
はじめに
小説を書きたい。でも、何から始めればいいのかわからない。
そんな人に、もしベストセラー作家・松岡圭祐がTEDの舞台で小説の作り方を語ったら、どんな話をするでしょうか。
今回の架空講演は、著書『小説家になって億を稼ごう』に着想を得て、7つの章で小説家への道をたどります。
出発点は、意外にも原稿用紙ではありません。7人の俳優の写真です。
そこから登場人物の人生を想像し、人物同士を出会わせ、三行のあらすじを作り、物語を一冊の本へと育てていきます。さらに、新人賞、編集者、出版契約、印税、そして作家として長く活動する方法まで考えます。
講演を通して、私たちは架空の小説『最後の一通』が生まれていく過程も体験します。
小説家になるために必要なのは、特別な才能だけなのでしょうか。それとも、物語を生み出し、読者に届けるための学べる技術があるのでしょうか。
さあ、松岡圭祐による、もう一つの創作講座を始めましょう。
※本記事は著書に着想を得た架空の講演です。松岡圭祐氏本人の実際の発言やTED登壇を再現したものではありません。
第1章|小説を書く前に、私は小説を書きません

『小説家になって億を稼ごう』――もし松岡圭祐がTEDで語ったら
この講演は松岡圭祐さんの著書で紹介されている創作方法をもとに構成したフィクションです。登壇、発言、実演はすべて架空のものであり、本人による実際の講演や発言の記録ではありません。
会場が暗くなる。
巨大なスクリーンに、7人の日本人俳優・女優の顔写真が映し出される。誰もがテレビや映画で一度は見たことのあるような、よく知られた顔ぶれだ。
しかし、名前も映画のタイトルも書かれていない。
やがて、一人の男性がステージに現れる。松岡圭祐だ。
彼は7人の写真を見上げ、少し微笑んでから観客に向き直る。
皆さん、こんにちは。
今日は、小説の書き方についてお話ししたいと思います。
でも、最初に少し変なことを言わせてください。
小説を書きたいなら、まず、小説を書かないでください。
会場から小さな笑いが起こる。
小説を書くための講演に来たのに、いきなり「書くな」と言われる。
困りますよね。
でも、私は今日、皆さんに一つのことをお見せしたいんです。
それは、まだ一行も書かれていない小説が、どのように生まれてくるのか、ということです。
まず、後ろのスクリーンをご覧ください。
ここに7人の俳優と女優がいます。
皆さんも、よくご存じの顔だと思います。
ところで、なぜ小説を書くのに、俳優の写真が必要なのでしょうか。
映画を撮るわけではありません。
オーディションをするわけでもありません。
小説は文字だけで作るものです。
それなのに、私はまず、俳優や女優の写真を集めるところから始めるんです。
理由は簡単です。
頭の中で、映画を作るためです。
ちょっと想像してみてください。
皆さんが好きな俳優を一人、思い浮かべてみてください。
その人が怒ったとき、どんな顔をするでしょう。
悲しい知らせを聞いたら、どんなふうに黙り込むでしょう。
大切な人に嘘をつくとき、どんな声になるでしょうか。
おそらく、何となく想像できますよね。
なぜでしょう。
皆さんは、その俳優が映画やドラマの中で演じる姿を、すでに見ているからです。
顔だけではありません。
声も知っている。
歩き方も、笑い方も、目をそらすときの表情も、何となく覚えている。
つまり、その人の写真を一枚見ただけで、頭の中にたくさんの映像が浮かんでくるんです。
私は、この力を小説作りに利用します。
俳優や女優の写真を集めて、まだ存在しない小説の登場人物として配役する。
まるで映画監督が、新しい作品のキャストを決めるように。
ただし、俳優本人の人生を書くわけではありません。
写真は、あくまで想像の手がかりです。
その顔を借りて、まったく新しい人間を作るんです。
名前を与える。
年齢を決める。
職業を考える。
どんな家庭で育ち、何を愛し、何を恐れているのか。
何が得意で、何が苦手なのか。
そうやって、一人ひとりの人生を想像していきます。
そして、私の著書『小説家になって億を稼ごう』では、この方法を「想造」という言葉で紹介しています。
想像することと、創造すること。
二つを組み合わせた言葉です。
でも、ここで大切なのは、単に人物のプロフィールをたくさん書くことではありません。
その人物が、頭の中で本当に動き始めることなんです。
例えば、ある俳優の写真を見ながら、その人を気の弱い郵便局員にしてみる。
別の俳優を、疑い深い新聞記者にしてみる。
さらに、上品で優しそうな女優を、実は誰にも言えない過去を持つ元教師にしてみる。
この三人が、ある日、同じ喫茶店に入ったらどうなるでしょう。
まだ何も起こらないかもしれません。
郵便局員はコーヒーを注文し、新聞記者は新聞を読み、元教師は窓の外を眺めている。
それだけかもしれない。
でも、ここで郵便局員が、元教師の顔を見た瞬間、急に席を立ったら?
松岡が少し間を置く。
なぜでしょう。
二人は知り合いなのでしょうか。
それとも、郵便局員は何かを思い出したのでしょうか。
新聞記者は、その様子に気づいたでしょうか。
もし気づいたなら、声をかけるでしょうか。
それとも、黙って観察するでしょうか。
面白いでしょう。
私はまだ、事件を決めていません。
誰が主人公なのかも、決めていません。
結末なんて、まったく考えていません。
でも、人物を一つの場所に置き、それぞれの性格を考えるだけで、次々と疑問が生まれてくる。
その疑問が、次の行動を生む。
そして、その行動が、また別の人物の行動を引き起こす。
こうして、少しずつ物語が動き始めるんです。
もちろん、最初からうまくいくとは限りません。
人物がまったく動かないこともあります。
何を考えているのか、作者にもわからないことがあります。
そんなときは、無理に事件を起こさなくてもいい。
もう少し、その人物のことを考えてみる。
別の場所へ連れていってみる。
ほかの人物と出会わせてみる。
私は、小説を書くという仕事の中には、こういう時間が必要だと思っています。
何も書いていないように見えて、実は、頭の中ではたくさんのことが起きている。
小説は、原稿用紙やパソコンの画面に最初の一文字を打ち込んだ瞬間に、突然生まれるわけではありません。
その前から、少しずつ育っているんです。
さて、皆さん。
もう一度、後ろのスクリーンをご覧ください。
7人の顔写真が大きく映し出される。
今日の講演では、この7人を使って、一つの小説を作ってみたいと思います。
ただし、今はまだ、誰が主人公か決めません。
誰が悪い人で、誰がいい人かも決めません。
誰かが恋をするのか。
誰かが裏切るのか。
誰かが、人生を変えるような決断をするのか。
それも、まだわかりません。
皆さんにも、一緒に想像していただきたいんです。
最初に、7人の中から一人を選びましょう。
スクリーンの写真が切り替わり、一人の女優の顔が大きく映し出される。
この女優さんに、今日は、まったく別の人生を生きてもらいます。
名前は、佐伯美咲。
32歳。
海辺の小さな町で、郵便局員として働いています。
彼女は、とても几帳面な人です。
時間を守ります。
頼まれた仕事は、最後までやり遂げます。
でも、一つだけ、どうしても苦手なことがあります。
それは、人に助けを求めることです。
子どものころから、何でも自分で解決しようとしてきました。
誰かに迷惑をかけるくらいなら、自分が我慢すればいい。
そう考える人です。
さて、ここで質問です。
もし明日の朝、この女性が仕事で小さな失敗をしたら、どうするでしょう。
すぐに上司へ報告するでしょうか。
それとも、誰にも知られないうちに、自分一人で何とかしようとするでしょうか。
そして、その失敗を偶然、別の人物が目撃していたら?
