょうか。
恐怖でしょうか。
助けたいという気持ちでしょうか。
それとも、自分が役に立つ人間でありたいという願いでしょうか。
又吉: まず、自分の心を見るんですね。
ユング: ええ。
自分の感情を知らないまま相手に近づくと、自分の願いを相手に押しつけてしまうことがあります。
そして、その人の話を聞きます。
私が理解したいことではなく、その人が伝えたいことに耳を傾けるのです。
又吉: ありがとうございます。
やなせさんはいかがですか。
やなせ: 私なら、まず「何か困っていることはありませんか」と声をかけるでしょうね。
もちろん、相手が話したくなければ、無理に聞き出しません。
でも、困ったときに声をかけられる人がいると知ってもらうことはできるかもしれません。
又吉: すごくシンプルですね。
やなせ: 人を助けるというのは、いつも難しい理屈から始まるわけではありませんから。
又吉: 上野さんはいかがでしょう。
上野: 私なら、まず安全を確認します。
その人が今、危険な状態にいるのか。
急いで助けが必要なのか。
そして、自分にできることと、できないことを考えます。
必要なら、専門的な支援につなぎます。
又吉: なるほど。
上野: もう一つ大切なのは、相手に選択肢を渡すことです。
「こうしなさい」と決めつけるのではなく、「こういう方法もあります」と伝える。
相手が自分の人生を選べるようにすることが、支援の大切な部分だと思います。
又吉: ありがとうございます。
町田さんはいかがでしょう。
町田: 私は、まずその人の声を聞きたいです。
言葉になっていなくても、何かを伝えようとしているのかもしれません。
そして、もしその人が「誰も助けてくれない」と思っているなら、そうとは限らないと伝えたいです。
世界には、まだ出会っていない人がたくさんいます。
その中には、声を聞いてくれる人がいるかもしれない。
私は、その可能性を信じてほしいんです。
又吉: 町田さん、それはこの小説を書いた理由にもつながるんでしょうか。
町田: そうですね。
誰にも助けてもらえないと諦めてしまった人が、もう一度だけ声を出してみようと思ってくれたら。
そして、その声を聞いた人が、何か行動してくれたら。
私は、そういう小さな変化が生まれてほしいと思います。
又吉: ありがとうございます。
皆さんの答えを聞いていて、僕も考えました。
僕だったら、何ができるんだろうって。
又吉は少し黙る。
又吉: たぶん、最初からうまくできないと思います。
何て声をかけたらいいかわからないかもしれない。
相手に迷惑がられるかもしれない。
でも、何もしない理由を探す前に、一度だけ立ち止まってみたいと思います。
この人は、本当に大丈夫なんだろうか。
何か困っていることはないんだろうか。
そう考えることから始めたいです。
やなせ: それで十分、第一歩になると思いますよ。
上野: そして、必要なら一人で抱え込まずに、ほかの人にも協力を求めてください。
ユング: 自分が完璧である必要はありません。
相手を尊重し、自分の限界を知りながら関わることが大切です。
町田: そうですね。
私は、誰かの声を聞こうとする人が一人でも増えたら、それだけでも大きな意味があると思います。
Closing:52ヘルツの声が届く世界へ
夕日が海に沈み、窓の外は深い青色に変わっていく。カフェの照明が静かに灯る。
又吉: 今日、皆さんと話していて、最初に思っていたことが変わりました。
僕は、誰かを救うって、特別な人にしかできないことだと思っていたんです。
でも、そうじゃないのかもしれません。
やなせ: どう変わりましたか。
又吉: 誰かの人生を全部変える必要はないんだなって。
今日、その人の話を少し聞く。
困っていたら、声をかける。
自分にできなければ、誰かにつなぐ。
そういうことでも、意味があるんですね。
上野: ええ。
そして、助けられる人にも、自分の人生を決める権利があることを忘れないでほしいですね。
ユング: 人は、他者との関係の中で変化することがあります。
しかし、その変化の形を他人が決めることはできません。
町田: 私は、この小説を読んだ人が、誰かの声に少し敏感になってくれたらうれしいです。
そして、もし今、自分自身が苦しんでいる人なら、もう一度だけ誰かを信じてみようと思ってくれたら。
又吉: そうですね。
又吉は、窓の外の暗くなり始めた海を見る。
又吉: 52ヘルツのクジラって、ずっと一人で鳴いているように思われていますよね。
でも、僕は今日、少し違うことを考えました。
もしかしたら、大切なのは、そのクジラにもっと大きな声で鳴いてもらうことじゃないのかもしれません。
僕らの方が、今まで聞こうとしていなかった声に耳を澄ませることなのかもしれない。
やなせ: そうですね。
又吉: そして、もし声が聞こえたら。
すぐに答えを出せなくてもいい。
その人の人生を全部背負えなくてもいい。