松岡が観客を見渡す。
もう、少し気になってきませんか。
彼女がどんな失敗をしたのか。
それを見たのは誰なのか。
彼女は本当のことを話すのか。
それとも、何かを隠してしまうのか。
皆さん。
私たちは、まだ小説を一行も書いていません。
それでも、佐伯美咲という一人の人間が、皆さんの頭の中で少しずつ生き始めているのではないでしょうか。
これが、私の言う「想造」の入り口です。
では次に、この女性を、ほかの6人と出会わせてみましょう。
そこで何が起こるのか。
私にも、まだわからないことにしておきましょう。
そのほうが、きっと面白いですから。
会場に小さな笑いが広がる。
スクリーンには佐伯美咲の写真が残り、その隣に、もう一人の男性の写真がゆっくりと現れる。
第2章へ続く。
制作上の注記: 実在の俳優をキャスティングする方法を明確に盛り込みました。第2章では、具体的な俳優・女優7人の配役例を設定し、彼らの演技を手がかりに人物の行動を想像する実演へ進めます。実際の講演時間は読み上げ速度と演出によって変わるため、全章完成後に35分へ調整します。
第2章|登場人物が勝手に動き出す「想造」

スクリーンには、郵便局員・佐伯美咲の顔写真が映っている。
さて、先ほど、佐伯美咲という32歳の郵便局員を一人、作りました。
几帳面で、責任感が強い。
でも、人に助けを求めるのが苦手。
まだ、これだけです。
ところで皆さん、人物のプロフィールを作っただけで、面白い小説になるでしょうか。
なりませんよね。
履歴書を7枚並べても、それは小説ではありません。
(笑い)
では、何が必要なのでしょう。
私は、人物が動き始めるためには、もう一つ大切なことがあると思っています。
その人が、誰かと出会うことです。
人間は、一人でいるときと、誰かと一緒にいるときでは、違う顔を見せます。
優しい人が、ある相手の前では冷たくなる。
臆病な人が、誰かを守るために勇気を出す。
正直な人が、たった一人の大切な人のために嘘をつく。
人間は、関係の中で変わるんです。
では、ここで、私たちの小説に出演してもらう俳優たちを紹介しましょう。
スクリーンに、7人の俳優・女優の写真が再び映し出される。
例えば、これは今日の実演用の配役ですが、佐伯美咲には、有村架純さんを想像してみましょう。
有村さんが郵便局の制服を着て、朝8時半、窓口の準備をしている。
そう考えるだけで、何となく映像が浮かびませんか。
次に、45歳の地方新聞記者、黒田修司。
こちらは、大泉洋さんに演じてもらうことにしましょう。
ちょっと皮肉っぽいことを言いながら、実は困っている人を放っておけない。
そのような役柄を想像してみます。
72歳の元教師、藤原千代には、草笛光子さん。
穏やかに微笑んでいるのに、何を考えているのか、簡単にはわからない。
28歳の売れない音楽家、早川蓮には、菅田将暉さん。
50歳の不動産会社経営者、神崎玲奈には、天海祐希さん。
64歳の元郵便配達員、村上健一には、役所広司さん。
そして17歳の高校生、小野遥には、當真あみさんを想像してみます。

講演用・架空のキャスティング
有村架純
佐伯美咲
大泉洋
黒田修司
草笛光子
藤原千代
菅田将暉
早川蓮
天海祐希
神崎玲奈
役所広司
村上健一
當真あみ
小野遥
実際の出演や本人の承諾を意味するものではなく、創作方法を説明するための配役例です。
どうでしょう。
人物の名前だけを聞いたときより、ずっと具体的なイメージが湧いてきませんか。
ただし、ここで一つ、注意があります。
俳優さんのイメージに頼りすぎてはいけません。
例えば、大泉洋さんを思い浮かべたからといって、黒田修司をいつも面白いことばかり言う人物にする必要はありません。
むしろ、普段は明るい人物が、ある話題になると突然黙り込む。
そういう意外性が、人間を立体的にしてくれるんです。
私たちは俳優の人生を借りるのではありません。
その人の顔や声や演技を、想像するための手がかりにするんです。
さて、7人がそろいました。
でも、これだけでは、まだ物語は始まりません。
今度は、この人たちを、同じ世界に住まわせてみましょう。
スクリーンが切り替わる。
古い郵便局。港の喫茶店。そして、海を見下ろす岬。三つの風景写真が並ぶ。
ここに、三つの場所があります。
一つ目は、海辺の小さな町にある、古い郵便局。
二つ目は、港に面した喫茶店。
三つ目は、町を一望できる岬です。
この三つの写真も、人物写真と一緒に壁に貼っておくとします。
さあ、ここからが面白いところです。
まず、美咲を郵便局に立たせてみましょう。
朝8時半。
彼女はいつものように、窓口を開ける準備をしています。
机の上に書類を並べ、郵便物を確認する。
そのとき、古い棚の奥から、一通の封筒が落ちてきました。
スクリーンに、少し黄ばんだ封筒が映る。
さて、皆さん。
ここで、封筒の中身を決めてしまうこともできます。
「これは30年前の秘密を記した手紙だ」
「中には大金のありかが書かれている」
「誰かの死に関わる証拠だ」
そう決めれば、ミステリーが始まるかもしれません。
でも、今日はまだ決めません。
代わりに、美咲の性格を考えてみましょう。
彼女は几帳面です。
郵便物を見つけたら、まず差出人と宛先を確認するでしょう。
もし配達されていない手紙だったら、上司に報告するかもしれません。
でも、もし封筒に書かれていた宛名が、自分の母親だったら?
少し間を置く。
どうでしょう。
彼女の手が、一瞬止まるかもしれません。
なぜ、自分の母親宛ての手紙が、こんな場所にあるのでしょう。
しかも、差出人の名前を見た途端、彼女の表情が変わったとしたら?
ここで私は、美咲に「驚きなさい」と命令したいわけではありません。
美咲という人間だったら、何を感じるだろう。
何を考えるだろう。
その答えを探していくんです。
さて、ここへ二人目の人物を入れてみましょう。
新聞記者の黒田修司です。
彼は、郵便局の建物が取り壊されるという話を取材するため、偶然そこへ来たとします。
美咲は、手紙を持ったまま立っています。
黒田は、その様子を見て声をかけます。
「どうしたんですか。何かあったんですか?」
美咲は、すぐには答えません。
「いえ、何でもありません」
そう言って、封筒を机の引き出しにしまいます。
さて。
ここで、黒田はどうするでしょう。
彼は新聞記者です。
人の表情の変化に気づく仕事をしています。
しかも、以前、大きな誤報を出した経験がある。
だから、誰かの話を簡単には信じない。
でも同時に、他人の秘密を無理に暴くことには、ためらいもある。
彼は美咲を問い詰めるでしょうか。
それとも、何も聞かなかったことにするでしょうか。
この選択によって、物語はまったく違う方向へ進みます。
スクリーンに、二つの道が現れる。
もし黒田が問い詰めれば、美咲は心を閉ざすかもしれません。
でも、黒田が何も聞かずに帰ろうとしたら、美咲のほうから声をかけるかもしれない。
「すみません。ちょっとだけ、聞いてもらえませんか」
どちらの展開が自然でしょう。
ここで大切なのは、作者が最初から決めた筋書きに人物を無理やり従わせないことです。
人物の性格を考えながら、その人にとって自然な行動を探していく。
そうすると、作者自身も予想していなかった場面が生まれることがあります。
では、三人目を登場させてみましょう。
元教師の藤原千代です。
彼女は毎朝、港の喫茶店でコーヒーを飲む習慣があります。
その日も、いつもの席に座っています。
そこへ、黒田が入ってきます。
彼は取材の途中です。
美咲から聞いた話が、どうしても気になっています。
黒田は千代に、何気なく尋ねます。
「この町の古い郵便局について、何かご存じありませんか?」
千代は微笑みます。
「ええ。昔は、よく利用しましたよ」
それだけです。
でも、黒田が一通の古い手紙について話し始めた瞬間、千代はカップを置きます。
スクリーンに、コーヒーカップを置く老婦人の手元が映る。
皆さん。
今、何が起こったでしょう。
まだ、何も起こっていません。
千代は、ただカップを置いただけです。
でも、私たちはその動作に意味を感じます。
なぜなら、彼女には、過去について語りたがらないという性格があるからです。
何かを知っているのかもしれない。
あるいは、単に昔のことを思い出しただけかもしれない。
どちらでもいいんです。
今は、まだ決めなくていい。
ただ、彼女がカップを置いたという小さな行動から、次の可能性が生まれました。
こういうことを、頭の中で何度も繰り返していくんです。
一人の人物を置く。
もう一人を出会わせる。
その人たちが何を言い、何を言わないかを想像する。
別の場所へ移動させる。
新しい人物を登場させる。
すると、思いがけない関係が見えてくることがあります。
もしかすると、千代は美咲の母親を知っているのかもしれない。
もしかすると、黒田が過去に出した誤報と、この手紙には何か関係があるのかもしれない。
あるいは、まったく関係がないのかもしれません。
大切なのは、今の段階で正解を急がないことです。
さて、残りの四人はどうでしょう。
音楽家の早川蓮。
不動産会社経営者の神崎玲奈。
元郵便配達員の村上健一。
そして、高校生の小野遥。
この四人も、それぞれ自分の人生を生きています。
蓮は町を出たいと思っています。
玲奈は古い建物を取り壊し、新しい施設を建てようとしています。
健一は長い間、ある出来事を悔やんでいます。
遥は、大人たちが曖昧にしていることを、どうしても確かめたくなる性格です。
さて、ここで質問です。
この四人のうち、誰を次に登場させると、物語が最も面白くなるでしょう。
少し間を置く。
正解は一つではありません。
でも、私はここで、元郵便配達員の健一を登場させてみたいと思います。
なぜでしょう。
彼は長年、この町で手紙を配ってきた人物だからです。
もし、配達されなかった一通の手紙が見つかったら、彼は何を思うでしょう。
「ああ、懐かしいな」
そう思うだけかもしれません。
でも、もし彼が、その封筒を見た瞬間、顔色を変えたとしたら?
なぜでしょう。
もしかすると、彼には、誰にも話していない後悔があるのかもしれません。
ここで、物語の中に、もう一つの可能性が生まれます。
しかし、まだ決めません。
なぜなら、私たちは今、人物を動かしている途中だからです。
皆さん、ここまでの話を思い出してください。
最初にあったのは、7人の俳優の写真だけでした。
そこに、名前をつけました。
性格を与えました。
職業を決めました。
三つの舞台を用意しました。
そして、人物たちを出会わせてみました。
すると、何が起こったでしょう。
古い郵便局から、一通の手紙が見つかりました。
その手紙を見た美咲が、何かを隠そうとしました。
新聞記者の黒田が、それに気づきました。
元教師の千代が、ある話題を聞いた途端、カップを置きました。
そして、元郵便配達員の健一にも、何か関係があるかもしれない。
もう、物語が動き始めています。
しかも、私たちはまだ、最初の一行を書いていません。
松岡がスクリーンを見上げる。
私が皆さんに伝えたいのは、ここなんです。
小説を書くというのは、必ずしも、最初に筋書きを全部決めて、それを文章にする作業ではありません。
少なくとも、私が紹介している「想造」という方法では、まず人物を想像し、その人物たちが生きる世界を作り、そこから物語を育てていきます。
そして、人物たちが十分に動き始めたら、次の段階へ進みます。
今度は、その物語を、読者に伝わる形に設計するんです。
では、皆さん。
ここまで生まれた物語を、たった三行にまとめることができるでしょうか。
スクリーンの7人の写真が小さくなり、その横に、白い紙が現れる。
次は、頭の中で生まれた物語を、一冊の小説へ変えていくための技術についてお話ししましょう。
第3章へ続く。
第3章|三行のあらすじから、一冊の小説を設計する

スクリーンには、先ほどの7人の俳優たちの写真が並んでいる。
その隣には、まだ何も書かれていない白い紙が映し出されている。
さて、皆さん。
ここまで、私たちは7人の登場人物を作り、三つの舞台を用意しました。
そして、人物たちを出会わせることで、一つの物語が少しずつ動き始めました。
古い郵便局で、一通の手紙が見つかった。
郵便局員の美咲は、何かを隠そうとしている。
新聞記者の黒田は、それに気づいた。
元教師の千代も、何かを知っているかもしれない。
そして、元郵便配達員の健一には、長年抱えてきた後悔がある。
面白くなってきましたね。
でも、ここで一つ、問題があります。
このままでは、小説にならないんです。
(笑い)
頭の中で人物が動いている。
次々と場面が浮かんでくる。
それは、とても楽しいことです。
でも、その映像をただ順番に書いていくだけでは、読者にとって面白い物語になるとは限りません。
映画を想像することと、映画を編集することが違うように、物語を生み出すことと、物語を読者に届ける形にすることは、別の仕事なんです。
そこで、次に必要になるのが、プロットです。
プロットというと、何だか難しそうに聞こえますね。
でも、最初から何十ページもの設計図を作る必要はありません。
まずは、たった三行でいいんです。
スクリーンに、大きく「三行」と表示される。
では、先ほどの物語を三行にしてみましょう。
ただし、その前に、私たちは一つ決めなければなりません。
誰の物語なのか。
ここまで、7人の人物が動き始めました。
でも、読者が最も長い時間を一緒に過ごすのは誰でしょう。
新聞記者の黒田でしょうか。
元教師の千代でしょうか。
それとも、最初に手紙を見つけた美咲でしょうか。
私は、ここでは美咲を主人公にしてみたいと思います。
なぜか。
彼女には、物語を動かすのに都合のいい、ある性格があるからです。
人に助けを求められない。
責任感が強い。
そして、問題が起こると、自分一人で何とかしようとする。
もし、彼女が誰かに相談しなければ解決できない問題に直面したら、どうなるでしょう。
彼女にとって、最も苦手なことをしなければならなくなる。
そこに、物語の力が生まれるんです。
では、三行にしてみましょう。
スクリーンに、三つの短い文章が現れる。
一行目。
海辺の町で働く郵便局員の美咲は、古い郵便物の中から、母親宛ての一通の手紙を見つける。
二行目。
手紙を調べるうちに、彼女は町の人々が長年隠してきた出来事に近づき、誰を信じればよいのかわからなくなる。
三行目。
人に助けを求められなかった美咲は、初めて他人を信じる決断をし、手紙を本来届けるべき相手へ届けようとする。
どうでしょう。
これだけで、一つの物語の形が見えてきませんか。
最初に、主人公と出来事がある。
次に、主人公を苦しめる問題がある。
そして最後に、主人公が何かを選ぶ。
もちろん、これはまだ仮の設計図です。
この三行を作ったからといって、細かな出来事をすべて決めたわけではありません。
手紙には何が書かれているのか。
誰が隠したのか。
なぜ配達されなかったのか。
その答えは、まだいくつも考えられます。
でも、三行にすることで、物語の中心がはっきりしてきます。
これは、手紙の謎を解く物語であると同時に、人を信じられなかった女性が、誰かを信じられるようになる物語なんです。
私は、こういう変化がとても大切だと思います。
事件が解決しても、主人公が何も変わらなかったら、読者の心に残るものは少ないかもしれません。
でも、主人公が物語の最初と最後で、少し違う人間になっていたら。
読者は、その変化を自分の人生に重ねることができます。
さて、三行ができました。
では、次に何をするでしょう。
三行のまま、いきなり300ページの小説を書き始める?