でも、聞こえなかったふりをしない。
それくらいなら、僕らにもできるかもしれません。
町田: 私は、そういう人が増えてほしいと思います。
又吉: 最後に、町田さんに一つだけ聞いてもいいですか。
もしこの小説を読んでいる人の中に、今まさに「自分の声は誰にも届かない」と思っている人がいたら。
その人に、何を伝えたいですか。
町田は少し考える。
町田: あなたの声を聞いてくれる人が、まだどこかにいるかもしれません。
今まで届かなかったからといって、これからも届かないとは限りません。
無理に強くならなくてもいい。
でも、もし少しでも声を出せる日が来たら、誰かに伝えてみてほしいです。
そして、あなたが助けを必要としていることは、恥ずかしいことではありません。
又吉: ありがとうございます。
しばらく、誰も言葉を発しない。
又吉: 僕、今日の対話を通して、一つだけ確かに思ったことがあります。
誰かの声を聞くというのは、ただ音を聞くことじゃないんですね。
その人が、そこにいることを認めること。
その人の人生に、関心を持つこと。
そして、必要なときに、できることを考えること。
又吉はテーブルの上の『52ヘルツのクジラたち』をそっと閉じる。
又吉: この本を読み終えたあと、僕らの周りの世界は、昨日と同じように見えるかもしれません。
同じ家族。
同じ友人。
同じ職場。
同じ街。
でも、もし一つだけ変わることがあるとしたら。
それは、今まで気づかなかった誰かの小さな声に、気づけるようになることかもしれません。
やなせ: それは、とても大きな変化ですね。
上野: そして、その気づきを行動につなげることですね。
ユング: 他者を知ろうとすることは、自分自身を知ることにもつながります。
町田: 私は、そんな変化が生まれたらうれしいです。
窓の外では、夜の海が静かに広がっている。
又吉: それでは、最後に、この対話を読んでくださった皆さんに、一つだけ質問を残したいと思います。
「あなたのそばに、まだ誰にも届いていない52ヘルツの声はありませんか?」
そして、もう一つ。
「もしその声が聞こえたら、あなたは今日、何をしますか?」
遠くの海で、波が静かに寄せては返していた。
最後に

『52ヘルツのクジラたち』を通して、私たちは三つの大切な問いについて考えてきました。
なぜ人は、助けてほしいのに声を出せなくなるのか。
どうすれば、誰にも聞こえない心の叫びに気づけるのか。
そして、気づいた私たちに何ができるのか。
今回の架空対話で特に印象的だったのは、登場人物たちが、優しさについて必ずしも同じ答えを持っていなかったことです。
ユングは、人間が自分を守るために心を閉ざすことがあると考えました。上野千鶴子さんは、助けを求められない人に勇気を要求する前に、安心して助けを求められる社会を作る必要があると問いかけました。
そして、やなせたかしさんは、目の前に困っている人がいたら、まず手を差し伸べたいという姿勢を示しました。
私は、この三つの考え方が、どれも大切だと思います。
ただし、今回の対話で一番考えさせられたのは、善意が必ずしも相手を幸せにするとは限らないということでした。
私たちは誰かを助けようとするとき、つい自分の考える正しい答えを差し出してしまいます。
「こうすればいい」
「もっと前向きになればいい」
「勇気を出して話せばいい」
しかし、相手が本当に必要としているものは、私たちの答えではないかもしれません。
ただ話を聞いてほしいのかもしれない。
安全な場所が必要なのかもしれない。
今はそっとしておいてほしいのかもしれない。
あるいは、自分でもまだ何が必要なのかわからないのかもしれません。
だからこそ、助けることには謙虚さが必要なのだと思います。
そして、もう一つ大切なことがあります。
誰かを助けるために、自分自身を壊す必要はないということです。
アンパンマンは、自分の顔を分け与えて人を助けます。しかし、彼には新しい顔を作ってくれる仲間がいます。
現実の私たちも同じではないでしょうか。
困っている人を見つけたとき、自分一人ですべてを解決しようとする必要はありません。
誰かに相談する。専門的な支援につなぐ。家族や友人と協力する。
それも、人を助ける大切な方法です。
そして、この物語には、もう一つの美しい可能性が描かれています。
傷ついた人が、必ずしも一生、傷ついたままでいるわけではないということです。
貴瑚は、自分自身が苦しんできたからこそ、少年の孤独に心を動かされます。
しかし、彼女が少年を助けようとすることと、彼女自身が救われることは、単純な交換ではありません。
誰かを救えば、自分も救われる。そんな公式があるわけではないのです。
それでも、人との出会いが、今までとは違う未来への扉を開くことがあります。
私は、そこにこの小説の希望があると感じました。