もちろん、それができる人もいるでしょう。
でも、私はもう少し、設計図を大きくしてみたいと思います。
スクリーンに「10・20・10」という数字が現れる。
十行。
二十行。
十行。
合計四十行です。
最初の十行で、物語の始まりを考える。
次の二十行で、問題が大きくなり、人物たちの関係が変わっていく過程を考える。
最後の十行で、どのように物語が終わるのかを考える。
このように三行から四十行へ広げていくと、頭の中にあった映像が、少しずつ整理されていきます。
例えば、最初の十行では、美咲が手紙を見つけ、黒田と出会い、母親に話を聞こうとする。
次の二十行では、千代や健一が関わり、手紙の意味が変わり、美咲が信じていたことが揺らぎ始める。
そして最後の十行では、美咲が自分の弱さと向き合い、誰かに助けを求め、ある決断をする。
ここで大切なのは、四十行という数字そのものではありません。
物語を、読者が最後まで追いかけたくなる流れに整えることです。
ただし、ここでまた、困ったことが起こります。
物語の途中で、どうしても先へ進めなくなるんです。
(笑い)
登場人物が動かない。
事件が解決しない。
次に何を起こせばいいのかわからない。
小説を書こうとしたことがある人なら、経験があるかもしれません。
そんなとき、私は一つの方法を紹介したいと思います。
それが、逆打ちプロットです。
スクリーンに、一本の道が映し出される。
普通、私たちは物語を最初から考えます。
Aが起こった。
だからBが起こる。
その結果Cが起こる。
ところが、BからCへ進めなくなってしまう。
そんなときは、逆から考えてみるんです。
最後に、主人公はどうなっていてほしいのか。
そこから、一つ前の出来事を考える。
さらに、その一つ前を考える。
例えば、私たちの物語では、美咲が最後に、誰かに助けを求めることができるようになる。
では、そのためには、直前に何が起こらなければならないでしょう。
彼女が、一人ではどうしても解決できない問題に直面する必要があるかもしれません。
では、なぜ一人では解決できないのでしょう。
彼女が信じていた情報が間違っていたからでしょうか。
あるいは、手紙を届けるために、長年対立していた二人の協力が必要になるからでしょうか。
では、その二人はなぜ対立していたのでしょう。
こうして、結末から少しずつ戻っていく。
すると、途中で何が必要なのかが見えてくることがあります。
皆さん、面白いと思いませんか。
最初は、7人の俳優の写真を眺めていただけでした。
それが、人物になり、人物が出会い、事件が生まれ、三行の物語になり、四十行の設計図になっていく。
でも、ここで忘れてはいけないことがあります。
プロットは、登場人物を閉じ込めるための檻ではありません。
プロットは、物語を読者に届けるための地図です。
地図があれば、どこへ向かっているのかがわかる。
でも、実際に歩いてみると、地図には載っていなかった美しい景色に出会うことがあります。
そのときは、立ち止まってもいい。
別の道を選んでもいい。
登場人物が、当初の予定とは違う行動をし始めたら、その理由を考えてみる。
そのほうが、もっと面白い物語になることもあります。
さて。
ここまでで、私たちには人物がいて、舞台があって、物語の設計図もできました。
では、いよいよ小説を書き始めましょう。
でも、ここから先には、もう一人、絶対に忘れてはいけない人物がいます。
7人の登場人物でもありません。
作者でもありません。
読者です。
私たちの頭の中では、登場人物たちが生き生きと動いている。
でも、その映像は、読者には見えません。
読者が見ることができるのは、紙の上に並んだ文字だけです。
では、どうすれば、文字だけで読者の頭の中に映画を上映することができるのでしょうか。
次は、そのお話をしましょう。
スクリーンに映っていた四十行の設計図が消え、白いページに一行の文章が現れる。
第4章へ続く。
第4章|読者の頭の中に、映画を上映する

スクリーンに、真っ白な原稿用紙が映し出される。
そこに、一行の文章が現れる。
「佐伯美咲は、古い手紙を見つけて驚いた。」
さて、皆さん。
ついに、私たちは小説を書き始めました。
7人の俳優を集め、人物を作り、三つの舞台を用意し、三行のあらすじを四十行のプロットに広げました。
そして、ようやく最初の一行です。
「佐伯美咲は、古い手紙を見つけて驚いた。」
どうでしょう。
間違った文章ではありません。
何が起こったのかも、ちゃんとわかります。
でも、少し物足りないと思いませんか。
なぜでしょう。
それは、作者の頭の中にある映像が、まだ読者には見えていないからです。
私は、美咲を有村架純さんが演じる姿を想像しています。
彼女が古い郵便局の窓口に立ち、黄ばんだ封筒を手に取る。
宛名を見た瞬間、指が止まる。
そして、何かを確かめるように、もう一度、封筒を裏返す。
私の頭の中では、そこまで見えている。
でも、読者には見えていません。
読者が見たのは、「驚いた」という三文字だけなんです。
そこで、少し書き直してみましょう。
スクリーンの文章が消え、新しい文章が現れる。
「美咲は、封筒の宛名を二度読んだ。母の名前だった。消印の日付を確かめると、彼女は誰もいない窓口の奥を振り返った。」
どうでしょう。
私は一度も、「美咲は驚いた」と書いていません。
それなのに、彼女が普通ではないものを見つけたことが伝わってきませんか。
しかも、少し気になることが増えました。
なぜ宛名を二度読んだのでしょう。
なぜ、周囲を振り返ったのでしょう。
彼女は何を恐れているのでしょうか。
読者が知りたいと思うことが、一つ生まれました。
ここが、文章を書くうえで、とても面白いところなんです。
作者は、読者の頭の中を直接見ることはできません。
でも、文章の順番や、描写の仕方を工夫することで、読者が何を想像するかに働きかけることができます。
映画監督なら、カメラを使えます。
俳優の表情を大きく映すこともできる。
音楽を流して、緊張感を高めることもできる。
でも、小説家にあるのは文字だけです。
では、小説は映画より不利なのでしょうか。
私は、そうは思いません。
小説には、小説だけの力があります。
例えば、今の文章を、もう少し続けてみましょう。
「美咲は、封筒を机の引き出しにしまった。鍵をかけようとして、やめた。鍵をかければ、何かを隠しているような気がした。」
皆さん。
今、私たちは美咲の心の中に入りました。
映画なら、俳優の表情から想像するしかないことを、小説では言葉にすることができます。
しかも、すべてを説明する必要はありません。
読者は、美咲がなぜ迷っているのかを、自分で考え始めます。
ここで大切なのは、何を書くかだけではありません。
何を、まだ書かないか。
これも大切なんです。
例えば、封筒の中身を、最初のページですべて説明してしまったらどうでしょう。
手紙を書いた人の名前。
配達されなかった理由。
町の人々が隠していた秘密。
すべてわかってしまったら、読者は何を楽しみに次のページをめくればいいのでしょうか。
もちろん、謎を隠せばいいという話ではありません。
読者を混乱させるために、必要な情報まで隠してはいけません。
大切なのは、読者が今、何を知っていて、次に何を知りたいと思っているかを考えることです。
私は、これを読者へのおもてなしとして考えたいんです。
皆さんが友人を家に招いたとします。
玄関を開けた瞬間に、家の歴史を一時間説明するでしょうか。
(笑い)
しませんよね。
まず、「どうぞ」と招き入れる。
座ってもらう。
お茶を出す。
それから、相手の様子を見ながら話を始める。
小説も、少し似ています。
作者には、伝えたいことがたくさんあります。
人物の過去も、町の歴史も、事件の背景も、全部知っている。
でも、作者が知っていることを、最初から全部読者に渡す必要はないんです。
読者がその情報を必要とする瞬間に、自然に届ければいい。
では、ここでもう一つ、実験をしてみましょう。
スクリーンに、二つの文章が並ぶ。
一つ目。
「黒田修司は、非常に優秀で、観察力が鋭く、過去の失敗によって慎重な性格になった新聞記者だった。」
二つ目。
「黒田は、美咲の机の上に置かれた二つのコーヒーカップを見た。『さっきまで、誰かいたんですね』。美咲が答える前に、彼は手帳を閉じた。十年前なら、すぐに質問していただろう。」
どうでしょう。
二つ目の文章では、黒田が優秀だとも、観察力が鋭いとも、直接は書いていません。
でも、何となく伝わってきませんか。
そして、十年前に何があったのだろうと、少し気になりますよね。
これも、人物を読者に見せる一つの方法です。
ただし、いつでも描写を増やせばいいわけではありません。
ときには、「黒田は新聞記者だった」と一行で説明したほうがいい。
すべての動作を細かく書いていたら、読者は疲れてしまいます。
映画でも、登場人物が駅から自宅まで歩く様子を、毎回十分間かけて見せる必要はありませんよね。
(笑い)
小説も同じです。
読者が見たい場面には時間を使う。
そうでない場面は、思い切って短くする。
この判断が、物語のテンポを作っていきます。
さて、ここまで書けたとしましょう。
美咲が手紙を見つける場面。
黒田が取材に訪れる場面。
千代がコーヒーカップを置く場面。
健一が昔のことを思い出す場面。
一つひとつは、なかなか面白く書けた。
ところが、原稿を最初から読み返してみると、何かがおかしい。
美咲は月曜日に手紙を見つけたはずなのに、次の場面では日曜日になっている。
黒田は車で来たはずなのに、帰りには駅へ向かっている。
千代は手紙の存在を知らないはずなのに、突然その内容について話している。
こういうことが、起こるんです。
作者の頭の中では、全部つながっていたはずなのに。
(笑い)
だから、書き終えたら、もう一度読み直します。
登場人物の行動に矛盾はないか。
時間の流れは自然か。
説明が多すぎないか。
必要な情報が抜けていないか。
同じことを何度も繰り返していないか。
そして、何よりも大切なのは、読者がこの先を読みたいと思えるかどうかです。
ここで、私は皆さんに、一つ試していただきたいことがあります。
自分が書いた文章を、少し時間を置いてから読み返してみてください。
そのとき、作者としてではなく、初めてその物語に出会った読者として読んでみるんです。
「この人は誰だろう」
「なぜ、こんなことをしたんだろう」
「この先、どうなるんだろう」
そんな疑問が自然に浮かんでくるでしょうか。
もし、途中で退屈してしまったら。
それは、才能がないということではありません。
そこに、改善できる場所があるということです。
文章を短くしてみる。
場面の順番を変えてみる。
説明を減らして、人物の行動を増やしてみる。
あるいは、最初の一ページを、まったく違う場所から始めてみる。
こうした工夫を重ねていくことで、物語は少しずつ読者に届く形になっていきます。
皆さん。
今日、私たちは7人の俳優の写真から始めました。
人物を想像し、出会わせ、事件を生み、プロットを作りました。
そして今、その物語を文字に変えています。
最初は、作者の頭の中にしかなかった映画です。
でも、文章を読んだ人が、自分の頭の中で美咲の表情を想像し、黒田の声を聞き、古い郵便局の匂いまで感じることができたとしたら。
そのとき、物語は作者一人のものではなくなります。
読者の頭の中に、もう一つの映画が生まれるんです。
私は、それが小説を書くことの大きな喜びの一つだと思います。
さて。
ここまで来れば、もう一冊の小説が完成したように思えるかもしれません。
でも、皆さん。
残念ながら、まだ一つ、大きな問題が残っています。
(笑い)
完成した原稿は、どうすれば本屋さんに並ぶのでしょうか。
どれほど面白い小説を書いても、読者に届かなければ、読んでもらうことはできません。
では、出版社は、どのような作品を求めているのでしょう。
編集者は、何を考えているのでしょう。
そして、初めて小説を書く人は、どこから始めればいいのでしょうか。
次は、原稿を一冊の本にするまでのお話をしましょう。
スクリーンに映っていた原稿用紙が、ゆっくりと一冊の本の形へ変わっていく。
第5章へ続く。
第5章|あなたの小説を、本屋に並べるには

スクリーンに、一冊の本が映し出される。
表紙には『最後の一通』というタイトル。著者名は、まだ空白になっている。
さて、皆さん。
おめでとうございます。
ついに、私たちは一冊の小説を書き上げました。
7人の俳優を集めて、頭の中でキャスティングをしました。
登場人物に人生を与え、三つの舞台を用意しました。
その人たちが出会うことで物語が生まれ、三行のあらすじから四十行のプロットを作りました。
そして、読者の頭の中に映画が浮かぶように、文章を書き直してきました。
これで、いよいよ小説家になれますね。
……と言いたいところですが。
(笑い)
実は、ここからがもう一つの始まりなんです。
なぜなら、小説を書き上げることと、小説を出版することは、別の仕事だからです。
皆さんが素晴らしい料理を作ったとしましょう。
家族や友人が食べて、「おいしい」と言ってくれた。
それは、とても嬉しいことです。
でも、その料理を全国のレストランで提供したいと思ったら、どうでしょう。
味だけでなく、材料の仕入れ、価格、衛生管理、お客さんへの届け方まで考える必要がありますよね。
小説も、それに少し似ています。
物語を書くことは、創作です。
でも、それを一冊の本にして、読者へ届けることは、出版という仕事なんです。
では、私たちの小説『最後の一通』を、実際に出版するつもりで考えてみましょう。
スクリーンに、原稿を抱えた一人の新人作家の姿が映し出される。
この人は、まだ一冊も本を出したことがありません。
完成した原稿はあります。
自分では、とても面白いと思っています。
家族にも読んでもらいました。
「すごくよかったよ」と言ってくれました。
でも、ここで一つ、問題があります。
家族は、たいてい優しいんです。
(笑い)
もちろん、厳しい家族もいるでしょう。
でも、家族が面白いと言ってくれたからといって、全国の読者が同じように感じるとは限りません。
では、どうすればいいのでしょう。
一つの方法は、新人賞に応募することです。
出版社や文学賞によって、求めている作品のジャンルも、原稿の長さも、応募条件も違います。
だから、まず自分の作品に合う賞を調べる。
応募要項をきちんと読む。
締め切りを守る。
指定された形式で原稿を提出する。
当たり前のことに聞こえるでしょう。
でも、プロとして仕事をするなら、こういう基本的なことが大切なんです。
そして、もう一つ重要なのは、自分の小説が、どんな読者に楽しんでもらえる作品なのかを考えることです。
例えば、『最後の一通』という小説。
これは、ただの手紙の謎を解くミステリーでしょうか。
それとも、家族の秘密をめぐる物語でしょうか。
あるいは、人に助けを求められなかった女性が、誰かを信じるようになる成長物語でしょうか。
同じ小説でも、どこに魅力を感じてもらいたいかによって、紹介の仕方は変わります。
では、ここで少し、編集者の立場になってみましょう。
スクリーンに、机の上に積み重なった原稿が映し出される。
編集者の机には、たくさんの原稿が届きます。
その一つひとつに、作者の努力が詰まっています。
何か月も、あるいは何年もかけて書いた作品かもしれません。
でも、編集者がその原稿を読むとき、考えるのは、作者がどれだけ苦労したかだけではありません。
この作品には、どんな魅力があるのか。
どんな読者が楽しんでくれるのか。
最後まで読みたくなる物語なのか。
そして、一冊の本として世に出す価値があるのか。
そういうことも考えなければならないんです。
だから私は、原稿を完成させたら、一度、自分の作品を他人の目で見てほしいと思います。
例えば、編集者にこう聞かれたとしましょう。
「この小説は、どんな話ですか?」
そのとき、皆さんはどう答えますか。
「海辺の町に住む7人の人間が出てきて、いろいろなことが起こる話です」
これでは、少し困りますよね。
(笑い)
では、こう言ってみたらどうでしょう。
「人に助けを求められない郵便局員が、配達されなかった一通の手紙をきっかけに、町の人々が隠してきた過去と向き合い、初めて他人を信じることを学ぶ物語です」
どうでしょう。
少し、読んでみたくなりませんか。
これは、先ほど作った三行のあらすじが役に立つ場面なんです。
物語を短く説明できるということは、自分が何を書こうとしているのかを理解しているということでもあります。
さて、運よく編集者が興味を持ってくれたとしましょう。
「ぜひ、出版を検討したいです」
嬉しいですよね。
ここで、もう小説家として成功したと思うかもしれません。
でも、まだ仕事は終わっていません。
編集者と一緒に、原稿をさらに良くしていく作業が始まります。
例えば、編集者がこう言ったとします。
「美咲が母親に手紙のことを尋ねない理由が、少し弱い気がします」
作者としては、こう思うかもしれません。
「いや、そこはちゃんと書いたつもりなんだけどな」
(笑い)
でも、ここで大切なのは、どちらが正しいかを争うことではありません。
読者にとって、何がわかりにくいのかを考えることです。
もしかすると、美咲が母親に相談できない理由を、もう少し前の場面で描いたほうがいいのかもしれません。
あるいは、母親との関係を示す短い会話を加えるだけで、ずっと自然になるかもしれません。
編集者の意見をすべて受け入れる必要はありません。
作者には、守るべき作品の核があります。
でも、他人の目を通すことで、自分では気づかなかった問題が見えてくることがあるんです。
そして、原稿が整ってきたら、次は校閲です。
名前の表記は統一されているか。
日付や曜日に矛盾はないか。
実在する地名や制度について、間違った説明をしていないか。
物語の中で、人物の年齢が突然変わっていないか。
例えば、私たちの小説で、健一は64歳の元郵便配達員です。
ところが、途中で「40年前、健一は30歳だった」と書いてしまったら。
計算が合いませんよね。
(笑い)
こういうことは、作者が一生懸命書いていると、案外見落としてしまうんです。
そして、最後にもう一つ、非常に大切なことがあります。
出版契約です。
皆さん、ここは少し現実的なお話になります。
でも、小説家として長く仕事をしたいなら、避けて通れません。
出版社から契約書を渡されたとき、ただ嬉しくて、何も読まずにサインしてはいけません。
どのような形で出版されるのか。
紙の本だけなのか、電子書籍も含まれるのか。
印税は、どのような条件で支払われるのか。
著作物を利用する権利は、どこまで許諾するのか。
将来、映画やドラマになった場合には、どういう扱いになるのか。
こうしたことを、きちんと確認する必要があります。
もちろん、契約の内容は出版社や作品によって異なります。
わからないことがあれば、質問する。
必要であれば、出版契約に詳しい専門家に相談する。
それは、出版社を疑うということではありません。
お互いが安心して、長く仕事を続けるための準備なんです。
ここで、少し想像してみてください。
皆さんが何年もかけて書いた小説が、ようやく本になりました。
書店に行くと、自分の本が棚に並んでいます。
スクリーンに、書店の棚に置かれた『最後の一通』が映し出される。
皆さんなら、どうしますか。
私は、きっと何度も見てしまうと思います。
(笑い)
誰かがその本を手に取る。
表紙を見る。
裏表紙の紹介文を読む。
最初のページを開く。
そして、少し考えてから、レジへ持っていく。
作者にとって、これほど嬉しい瞬間は、なかなかないかもしれません。
なぜなら、その人は、まだ会ったことのない誰かだからです。
家族でもない。
友人でもない。
作者が誰なのか、まったく知らないかもしれない。
それでも、その人は、自分の時間とお金を使って、あなたの物語を読もうとしてくれている。
頭の中にしか存在しなかった7人の人生が、見知らぬ誰かの人生に入っていくんです。
私は、そこに出版の大きな魅力があると思います。
さて、皆さん。
ここまで来れば、いよいよ小説家としての人生が始まります。
でも、ここで一つ、少し怖い質問をしてみましょう。
もし、その本が売れなかったら?
何か月も、何年もかけて書いた小説が、ほとんど読まれなかったら?