そして、町田そのこさんが本当に届けたかったのは、傷ついた人に対する「もっと強くなってください」という励ましではなかったのだと思います。
むしろ、もう声を出す力さえ残っていない人に、まだ出会っていない誰かがいるかもしれないという可能性を伝えたかったのではないでしょうか。
同時に、私たち一人ひとりに対しても、問いかけているように感じます。
あなたは、誰かの声を聞こうとしていますか。
普段と変わらず笑っている家族。
何も問題がなさそうな友人。
いつも静かに仕事をしている同僚。
その人たちの心の中で、何が起きているのか、私たちは本当には知りません。
もちろん、誰もが他人の心を読み取れるわけではありません。すべての苦しみに気づけるわけでもありません。
それでも、少しだけ関心を持つことはできます。
「最近、どうしてる?」
「何か困っていることはない?」
「話したくなったら、聞くよ」
そんな何気ない言葉が、誰かにとって大きな意味を持つ日があるかもしれません。
そして、もし今、あなた自身が誰にも届かない声を出しているのなら。
どうか、自分の声に価値がないと思わないでください。
今まで聞いてもらえなかったことは、あなたの声が聞くに値しないという意味ではありません。
一人の人に理解されなかったからといって、すべての人に理解されないとは限りません。
助けを求めることは、弱さの証明ではありません。
私は、この作品を読み終えたあと、52ヘルツのクジラを以前とは少し違う目で見るようになりました。
孤独なクジラに、もっと大きな声で鳴いてほしいと願うだけでは足りない。
私たち自身が、これまで聞こうとしてこなかった声に、耳を澄ませる必要があるのです。
その声が、今日、あなたのすぐそばから聞こえてくるかもしれません。
そして、あなたが立ち止まって耳を傾けることが、誰かの新しい一日の始まりになるかもしれません。
※この考察は小説と架空対話に基づく解釈であり、原作者や登場人物本人の公式見解ではありません。現実の虐待や危険な状況では、善意による個人的な対応だけでなく、安全確保と適切な専門機関への相談が重要です。

登場人物紹介
町田そのこ|小説家・原作者
1980年生まれ、福岡県出身の小説家。2017年に『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』でデビューし、2021年には『52ヘルツのクジラたち』で本屋大賞を受賞しました。家族関係、孤独、喪失、他者とのつながりを繊細に描く作家として知られています。東京すくすくのインタビューでは、虐待のニュースを見て、子どもたちをどうすれば助けられたのかと考え続けたことを語っています。今回の架空対話では、作品に込めた願いを考える中心人物として登場します。
又吉直樹|小説家・お笑い芸人・司会
1980年生まれ、大阪府出身。お笑いコンビ「ピース」のメンバーであり、小説『火花』で芥川賞を受賞した作家でもあります。文学への深い関心と独特の観察眼を持ち、人間の不器用さや孤独をユーモアとともに表現してきました。今回の対話では司会を務め、専門家たちの議論に素朴な疑問を投げかけます。読者が感じる戸惑いを代弁し、難しい問題を日常の言葉で考える役割です。吉本興業公式プロフィール
カール・グスタフ・ユング|心理学者
1875年生まれ、1961年没。スイスの精神科医・心理学者で、分析心理学の創始者です。集合的無意識、元型、影、個性化などの概念で知られ、人間の心の深層を探究しました。今回の対話では、過去の傷が人間関係に与える影響や、心を閉ざすことの意味を考えます。他者を理解しようとするとき、自分自身の無意識や思い込みにも目を向ける必要があるという視点を提供します。ブリタニカ百科事典の人物紹介
やなせたかし|漫画家・絵本作家
1919年生まれ、2013年没。『アンパンマン』の生みの親として知られる漫画家、絵本作家、詩人です。戦争や飢えの経験を背景に、正義とは何か、人を助けるとはどういうことかを作品で問い続けました。今回の対話では、困っている人に手を差し伸べる勇気と、自分の一部を分け与える優しさについて考えます。一方で、善意と自己犠牲の限界という難しい問いにも向き合います。香美市立やなせたかし記念館
上野千鶴子|社会学者
1948年生まれ。日本の社会学者で、東京大学名誉教授。女性学、ジェンダー研究、家族、介護などを中心に、社会の中にある権力関係や不平等を研究してきました。今回の対話では、個人の善意だけでは解決できない問題を指摘し、支援を受ける人の尊厳と選択する権利を問いかけます。「助ける」という行為が、相手を支配することに変わっていないかを考える重要な役割です。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)

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