あるいは、反対に、予想もしなかったほど大ヒットしたら?
そのとき、作家はどうすればいいのでしょう。
実は、小説家としてデビューすることと、小説家として生き続けることは、また別の仕事なんです。
次は、そのお話をしましょう。
スクリーンの本がゆっくりと遠ざかり、二つの道が現れる。
一方には、静かな書店の棚。もう一方には、何冊もの本が積み上がったベストセラーの売り場。
第6章へ続く。
第6章|売れなかったら、どうする? 売れたら、どうする?

スクリーンには、二つの書店の光景が映し出されている。
左側には、棚の隅に一冊だけ残った『最後の一通』。
右側には、平積みにされた何十冊もの『最後の一通』。
松岡が二つの写真を見比べ、観客に向き直る。
さて、皆さん。
ついに、私たちの小説『最後の一通』が出版されました。
書店に並びました。
自分の名前が表紙に印刷されています。
おそらく、人生で忘れられない瞬間になるでしょう。
でも、ここで一つ、質問があります。
皆さんは、二冊目の小説を書く準備ができていますか。
少し間を置く。
えっ、まだ一冊目が発売されたばかりなのに?
そう思いますよね。
でも、プロの小説家として生きていくなら、これはとても大切な質問なんです。
一冊の小説を出版することは、大きな達成です。
しかし、それだけで何十年も生活できるとは限りません。
一冊目が売れても、売れなくても、作家の人生は続きます。
そして、その後に何を書くかが、非常に重要になってくるんです。
では、今日は二つの未来を想像してみましょう。
一つ目は、『最後の一通』が、ほとんど売れなかった未来。
二つ目は、予想もしなかった大ヒットになった未来です。
まず、売れなかった場合から考えてみましょう。
スクリーンの左側が大きくなる。
発売から三か月が過ぎました。
書店の棚には、まだ『最後の一通』が残っています。
新聞にも、テレビにも、ほとんど取り上げられません。
SNSで話題になることもありません。
作者は、毎日のように売上ランキングを確認します。
昨日は何位だっただろう。
今日は少し上がっただろうか。
レビューは増えただろうか。
そして、ある日、こう思うかもしれません。
「自分には、才能がなかったのかな」
皆さん。
この気持ちは、想像できるのではないでしょうか。
小説に限りません。
何かを作ったことがある人なら、わかると思います。
何か月もかけて準備した商品が売れない。
一生懸命作った動画が、ほとんど再生されない。
心を込めて書いた記事が、誰にも読まれない。
努力した時間が長ければ長いほど、結果が出なかったときの落胆は大きくなります。
でも、ここで私は、一つ考えてほしいんです。
売れなかったという事実と、作品に価値がなかったという判断は、同じではありません。
もちろん、売れなかった理由をすべて宣伝不足のせいにしてはいけません。
作品そのものに、改善すべき点があったのかもしれません。
最初の数ページで、読者の興味を引けなかったのかもしれない。
登場人物に魅力を感じてもらえなかったのかもしれない。
あるいは、作品の内容と、表紙や紹介文から読者が期待したものが違っていたのかもしれません。
大切なのは、そこで考えることをやめないことです。
では、私たちの『最後の一通』を例にしてみましょう。
編集者が、作者にこう言ったとします。
「読んだ方から、こんな感想がありました。手紙の謎は面白かった。でも、主人公の美咲が、なかなか行動しないので、途中で少し退屈したそうです」
さて、皆さんなら、どうしますか。
「いや、美咲はそういう性格なんです。人に助けを求められない人間なんだから、仕方ないでしょう」
そう言いたくなるかもしれません。
でも、ちょっと考えてみましょう。
美咲が人に助けを求められない性格であることと、読者が退屈することは、同じではありません。
むしろ、その性格を使って、もっと面白い場面を作れないでしょうか。
例えば、美咲が一人で問題を解決しようとして、かえって状況を悪くしてしまう。
本当のことを話せば簡単に済むのに、誰にも相談できないために、誤解が広がっていく。
そうすれば、美咲の性格は、物語を止めるものではなく、物語を動かす力になります。
欠点だと思っていたものが、物語の魅力に変わることもあるんです。
では、次の作品では、どうすればいいでしょう。
同じような人物を、もう一度書いてみるのも一つの方法です。
でも、今度は、最初のページから、その人物の性格が事件を引き起こすようにしてみる。
あるいは、前作では脇役だった黒田修司を主人公にしてみる。
彼には、過去に大きな誤報を出した経験がありましたね。
もし彼が、今度こそ真実を伝えようとして、誰も信じてくれない事件に巻き込まれたら?
どうでしょう。
新しい物語が生まれそうではありませんか。
こうして、一冊目から学んだことを、二冊目に活かしていく。
これは、失敗をなかったことにするのではありません。
失敗を、次の作品の材料に変えていくということです。
ただし、ここで注意してほしいことがあります。
一冊目が売れなかったからといって、必ず二冊目の出版機会が与えられるわけではありません。
出版社にも事情があります。
編集者にも、予算や販売計画があります。
だからこそ、作家は作品を書くだけでなく、編集者との関係も大切にしなければなりません。
では、編集者と良い関係を築くとは、どういうことでしょう。
何でも言うことを聞くことでしょうか。
違います。
自分の意見を一切言わないことでしょうか。
それも違います。
私は、一緒に良い本を作ろうとする姿勢が大切だと思います。
例えば、編集者が「この場面を短くしたほうがいい」と言ったとします。
作者は「ここは絶対に必要です」と思っている。
そんなとき、ただ反発するのでも、黙って従うのでもなく、なぜ必要なのかを説明してみる。
そして、編集者がなぜ短くしたいのかも聞いてみる。
もしかすると、二人が目指しているものは同じかもしれません。
読者に、最後まで楽しんでもらいたい。
ただ、そのための方法について、意見が違っているだけかもしれないんです。
そう考えると、編集者は、作者の敵ではありません。
一緒に作品を育てる仕事仲間です。
そして、もう一つ。
締め切りを守ること。
連絡をきちんと返すこと。
約束した仕事を、できる限り確実に進めること。
当たり前のことですが、こうした信頼が、次の仕事につながる場合もあります。
さて、今度は、もう一つの未来を見てみましょう。
スクリーンが切り替わり、右側の書店の光景が大きくなる。
『最後の一通』が、大ヒットした世界です。
発売から一か月で重版が決まりました。
書店では平積みになり、SNSには感想が次々と投稿されます。
「最後の場面で泣きました」
「美咲の気持ちが、自分と重なりました」
「読み終わったあと、母親に電話したくなりました」
そんな声が届く。
そして、出版社から電話がかかってきます。
「次の作品を、ぜひお願いします」
嬉しいですよね。
でも、ここにも、一つの落とし穴があります。
成功した作品を、もう一度そのまま作ろうとしてしまうことです。
(笑い)
一冊目が売れた。
では、二冊目も同じような手紙の謎にしよう。
主人公も、同じように几帳面な女性にしよう。
舞台も、海辺の町にしよう。
最後には、感動的な秘密が明らかになるようにしよう。
もちろん、シリーズ作品として、読者が愛した世界や人物を描き続けることには大きな魅力があります。
でも、ただ前作の成功を繰り返そうとするだけでは、作者自身も読者も、新しい発見が少なくなるかもしれません。
では、どうすればいいのでしょう。
ここで、最初にお話しした「想造」に戻ってみましょう。
私たちは、7人の俳優の写真から物語を始めました。
そのとき、何をしたでしょう。
最初から、売れる物語の公式を決めたでしょうか。
違いますよね。
人物を想像したんです。
その人たちが何を考え、何を望み、どう行動するかを考えました。
つまり、次の作品でも、もう一度そこへ戻ればいいんです。
例えば、今度は黒田修司を主人公にしてみる。
あるいは、まったく新しい7人の俳優を集める。
前作が成功したからといって、創作の出発点まで変える必要はありません。
むしろ、成功したときほど、自分が何を面白いと思っていたのかを思い出すことが大切かもしれません。
さて、皆さん。
ここで、もう一つ、現実的なお話をしましょう。
小説家として長く活動するには、時間の使い方も重要です。
一冊目を書いたときには、仕事が終わってから夜中に書いていたかもしれません。
休日を全部使って、何年もかけて完成させたかもしれません。
でも、プロとして継続的に本を出すなら、その方法だけでは難しくなることがあります。
執筆の時間を確保する。
資料を集める。
編集者と打ち合わせをする。
原稿を直す。
校正刷りを確認する。
そして、次の作品の準備をする。
こうした仕事を、継続的に進めなければなりません。
だから、作家には創造力だけでなく、仕事を管理する力も必要になります。
ただし、毎日同じ時間に書けば必ず成功する、という単純な話ではありません。
人によって、生活も、体力も、創作のリズムも違います。
大切なのは、自分が長く続けられる方法を見つけることです。
さて、ここまで二つの未来を見てきました。
一冊目が売れなかった未来。
そして、大ヒットした未来。
どちらにも、問題がありました。
売れなければ、自信を失うかもしれない。
売れれば、次も成功しなければという重圧が生まれるかもしれない。
でも、どちらの場合にも、共通していることがあります。
それは、次の作品を作る力が必要だということです。
一冊だけ書ける人と、何冊も書き続けられる人。
その違いは、才能の大きさだけでは説明できないでしょう。
新しい人物を想像する力。
読者の反応から学ぶ力。
編集者と協力する力。
そして、うまくいかないときにも、もう一度物語を作り始める力。
そうしたものが、作家としての長い人生を支えていくのだと思います。
松岡がスクリーンを見上げる。
皆さん。
私たちの小説『最後の一通』は、最初、7人の顔写真から始まりました。
まだ誰も知らない人物たちでした。
でも、今では、美咲がどんな人間なのか、皆さんも少しわかってきたのではないでしょうか。
彼女が困っていたら、助けてあげたいと思うかもしれません。
黒田が過去の失敗を乗り越えたら、嬉しくなるかもしれません。
千代が長年隠していたことを打ち明けたら、その理由を知りたくなるかもしれません。
そうやって、作者が生み出した人物が、読者の心の中で生き続ける。
私は、それこそが、物語を書く仕事の大きな魅力だと思います。
しかし、皆さん。
今日の講演のタイトルを、もう一度思い出してください。
『小説家になって億を稼ごう』。
そうです。
ここまで、物語の作り方や出版の話をしてきましたが、まだ肝心なことをお話ししていませんでしたね。
(笑い)
小説家は、本当に億を稼ぐことができるのでしょうか。
もし可能だとしたら、どのような仕組みで収入が生まれるのでしょう。
印税とは、どのように計算されるのでしょう。
映画やドラマになったら、何が変わるのでしょう。
そして、一度成功したあと、どうすれば長く作家として生きていけるのでしょうか。
次は、いよいよ、そのお話をしましょう。
スクリーンに、書店の棚に並ぶ一冊の本が映し出される。
その本が、少しずつ何冊にも増えていく。
やがて、世界中の読者が、それぞれの場所で本を開いている映像へと変わる。
第7章へ続く。
第7章|億を稼ぐ作家と、物語を書く本当の喜び

スクリーンには、一冊の小説が映し出されている。
表紙には『最後の一通』。
やがて、その一冊が十冊、百冊、千冊へと増えていく。
さて、皆さん。
ここまで、ずいぶん長い旅をしてきました。
最初は、7人の俳優の写真だけでした。
そこから登場人物を作り、物語を生み出し、三行のあらすじを考え、原稿を書き、出版するところまでたどり着きました。
そして前の章では、売れなかった場合と、大ヒットした場合の両方を考えました。
では、いよいよ最後の質問です。
小説家は、本当に億を稼ぐことができるのでしょうか。
答えは、可能です。
ただし、ここで大切なことをお話ししておきます。
可能であることと、誰にでも簡単にできることは、まったく違います。
(笑い)
小説を書けば、必ず億万長者になれる。
そんな魔法のような方法はありません。
でも、小説という仕事には、ほかの仕事とは少し違う、興味深い仕組みがあるんです。
まず、最もわかりやすいのが、印税です。
スクリーンに、簡単な計算式が現れる。
例えば、一冊1,800円の本を出版したとしましょう。
そして、仮に印税率が10パーセント、発行部数に応じて印税が支払われる契約だったとします。
すると、一冊あたり180円です。
では、その本が一万部発行されたら?
180万円。
十万部なら?
1,800万円。
そして、百万部なら?
1億8,000万円です。
スクリーンに「1,800円 × 10% × 100万部 = 1億8,000万円」と表示される。
どうでしょう。
夢がありますよね。
でも、少し待ってください。
(笑い)
これは、あくまで計算上の例です。
実際の印税率や支払い条件は契約によって異なりますし、電子書籍では計算方法が違うこともあります。
それに、百万部という数字は、簡単に達成できるものではありません。
税金や仕事に必要な経費もあります。
ですから、この数字をそのまま手取り収入だと考えてはいけません。
ただ、一つ、わかっていただきたいことがあります。
小説家は、書いた時間の分だけ収入を得る仕事ではない、ということです。
例えば、ある人が一年かけて、一冊の小説を書いたとしましょう。
その本が千人に読まれる場合と、百万人に読まれる場合。
書くために使った時間は、ほとんど同じかもしれません。
でも、届いた読者の数は、まったく違います。
もちろん、売れるまでの努力や出版に関わる人々の仕事もあります。
それでも、一度生み出した作品が、作者の手を離れて多くの人に届いていく。
そこに、小説という仕事の大きな可能性があるんです。
そして、収入の可能性は、紙の本だけではありません。
スクリーンに、一冊の小説から枝分かれするように、電子書籍、外国語版、映画、テレビドラマ、オーディオブックの映像が現れる。
一つの物語が、電子書籍になる。
外国語に翻訳される。
オーディオブックとして聴かれる。
映画やテレビドラマになる。
そうした展開によって、新たな収入が生まれる場合があります。
ただし、どの権利を誰が持ち、どのような報酬が発生するかは契約によって違います。
映像化されたからといって、作者に自動的に巨額の収入が入るわけではありません。
だからこそ、前の章でお話しした出版契約が大切になってくるんです。
では、私たちの『最後の一通』が映画になったと想像してみましょう。
スクリーンに、古い海辺の郵便局が映し出される。
主演は、有村架純さんをイメージした佐伯美咲。
新聞記者の黒田修司。
元教師の藤原千代。
音楽家の早川蓮。
不動産会社経営者の神崎玲奈。
元郵便配達員の村上健一。
そして高校生の小野遥。
最初に私たちが頭の中で配役した7人が、今度は映画の登場人物として動き始める。
もちろん、これは架空の話ですし、実際の映像化では配役も制作内容も別に決められます。
でも、想像してみてください。
最初は、自分の部屋で写真を眺めながら考えていた物語です。
それが、一冊の本になり、誰かの手に渡り、やがて映画館の大きなスクリーンに映し出されるかもしれない。
私は、これは非常に面白い可能性だと思います。
ただし、ここで皆さんに、もう一つ考えてほしいことがあります。
もし、あなたの小説が大ヒットして、1億円を稼いだとしましょう。
本が売れ、映画にもなり、海外でも翻訳された。
新聞やテレビから取材の依頼が来る。
街を歩けば、誰かに声をかけられるかもしれません。
では、そのとき、あなたは幸せでしょうか。
少し間を置く。
もちろん、嬉しいでしょう。
生活にも余裕が生まれるかもしれません。
家族を安心させることもできるでしょう。
でも、私は、そこで終わりにしてほしくないんです。
なぜなら、作家にとって、本当に大切なものが、もう一つあるからです。
それは、次の物語を書きたいと思えることです。
皆さん。
想像してみてください。
一冊目が大ヒットしました。
二冊目も売れました。
三冊目も映画になりました。
ところが、ある朝、机に向かったとき、何も書きたいことが浮かばなくなってしまった。
何を書いても、前の作品と比べられる。
失敗するのが怖い。
読者の期待を裏切りたくない。
そして、いつの間にか、自分が何を面白いと思っていたのか、わからなくなってしまう。
もし、そんなことが起こったら。
私は、もう一度、最初の場所へ戻ってみたいと思います。
スクリーンが暗くなる。
やがて、一枚の人物写真が現れる。
覚えていますか。
今日の講演の最初に、私は皆さんに7人の俳優の写真をお見せしました。
まだ、物語は何もありませんでした。
タイトルも決まっていませんでした。
誰が主人公になるのかも、わかりませんでした。
ただ、そこに、7人の顔があった。
そして私は、皆さんに尋ねました。
この人は、どんな人生を生きているのでしょう。
何を恐れているのでしょう。
誰を愛しているのでしょう。
何を後悔しているのでしょう。
その質問から、物語が始まったんです。
私は、作家が長く書き続けるためには、この好奇心を失わないことが大切だと思います。
世の中には、まだ数えきれないほどの人間がいます。
同じ家に住んでいる夫婦でも、相手の心の中をすべて知っているわけではありません。
親は子どものことを、何でも知っていると思っているかもしれない。
でも、子どもには、親に話していない夢があるかもしれません。
長年一緒に働いている同僚にも、誰にも語っていない悲しみがあるかもしれません。
私たちは、毎日、たくさんの人とすれ違っています。
でも、その一人ひとりに、自分が主人公の人生があるんです。
小説を書くというのは、その見えない人生を想像する仕事でもあります。
そして、ここで、私たちの主人公、美咲のことを思い出してください。
スクリーンに、古い郵便局の窓口に立つ佐伯美咲の姿が映し出される。
彼女は、最初、誰にも助けを求められない女性でした。
責任感が強く、何でも自分で解決しようとしていました。
でも、一通の手紙をきっかけに、さまざまな人と出会いました。
人を疑う新聞記者。
過去を語らない元教師。
町を出ようとしている若い音楽家。
合理的に物事を進めようとする経営者。
長年の後悔を抱える元郵便配達員。
そして、大人たちに遠慮なく質問する高校生。
それぞれが、自分の事情を抱えて生きていました。
では、この物語の最後で、美咲はどうなったのでしょう。
私たちは、まだ細かな結末を決めていませんでしたね。
ですから、最後に、一つだけ場面を想像してみましょう。
スクリーンに、夕暮れの海が映し出される。
美咲は、岬に立っています。
手には、あの古い封筒があります。
目の前には、手紙を受け取るべき人物がいます。
でも、美咲は一人ではありません。
少し離れた場所に、黒田がいます。
千代も、健一もいます。
そして、ほかの人たちも、それぞれの思いを抱えて、そこに立っています。
美咲は、ゆっくりと封筒を差し出します。
そして、こう言うんです。
「私、一人では、ここまで来られませんでした」
会場が静かになる。
皆さん。
最初の美咲だったら、この言葉を言えたでしょうか。
きっと、難しかったと思います。
でも、今の美咲は違います。
誰かに助けてもらうことは、弱いことではない。
誰かを信じることは、自分の責任を放棄することではない。
そのことを、彼女は少しずつ学んできたんです。
そして私は、こういう瞬間こそ、小説を書く喜びの一つだと思います。
自分が生み出した人物が、最初に想像していた姿から変わっていく。
作者である自分自身が、その人物から何かを教えられる。
そんなことが、物語の中では起こり得るんです。
さて、皆さん。
最後に、今日のお話を、もう一度振り返ってみましょう。
私たちは、7人の俳優の写真から始めました。
そこから、人物の人生を想像しました。
人物同士を出会わせ、物語を生み出しました。
三行のあらすじを作り、プロットを組み立てました。
読者の頭の中に映像が浮かぶように文章を書きました。
原稿を出版し、一冊目の成功や失敗を次の作品に活かすことも考えました。
そして、小説という作品が、多くの読者に届くことで、大きな収入を生む可能性があることもお話ししました。
では、今日、皆さんに一番覚えて帰っていただきたいことは何でしょう。
印税の計算方法でしょうか。
新人賞への応募方法でしょうか。
それとも、プロットの作り方でしょうか。
もちろん、どれも大切です。
でも、私が最後に伝えたいのは、もっと単純なことです。
物語は、まだ書かれていない誰かの人生を、あなたが想像するところから始まる。
皆さんの周りにも、物語の主人公になれる人がいるはずです。
毎朝、同じ時間に電車に乗る人。
いつも笑顔で接客している店員さん。
公園のベンチに、一人で座っているお年寄り。
家族のために働き続けている人。
夢を諦めかけている若者。
そういう人たちを見たとき、少しだけ想像してみてください。
この人は、どんな人生を生きてきたのだろう。
今、何を願っているのだろう。
もし、明日、思いがけない出来事が起こったら、この人はどうするだろう。
そこから、一つの物語が生まれるかもしれません。
そして、その物語が、いつか一冊の本になるかもしれません。
その本を読んだ誰かが、笑うかもしれない。
涙を流すかもしれない。
あるいは、何年も会っていなかった家族に、電話をかけるかもしれない。
あなたの書いた一行が、誰かの人生の、小さな転機になるかもしれないんです。
松岡が、スクリーンに映る7人の写真を振り返る。
皆さん。
億を稼ぐことは、大きな夢です。
その夢を持つことを、恥ずかしがる必要はありません。
作家も、生活をしなければなりません。
家族を養い、将来に備え、次の作品を書くための時間を確保する必要があります。
お金を稼ぐことと、良い物語を書くことは、必ずしも矛盾しません。
でも、もし、いつかあなたの小説が大ヒットして、大きな収入を得られたとしたら。
そのとき、どうか思い出してください。
すべては、一人の人間に興味を持ったことから始まったのだということを。
まだ名前もない、まだ物語もない、たった一人の人間です。
そして、もし最初の小説が売れなかったとしても。
どうか、そこで想像することまでやめないでください。
次の人物が、次の物語が、あなたを待っているかもしれません。
スクリーンの7人の写真が、ゆっくりと消えていく。
最後に、真っ白な一枚の紙だけが残る。
さあ、皆さん。
今日、家に帰ったら、まず何をしますか。
パソコンを開いて、いきなり第一章を書き始めますか。
それもいいでしょう。
でも、私なら、最初にこうします。
好きな俳優の写真を、何枚か並べてみるんです。
そして、一人ひとりに、こんな質問をしてみます。
「あなたは、誰ですか?」
「何を望んでいるんですか?」
「誰にも言えないことが、ありますか?」
そして、その人が答えてくれるまで、少し想像してみる。
その答えが聞こえてきたら、もう一人、隣に座らせてみる。
二人が話し始めたら、今度は三人目を呼んでみる。
気がつけば、そこに、まだ誰も読んだことのない物語が生まれているかもしれません。
その物語を書けるのは、世界で、あなただけです。
どうもありがとうございました。
松岡が深く一礼する。
会場に拍手が広がる。
スクリーンには、最後の言葉が静かに映し出される。
「あなたの物語を待っている読者が、どこかにいる。」
最後に

今回の講演で、私が最も印象に残ったのは、小説が一行の文章を書く前から始まっているという考え方でした。
7人の人物を想像し、それぞれに過去や願いを与え、出会わせてみる。すると、まだ存在しなかった物語が少しずつ動き始めます。
そして、物語を生み出すことと、それを読者に届けることは別の技術だという点も重要でした。
プロット、文章の推敲、編集者との協力、出版契約、印税。小説家という仕事には、創造力だけでなく、学び続ける姿勢と現実的な判断力も求められます。
もちろん、誰もが億を稼げるわけではありません。それでも、自分の想像から生まれた物語が、見知らぬ誰かの心を動かす可能性はあります。
私たちが今回生み出した『最後の一通』の主人公・美咲は、最後に、人を信じることの大切さを学びました。
もしかすると、物語を書くという行為そのものが、作者に新しい人生の見方を教えてくれるのかもしれません。
億を稼ぐことは一つの夢。しかし、まだ誰も知らない物語を生み出し、それを誰かと分かち合えることも、素晴らしい成功なのだと思います。
— Nick Sasaki
登場人物紹介
松岡圭祐(Keisuke Matsuoka)
日本の小説家。『万能鑑定士Q』シリーズや『千里眼』シリーズなどで知られる。『小説家になって億を稼ごう』では、小説の創作から出版、作家としての活動までを扱っている。本記事では、架空のTED講演の登壇者として登場する。
佐伯美咲(さえき・みさき)|32歳・郵便局員
責任感が強く、他人に助けを求めるのが苦手な女性。古い郵便局で見つけた一通の手紙をきっかけに、人を信じることを学んでいく。講演内で創作される架空の小説『最後の一通』の主人公。
黒田修司(くろだ・しゅうじ)|45歳・新聞記者
過去の誤報を悔やみながら、真実を追い続ける地方新聞記者。疑い深い一方で、人への思いやりも持っている。
藤原千代(ふじわら・ちよ)|72歳・元教師
穏やかな笑顔の奥に、長年語らなかった過去を抱える女性。港の喫茶店に通うことを日課としている。
早川蓮(はやかわ・れん)|28歳・音楽家
繊細で衝動的な若者。故郷を離れるべきか迷いながら、自分の生き方を探している。
神崎玲奈(かんざき・れいな)|50歳・不動産会社経営者
合理的で決断力のある経営者。町の再開発を進めようとしており、古い建物に思いを寄せる住民たちと異なる立場にいる。
村上健一(むらかみ・けんいち)|64歳・元郵便配達員
町の人々の名前や住所をよく覚えている元配達員。過去のある出来事を、長年悔やんでいる。
小野遥(おの・はるか)|17歳・高校生
好奇心旺盛で、大人たちが曖昧にする問題にも率直に疑問を投げかける少女。物語に新しい視点をもたらす。

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